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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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微かな手応え

 ガルフ邸跡地にて、未だ出血が止まらぬ傷を庇いながらモーガンは炭化した柱を眺めていた。先程よりも容態は悪化している様だ。酷い表情に顔は脂汗で汚れている。


 よく冷える朝だった。辺りには薄霧が立ち込み、差し込む日光が揺らぐ模様を浮かび上がらせていた。


 冷たく湿った空気に焼けた土の匂いが混じっている。歩みを進める度に脆くなった炭が崩れる音と感触が服越しに伝わってくる。


 「……モーガンは何をしてるんでしょう。あのままじゃ死体が増えるだけでーー」


 モーガンはある程度歩き回った後に支部長へと声を掛けた。


 「彼の家。リビングは……この場所で間違いありませんでしたか?」


 アリス支部長は毛布を肩から羽織り、信頼の置ける部下を脇に固めている。警備上の懸念があるとエルフの男たちが聴かなかったらしい。実際に冷めた目つきでモーガンを見張っている。


 警備上の懸念とやらは、彼らにとってモーガン自身らしい。この件が済めば引っ越す予定だし、どうでも良いとすら思わない。無関心だ。


 「そのはずだ。勇敢な2人に任せては?」


 「勇敢で図体はデカい。有能なんでしょうが、敵意を向けられた相手に教えたくはない。……それに支部長の声が届く位置に居てほしいですよ。難癖つけて殴られるかも」


 支部長が斜め下から瞳を覗き込んだ。疑念と怒り。そしてひとつまみの嫉妬を感じた。男どものパターンはある程度見てきた。分かり易いものだ。


 「……ごもっともだ。ところで、そこはリビングルームだと思うぞ」


 「いえ。彼はベッドで休むタイプじゃないでしょう。一人暮らし。ゴミには酒瓶が多い。店で買えるテイクアウト容器ばかり。生ゴミは少ない。家に帰ってきて飯を酒で流し込む。自分も昔は良くやってました。眠るのはソファーでしょう」


 焼け残ったゴミを見るに、きっちりしたタイプではない。戦が強い奴は大体は私生活がだらしない。グルド人の中ではそういう話は実際に多い。無論、例外はあるが。


 調査官の撮影した殺害現場の写真を見ながら家具の位置を空想している。生々しくおぞましい写真だ。


 ソファーに沈むように座った遺体。右手に拳銃。胸から股間へと流れ出た血液。後頭部の射出痕、背中側の壁に飛び散った血液。足元に転がった酒瓶。何かを憂いていたのか。銃を咥え引き金を引いた様にも見える。


 


いいや。気付ける様に仕向けられている。こっちへおいで。遊ぼうよ。そう言っている余裕さえこの写真から感じる程だ。


 「……ソファーの肘置きに凹み。他よりも毛が剥けてる。頭をこっちに乗せていた。眠る場所はここで間違いない……眠る。睡眠。別の意味は……永眠だとか。死が届かない場所?」


