罪人の眠る時
今日も相変わらず、床に白い大蛇が寛いでいる。生き物ではない。かと言って、無機質でも無いのだという。
「おはよ〜」
セシリーが大蛇を優しく撫でると、眠たそうに瞼を動かしている。思えばこの精霊とも長い付き合いだ。そんな物思いに耽りながら、冷蔵庫へと向かう。
「……ん〜、何が出来るかな……」
「おはようございます。 セシリー」
「トランク、おはよ〜」
「随分と早いですね。 喉が渇いたの?」
トランクが調子の悪い左腕を軋ませながら台所へと立つ。彼、あるいは彼女はこの家の中で最もモーガンと付き合いが長い。
「……ん〜ん。 朝ご飯を作ってみようかなって」
「おっ。 じゃあ、一緒に作る? ……というか、どうして作ろうと?」
「……兄貴に」
「それは喜ぶでしょうね……汁物と……あとは肉かな……セシリーは何が食べたい?」
「……特にないかな」
「きっとモーガン喜びますよ」
早く目が覚めた。というよりか、最近は随分と長い時間睡眠を取っていたっていうのが正しい。日の出と共に、支度をして日没と共に寝床に入る。それが農奴の生活というものだ。
両親の事は今でも愛している。既にこの世に居ないとしてもだ。悪夢を具現化させられた際に亡くなった両親。辛い生活であったが、不幸では無かった。愛情を持って育ててくれたし、貧しかったが貧困する程でもなかった。
「……ねぇ。 トランク」
「どうしました?」
随分と上達した手つきで玉ねぎを切り終わった頃、セシリーがトランクへと声を掛ける。話題は彼女が兄貴と呼んでいるモーガンの事だ。
「昔の兄貴ってどんな人だったの?」
「……そうですね〜。 今より血の気が多い人でしたね。 オートマタである私に向けて見せてる顔は、セシリーやアリス、ヘルメースの知ってるあの感じですが、他所様にはもう少し棘のある感じでしたね……」
「例えば?」
「やられたらやり返す。 って感じでしょうか? 非術師に殴られたら術式無しで報復。 術師なら肉体強化を用いた殴り合いで報復。 耳が取れかかった状態で帰ってきたりもしてました」
「………耳って……この?」
「はい。 刃物で後ろから前にざっくり切られてて、引っ張ると取れてしまいそうな感じでした。 何があったか聴いても、奴は人の尊厳を踏みにじった。 今頃、歯向かった事を多少は後悔してるだろうさ。 と言ってましたがねぇ……相当腹に据え兼ねたという様子で……まぁ、相変わらずお節介焼きな人ですよ。 あの人の事だから、自分自身が馬鹿にされただとかでは無いでしょう」
「……お節介焼き」
「……首を突っ込まなければ良いことにまで関わりますからね。 それさえしなければ、親切な人なんでしょうけど」
「それで、実際に何か起こったりしたの?」
「隣の街に滞在してた時なんですが、何かの統計表を持ってきて……他のどんな場所より失踪者が多い。 人間が子供を攫って殺害してる可能性が極めて高いのになんで調査しないんだ! って息巻いてましたね。物証が無いってことは、死体を見つけて検死してもらえれば、治安維持組織と狩人協会を動員出来る。 そう言って遺体を持ち帰って来た結果、犯人扱いですよ」
「……ははは。 なんか、行動力あるね……」
「誘拐犯の烙印を押され、胸を数発撃たれて暗殺されかけたり……」
愚痴っぽくなって来たのを感じ、セシリーが話題を切り上げる為に謝ろうとしたが、トランクは穏やかな声で続けるのだった。
「まぁ、そーいう人だから。 今こうやって過ごせてるんでしょうね……」
「……そうだね」
あとは自分で出来るからと、優しく追い出されたセシリーがカウンターに腰掛けて本を読む。学校の宿題とは別の本で随分と年季が入った本を書き写している。
「それは?」
