過去からの呪い
「さて、どうやって殺すか……あの、モーガンとかいう鉄人を潰すにはどうすれば良い?」
上半身裸のデクスターが良くローストされた豆を頬張る。差し込む光が埃を輝かせ、本で出来上がった塔を避けながらソファーへと腰を下ろす。
「……まぁ、今頃はあっちの処理で大変だろうな……」
デクスターの胸に入った入れ墨が蠢き、眼球の側に描かれた瞳の中へと入り込んでいく。湿り気のある音、潰した目玉に指を突っ込んでいるかのような音がグジュグジュと鳴る。
瞳孔が拡散すると共に無機質な音が響くと、差し込む光に投影されたデクスターの影が少し変化する。一回り大きく、より濃い影に。
「僕が出るしかないかな……」
そう言った瞬間に、彼の手には分厚い本が握られていた。どこかから取った訳では無い。その場所、その手の上に出現したのだ。
本というより、芸術品。人間が発狂した表情を象った金属の装飾が施されている。浮かび上がった本が自ずと開き、所有者の望んだページを見せるのだ。
「……もう少しで僕は動ける。 やるからには万全の状態じゃないとね。 それに、元々は僕の所有物だし、返してもらうか」
彼女の操る傀儡術式の砕石機にも劣らない破壊力を持つ拳を弾きながらラジオに耳を澄ませている。
「ヘルメース。 もう少し音量上げてくれないか?」
「あいよ〜……しっかし、セシリーの術式は恐ろしいねぇ……もうここまで動かせるようになったとは」
コーヒーと茶菓子を楽しむヘルメースの隣に座ったセシリーは目に布を巻いて傀儡術式を動かしている。
「……全力でかかっても……やっぱり」
傀儡の胸をモーガンの拳が貫く。気を抜けば腕や脚をへし折られ、毎度のように傀儡を破壊される。今回もそうだ。途切れた映像に苛立ちを感じながら目隠しを解く。
「……才能無いのかな……」
「ははは。 一朝一夕で十数年のキャリアを持つ魔術師に勝てると思うなかれさ。 子供の頃から強い術者で大人顔負けの奴はそれなりにいる。 ただ、大将の場合、大人顔負けの子供が大人になったタイプだろうから、どんな非凡な術師でも」
モーガンが傀儡の首を引き千切ったと共に目隠しを外す。見るも無残に破壊された傀儡術式を見ながらため息をつくセシリーへと続ける
「大体ああなる。 ……向こうは軽い運動程度の術式負荷でここまで出来るんだ。 勝てっこない」
紅茶を嗜みつつ脚を組んだヘルメースへと向かって苛立ち混じりの質問をぶつける。
「じゃあ、ヘルメース姉ちゃんは勝てるの?」
「……大将が術式を絞って戦ってくれるなら、トントン。 そうじゃないなら無理。 まぁ、単一の術者なら、特性次第だね。 劣化だとか老化の特性を有した非力な傀儡でも大将死にかけて……実際に心臓止まってたっけ? まぁ、そのうち発現するだろうし、焦んなくても良いよ。 護身用なら満点だ」
汗ばんだモーガンが二人の近くへと歩いてくると氷の入ったアイスボックスから瓶ビールを取り出す。親指を差し込んで栓を弾き飛ばし、美味そうに流し込むと横のベンチへと腰掛ける。
「ヘルメースと私が殺し合ったら? 随分と怖い話題じゃないか。 お互いが無事では済まないと判っているから殺し合いには発展しないだろ? あ〜昼から飲むビールは最高だな……!」
「老いた赤子を使われたら勝ち目ないし。 殴り合いにも発展しないんじゃない? 大将の使う、老いた赤子ってどういう特性なの?」
「……あんましベラベラ話すのもあれだけど、ある程度魔力差がある場合は、生物の脂質を変質させて破壊する事が出来る。 指令者が定まっていない魔力であれば、魔力自体を破壊して石油に変質させる……結局、経験でしか言えないんだけど、そんな感じかな。 範囲が曖昧だからヤバい時にしか使わないけどね……。 脂質と魔力を変化させる術式っていうのかね……」
「え。 なにそれ怖い」
「だよなぁ、ネズミで実験してたから間違ってないとは思うんだけど。 ……実験用のラットが全部石油と小骨になってた時は戦慄したよ……万が一人間がいる場所で使ってたら…………駄目だ思い出してナーバスになってきた」
「ある程度魔力を持ってる相手には効果が薄くなるってこと?」
「……魔力斥力による特性の中和はモロに受けるね。 効果減衰が大きい部類だし、指向性を持たせずに四方八方に散らせるから、ある程度の魔術師であればほぼ効かないね。 かと言って、普段使いしたら獲物が臭くて食えなくなるし、用途に制限が掛かる使い勝手の悪い術式だよ。 実際、ヘルメースは意識が飛んだくらいで済んだし」
「……兄貴、魔力斥力ってなに?」
「おっ。 説明より見てもらった方が良いかな」
冷やしたビールを新たに開き、モーガンが全身に魔力を滾らせ、煌々とした赤目を瓶へと向けている。
「このくらいで良いかな……お酒は魔力を吸いやすいから丁度いいか。 ビールでやるのは初めてだけど……ヘルメース」
