社交辞令
狩人協会に支給された礼服へと身を包み、髪を整え顔にクリームを塗る。真っ黒い生地で派手な要素や遊びが一切無い。何者の意図にも染まらない色として黒色で統一されたデザイン。
「……ふ〜。 祝賀会に出るにしては地味だこと。 旧いしきたりを捨てられん狩人のやる事だな」
都市国家により扱いは様々だ。あのフェレスドレアの様にお洒落を楽しむ余裕を容認する国家もあれば、伝統主義的なお国柄もある。
平たく言えばだ、どこに出しても無難な格好をさせているとも言える。基準であり標準。定められている事に従う事の楽さを噛みしめながら、ネクタイを巻く。
国によっては頭に布を巻いたり、首に輪っかを掛けることもある。支給される礼服は相手の尊厳を傷つけず、尊重する事が何より大事であるとの証明とも言えよう。
(……やはり似合わんな。 この色は気が滅入る)
昔からあるこのスタイルにはあまり良い呼び名が無い。判事の行進、国葬参列者の集団。酷いものだと、死神の大移動だとか。着飾った蛮族集団とまで呼ばれることもある。
「似合ってんじゃん。 身内でも死んだのか?」
「身内は1人として居ませんよ。 まぁ、家族の居ない気楽さというのも中々に良いものですが……サングラスは……」
「ん〜ん。 ダメ」
「……目の色で損しろと言われてる様で残念だ」
「まぁ、いい顔はされないだろうね」
家の前に停まった馬車へと乗り込み、革手袋を右手にはめる。隙間から見える黒色の筋を見るに、咄嗟に術式を出せる用意をしているのだろうと分析官は察した。
「臨戦体制ってか?」
「自衛の為です。 自慢じゃないですが、悪運だけは誰にも負けないので」
「……ふぅん? 例えばぁ?」
「…………ところで、分析官はもう一人居ると聴いていましたが、そちらさんは?」
「アレは別件が入って来れなくなった。 良からぬ事を考えている奴は世界中に居るんだ。 猫の手も借りたいくらいさ」
「へぇ。 私が相手にした使徒はその中でどんぐらいヤバい項目なんですか?」
「まぁ、現状10段階評価で7くらいかな。 元はアレのサポート役だったんだけど、急遽クラス7である君にあてがわれたのさ。 そういえば、自己紹介してたっけ?」
「覚えがないので何とも」
「私の名前はカフカ。 それなりに名のある元狩人さ。 今は裏方へと引っ込んで分析官をしてるがね。 知ってる?」
「いいえ。 自称有名人には何度も会ってますが、聞いた事無いですね……どうしました? そんなニヤニヤして」
「いんや〜? それなら愉しめると思っただけさ。 まぁ、良いではないか美人と組んで仕事が出来るんだ。 光栄に思ひたまへ」
「そらぁどうも……。 出来れば穏便に事が済めば良いんですけどねぇ……ふぁあ〜……あぁ……眠たい」
「……なんだ、寝不足か? 緊張して眠れないタイプか。 今眠って服によだれ付いても起こしてやんないぞ?」
「1人だけカッター姿なのは悪目立ちするから良いのでは?」
「……付き添いが恥かくからやめてくれよ」
そうするとモーガンが布切れを内ポケットから取り出し咥えると、静かに瞼を下ろした。
「まぁ、仕事は向こうに着いたらスタートなんで、今のうちに疲れ取っておきますかね……」
「寝起きのアホヅラで下車しようとしてたらビンタしてシュッとさせてやるよ」
「じゃ、それで。 …………」
「いやいや。 気まずいって。 マジでさ〜……嘘だろ? えぇ……マジで寝てんじゃん。 はぁ〜……ツマンナイ奴。 これを好きになる女が居るとは世の中解らないな……」
しばらく後。 モーガンとカフカには資料が手渡されており、中身は今後のスケジュールと式典中にどこの席へと座るかが記されている。
冗談禁止の堅苦しい式典中はこの座席に座って大人しく座っている様にとの事らしい。挨拶が終わり次第、各テーブルの招待客に主催者が来て労いの言葉を掛けるのだとか。
「詳しいんですね。 私はこういったマナーには明るくない人間ですので助かります」
「ま。 こういう事も補助するのが仕事さ。 お節介でヘルプしてるわけじゃないぞ。 ……王子の横で来賓客に挨拶していたと耳にしたけど、実際は詳しいんじゃない?」
「前回のは例外中の例外というやつですよ。 あまり、富裕層だとかには関わりたく無いんですが……仕方なく」
「良いじゃん富裕層。 何が苦手なわけ?」
「といいますか、権力者との関わりは遠慮したい。 って理由ですかね。 下手な事をすると後々面倒事に発展しますし、見返りに何かを受け取ったのならね。 与えた、与えられたの関係になりますし、妙な無茶振りをされなくて良いので」
「へぇ〜。 太いパイプを持てるチャンスを捨てるとはね……」
「太いパイプを持つのも良いですが、長い期間でみて維持する手間暇が大きく、心理的な負担になるのは明らかなので、そんなに価値があるとは思いませんよ。 たまに手紙が届きますけどね……」
「ははっ、向こうはその気がないらしい。 良いじゃん。 狩人辞めて衛兵に。 狩人協会に留まって個人契約。 その若さで複数のプランを持ててる強みってのは万人にある訳じゃない」
あーだこうだと無駄話をしていると、音響から男の声が聴こえてくる。本式典の開催を静かな声で宣言し、挨拶を続ける。手短に済ませるのは風習に反しているのか、季節の話やこの国での文化、国の成り立ちを織り交ぜている。
数分間その手の話が続き、椅子に預けた尻の位置を変えたくなる頃だった。壇上へと新女王が姿を見せたのだ。
「ほぉ〜……綺麗な顔してる」
「……確かに。 広告で見るより美人だ」
「……何の化粧品使ってるんだろ」
「さぁ? ワセリンとか?」
ひと座席だけ妙にうるさいと言うか鬱陶しい招待客が他の来賓から冷たい視線を集めている。
「なぜあの様な者がこの式典に?」
「使徒を倒した狩人のついでに招待されたクチだろうな。 あのグルド人の顔、見るからにバカっぽい顔だ」
下らない話をしていたモーガンの顔がひきつると、口を閉ざしてしまった。何か悪口を言われたかのようなツラをしている。
「どした?」
「……幻聴。 どうも最近、よくあるんだよな……」
胸ポケットから錠剤を取り出して手元の水で流し込む。
「精神病?」
「ん〜。 どうかなぁ。 最近は別の可能性が……いいや、まぁたアタオカ認定されるし。 まぁ良いや、多分挨拶も最後尾だろう。 美味い飯でもゆっくりと…………」
というわけで挨拶が終わって、食事が運ばれて来る。普段はヘルメースにアリス、セシリーの方を優先しているからか、気兼ねなく食事出来る事は少ない。 メッチャ少ない。
(てなわけで、早速ぅ……)
仔羊のリブロース。それを中心に捉えた視界の縁に作りの良い紳士靴が見える。側に連れ添った相手は今さっき目にした女王その人だった。
「……貴方がモーガンね?」
つづく




