館の主
最近は暑いですね。
茜色の日光が照らす。凹凸のある多孔質な石材へと落ちる陰影が美しくて暫く見とれていた。
そんなモーガンは両手を広げて身体検査を受けている。警備員が衣類の下に仕込んだ凶器と成りうる物品を探られつつ声を漏らす。
「はえ〜。 随分とデカい屋敷ですな〜」
モーガンが金持ちの邸宅を見上げながら手荷物検査を受けている。あの遺物の届け先住所の場所であると信じたい。
目立たない色ではあるが、衣服に返り血だとかが付着している。ここに来るまで色々な場所を巡った。お陰様でこんな夕暮れである。
オートマタが数台、警備の人間まで雇っているのを見るに途方も無い金持ちである。物流と土地で財を成したという話はサラッと耳にしているが、ただそれだけだという確証はない。
「ええっと……モーガンさん。 残念ながら訪問の予定は無いようですが……」
モーガンの顔には乾いた血液が付着している。彼のものでは無く、手癖の悪い誰かの血だ。他所の家でなければそこにある噴水で洗い落としたい気分でもある。
「赤髪美人の護衛ですよ。 駄目なら全然。 その代わり、クライアントはしっかり護衛してくださいね。 手癖の悪い魔術師を今日だけで3人。 ブチのめして牢屋送りにしましたが、まだ追っかけて来てる奴が居るかもしれません」
「……貴方も魔術師?」
「ええ。 狩人証に書いてますよ。 ……そこじゃなくて、その下。 そうそう」
警備が少し顎を撫でて考えを巡らせている。
「……護衛の仕事を?」
「今回は成り行きで。 遺物の運搬警備なんて、滅多に出来る仕事じゃないですし。 まぁ、ついでに受けたって感じです。 ぶっちゃけノリで」
「……ん〜ん。 少々お待ちください」
赤髪美人のハンスが側へと近づき、待つ間の暇つぶしがてらに、馬鹿話でもしようと声を掛ける。
「……いやぁ。 長い1日だったね。 にしても、本当に強いんだね。 血ついてるよ」
袖で頬に付着した血を擦って取れたかを確認してもらうが、乾いているせいだろうか落ちていないとの事だ。
「これでも弱い方ですよ。 ……落ちた?」
「いいや?」
「……落ちないか。 まぁ、良いか。 無事に護送完了って事で」
「じゃ、これ終わったらお礼に何かご馳走させてください。 リジェさんもご一緒に」
「あいつはもう別の街に荷物を送ってる頃ですよ。 あんまり長居をすると魔術師に襲撃されかねないので。 別の魔術師数名をあてがって護送させてますし、あっちは大丈夫でしょう」
「あ〜。 すみません。 観光するの楽しみにしてたでしょうし……」
「全然気にしないで良いですよ。 早く出るべきだと忠告しても嫌な顔一つせずに、また面白い話題を手に入れちまったってニッコニコでしたし」
「面白い……話題?」
「遺物を運ぶ女性を拾った話でしょう。 かなり尾ヒレのついた話になって広がるのは仕方ないとは思いますが……待てよ……ん〜……」
「どうしたの?」
「いや。 あいつ、私の恋人とも知り合いなんですが。 この状況をどう伝えるんだろうかと…………面白けりゃ何でも許されると思ってる節が……」
「浮気旅行とか?」
それは最悪なパターンだと眉間にシワを寄せて唸り声を漏らした。
「アリスにどう説明しようか……頭痛くなってきた……」
「……ふふ。 別れたら連絡してね♡」
「ははっ。 笑えねぇ」
下らん与太話の最中、奥から衣服の整った男が現れると屋敷の中へと招き入れられる。
「これは……レプリカだとか?」
「いいえ。 全て本物です。 曰く付きの品々を集めるのが主の趣味でして」
「はぁ。 左様で」
モーガンが壁一面に吊るされた曰く付きの品々。どれもそういう類と言うには魔力が枯れ果てたように見える。
(まぁ、遺物を個人で何個も保有してたら狩人協会だとかが監査に来るだろうしな……)
