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狩人の生活  作者: 青海苔
第二章 星屑の反逆者達
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閑話 1

 緑の多い敷地に甲高い音が響く。金槌が釘を叩き込む音。モーガンが鉄釘を咥え、断熱ボードの差し込まれた壁に横板を慣れた手つきではめ込んでいく。


 「で、14歳の女の子に肋骨をクシャクシャにされた挙げ句、賃貸の壁をぶち抜いたと。 派手にやられたもんだねぇ」


 ひと足早く休憩に入ったアリスが飲み物を口に含む。ガーデニングチェアに腰掛け、脚を組んで。


 「まぁ、セシリーの術式が見られて良かったよ。 傀儡術式とは大当たり。 成人男性を片腕で弾き飛ばせるパワーとは恐れ入ったよ」


 珍しい術式を見るのが心底好きなのだろう。アリスが言いたかった事は、賠償についてはどう考えているのか。その一点だ。


 「どーすんの、賃貸なのに怒られるでしょ?」


 「あ〜。 買いましたよ。 この家」


 寝耳に水だという表情を浮かべ、一口飲み込むのに少し手間取った後に興味本位で聞いてみる。


 「幾らだったの?」


 「260万」


 「このサイズにしては安くない?」


 断熱ボードの側に入った柱を手のひらで叩く姿は、長年世話になった相棒の肩に手を置くかのような雰囲気を纏っている。


 「元々あばら家でしたので、私とトランクで修理した家なんですよ。 おまけに幽霊が出る事故物件だったらしいのですけど、そんなのは居なかったってのがこの家です」


 「……そんな家を紹介されたの?」


 「そりゃ、不動産屋も出自不明のグルド人に部屋を貸したく無いでしょうから、ボロ屋しか無かったんですよ。 アリスさんだって、早く出ていって欲しいって思ってたんでしょう? わりかし、皆さんもそういう考えだったとは思いますが」


 「あ〜。 そっか」


 「ここらへんは、傷みが少なかったので放置してた箇所でね……壊れたついでに修繕出来てちょうど良いですよ。 転売すれば600万くらいにはなるかな……」


 「でも200万だったんでしょ?」


 「そうなんですよ。 500万でどうですかってさ。 値切りに値切って、借りた当時の評価額で売ってもらった。 土地も買ったよ。 土地は一坪1万くらい。 割高感はありますがね」


 ほんの少し誇らしげに笑う彼を横目に少し冷めた声で話題を変える。折角帰ってきたというのに、術式に家の世話、少しは。 釣った魚に餌は与えない主義なのだろうかとため息をつく。


 「んーん。 そか、傀儡術式って一体どんなものなの?」


 「何と説明すれば良いか……そうですね。 同じ術式を使える人間がもう一人居る様なものですよ。 しかも傀儡を潰したところで本人にはダメージが一切無い。 術者から遠く離れていても視界の共有、情報の伝達が出来る。 もう一人の自分自身とも言えるでしょう」


 魔術をかけた偶像。旧いもので土製のゴーレム、動く甲冑。非生物である魔力の塊を人間へと近づけようと試み始めて随分と経つが、未だに近くとも遠い存在であるオートマタが限界である。


 「……強すぎない?」


 「ですから、傀儡術式を発現する者は大当たりと言われるんです。 痕跡を殆ど残さずに盗み、殺し。 それらが可能だとも言われています。 傀儡術式に爆発物を運ばせて要人の乗る馬車を襲撃させる事も可能でしょう。 匿名性の極めて高い人間と言っても差し支えません」


 「……えぇ〜。 なにそれ〜。 魔術師本人が前に出ることなく戦う事が出来るって事?」


 「平たくいえばそうですね。 この間の……なんだっけ私の事をドライジャーキーみたいにした魔術師……なんだっけ」


 「アンティーク・スタチュー」


 「……それと同じですね。 劣化させる術式特性を2対1でぶち込んでくる。 1人で2人分の働きが出来るってのは、実際に強いですよ。 今日も稽古をつけるつもりです。 結構乗り気なんですよね」