牛乳で割ったコーヒーと角砂糖を渡しながら、本を覗き込むと、そこには馴染のあるモーガンの文字と挿し絵が記されていた。
「ん? 精霊の種類だとかの勉強。 人と違って触れちゃうから、無害な種類と有害な種類の区別がつくようにって……兄貴から借りてるんだ。 自分の図鑑を作ったら返すように言われてるからさ……」
「返還締め切りは?」
「出来なかったら持って行っていいって言ってた。 ただ、自分で書いておけば、全てを読み切らなくても、序盤を眺めるだけで思い出せるからやってみなって」
「はえ〜……。 ちゃんと教えてるんですね……。 時折帰ってきて泥のように眠ってるだけじゃないんだ……」
「ふふ、言い方」
「……そういえば、モーガンは誰から教わったんでしょう?」
「兄貴も見える人から教わったらしいよ。 精霊使いだとか、精霊の研究者だとか。 地方によって呼び方が違ったり、口伝で伝わってるからこの図鑑も絶対ではないってさ。 精霊の見える人の集団……十数人のグループで世界を巡ってる……なんだっけ……名前は忘れたけど、そういう職業の人も居るんだって」
「……へぇ。 モーガンは普段、精霊に関して話題にしないので……新鮮ですね」
「共通の話題として盛り上がれる話じゃないとは言ってたし……兄貴はそれで苦労したんじゃないかな。 人前でベラベラ話す事じゃない。 見える人とたまに情報交換するくらいのニッチな話題に留めておくほうが無難。 だってさ」
「あ〜。 精神病院にぶち込まれた時にそんな事言ってましたね。 ……情報交換というのは?」
「…………精霊って虫だとか、動物に似た姿のが多いんだけど、それより、現象に近い精霊も居るんだ。 霧状……煙みたいな精霊も実際に居る。 それがいっぱい飛んでる地方は、その年には豊作に。 少なければ凶作に。 土地の健康状態が判るんだって」
「……へ〜」
「……なんか、兄貴の言ってた事が今理解できた気がする」
「だって見えないんですもの」
「だよねぇ……」
「セシリー」
「なぁに?」
「モーガンは良い保護者ですか?」
「ん。 絶対良い人」
「そうですか」
「……?」
「いやぁ〜! 朝ご飯と一緒に今の言ったら絶対喜びますよぉ〜!」
「……えぇえ……! 絶対ダメ! 恥ずかしい!」
「セシリーが恥ずかしいなら、私の方から伝えておきましょうかねぇ↑ おほほほほぉ☆」
「絶ッッッ対にやめて。 ヤダ!」
「んほほ〜い☆」
しばらく後。疲れが抜け切ってないモーガンが姿を見せる。眠たい目で少し伸びたヒゲを撫でている。
「トランク。 その左腕どうした。 外れてるぞ?」
えらく物静かなトランクと手帳の写しを取るセシリーを眺めていると、トランクの左腕が無いことに気がついた。視線を横に向けると、籠に盛り付けた林檎の横にトランクの上腕が飾ってあった。
親指を立てたその上腕。まるで元来より装飾として鎮座させられていたかの様な雰囲気を放っている。んな訳は無いのだが、下に布を噛ませているのを見るに中々アート感がある。
「……センスある飾り方だなぁ。 …………あれ、内側のフレームのボルト穴が割れてる……あれぇ?」
掴んで揺らすとカランカランと無機質な音が鳴り、足元に金属疲労で割れた様な金具とパイプの一部が転がり落ちる。
「……すぅ〜……チョット、キッチンの角に引っ掛かってですね……外れてしまってですね」
「おぉ。 そっか、これ……メーカー対応になるからすぐに直せないぞ? ……本当に引っ掛かったの?」
トランクが残った手で、耳を貸せ。できるだけ静かに。 とジェスチャーを向けてくる。
「まぁまぁ、ものは試しにやってみてくださいよ。 修理」
「ういうい。 しっかし、自分もだけど。 お互い、左腕を良く故障するよな。 そこ座れ、本体の損傷も見てみるよ……動くなよ」