「こんだけ揃えれば、体調不良で転職した人も多いでしょう。 何人くらいですかね?」
「それは、お答えしかねます」
モーガンの表情が徐々に明るくなってきている。疲れが溜まっているだろうにも関わらず、知的好奇心を満たしてくれる物品を眺めているうちに気分が上向いているのだ。
「ですよね……。 一代で集めるには多すぎますし、昔から所蔵していた物も多いでしょう? ほら、あの金属板。 あれは中々お目にかかれない呪の品では? 随分と魔力が滾ってるみたいですし」
「あぁ、あれは主の叔父を刺殺した付呪師の剣でして。 夜中に誰かれ構わず飛んでくるので、刃は落としておいたのですが」
「へぇ〜……! あっちのは……すげぇ〜、昔の拷問器具じゃん。 これも結構魔力残ってますけど、これは夜中に動いたりしないんですか?」
「動きはしませんが、前の持ち主が同じ悪夢を見るのだとか申しておりましたね」
「ほぉ〜……! 精神障害を引き起こすタイプの物か……! 人形とか無いんですか?! ほら、捨てたのに数日後に玄関に帰ってくる奴とか」
「以前は展示していたのですが、走りまわるせいか、展示台を壊してしまうので裏に戻したんですよ。 ……毎回ガラスの破片の掃除が手間でしてね。 主は不服そうでしたが」
「あ〜。 なるほど、残念」
「……はは。 なんか怖いとか思わないのかなぁ? ちょっと寒気するし……この通路。 それに人の視線を感じるんだけど」
「慣れてるからねぇ……。 視線ってのはあの石じゃない?」
「翡翠で出来た……球体?」
「これ凄いでしょ〜。 昔の道具でね。 殺せなかった悪い魔術師を封印する物でさ、元々は白色なんだけど時間が経つにつれて緑色になるんだよね〜。 経年変化も愉しめる素晴らしい呪具だよ。 ざっと600年前の物じゃないかな?」
「へぇ〜……薄気味悪い。 封印してるって言ったけど、割ったらどうなるの?」
「普通に出て来るよ。 長年封印して、親族が全員死んだ後の社会で孤立させる目的もあるし、数百年経てば言葉も通じねぇだろって思惑もあったんじゃないかな。 生憎、グルド人は繁栄しちゃってるから言葉は通じるだろうけどね〜。 あははは」
「えぇ……。 グルド系列の呪具なのか」
「そうそう。 強い魔術師って大体息のかかった部下がいるもんで、盗まれて割られるのが珍しく無くてさ、こうやって完璧な状態で残ってるのは珍しい。 いやぁ、人徳無かったのかねぇ。 それかバチクソ嫌われてたか。 犯罪者の人となりを空想出来る、素晴らしい骨董品よなぁ」
「ははは。 主と馬が合いそうな人だ。 こちらでお待ちください。 主を呼んできますので、お寛ぎ下さい」
応接室へと通され、小間使いの淹れた温かなお茶を啜る。濡れた布切れで上着と顔についた血液を取り除いていると、この館の主が現れた。
「あ、どうも……ハンスさんと、その護衛のモーガンさん。 でしたよね。 はじめまして……カイルと申します。 あれ……どうしました?」
どうしたもこうもない。 使用人を雇い、遺物を取り寄せるほどに財力のある人間だ。まさか10代の後半に足を踏み入れた直後くらいの男の子だとは思いもしなかった。
それか、またしても無駄足だったかだ。 また別の場所を指定してくるのは勘弁だと、モーガンの表情が曇る。
「……随分とお若い方だと思いまして」
「あぁ、この家は父から相続したもので……。 こうみえても、継いだ事業を持ち直させたんです。 い、いや、今のは嫌味で言ったわけでは無くてですね……えっと、その……!」
「いえいえ。 中々出来る事ではないですよ。 資産家の中でも、継いで資産を食い潰す資産家が多い中、上手く回せてるってだけでも凄い事です。 ……流石に耳タコな話でしょうけどね。カイルさん、はじめまして。 私はモーガン。 普段は狩人をやっています、彼女はハンスです」
