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狩人の生活  作者: 青海苔
第二章 星屑の反逆者達
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虚構の平穏

 赤い瞳の中に青空と千切れ飛んだ雲が流れて行く。車窓で隔たれた内側の世界から視線を落とすと全身に鎧を纏った兵士がやせ細った男を押さえつけていた。 何をしたわけでもない、彼はただ以前の国家体制に戻すように主張しただけなのだろう。


 側に落ちて小汚い足跡に踏み歪められたプラカードがそれを物語っている。


 (あれが、調停の鎧か)


 対魔術師の鎮圧に用いるため、先日アッシュランド広報官が自信満々にお披露目を行った鎧。強化鎧とも呼ばれ、あのフェイスレス一派による恐ろしいテロを未然に防ぐため、人民の生活、安全を保証するために開発されたとの話だ。


 それが、ああやって人民の腕を捻り折ろうとしているのは、何たる皮肉だろうか。実際は軍拡に舵を切り、帝国主義を推し進めているようにしか見えないのだが、それを認める高官は誰一人と居ないだろう。


 (……荒れてんな〜……この国。 そりゃ、狩人協会が渡航非推奨国に指定しただけはある)


 男を取り押さえた鎧の集団の中の一つがモーガンの搭乗する馬車へと近寄って、降りろ。 とジェスチャーを向けた。


 「……これはどうも。 私が何か?」


 「…………」


 間近で見てみると、この鎧がえらく高級な品だと見て解った。繊細で堀の深いデザイン。 薄ら寒い恥部隠しを纏ったボディービルダー地区大会優勝者の肉体を鎧で再現したかの様で、まさに動く彫像の如くだ。


 内部には魔力が流れており、並の銃弾であれば容易く弾きそうなイカツイ鎧に似合う様にデザインされた、頭部装甲。覗き穴が見当たらない、口先にかけて細っていく装甲には何の意味があってかは不明だが、角の飾りがついている。


 モーガンを睨んでいる様に見える鎧が重々しい剣を構える。剣と言うか、刃をつけた平べったい鉄塊と言った方がしっくり来る。真っ直ぐで反りもない峰、厚みのある刃。粗くデザインされ流線形デザインの部位は一切ない。切削工程を済ませ、刃をつけて完成。無骨という言葉で片付けるのがこれほど相応しい武器も無いだろう。


 「……?」


 「ああっと、失礼」


 そうやって口を開いたのは、鎧を着込んだ相手ではなく、近くへと駆け寄ってきた軽装の兵士だった。


 「……お前は持ち場に戻れ」


 その男が鎧へと命じると、鎧は武器の背を肩に何度か当てて、不貞腐れるようにその場を後にした。


 「……何か問題が?」


 「いいえ。 見ての通り、今は……内側でも色々とゴタゴタがありましてね……親政権派と旧体制派の小競り合いが続いてまして。 観光ですか?」


 「いいえ。 仕事ですね。 その件は、先ほどお伝えした筈です。 狩人協会の連中が他国に移動すると思い、オートマタのメンテナンス業で一儲けしようって魂胆ですよ。 動ける人間は減るでしょうし」


 モーガンの差し出した身分証には顔写真があり、住所、母国での職業が記されている。無論、嘘っぱちではあるのだが。


 「さぁ。 狩人協会の時よりも生活は良くなるでしょう。 まぁ、前のは腐敗していましたからね……まったく……っと、関係の無い話を」


 「いえいえ。 ……もう行っても?」


 「えぇ。 どうぞ」


 馬車へと乗り込むと御者に合図を送る。緩やかに動き出した車窓の日除けを下ろし、革命直後のヒリついた雰囲気を遮断して眠りにつく。


 馬車が止まり、目的地についたのかと外の景色を覗くように日除けを指で逸らせる。


 「なんだ。 工事かよ……ふ〜……ん?」


 その景色にも調停の鎧が混じっていた。マンホールの蓋が開き、それを中心にして4体の鎧が周囲を見回している。


 (……作業員は下か? にしてもあの鎧が何で? …………まぁ良い)


