良く炙った肉
「貴方がモーガン?」
気の抜けたモーガンの顔の筋肉に緊張が走り、顔付きが変わる。権力者との関わりは慎重にならざるを得ない。不敬罪で衛兵に囲まれるのも勘弁だし、折角、飯を食いに来たのに殺気立った人間を手に掛ける事になっては気分が悪い。
目線を上げると、先程まで壇上で話をしていた王子様ご本人が目の前に。側には若い男を連れている。こういう手の側近やお守りの人材は経験と体力のある30くらいの男だとかが務める様な気がするが、どう見ても10代から20代そこらの若者だった。
グルド人からすれば、ほか種族の年齢を推定するのは難易度が高い。エルフの30代と10代後半の区別が付かなかった時にアリスからデカいため息を吐かれた実績がその証明とも言える。
「えぇ。 王女様から直接来ていただくとは。 光栄です。 彼女はカフカ。 私の仕事をサポートしていただいた方です」
「はじめまして」
「えぇ。 はじめまして。 この度、使徒の討伐には……モーガンという狩人が携わったとお伺いしていましたので、ご挨拶をと思いまして……」
足早に挨拶を済ませて、他の招待客へと行くのだろうと思っていた矢先、まさか女王陛下が目の前の席に腰掛けるとは思ってもいなかった。
部下からアホ王子と称される、フェレスドレアの付き添いをその場の流れで務めた事があるが、振る舞いには大きく差がある様にも見える。
光栄な事だと誰もが言う。王族との関わりがあるだとか、実際に食事に招かれたりだとか。確かに正しい。誉れある事だ。
しかし、目の前の女王が悪事を働く為に国を乗っ取った組織の親玉であるか、国を良くしたいが為に、短い間だったが反逆者の汚名を進んで被りに行った人間であるかの区分けが出来ずにいる今はその限りでは無い。
食器に伸ばした手を戻して背筋を伸ばす。テーブルマナーに明るい訳では無い。ただ単に、食欲が消え失せてしまっただけだ。
「地下に潜んでいた……怪物退治を成し遂げたと耳にしています。 傷の方はもう大丈夫で?」
「はい。 狩人協会のバックアップのお陰で元気です。 しかし、女王陛下より直接にお声がけを賜るとは、身に余る光栄です」
「そうでしたか」
何かを伝えようと口を開くと共に、隣の男が耳打ちをする。
「……時間を取りたかったのですが、予定が詰まっておりまして……では、失礼します」
彼女を見送ると、黒服連中が追随していく様を眺めながら酒を流し込む。
「……それで? お付きの貴方はついていかなくても良いんですか?」
「いいや。 僕は君等に用事があって残ってるんだ。 座るよ」
首元にシンボルを携えた修道服。若い男だ。モーガンよりも年上だろうが、肌の手入れと爪の手入れが行き届いており、彼よりかは若く見える。
モーガンが目を凝らして、周辺に漂う魔力を読み取る。
「あれ、僕の魔力推し量ってる? あんまし、そういう無礼は場合によっちゃ不敬になるで?」
「申し訳ありません。 日頃のクセでしてね。 随分とお若いのに側近のようなポジションを与えられているので、相当に腕の良い魔術師なのかと思いまして」
「へぇ〜、んで、どうだった? 君から見て自分強い部類かな?」
「読み取る前に止めておいたので、詳細には不明です。 ただし、抜け目の無い性格の方だと思いました」
「ほぉん。 まぁ、ええや。 わざわざこうやって目の前に居るってことは、用事があっての事でね。 派遣される狩人名簿に載って無い奴が、勝手に暴れ回ってた事は、個人的にムカついたけど……結果としていい方向に向かってるから不問とする決定が下ってる。 今回は別の用事があってね……」
「……立場のあるお方だとお見受けしますが、わざわざ直接?」
「肩書はスゴいけど、実際は小間使いさ。 今のところ未定の話なんだけど、仕事があれば君を指名したい」
「……」
「無論、君たち向けの案件さ。 狩人協会から登用した人材も居るんだけど、あんましパッとしないのが残ってね。 かと言って、死んでもらっても困る」
「その時に私がこの国に残っているかはわかりませんが。 前向きに検討しましょう」
「なんなら、横のお姉さんに依頼しても良いけどね」
「……ん〜。 報酬次第かな?」
「ははっ。 あまり乗り気じゃないね。 それじゃ、自分はこの辺で。 楽しんでね」
「……失礼。 名前は?」
「ジュノーって名前。 ぱっと見は、おしとやかな王女様の世話に戻るよ。 その料理マジで美味しいから、また会った時にでも感想教えて。 それじゃ」
