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狩人の生活  作者: 青海苔
第二章 星屑の反逆者達
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生姜に長葱と牛肉 

 モーガンが刺客へと一歩踏みしめると共に、寄生した金属線虫が肉を内側から捩じ切る痛みが走る。大男だろうが、喧嘩自慢の筋骨隆々の喧嘩師だろうが青ざめ悲嘆の声を上げる筈の術式。


 そのはずだ。 そう念じた瞬間に世界に星が舞う。モーガンの拳が左頬を捉えると共に脳が揺れたのだ。


 体の内から糸鋸で切り刻まれる激痛に耐える男が吹っ飛ぶ男の左足を掴んで手繰り寄せ、眉間めがけて叩き込んだ拳。屋根に頭を打ち付けた衝撃で瓦が弾け飛び、刺客は白目を剥いて体躯を弛緩させる。


 「……くそ痛いな。 畜生め……」


 元気を失った糸鋸の端を掴んで引き抜く。腕からでろんと抜き出された術式の周りには、湿り気のある黒い半液体状の脂がまとわりついている。


 酷い鼻血の後、鼻腔に溜まった血栓をティッシュの上にぶちまけた時の、凝固物のそれと同じ感触と人肌程度の熱。


 「……うえ……気持ち悪い」


 首筋のピアノ線を指で摘んで引っ張り出す。出せば出すほど、背筋に寒気が走るのを感じて震えながら取り出すと悪態をつきながら投げ捨てる。


 「……身体の中に忍ばせる術式がこれほど恐ろしいとは……さて、おい。起きろ」


 顔を叩いても一切反応が無い。嫌な顔をしながら脇腹を2度め蹴飛ばすと、ようやっと目を覚ますのだった。


 「おいこら。 術式ちゃんと解除しろよ」


 「……」


 「返事は?」


 「……わかった……! わかったよ……! ほ、ほら……!」


 「……ん〜。 よし。 あの女に掛けた分も解け。 しらばっくれたら、わかってるな?」


 「わかったよ……やった。 う、嘘じゃねぇ……!」


 紅く煌々とした瞳が刺客へと向けられ、魔力の励起を確認している。髪の毛を掴んで尻が浮くまで持ち上げる。


 「嘘じゃねぇって! マジ! マジで解除してんだ!」


 「その話をしてるんじゃねぇ。 誰に雇われた、何処で情報を聴いた?」


 「誰からってわけじゃねぇ……! 噂だよ! かつてこの地を支配した王が所有したとされる遺物が運び出されたって!」


 「何故あの女を標的にした? 理由は?」


 手首を手前に引きつけ、髪の毛を握りしめる。苦悶の表情に涙目の男は息することも辛そうに途切れ途切れに言葉を繋ぐ。


 「……グリフィン空輸で運び出されると聴いたんだ……! 赤い髪の毛の……腰まであるクセ毛の女だと……!」


 「……信じると思うか? もうちょっとマシな嘘言えや……なぁ?」


 「半信半疑で行ったらマジだったんだよ……! 他にも色々と見てる奴が居るだろ……アンタ、気が付かないのかッ?! ほら、使い魔がそこら中に……!」


 青っぽい空の色に溶け込む使い魔がモーガンを見下ろしている。首に生えたヒゲを撫でるようにして周りを見回す。


 「……気が付かなかったよ。 ……確かにな」


 「……マジであるって多くに知れ渡ったんだ……アンタも気をつけた方が……あああああ!」


 「殺しに掛かってきた野郎が言うんじゃないよ……。 髪の毛、全部抜いちまうぞ……ボケが……!」


 それ以上に何か言っておく事があったような……と数秒沈黙を続けた後、血が伝い落ちる指先を刺客の顔面へと向ける。


 「……そうだ。 お前、次に悪い事したらただじゃおかねぇぞ。 顔は覚えたからな……わかったか?」


 「わかった……! わかったから……放してくれ!」


 「……おっけ。 ……おいおい。 おまえ……寝不足だよなぁ。 目ぇ充血してっぞ?」


 「え、え? 充血? なんの……ゔっ! くっ…………! ぁ……!」