 エルフの文化は土地によって大きく異なる。自然との融和。美術館に行くと大抵は自然画が展示されている。破壊と犠牲。暴力と性。グルド人の展示品とは嗜好が正反対だ。


 モーガンがかがんで地面を撫でている。細かな砂利に泥。炭と灰の混和物。割れたガラスもろとも撫でつけて痕跡を探している。


 四つん這いで這い回る内に膝からも血を流している。引きずった血の道が彼の動きとともに広がっている。


 「最後に眠り、エルフが自然へと還る。火にまかれて灰へと変わり再び生を受ける。眠りが再誕への炎なら、届かぬ場所。近くにあれど届かぬ場所といえば……」


 振り返ったモーガンの手は酷く汚れていた。キメ細かい泥を塗りたくった様な指先には光を反射する半透明のものがつままれている。


 「暖炉の灰の下。メモリーグラスでしょうか。ストレージ機器に使われる奴ですね」


 メモリーグラスを掲げると支部長が側近へといたずらに微笑んだ。


 「よし。早速見てみよう」


 「あぁ……それなら自宅に……」


 オートマタの周りで作業を続けている。モーガンはメモリーグラスを突き出し、早くするように催促していた。調査官達と支部長もその場に居る。


 「……っつうわけで、オートマタの私に読み込ませようと……出自の判らないデータ機器を繫ぐのは……」


 「良いからやれ」


 「仕方が無いですね。カワイイご主人様の頼みですし。あ〜高級オイルが使いたいですねぇ〜。……おぉ……これは何のデータでしょうか……12桁の数字とカリオン文字ですねぇ」


 壁に投影されたブラックスクリーンに白い数字の羅列されている。法則性といえば数字の切り替わりと共に改行が施されているくらいだ。


 「……識別番号みたいだね。何かの製造番号?」


 調査官の1人が何かを閃いた様だ。いいや、見覚えがあり、ふと思い出したかの表情だ。


 「……転移門の履歴ではないのだろうか?」


 「確かに。文字化けが多いのも納得出来る。ここの番号の集団が新種の襲来した日の転移履歴でしょう」


 文字化けした数字が何を意味するか。転移失敗。誤送信。入力失敗。転移門での物品の送受信には限度があり、間隔を詰め過ぎて入る。質量上限を上回る。前述したような場合は転移失敗が発生するのだ。


 多くの人間が避難先へと飛ぼうとしたのだ。入力履歴の多さがそれを物語っている。


 「失敗割合を計算してくれ。当日に絞って」


 「……27.5パーセント。転移門での避難で3割の人が行方不明に……モーガン……」


 どこかの転移門に五体満足で出られている可能性は低いだろう。体が世界中のあちこちに飛散するか、ワームホールの中で永遠とも感じられる体感時間の中彷徨い出てこられない場合もある。


 「いや。行方不明者の割合は良い。……転移上限の重量で並べて欲しい。送信上限の内8割以上の大荷物を送った荷主に絞ってくれ……よし。20件。……支部長。転移門の届け出がある業者の契約番号はどこで確認できますか」


 「データは資料管理棟に一覧があったはず」


 「では管理棟に行きましょう。」


 支部長が腰を上げたモーガンを制した。顔色は悪く目の下は少し黒く変色を呈している。もうすぐにでも死にますよと体が悲鳴をあげているのだ。


 「……君は休め。調査官と調べるよ」


 「モーガン。我々に任せろ。……君のオートマタを借りていくぞ」


 トランクはそこに居座っている。動かそうと引っ張っても内部機構が微かな音を立てるだけで、全く動こうとはしなかった。


 「……トランク。行って来い」


 「……承諾しかねます。モーガン。貴方の身が危ない。主を失うことはできません。狐のご友人から聞いた話ですが、2度も命を狙われたと。支部長様。お願いがーー」


 会話の流れから概ね言いたいことは理解できていた。全てを聞き終える前に通信機に指をかけていた。


 「わかった。言うな。……私だ。あぁ。今から調査官がそちらに見える。ハーヴェイ調査官とルナーク調査官だ。転移門の資料を用意してくれ。管理IDと住所。必要に応じて提供を。不審な行動があった場合は檻に入れても構わん……失礼調査官殿。わかってくれ」


 調査官は全く気にした様子はなかった。手がかりを掴んだ彼は寧ろ目を輝かせていた。モーガンは彼らを学者寄りの人達と称したが、そうではなさそうだ。


 「えぇ。では。トランクと言ったか? ついてきてくれ」


 「……モーガン。トランクはしばらく留守にします。ご不便をおかけしますが、お許しを」


 「……いってら」


 この家で誰かと二人きりになるのは初めてだ。トランクが必ず身の回りの世話をしてくれる。……機械を1人の内に数えるのも何か違う気がするだろうが、モーガンとしては家族に近い親しみを感じているのは確かだった。