胡散臭い奴だと目を細めるモーガンがジュノーの背中を見つめ続ける。
「どう思う?」
「何がさ」
「……どう見ても、釘を刺しに来たように見える。 見張ってるからなと言ってる感じがしてね」
「まぁ、許可無く自分達の土地で好き勝手されたら腹も立つだろうさ。 まぁ、気をつけた方が良い。 ああは言ってるけど、裏ではどう考えてるかは読めないからね」
「……にしても、胡散臭い奴だったな。 あの作り笑い、それに王女様か。 なんだかな……あの目は」
「どうした? 見とれてたのか?」
「好きでも無い相手に見とれるかよ。 ……まぁ良いや」
ため息交じりに、食器で皿を叩く。美味そうな匂いがしてはいるのだが、何か気に食わないという表情だ。
「食わないのか?」
鼻を鳴らしてから食器を側に置く。
「食わない」
「なんでさ」
「下剤入ってるかも。 便所で奇襲されるなんて死んでもゴメンだね」
「じゃあ、貰って良い?」
「……どうぞ。 ご自由に」
「へへへ。 やった。 でもいいの? さっきの人に感想をなんとか言われてたでしょ?」
「どーせ覚えちゃいないよ。 他のことに必死だったらしいし」
「?」
「使徒を殺した奴に関して、ある程度目星をつけてやって来たんだろう。 で、実際に顔を見たら同名の他人じゃなくて、本人だと確証が取れたって顔だった。 予め知ってたのさ。 モーガンで赤い瞳にこういう顔つきの男だと」
「……う〜! 妄想激しい!」
「……呑気だな」
「監視に引っ掛かってただけじゃないの?」
「それなら隠れ家に知らない奴が出入りするはずです。 妙な押しかけ営業も来なかったし、敷地内にも入ってきた人間も動物も無し。 治安維持組織の人間すら来ない。 手配もされてない。 写真を撮るような不審な馬車、通行人も居ない。 疑ってかかるべきでしょう」
「自分が完璧に痕跡を消したと思っても、割と残ってるもんでしょう?」
「そうですね。 顔を晒していた相手としては、貴方も該当するんですが」
「うえ。 きっしょ。 勘弁してよ。 折角の食事中なのに……うわ。 めんどくさっ。 飯が不味くなる」
「ま、気のせいですかね。 疑ってかかると見境無く疑念の目を向けてしまう。 昔から、私の悪い癖でしてね……しっかし、よく気が付いたな。 なんでバレたんだろう……」
「目を細めて見てたらバレるでしょ」
「……確かに。 ん〜……ま、良いか。 あ〜早く終わんねぇかなぁ~。 帰って酒飲みたい」
しばらく後、式典も終わり日が傾いて来る頃だ。ジュノーが城の胸壁に肘を置いて風に当たっている。風呂上がりの酒を嗜みながら耳元に指を近づける。
「……よ。 聞こえてる?」
「おぉ。 ジュノー、どうした?」
耳元に魔術陣が浮かび、互いの音声のやりとりをしている。通信術式とでも言えば良いか、昔から離れた場所から話をするという発想は平凡なものだが、その体系を確立した奴は多く無い。
「君の言ってた、モーガン。 実際に見たよ」
「へぇ。 やっぱり、僕の知ってる眉に傷有りの男だったか……。 不味いな……1番厄介な術者が派遣されてきたとは」
「……そんなに脅威な男なのか? 確かに、魔力量と質はかなりのモンだったけど」
「……多分、君は知らないんだと思うがね。 フェイスレスと互角にやり合った男だ。 しかも自己制約を踏み倒して、臓物を2つくらい駄目にした状態でな。 目はどうだった? ちゃんと2つあったか?」
「……あぁ。 ……待てよ? 臓器を失った男にしては……元気そうだったぞ…………人間か? あいつ」
「…………まぁ、やりようはある。 計画は少しピッチを上げる必要があるがね。 直接メンバーを集めて話をしよう。 マーベリックも呼んでくれ、お互い、会議後は服を焼却。 会議後は必ず風呂に入ってくれ」
「……それもモーガン対策か?」
「稀に見るタイプだよ。 機械で魔力増幅しなければ検出出来ない残渣も感知できるタイプの厄介者。 獣狩じゃなくて、魔術師狩りをやってた方が適職な男だよ。 地下の使徒だけど、瞬殺だったんじゃないかな」
「……さぁ、そこまではわかんねぇな。 どうする? 殺す?」
「事故死に見せ掛けても死なないだろう。 かと言って、十数人の術者をぶつけても、狩人協会に勘付かれる。 それでも殺すまで到れるか、返り討ちになるのが目に見えてる。 話の通じる厄災だ、やりようはある」
つづく