 「迂回しますので、少々お待ちを」


 無線機から御者の声が響いてくる。


 「お願いします」


 しばらく後、再び瞼を上げると今度こそ目的地に到着したようだ。


 「……つきました。 お代は受け取っているのでお気になさらず」


 「ありがとう」


 モーガンが馬車を降りると、そろそろ店を仕舞って家へと帰ろうとする市の店主たちが目に入ってくる。 これから暗くなる前には家に帰り、鍵をかけて眠りにつく。


 夜に出歩くなど、どうぞ殺して身ぐるみを剥がして下さいと言っているような物だと理解している雰囲気である。


 市民の生活まで荒んでいる様子は無さそうだが、あのエルフの街と比べれば空気の流れ方が違うものだなと物思いに耽る。


 市を畳む人々を交わしながら裏手へと繋がる細い道へと入っていく。踏みしめる音が少しだけ湿り気を帯びてきて、生ゴミ臭え湿気が鼻をつく。


 「……おい。 売ってくれないか……持ってるんだろ?」


 「悪いね。 売人じゃないんだ。 ……俺も欲しいんだけど、何処で売ってるんだ?」


 「……しらねぇな。 クソがよ」


 この手の奴は何度も目にして来た。目の前に座り込んだ男に対して憤りだとか、腹が立つ等の気持ちは10代の頃に湧かなくなってしまっている。


 (哀れなモンだな)


 彼の人生がどうであれ、先が長くないのは見ればわかる。(ブツ)を売っ払う連中が寄ってくるのは(カネ)があるからだ。 薬で潰れて仕事も金もない奴は誰も近寄らないのだ。


 最期の時はどうなるかは大体決まっている。 集団墓地の浅い墓に入れられるか、壁の外に捨てられて怪物の餌になるか。


 側に転がった瓶にはマーベリックの魔力残渣がこびり付いている。使徒化が進むまでに時間が必要であるのが救いだ。変異前に遺体を処理すれば動くことも無い。


 かと言っても、このアッシュランド。 狩人協会の調査によれば比較的に都市内。 つまり、壁の内側で変異中の遺体が見つかりやすい場所であるとのデータがある。発見自体は他の都市国家と比べて、べらぼうに多い訳でなく、やや多いくらい。平均の1.2倍、中央値に近い確認数だ。


 しかし、変異体が見つかる数はデータを取っている都市国家の中でもかなり多く、粘菌状に変異しかけた使徒。床に残った遺体の骨を中心として、壁と天井にまで半液体状の肉が伸びていた個体。


 半ば人語を介している使徒も確認されたのだという。安い薬物による中毒死。ドラッグを使うなと周知しようが、やる奴は結局手を出すのだ。今のこの男の様に。


 マーベリックの薬の厄介さは多くの製品に混ぜられている事だ。加えて、純度も良い。粗悪な薬に混ぜることで、失敗作も捌くことが出来るし、撒き餌にも使える。


 これを、ドラッグ未経験者に高い値段で売り、お得意様になってくれればこっちのもの。前のやつの効き目が悪くなれば、前のより良いのがあると言って、本当に売りたい商品をお買い上げいただくという流れだ。


 お得意様の人生が壊れようと連中が気にすることでは無い。顧客は上流階級から中流階級、下流階級まで。10代の若者から年寄りまで。儲からないわけがない。


 加えて、違法ということで希少性もある。需要と供給バランスによる価格の変動も加わってさらに付加価値がつけられる。入国時に没収される分の儲けを捨てた場合でも痛手にすらならない。


 昔はそういう稼ぎも頭をチラついたが、リスクと釣り合わないし、人から恨まれるのも勘弁。他人の人生壊してまですることでは無いと5秒で選択肢から消えたものだ。


 (……そういえば、数年前にチューリップの球根がバカ高く売れたな……狩猟ついでに拾って帰った球根……なぁんか禍々しい魔力持ってたけど……売れたから良いか。 あれ売っちゃて良かったのかな…………人死んでないかな……? 心配になって来ちゃった……まぁ、枯れてるっしょ)


 舌の上が少しチリついてきた表情を浮かべたモーガンが微妙な表情を浮かべていると、光の灯った店が目に入った。


 色々と調べる前に腹ごしらえ。 活動をするための拠点に金が要る。纏まったクラウンを国内で現地通貨に替えると記録が残る。入国者は大勢いる。


 入国者かつ、まとまった金を動かしたとなると数が絞られる。コソコソして活動したい今のモーガンにはあまり資金的な余裕は無い。


 だが、この小規模カジノならまとまった金が作れる。


 従業員の出迎はない。少額レートのテーブル、馬鹿みたいな高レートのテーブルを過ぎると、掛ける銭を得るための質屋のカウンターに近づく。


 そしてその隣。コイン変換窓口へと立ち、1枚の安っぽいカジノコインを差し出す。


 「これを現金と交換して欲しいのですが、可能ですか?」


 「確認します……。 ……えっと〜。 この分を全額でですか?」


 「えぇ。 お願いします」


 「少々お待ち下さい」


 金網越しに質屋の男が声を掛けてきた。彼なりに感じ取った違和感があったのだ。


 「観光かい?」


 「いいえ。 仕事です。 新規開拓で行って来いって。 情勢が安定してからで良いとは言ったんですが、無能な奴ですから自身の考えに不備があると疑いもしないんですよ。 ぶっちゃけ、観光しててもバレませんよ。 まぁ、バックレても探しにも来ないでしょうね」