 「……よし。護衛は任せろ。モーガン。薬を飲んで横になれ。私が何か作ってやる。簡単な物だけだが。こう見えて長女でな。弟達の面倒で……好きで作ってた訳では無いが」


 「……弟さんは無事で?」


 「うん。左腕なくなってたけど。アルコール抜いて復興手伝ってるよ。前よりもマトモな面するようになった」


 均等で心地よいリズムが聴こえてくる。繊維の絶たれる水っぽい音が聴こえる。手際の良い。熟練者の包丁捌きだ。


 「……ふふ。お気の毒とは言わないのか?」


 「……いや。彼とは特に仲が悪くて。何を言っても冷ややかな目を向けられるかと思って」


 「……だね。ごめんね。躾がなってなくてさ」


 「いいえ。」


 20分もかからなかった。胃に優しいスープを摂ると体に熱が戻ってきた。重りでも仕込んだかのように重たかった脚が楽に動くようになった。食事でここまで体力を持ち直すのは初めてだ。


 「食材に魔術でも?」


 「えぇ。治癒の応用。特定の相手しか効かないけどね。愛情は料理の最大の調味料。母から教わってね。祝福って言うのかな」


 「お父上は素敵な女性を妻に貰えたようで」


 「ん〜? 母さんが結婚を迫ったんだよね。浮気したらこれで胃を潰すって」


 魔術の中でも呪いに分類される術式だろう。心の持ちようで効果も威力も変化し、蚊すら殺せない様な威力から念じるだけで成人男性を軽く殺せる力を発揮する。


 「……その勝ち気な口調はお母上譲りですか」


 「そ。男社会クソ喰らえ。こうでもしないと舐められるからさ。……味はどう?」


 「……美味しいです」


 なんだろうか。支部長の表情が少し曇っているように見える。端正な顔つきというのは少し怒った様な印象を受ける事があるのだが、何かを不服に思っている様に見えたのだ。


 「……ま。そう言うしかないよね。さぁ。食ったら横になった方が良い」


 万が一だが銃を向けられるかもと彼女を押し倒した。つい半日ほど前の出来事である。不機嫌にさせた心当たりはあるかと問われれば、有りすぎて胃が痛くなる程だ。


 「……本当に申し訳ございませんでした。あのときは銃を向けられるかもしれないと思いまして。粗野な行為でした。謝罪します」


 「……すぅ〜……」


 口を小さく開き、勢い良く空気を吸い込んでいる。目が少し細くなり、口角が下がっている。


 下手な事を言えば、それで終わり。知り合いの既婚者から聞いた話だ。女を怒らせたら一生憶えてる。死ぬまでチクチクなじられると。謝ったら、静かに引き下がって時間を開けろと。


 「申し訳ないです」


 「いや。気にしてない」


 「では、痛み止めを飲んで寝ます。部屋は好きに使ってください……失礼します」


 「あぁ」


 モーガンが消えたあと、アリスは脚を組んで少し背を丸めた。不機嫌だと勘違いされた事に対しての反省だ。


 (……あぁあ。私はいつもそうなのだ。下手に意識するとああなってしまうんだ。不機嫌ではないのだ……断じて違うのだ。あれは、そう。照れ隠しと言うやつでな……!)


 (などとモーガンには口が裂けても言えない……ッ! 支部長としての意地が。何よりプライドが許さんッ!)