 「……ふ〜ん。 左腕と肋骨を怪我した状態で……ね?」


 左腕にはお手製の機械義手。それをキリキリと鳴らしながら弱々しい微笑む。


 「はは、いじわる言わないで下さいよ。 あくまでも自衛の出来る状態までは仕上げるのが目的です。 使わずに錆びつかせるも、技を磨くも彼女次第。 選択肢の1つとして教えるだけですよ。 家の外でなく、家の中。 結婚した相手がDV野郎だった場合、野盗に襲われた場合。 どんな状況でも腐る場面は無いでしょうし……」


 「それに、魔術ってのは素晴らしい資産だとも教えるつもりです」


 「資産……まぁ確かに。 お金を生み出せる資産とも考えられるか」


 しばらく後。 セシリーが傀儡術式を顕現させ、隻腕のモーガンへと全力をぶつけている。拳に、蹴り。純粋な体術だが君を掠める拳からは重々しい風斬り音がなっている。


 術式で組み上げた樹脂製の義手で拳を受け止め、右拳で傀儡術式の顎を砕く。魔力を込めた拳であれば容易く砕ける。


 傀儡術式が脆い訳では無い。子供のごっこ遊びに冗談が一切通じない大人が混じって暴れている様な状況であるのだ。


 「……く!」


 「悪く無い動きですが、大雑把。 拳を突き出す場合、ここまで大振りで出す必要はありません。 ねじりを加える事を教えましたよね。 抜けていますよ」


 モーガンが傀儡の腕を伸び切ったところを掴み、タールボウイの手刀で切り飛ばす。


 「最小の動きで、攻撃を。 大振りで100の威力を出すよりも、小振りで60の威力を。 人間と似ているとはいえ、軽いジャブでも容易く人を殺せる力があります。 不必要に隙を作る必要はありません。 今は最小の動きで私に一撃入れるつもりで」


 「……ふ〜! 了解!」


 低い姿勢から繰り出される連撃を義手で受け流しながら、話を続ける。 攻撃が当たった義手にはクラックが入り、傀儡術式のガントレットには黒い塗料が付着している。


 「先程よりも良いですね。 攻撃の姿勢はそういうスタンスで大丈夫です。 ですが、この様に」


 モーガンのタールボウイが傀儡術式の胸を貫かれ、高く掲げられる。


 「相手が術者であると、この様に……手痛い反撃が飛んできます。 この状況を避ける為にはどうすれば良いでしょうか」


 「術式を仕舞って、再出現させる……とか」


 「いい考えですね。 確かに、この状況だとそれがベストでしょう。 ですが、手練れはその状況を待っているんです」


 「待っている?」


 「選択肢が絞られる状況に持っていく。 これが基本的な考え。 相手の動きを狭める戦い方が魔術師のやり方で、セオリーです。 傀儡術式が使い物にならなくなると選択肢が3個くらいに絞られる。 もがいて抜け出す。 傀儡術式の収納と再出現。 術者本人が傀儡術式を解放するため術式特性を使って相手を攻撃する。 ですが、この状況は私にとって極めて有利な状況です。 つまり、敵の思うつぼ」


 「傀儡術式を封じている状況で、セシリーさんを銃撃する。 肉体強化で術者本人を殺す。 収納と再出現の隙を狙って攻撃する。 こういう状況に陥らない為には、予防が必要です。 この状況を風邪引いた状況と言うなら、私がホルスターに手を伸ばした時点でさらに悪くなる。 こじらせて肺炎で死にかけている様なもんです」