「……えぇ、ど、どうも。 オホン……この度は本当にお疲れさまでした。 え〜っと……。 ハンスさん、報酬の支払いは完了しています。 口座に入金されている筈です」
「ありがとうございます」
「その……厚かましい様なんですが……。 今日は泊まって行きませんか? ぜひお食事したいと思いまして……」
緊張する少年の様子を見たモーガンの表情に鋭さが戻った。この提案の裏にはどういった考えが。 何を企んでいる? そんな疑念が一瞬で浮かんできた。
子供とは言え、組織のトップで指揮を執る胆力を兼ね備えた男だと仮定する場合。若いとて侮ってはならない。 男の子と見くびってかかると大人でも火傷しかねない。
子供だと見くびった大人を何十人とブチのめした元子供の勘がそう言ってる。
「……何故です? 依頼は完了。 報酬の引き渡しも済んでいるのでしょう? 親切な事だと受け取るも良いでしょうが、そちら様にもメリットがあると考えるべきかと。 如何せん数日で彼女は死にかけ、さっきも魔術師から奇襲を受けた。 依頼が依頼なだけに、判断に足るそちらの事情ってやつを開示してもらいたいですね」
「(ちょっと、モーガン)」
「(……そんな無用心で良くも死ななかったモンだ)」
小声で口論する彼らを前に、カイルが微笑む。
「……まぁ、身の上話でも。 僕に話がある人間は大体が会社都合の人でして。 ……そうですね、なんと言いますか。 飢えている、仕事以外の人との付き合いに。 滅多に他の人と話す事が少ないんです。 他の国で住んでる人の話だとかを聴いてみたいなぁ……だとか」
モーガンがカイルの話している間、目の中をずっと覗き込んでいた。聴き終わった後に少し姿勢を崩して声を出す。
「……他には? なんか隠してませんか?」
「え。 えぇ? 隠して無いですよ〜……ヤダな〜」
「遺物の運搬。 遺物ってのは生易しいオカルト商品じゃない。 誰がどんな相手に届けた。 その情報欲しさに人が死ぬ事が起こり得る案件です。 飯一緒に食おう と言われて毒殺。 世話になったな、君は用済みだと言われ、クソ強魔術師に蹂躙される場合もある。 ましてや、金持ち相手だと尚更。 世の中、ドラッグ欲しさに、盗みに殺し。 人身売買をする連中が多いんです。 腹割って用件を言ってくれなきゃ、信頼出来ないって事です。 ……ハンスさん、行きますよ」
腰掛けていたソファーから立ち上がり襟元を正す。
「……ちょっと、モーガン」
「残って美味い飯に舌鼓を打ったが最後、同い年くらいの女と荷物に詰められ、知らねぇ土地に飛ばされても良いならご自由に」
「はは。 突拍子もない話だね」
「……確かに。 薬物の過剰投与で殺されかけた知り合いの女が居る身としては、一切笑えん話だ。 肌着にされて、売春通りに放置されたら、救いようの無い売春女がキメすぎて死んだだけと判断され、ロクに調査もされない。 本当に、遺物運搬業者か?」
「……なに? さっきから黙って聴いてれば……」
「護衛の仕事を請け負ったんだ。 依頼人を死なせるわけにはな……」
険悪な雰囲気が2人の間で生じる。 カイルがその様子を見ながら、右往左往し始める。
「……はぁ? 貴方って結構臆病な男なのね? モーガン」
「そうですよ。 だからこそ今まで生きてこられたんです。 ハンスさんこそ、もう少し慎重に動くべきでは?」
「(あ、あのぉお……! お、お二人とも……!)」
「ふぅん? 私が考え無しの無鉄砲だと?」
「そうは言っていません。 ただ」
「クラス7ってのは、存外臆病者でもなれるのね。 クラス7って大した事ないのかしら?」
「……大した事ないでしょうね。 私自身はですけど。 それより、他のクラス7を貶める発言は看過できませんが」
「なに? 取り消して欲しいの?」