 「……やべぇ〜。あ〜。やべぇ〜。顔熱い……ふ〜!」


 眠った男以外に誰も居ない家。気を切り替えて魔術での探知を始めようとした時だった。玄関の方から物音が聴こえ、咄嗟に攻撃魔術の狙いを向けていた。


 「……もういいですかね。支部長様」


 小さな体に似つかわしくない低い声。艶のある毛並み。モーガンの友人であるリジェである。トランクが狐の友人と称していた人物だ。


 支部長の周りには魔力の槍が浮かび、リジェを今にでも串刺しにしようと狙い澄ましている。見え透いた脅しだ。モーガンとの旅路で幾度となく見てきた光景だと、薄ら笑いすら浮かべている。


 「……誰だ。貴様」


 「……お初にお目にかかります。彼のサポーターを務めさせて頂いております。リジェと申します。まぁ、半径5キロに脅威なしとカラス共が申していますので、茶でもシバきましょう。旦那なら勝手に飲み食いしても怒ったりしません」


 濡れた傘帽子を玄関へと残し、真っ直ぐにキッチンへと向かった。支部長の事は視界にすら入れず椅子に飛び乗ると鍋に水を注ぎ、螺旋状の伝熱線を有したコンロにマウントする。


 「……君を信頼出来ないな」


 胸のポケットから狩人証を手渡す。それに数枚の写真を机に投げた。カウンター席になった机へと近づき、それをつまみ上げる。


 モーガンが怪物の側に立ってメジャーで体長を測っている際に撮られたものだろう。彼は作業に集中しておりカメラにも気づいていなさそうだ。左下には口角をあげて楽しそうに収まっているリジェとの温度差にジワジワ来る写真だった。


 (たのしそう)


 「……これ。数年前に一緒に撮った写真です。私は貴方を信頼できる人物だと踏んでますよ? 肩に乗った精霊。旦那が家の警備を任せてる精霊が暴れもせず、気持ちよさそうに居着いて居るんですし。7割の確率で善人に違いない」


 「コーヒー? 紅茶?」


 攻撃魔術を解き、カウンター席へと腰掛ける。


 「……コーヒーで」


 「家具が泣いてますよ……」


 「?」


 「いいや。旦那がわざわざカウンター席のある借家を選んだって言うのに友達1人も出来やしないもんで……。そう。腐らせてるって表現が妥当でしたか……お。ピーナッツ。ラッキ〜! おっほ。ウマっ」


 「勝手に食べて大丈夫なのか?」


 「旦那はこの程度で怒らないですよ~。旦那が我慢強い事は支部長殿もご存知でしょう……塩分が足りねぇ……塩どこだ?」


 「そうだな……彼はどういった時に怒ったりするんだ? 彼の身辺調査をした時も一切気にしてない様子だったし」


 「あ~。そうですね〜。世の中、理不尽が多すぎてわざわざ怒るのが疲れるんですって。差別に化け物。奴隷に、グルド人ってだけで勝手に怖がられる。キリが無いと……おまけに単一の魔術師」


 「隠す事でもなかったとは思うがね」


 リジェが湯加減を見ながら首を横へと振った。まったく。わかってませんねぇ。やれやれ。といった笑みを含んでいた。


 長年のファンが新規を小馬鹿にしているかの様な微笑みと視線を向けた。


 「あの魔術は殺しに特化してるんですよ。肉体が強靭。魔術も使える。不機嫌な人間が叩き壊す物なんて机か椅子くらいでしょ? 旦那の場合はスケールが違う。家だとかね。誰でも関わりたく無いと思うでしょうよ」


 「……タールボウイ。今回の相手は相性が良かった。炎術が通らなかったのは、奴さんが空気の層を纏っていたからでしょう。だから茨が燃えなかった。炎自体を飛ばすのと燃焼物をぶつけるでは威力の差が大きい。ま。仮説ですがね。……どうぞ。砂糖は?」