 程いい高さまで片腕で持ち上げ、軽く投げ上げる。髪から首へと握り直すと静かに力を込めて行く。脳への血流が遮断され、全身がぐったりするまでに時間はかからなかった。


 気がついた頃には衛兵を伴った馬車へと詰められていた。朝日が3重にも重なり、右耳周りの毛根がギリギリと痛む。


 「……ひどくやられたな」


 側に座っている衛兵が声を掛けてきたが、その声も頭の中に酷く響いて痛む程だ。


 差し込む太陽の輪郭の中に、既視感のある男の輪郭を見た。赤く発光する瞳がじいっとこちらを見つめている。黒い影に浮かぶ赤色は悪魔にでも睨まれているかのようだった。


 「……早く連れて行ってくれ……。 あの顔を2度と見たくねぇ……! 早く! 早ぐ!」


 「落ち着けよ。 手続きしてんだ。 終わるまで待て。 ガキか?」


 衛兵を前に調書を取られているモーガンが再び車内を覗き込んで悪い微笑みを浮べている。


 「かぁいそうに。 震えちまってってんじゃん」


 太陽が地面を照らして日もすっかり昇った頃だ。屋根板を直す大工達の声と釘打ちの音で赤髪の女が目を覚ます。太い眉に、嫌味のない艶っぽく厚みのある唇。小麦色の肌。


 「……」


 痛み止めを飲まなければ寝付くのも辛かった傷からの痛みが消えている。


 傷をさすり、あの男の事を思い出す。あの痛みは近くに術者が寄ってきた証拠だと言って薬を手渡して来た赤目の男の顔を。


 (……無事だろうか? 彼は?)


 彼自身、魔術師であるとは言っていた。 眠る前に、大丈夫。 明日には治ってるよ。 そう言った通りになったのだ、間違いなく戦闘になりあの男が勝ったのだと直感でわかった。


 「……お。 起きてる。 ずいぶん顔色良くなりましたね……気分は?」


 血の滲んだ包帯が巻かれた腕、首にはガーゼを留めた姿のモーガンが部屋へと現れる。


 「親切だよねぇ。 キッチンを貸してくれるとは。 味付けは濃い目で。 ……アレルギー無いか聞いてなかった……食べられます?」


 「あ。 はい。 親切にしていただいて。 すみません。 ……その怪我は」


 強い消毒剤の匂いが食事の湯気に混じって漂ってくる。体に良さそうな、あんまり唆られないニオイを纏ったモーガンが食事を側のテーブルへと置く。


 「昨日ゴミ出しに行ったときに、うっかり滑ってしまって。 酒飲んで足元がなぁ……てのはキツイか。 貴方を狙った刺客か盗人。 意外と良い術式だったもんで……ヘマしたなぁ。 どういう仕組みか訊くの忘れてた……」


 痛むだろう怪我を気にする様子はなく、椅子へと腰掛けて脚を組む。無精髭を撫でながら天井を見つめた後、面倒臭くなった様に声を漏らす。


 「まぁ、勝ったから問題無し。 今頃牢屋で横になってるでしょうな……。 自分の術式で食っていくのは良いけど、やっぱり犯罪はなぁ……こうやって手痛いしっぺ返しがあるから、やらないほうが良いのにね〜。 そんなにお金が欲しいのか……それとも、長い目で見れないだけか……」


 紙袋から茶色い瓶を取り出すと、蓋を親指ではじき飛ばす。 いやはや、世の中物騒ですなぁ。 そう言うと、美味そうに喉を鳴らし、口から離すと瓶の内容量が半分以下になるまで流し込んでいる。


 「……すみません」


 「ぷは〜……いいっすよ。 自分の術式使って人に迷惑かける犯罪者を牢屋送りに出来たんです。 昼酒も飲めていい気分ですよ……ん……ふぅ〜。 どれもう1本」


 新しいビール瓶を取り出す彼の目に鋭さを感じ取る。何を聞かれるか。 当然、あの荷物の事だ。何を言われるでもなく、女が口を開く。


 「……私は曰く付きの物品を専門に運搬する仕事をしてまして。 今までこういうことは何度かあって。 荷物に殺されかけた事も……」


 「ん〜。 扱ってる物が遺物モノですからね。 危険な目には遭うでしょうな。 かつての王が持っていたとされる宝。 ……使い方は知ってます? にしても、小汚い遺物だなぁ」