「いいえ、そういう考え方だと知って残念な気分なだけですよ。 そうですね、幻滅したってだけですわ。 外見がしっかりしてても、内面が悪いと知った時の脱力感は相当ですよ」
「……お〜。 言ってくれる。 救われた恩はあるけど、その言い方は嫌いだ。 ちょっと強いだけの魔術師ってだけで、偉そうに」
「お二人とも! お、落ち着いて下さい。 腹割って……ですよね……! モーガンさん!」
あぁ、本音がようやっと聞けそうだと口元が力んでいるモーガンに向かってカイルが緊張した表情で正対する。
「はい」
「実は、前々からお話できたらな って思ってました! フェイスレス事件の立役者である狩人と話してみたかったんです! よろしくお願いします!」
しまった。 そういう感じかとモーガンが瞼を下ろす。 バチバチに個人情報を特定されかねない事を口走られて、聞かなきゃよかったと今に後悔した。
「…………嘘では無さそうだけど」
「はい! 本気の本気です!」
「そうでしたか。 わかりました」
「マジで?! やった!」
「少し、無礼な事をしても?」
「……? 良いですよ?」
ソファーに座るカイルの頬をつまんで引っ張ると、ちょいと怖い表情で恨み節をこぼすのだ。
「おめぇら金持ちはどうして結構な機密をそうデカい声で口にするかねぇ……経営者のクセに口が軟すぎないか? ちょっとさ〜」
「イテテテ……だって隠し事するなって仰ったじゃないですか……!」
「そういうのは、他に伝わらない様に忍ばせるものなんだよ。若いの。 それを遺物運搬のほぼ一般人の前で口にしおって……!」
「んぐぐぐ……しゅ、しゅんません! 少し舞い上がっててですね! イテテテ」
「いや。 マジで術式バレする可能性高いんで控えてもらわないと」
「……あぁ。 ご、ごめんなさい」
「いえいえ、特に後ろに居るのは行きずりの相手なので、あまり大きい声では……はい」
「……了解です」
後ろで硬直した女に聞こえない音量で話していたせいだろう。 徐々に静かになっていく二人の雰囲気の変化を勘違いしているのだ。
当人達は今後のすり合わせをしているのだが、パッと見ではお互いにブチギレて口数が減っているように見える。 というのは嘘で、図体のデカい大人が子供の頬をつまんだまま睨みつけて脅している様にも見える。 香しい事案のかほり。
「あああああ! ちょっとモーガン! ごめんって! イジワル言った私が悪かった! クラス7を悪く言った事謝るからさぁ! クライアントのほっぺたをつねるの止めて! やめろぉお!」
「……? いや、こっちは話を」
「隙ありぃぃ!」
放たれた蹴りがモーガンの脇腹を捉える。心地良くらい心臓に悪い音が鳴ると、体躯が揺らいだ後に肩から衝撃が抜け出ていく。
「うぐ…………お、おぉ……↓ これは、良い魔力放射……! やっぱり魔術師だったか……」
「カイルさん、大丈夫ですか!? クラス7がナンボのもんじゃい! 大丈夫ですとも、大丈夫ですとも! 裁判ではしっかり証言するので! さ、警備を!」
「い、いえ。 モーガンさんと少し話をしてただけですから……!」
「狙うは頭……! 暫く寝てなぁ! 狩人!」
「えぇっ? 君、話聞かない奴だなぁ!」
ハンスの踵落としがモーガンの額を捉える。重厚で鈍重な音と共に衝撃が散った。
跪く様にして美人の踵落としを額で支えるモーガンは朦朧とした表情で固まっている。眉上の窪みにフィットした踵が次第に震え出すと、ハンスが過呼吸気味に震えて倒れ込む。
「すぅ〜……! ちょっ……、んぅゔ……! 硬すぎ……だろ……バカが……花崗岩かよ……!?」
痛みでうずくまる赤毛美人。 脳震盪で彫像の如く動かなくなった憧れの男。
これは好機と見るや、少年は次の手を打つのだった。
「……爺や! 今日は宿泊2名様だ! もてなす用意をせい!」
つづく