 「いいや。結構」


 「ああっと。毛が入っていないか、確認してくださいね」


 「大丈夫だ。気にしない」


 それからしばらく時間が経った頃だ。アイスブレイクも済み、お互いについての話が佳境を迎えた頃だ。


 「友人と言ったな」


 「えぇ」


 「彼とはどこで?」


 「……狩人協会の主な仕事といえば、物流業です。私は狩人協会お抱えの運送屋をやってましてね。……今は少し違いますが。そこで旦那と会った。支部長殿は?」


 「狩人協会の施設。エルフじゃない狩人が依頼を受けたいと言っている。身分証は正式な物だが、受付の権限で了承しても良いものか。そういう相談を受けてだな。……そこで初めて喋った。気難しそうな顔をして、この子達の捜索を請け負いたい。許可をくれとな」


 「……旦那らしいな。いつも言葉足らずで他人を不審がらせる。で。今に至ると」


 「あぁ。君は? 荷車の車輪が外れていた所を助けてもらったのか?」


 「近いですな……民需品の運送の日でした。鉱物資源の運輸で。割の良い依頼でね。朝に出て、夕方には温泉にでも浸かって食事にありつける仕事のはずだったんですが。まさか、3日も谷底で身動きが取れなくなるとは思っていませんでしたよ」


 カップの縁を指で撫でながら小さく首を振った。無理に話さなくても良いと言うと、彼は微笑んだ。


 「いえ。貴方にも彼を知って欲しい。旦那のファンなんでね」


 そう言って事の詳細を話し出した。3日も身動きが取れない苦労話というのに、彼の口調は穏やかで老人が昔を懐かしむかの様だった。 


 「何の面白みもない事でね。囁き峠と呼ばれる場所で事故って。あそこは風が強くて道も悪い場所で。転落事故です。人生の中で最悪の日でしたよ。目を覚ましたら脚が潰れて重たい荷物が胸の上に。台車の車輪側に落ちてたお陰で、空洞が出来て左肺が潰れただけで済みました」


 「周りを見ると同僚の遺体が。積み荷に上半身をすり潰された死体に。目と鼻の先に仲の良かった同僚の顔がありました。あぁ。生きていたのかと何度か声をかけてましたね。死んでると気が付くのには時間はかかりませんでしたが」


 「助けを呼ぼうにも動けないし、声も出ない。雨水を飲もうにも遺体から滲み出た体液が混じって飲めたものじゃ無い。蝿の集り始めた友達の顔を見て、自分もこうなるのかと覚悟しましたよ。どうせなら、寝ている間に逝きたい。苦しい最期は嫌だなと。誰か助けてくれんものかと半ば諦めてました」


 「次に目を覚ました時に視界の奥から黒いモヤみたいな物がこっちに迫って来てて。死神が迎えに来たんだと。あぁ。楽になれるって。ザイルにぶら下がった旦那の姿がそう見えてたんです。旦那は他の遺体の状態を調べることなく真っ直ぐ私の方に来てこう聞いたんです。君がさっきの? って」


 「え?」


 「ね。声を出せる状態じゃ無い。上から覗いても底を見通せるような高さじゃない。それなのに、声が聴こえたって言うんです。そこから道まで担がれて登り、病院で脚と肺組織の再生魔術を奢ってもらい、今も五体満足で美人とコーヒーを楽しめてます」


 「ふふ。話が上手いな。君は」


 「でしょう? 旦那には出来ない芸当でさぁ。……あんまり持ち上げると詐欺の勧誘してるみたいになるんでほどほどにして。声が聴こえれば便利だよなと毎度ボヤいてますよ。旦那は。今回失血しながら歩き回っていたのも何かの実験だったのでは?」


 「あぁ。暗殺されかけた時に回収した遺体のご両親が発見して病院に運ばれたんだけどね。亡くなった筈の娘さんがモーガンの倒れてる場所を示したそうなんだ。彼も意識を失う前に声を聞いたとかじゃないかな」