「ん〜……可愛いセシリーの頼みだ。 どうぞ」
ヘルメースの瞳に魔力光が宿るとともに、手を前に差し出してくる。その手にビールを垂らすと摩訶不思議な光景を目にすることができた。
「ビールが肌に触れずに滴ってる……」
ヘルメースの華奢な腕の形に倣うように、滴るのは当然だが、皮膚から6センチメートル程の空気の層の上を滑っているのだ。
「自己の魔力と他者の魔力は反発し合う。 結果として、これがある種の盾の役割を担ってるんだ。 常人なら致命傷になる攻撃や怪我でも魔術師なら大怪我で済む。 そこまで強力なものじゃないけど、向きを定めない術式特性を弱めるには十分な現象だよ。 コレの密度を限界まで高めると……待ってね……少しコツがいるんだ…………」
モーガンが手を合わせる様に構え、手のひら同士の間を少し空けたままにしている。
「ヘルメース。砂糖」
「お。 ちょいまち。 下になんか置こう。 汚れる」
食パンをモーガンの手の下へと置くと、シュガースティックの封を開いてモーガンの手のひら同士の間隙へと少しずつ流し込む。
モーガンの手のひら同士の間隙を通過した白い砂糖は煙を立てて真っ茶色のカラメルへと変化して食パンの上へと降り注いでいく。
「お〜お。 もう少し広げよう」
少し離すと、カラメルになりかけた砂糖が積み上がっていく。
「魔力密度を限界まで上げると、魔力の層に物体が侵入した際に、ある種の摩擦が起こる。 砂糖だからこうやって、カラメルになってるけど、人体なら、細かに爆発して皮膚がボロボロになる。 フェイスレスを槍でぶっ刺そうとした時に右腕ぐちゃぐちゃになったなぁ……結構前だけどさ……ん。 ……焦げ付いて美味しくない……ビールで口直し。 へへへ〜、最高」
「それを全身に纏わせる事って出来るの?」
勿体無いと不味いパンを頬張るモーガンが首を横へと振る。できる奴は人間やめてる。今まで10人くらいしか見たことないと教えてくれた。
「使ってる内に、密度も増していくから余計に術式に対する防護力が増えてカチカチになるぞ〜」
「まぁ、受け止める一瞬に密度を高めて防御する事を、魔力で受けるとも言うね。 咄嗟に体を腕で守ったりする時に使ったり、上手く使えれば無傷で済んだりする」
「無傷は無いでしょ。 大将基準で言うんじゃない」
「えぇ〜、だって〜。 行き着く先を知っておくのは重要な事だと思うけど。 ま、良いか、リジェの仕事に同行するからしばらくの間留守にする。 いい子にしてろよ?」
「……お。行ってら。 こっちの仕事は任せろい。 っと、大将に見せておこうかと……これ、見て」
「……狩人証じゃないか……お。 クラス4……おぉ〜やったじゃん。 でもどうしてだ? クラス2の楽な仕事で金稼ぎしたい的な事言ってたんじゃ?」
「なぜか……まぁ、この街が気に入ったからね。 腰を据えるにも良さそうだからさ。 それに、優男風のイケメンが多い」
「ははは。 そっか。 まぁクラス2で受けられる依頼も多くはないし。 兎にも角にも、おめでとう」
家のドアが開き、アリスが寝巻きのまま姿を現した。
「お〜。 自分もビールもらって良い?」
「おはよ〜、ほれ。 目覚めの一杯だ。 ……それじゃ、みんな揃った事だし……バーベキュー始めるか〜。 もう一杯飲み終わってからでも良いか」
「良いんじゃね? どうせ休みなんだから、時間は贅沢に使っちゃえ」
「だよなぁ……んくっ」
ヘルメースがアリスへと視線を向ける。
「最近、良く休み取れてますよね……ほら、以前はあんまり取れないみたいな感じでしたけど」
「オートマタを導入して、効率化したからね。 みんな好きな時に休める様になったからかな。 それに、人員も増やしてやれることも増えたからね。 前よりも一人当たりの利益が上がったのも大きい」
「そんでもって、昔より獣害が減ってるんだよね……茨の怪物が暴れたせいかな。 まぁ、今年はまだ忙しくないだけかもね」
「……オートマタ良いよね。 維持費がバカ高いけど」
「その価値はあるさ。 トランクの維持費が安いのって、モーガンさんが保守点検してるから?」
「そうね〜。 業者も様々で腕の良し悪しの振れ幅が大きいから、なら自分でってのが……まぁ、オートマタいじりは趣味みたいなモンです」
「……今度、また仕事で家を」
「ん。 わかった。 行ってら〜」
「……おぉ、なじられるかと思ったけど」
「仕事は仕事。 ベストを尽くしておいで……その代わり、上手く焼けた肉は私が一番に貰うから」
「……はは。 おっけぇ〜、じゃあ、焼きますか……」
モーガンがバーベキューの設営を始めるためにベンチを離れて行った。
「ヘルメース。 私っていい女でしょ?」
「まじで最高っすね」
「ふふふ」
つづく