「モーガンのは切断でしょう」
「言えてる。 ははは。 君と違って鋭利な刃物でぶった切られてるけどね。 えぇっと……何処のパーツのネジだっけ。 ……前より持った? 左腕」
「いや……前のと変わらないですね」
「……身体の動かし方に個体差が出るとはよく聞くがね……はぁ、まぁ良いや。 ここのメーカー頑丈に造ってるのは良いんだけど、整備し辛いんだなぁ、これが、ボルトも独自規格とくれば……あぁ……駄目だな。 腕ごと交換するか……ちょうど良いのが倉庫にあったはずだ」
特有なニオイを放つ薄汚れた工具箱を運び、流線形デザインを主とした五指の上腕。細身な軽量タイプでセラミックのような質感の交換パーツだ。
「……随分と値が張りそうな腕ですね」
「ん〜。 特注品だしな。 設計図送ったら作ってくれた。それなりに値は張ったけど、重さは前のと同じ、ただ強度はこっちが上だ。 関節部はグルド系企業のパーツだし、前より故障は減るだろう」
腕を外して接続口に腕の付け根を挿し込み、補強具を締め付ける。
「(で……本当に引っ掛かっただけか? 正直に言ってみ)」
「(……実は、ヘマしちゃって)」
「(セシリーに何かしたのか? 残渣で判るぞ? 怒らせる様なこと言ったか?)」
「(すぅ〜……い、いや? えっと〜、モーガンに関わる話で……詳細は言えないんですよね……)」
「(え。 俺? なになに、気になるんですが)」
「(……それを? 言っちゃうと、ダメっていうか?)」
「(……そっか、まぁ、よく判らないけど。 セシリーさんも俺に対してフラストレーション溜まってるんだろうな……すまないなトランク)」
「(い、いいやぁ? そういう話じゃなくて〜、冗談をマジで受け取られてしまって)」
「(怒らせた?)」
「(はい)」
「(そっか。 まぁ、反省してるだろうから何も言わないよ。 うん。 うるせぇと思うかもだけど、次は上手くやろう)」
「(了解)」
「おっけ、動かしてみ……抵抗値見てみるから」
五指を滑らかに開閉させ、手首に捻りを加える。測定器の数値を確認し、プローブを外して工具箱に戻す。
「どんな感じよ?」
「良いですね……前より少ない電力でしっかり掴めますし」
「ん〜ん。 ま、気をつけて……はい」
「了解です」
モーガンが壊れたオートマタの腕をセシリーの前へと置き、傍の椅子へと腰掛ける。
「おはよ。 随分進んだね」
「おはよ〜……」
「セシリーさん。 今、ちょっとだけ良い?」
「……はい」
「……術式で捩じ切ちゃった……? この腕」
「すぅ〜……思ったより……簡単に捩じ切れちゃった……って感じ……ですかね」
納得したような、素直に言ってくれた事に対して安堵したかのような感嘆の声を漏らした。
「カッとなった?」
「……まぁ……はい」
「そっか。 改めて知ったとは思うけど、君の傀儡術式はかなり強力だ。 銃弾すら雨水と変わらない程のね。 トランクも、ふざけすぎたと言ってたし、許してやってくれ」
「……」
「ところで、いったい何の話題をしてたの?」
「兄貴には教えてあげない……」
「……あら残念」
「……怒らないの? 壊しちゃったのに……」
「反省してる人を叱る事なんて出来ないっしょ? 失敗で落ち込まない。 失敗を踏まえて次にどうするかを考える。 同じ様な事があった時、次はどうする?」
「……話し合う?」
「いいね。 賢い子だ。 大人でも出来ない奴は多い」
「……話が通じない人だったら?」
「まぁその時は、腕を捩じ切ってやれ。 ははは」
「ふふっ」
「さ、作りかけの料理を仕上げるとしよう。 トランク、手伝うよ。 ……セシリーさんもやる?」
「よろこんで」
つづく