 「死にかけた状態であれば、死人の声が聴ける可能性があると踏んで今日みたいな無茶をしたと。……結果あの状態ですか。ストイックなのか馬鹿なのか……やれやれ」


 「……そうだ。友人であるなら何か知らないか? 彼の体質について」


 「さぁ。昔から頑強な身体しか取り柄が無いって言ってますけど。屈強な血筋なんでしょう」


 「彼の出自については?」


 「……まぁ、良いでしょう。旦那は施設育ち。狩人協会お抱えのね。昔から訓練を受けてたとも言ってました。孤児なんて珍しくもない。奴隷狩りに捕まってないだけマシな人生を歩んでると冗談めいて言ってます。幼馴染みで名前を知ってる奴は皆死んだと。なにせ、実地訓練中に教官含め死んだ。施設も焼け落ち、寝る場所も失った」


 「……」


 「グルド人の狩人ってのは偽名を使う場合が多いって知ってますか? ……名前を刻んだ呪具だとか。恨みを買う事もある危険な仕事で。本名さえ知らなければリスクは排除出来る。私も旦那の本名は知りません。そっちも調べたんでしょう?」


 「あぁ。えらく情報が少ないとは思ったが」


 「腕さえ確かなら、誰でも狩人になる資格はある。宿無しでも成り上がれるチャンスがある。奴隷として生きるか、腕で富を築くか。エルフの狩人達とは少し毛色が違う」


 「……奴隷としてか」


 「グルド人が大きく繁栄を極めたのは奴隷制度によるもんですよ。膨大な労働力を容易く得られる。それに、自国民を売ってる国だってある。昔ほど多くは無いですがね。今じゃ、ゴーレムにオートマタ。狩人協会の品種改良穀物に、建築。豊かになっては居ますが、需要はあるってのが今の世の中です」


 「……話がズレましたね」


 「いいや。外の話は滅多に聴けないから、新鮮だったよ」


 「エルフで他の場所に移り住むってのは珍しいですからね。にしても、スゴイもんですねエルフってのも。あの惨事からこの期間で復興が進むとは」


 「建物だけさ。死んだ人間は戻らない。どうだ?空いた家ならテナントとして貸すが」


 「いいや。遠慮しましょう。テナント代が払えるほど大きい組織じゃ無いもんで。へへ。いずれ故郷に帰って家を次ぐ予定なんでね」


 「そうか……ところで、さっきの話だが。狩人協会の施設が壊滅したって事か?」


 「らしいですよ? 旦那がサクッと揚げた人型ドライアドですらこの惨状。あれよりも強いのがザラに居るってことでしょうな」


 奥の方から音がする。寝室の戸を開いた音だ。モーガンは頭を掻きながらフラフラと近寄って来る。ピリッと音を立てて眼帯を剥がし取ってゴミ箱へと投げつけた。


 「……あ〜。よう寝た。リジェ……。来てたのか」


 「旦那。怪我はもう良いんですかい?」


 「あぁ。絶好調よ。血を失いすぎたか、多少ふらつくがね。支部長殿。申し訳ない。客人をもてなさずに」


 古くなったガーゼを捨て、あらわになった肌にはあの痛々しい傷は無く、古くなった傷の跡が浮かんでいた。


 (やはり妙だ。モーガンの傷……あれには魔術が込められてた。こんなに早く治るわけが無い。何者なんだこの男は……?)