 「いえ。 そこまでは……あ、あああぁ!」


 モーガンがビールで杯を満たすと、躊躇うこと無く酒を飲み干している。


 「……危ない物なんですよ! いつ効力が出るか……!」


 「……なんか、金属臭いな……普通のコップと変わらないですね……使い方が違うのかな……少ししか入んないし……ゔっ……!!」


 胸を押さえ前屈みになるモーガンを庇うようにベッドから体を引き起こす。


 「……だから言ったのにっ!」


 助けを呼ぶにも誰も居ない。怪我が多少開こうが仕方ないと、ベッドから脚を床へ出そうとした時だった。


 「……冗談ですよって。 あははは〜。 騙された〜」


 「…………こいつ」


 「あははは! 元気そうで何より。 遺物だとは思いますけど、効力も昔に失われてるタイプかもしれませんよ? そうなりゃ、コレクターがバカほど金を積んでしか欲しがらない骨董品って部類ですかね。 殺しをやっても手に入れたい奴が居るとは思えんのですがね……あ。 そうそう、ちょっとした提案があるんですが、良いですか?」


 心配を無下にされたハンスが不機嫌な返事を返す。


 「なんですか?」


 「護衛を頼みたいなら、お安くしておきますよ? ちょうど今受けてる案件が落ち着いてて、しばらくは暇なんでね。 脅したくは無いんですが……1人で彷徨いた場合、お姉さん殺されますよ? それに関しちゃ、貴方が1番判ってるでしょう?」


 「……。 何が狙いですか?」


 左へ右へ。ゆっくりと何度か瞳を転がしたモーガンが少し考えた後に口を開く。


 「遺物なんて希少な物の護衛を引き受けたとなれば、私の狩猟団にも泊が付くってモンですよ。 食品と宿代だけでも払って貰えれば、ついて行きますよ? いかがです?」


 「……」


 しばらく俯いて考えたあと、ハンスはモーガンへと再び視線を向けた。


 「……こちらとしても、貴方ほどの護衛は心強い。 契約しましょう」


 「お。 じゃあ、よろしく。 明日の昼にはその届け先へと行きますか。 今日はのんびり、一緒に飯でも食いましょう。 ハンスって偽名だったりします?」


 「まぁ、呪いとか怖いですし」


 「あ〜。 確かに。 自分も偽名というか、ニックネームというか。 昔世話になった人の名前を使ってるんで、気持ちはわかります。 いつの間にか、こっちが本名みたくなっちゃいましたがね……戸籍上もこの名前で……」


 「へぇ。 世話になった人の名前ですか。 その人はどう言ってました? 自身の名前を使う事に関しては?」


 「多分、喜んだんじゃないですかね? 名乗りだす頃には死んで随分と経ってた頃なんで、どうともね……多分喜んだ……だと良いなぁ……ま、生きてる人間のエゴでしょうね……」


 「…いい人だった?」


 「……いい人だったし。 それでいて、すんごく悪い人でしたね〜。 私にとっちゃ、年の離れた優しい兄貴ってだけでしたが……いいや、先生でもあったかな……」


 「……」


 「ハンスさんも誰かから取ってきた感じですか?」


 「いえ、ぱっと思いついただけで」


 「そうですか。 ま、死んだ人間の名前を取ってくるだなんて、随分と女々しい話ですよね……」


 そうつぶやくモーガンの目には哀愁と望郷の感情が宿っていた。大事な人だった。 それだけは確かな事だと表情が物語っている。


 ハンスが何かを言おうとした瞬間、ドアが開き見覚えのある毛並みが入ってくる。


 「いやぁ〜。 金槌音がうるさくて敵わねぇ。 なんかさ〜、魔術師が暴れたとかなんかで、屋根がぶっ壊れたらしいんだってさ〜」


 「はえ〜物騒だねぇ。 迷惑な奴も居たもんだ」


 「旦那なら壊さずに潰せますもんね。 術者」


 「いやぁ〜……ど〜かなぁ?」


 つづく

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