 「勤め人は辛いねぇ。 そこそこ大きな組織なのかい?」


 「いえいえ。 正直、俺1人でやってける。 顧客引っこ抜いて独立しようかとも思ってますよ。 この間なんて、愛人連れ込んでましたし、その女が口出ししてくるんですよ」


 「……あ〜。 そういう経営者か」


 「ふふふ。 珍しく無い話ですよ。 まぁ、ムカついたら、そいつの股間を蹴り潰して辞めてくればいいですし」


 「…………お待たせしました〜。 こちらの書類にサインをお願いします」


 左手で慣れたように文字を書くと、ウェストポーチへと仕舞う。その様子を金網越しの男が見つめていた。


 人間の目には感情が宿るものだ。魅力的な女が目の前に来た時、大金を目の前にしたとき。勝ちが決まった役が揃った瞬間。瞼が普段よりも大きく開き、その獲物に釘付けになる。


 「……それじゃ、家探ししてくるんで」


 店を出てステップを降りる。店を出て角を曲がり、表通りに出る道を進む。


 背中側に気配を感じる。下手な忍び足に風呂に入っていない体臭。カビた上着の臭い。


 表まで出れば逃げ切れる。 路地裏から5メートル出られれば安全圏。


 モーガンは何か思いついたかのように足を止めて表通りを眺めている。呑気してる内に2人の男が近づいて来た。


 「おい、そこのお前。 金出せ。 こっちは向くなよ」


 「……あぁ。 幾らくらい? 3割くらいなら出せるけど。 君らさ、定職にも就かずこんな事やってるの?」


 「そ。 お前みたいなバカから巻き上げた方が手っ取り早く稼げるんでなぁ。 おいおいおい! 振り向くんじゃねぇ! このヴォケ!」


 「……で、振り向いたらなんだ?」


 「顔を見なけりゃ、生かしてやろうと思ってたのになぁ」


 「へぇ。 優しいね。 んなシャバい脅しでビビると思ってんのか、掃き溜めにしか居場所を見出だせないネズミ風情がよ。 しかもナイフって、後ろにいる兄貴分は魔術師だろ? なんでアンタがやらないんだ? 後輩の育成か?」


 「……兄貴こいつ」


 「黙ってろ。 お前はゆすりも出来ねぇのか。 こういう状況じゃ、自律的にやんねぇと駄目なんだ。 まったく、いつも言ってんだろ……すまねぇな(あん)さん。 この事は綺麗サッパリ忘れてくれるなら、幾らか渡すよ。 なに、カジノに入ったのに、出るのが早いもんでな。 カモだと思ったのさ。 悪く思わんでくれよ」


 「金は要らないね。 その代わりだけど、巷で流行ってるドラッグが何処で手に入るかを知りたいんだが、取り引き出来る場所知らねぇかな? 興味あってさ」


 「兄貴ぃ……こいつ」


 「(だぁ)ってろ! オドオドしてっからお前は駄目なんだよ! キンタマついてんだろぉ? だったらどしっと構えろ。 どしっとよぉ!」


 「……麻薬を取り締まる連中にしては、下手な質問だよな」


 「違うね。 麻薬を取り締まるつもりはない。 頭の足りてない連中が資産を流出させてまでも買うに関してはどうでもいい。 俺が言いたいのは、混ぜ物の方だ」


 「お前……はは。 面白い奴だな」


 「そうだろう。 何か知ってるなら教えて欲しい。 もっと上手く売り捌いてやるよ。 こう見えてビジネスは好きでね」


 「いいや、結構だ。何処の馬の骨か知らねぇけど。 まずは、殺すことにしよう。 逃げても良いぞ? 数メートル下がれば表通りに出られる」


 「ってことは、あの鎧が恐いのか……あるいは他所のシマで殺しはご法度なのか。 いいや、逃げるのはやめよう。 売られた喧嘩は買って、相手を叩き潰すまで愉しむタイプでな。 魔術師との喧嘩は尚のこと楽しいのさ。 早くしてくれよ、腹が減って来た」


 杖を抜くと同時に、モーガンの瞳に赤い光が宿る。


 「……まぁまぁ。 腹ごなしには丁度いいか」 


 つづく

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