 「……リジェ。安い豆をお出しになさるな。……高級豆はこっちの瓶に入っててな……」


 話に夢中でリジェが注いだコーヒーは冷たくなっていた。モーガンが慣れたように豆を挽く。フィルターを捨てて新しい物を。湯を再び沸かしてゆっくりと抽出を進めた。


 「……お下げします。友人が無礼を働いていなければ良いのですが」


 その所作は見ていて飽きない様に思える程に洗練された動きだった。かつては喫茶店での商売を生業にしていたと言われても不思議でない美しい所作だった。


 「……お? おっほほ! 旦那〜。味が全然違う! ……うん。なんか……こう……旨い!」


 「下手な食レポは控えて正解だな……旨いと言われるのが一番だよ」


 芳ばしい匂いが鼻を抜ける。モーガンがリジェへと向ける微笑みには敬意と好意、信頼を混ぜた純粋な友愛の感情に満ちていた。


 無線機のライトが点滅している。支部長が端末を摑んで話を始めた。緩んでいた表情が引き締まるのを眺めながらナッツを頬張る。


 「怪しい転移門の接続先が見つかったらしい。行かなきゃ……」


 「今の状態で護衛もなく歩き回るのは得策ではないかと。連中の息のかかった使いが居てもおかしくないでしょう。護衛をつけるべきです」


 「支部長殿〜。まぁ、ゆっくりしていきましょう。せっかくの高い豆なんですし、味わっておきましょうぜ……こんな時こそ息抜きは大事って昔から相場が決まってんでさぁ」


 言われて思い出した事がある。彼女自身の立場だ。モーガンの家からの移動時に何かがあった場合、責任を負わされるのは彼自身であると言う事を。


 純粋な親切心でそう言ってくれたのだと解っているが、支部長の肩書がある以上、少し斜に構えた考えが浮かぶのはこの仕事柄、仕方のないことだ。


 もう長い間支部長を務めている。女々しい考えだと認識しているが、肩書きがあるから皆は自身のことを気にかけているだけでは無いのかと。


 「……そうだな。迎えが来るまでお世話になるよ」


 (仮面をずっと被せられているかのようだ。……もしも肩書きの無い私であってもこうやって身を案じてくれるのだろうか)


 コーヒーの水面に写った自身の顔を見つめながら小さくため息を吐いた。その時だ。


 「ええ。当然ですよ。アリスさん。誰にでもその価値はあるものだと、私は思いますよ?」


 「えっ!?」


 耳先を紅くしたアリスはモーガンの瞳を見つめている。動悸が収まりそうも無かった。考えが読まれたというレベルではない。


 「旦那〜。急にどしたんです?支部長殿は迎えが来るまで世話になるって言ったんですぜ? 返事がおかしくないですか〜?」  


 「え。その後なんか言わなかったっけ?」


 「耳腐ってんですか〜? 旦那〜」


 モーガンは本気で聴き間違えか何かを疑っている様だった。首を捻ってしばらく考えた後、幻聴だったかと呟きコーヒーをすすった。


 「すみません。……確かに聴こえたはずなんですが……支部長言いませんでしたっけ。ーー肩書きがなくなっても……」


 「あ〜! あ〜! 言ってないし! そもそも思っても無いし! 全っ然! うん!」


 「……そ。そうでしたか。……時折幻聴が聴こえるんですよね。周りの状況を見て幻聴かの区別をしているんですが……すみません。症状が暴発したみたいで……」


 「旦那〜。急に名前呼びはキショイっすわ。これマジな話ね」


 「止めてくれよ。死にたくなる。……しばらく時間もかかりそうですし、昼食を用意させていただきますね」


 「あ……はい。いただきます。モーガンさん」


 「なんで敬語?」


 「リジェ。失礼だろう。支部長殿……朝早くから仕事で疲れているなら、客室のベッドをお使いになってください。無理はなさらず」


 「あ。あ〜。じゃ。そうしよ〜かなぁ。なんてね〜。あは。あはは〜」


 質素な客間にベッドが置かれている。しばらくぼ~っと座っているとようやっと思考を巡らせられる様になった。


 (口にはしてないよな……あ〜顔熱いっての〜)


 急な緊張の反動が大きく出た様で体がフワフワしている。力を込めようにも、思ったように体が動かないのだ。


 立て続けに色々な事が起こったせいで、ゆっくり休める時間など無かった。リジェの言う通り、ここで一息つくのが良いのかもしれない。


 ベッドへと横になると、腕が重たくなる感覚に見舞われた。普段は色々考えて寝付けなかったが、どういうわけか、その時は何も考える暇もなく深い眠りへと沈んで行った。


 つづく

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