 「風邪を予防するには?」


 「……手洗いと、手で顔を触らない?」


 モーガンが親指を立てて嬉しそうに首を縦に振る。


 「それと同じで、防御と回避を意識してみましょう。 風邪で苦しまない為には、そもそも風邪にならなければ良いんです。 ではもう一度」


 セシリーが傀儡術式を傍へと再出現させる。 それまでにモーガンは水筒から何口か飲み、静かにストレッチを行っている。


 そして布切れを腕に巻きつけ、再び出現した傀儡術式の前へと進み出る。


 「では、私の体に巻き付けた布を取ってみてください。 もちろん、取られないように応戦します。 先程のように捕縛されないような動きを意識して」


 「了解」


 傀儡術式の動きが俄然良くなり、打ち込んでくる拳にも程よい魔力が籠もっている。俗に言う、体が暖まってきた状態だ。


 モーガンもそれは同じだ。少ない魔力供給量の肉体強化だけで今のセシリーの攻撃全てを躱し、必要な場合には適宜防御を駆使する。


 甘えた大振りが来る度に傀儡術式がノックバックさせる掌底を打ち込んでは距離を取らせるのだ。


 言葉は不要。何故攻撃が通らないのか。 どのタイミングで反撃を食らっているか。 であれば、反撃を食らう行動をいかに減らし有効打を繰り出すか。


 「……これならどうだ」


 モーガンの頬を掠めるガントレットの突起が頬を裂き、タールボウイの反撃を受け流して距離を取る。


 「……良いね……良い術式だ」


 心底楽しそうに傀儡術式の攻撃を受け流すモーガンを横目にヘルメースがコーヒーを啜る。


 「今日も平和だねぇ……。 でさ、いつまでやるのさ?」


 昼過ぎから読んでいた本を閉じると、ヘルメースの周囲は既に薄暗くなっていた。


 モーガンの周辺に黒い槍が浮かんでおり、その投射物群の中から射出されたであろう槍が傀儡術式の四肢を穿っている。


 「……流石に難し過ぎたか」


 「大人が子供虐めてるみたいでみっともないぞ〜。 ぶ〜ぶ〜!」


 「魔術師の戦いってのは、基本的に相手を気絶させるか、封じる。 殺す。 負けるときは死ぬと思え。 そういう教育スタンスです。 男なら気ぃ失っても財布取られるくらいですが、女性はね……ここの街は治安いいですから」


 「人攫いと思い込んで胸をぶち抜かれる街が治安良い……か?」


 「可愛いもんよ。 顔がムカつくから命懸けの喧嘩を吹っ掛けられる。 ほら、表通りに死体が落ちてないし。 街に設置されたゴミ箱に人の指が混じってない。 マジで民度低い所はねぇ〜、道端にクスリ落ちてんだよね〜」


 「……治安良いね〜。 ははっ。 セシリーもだいぶ疲れて来たんじゃない?」


 「いや?」


 セシリーの方へと目を向けると、目の鋭さに磨きがかかった彼女が佇んでいた。肩に力を込め、顎を引き、優しくも鋭い吐息を吐いている。


 「〈おいで〉」


 輪郭の濃い傀儡術式が再出現し、すぐに拳を構えている。


 「モーガンさん。 もう一回」


 「マジで才能あるよ。 ただ、やはりというか、遠距離にはめっぽう弱い」


 「大将、槍の投射とか出来たんだ」


 「むしろこっちがメイン。 魔術師らしい戦い方だ」


 「じゃあ普段から使いなよ」


 「避けられるから、魔力の無駄。 ある程度の強度を持つ術式だと貫通しないのさ。 ……あと、ワクワクしないし」


 「この戦闘狂が」


 「う〜ん。 仕事は楽しむ工夫が大事だと思うんだが……」


 「いかれてるよ。 やっぱし」


 「ひどい言われようだ。 ……こういう生き方を知らんもんでね。 ふ〜、セシリー。 もう術式操作は十分だ。 今日はこの辺にしよう」


 「でも、布奪えてないし」


 「動きは俄然良くなったので問題無いです。 あとは術式特性が出てくれれば、問題無いでしょう。 これからもこうやって週末に訓練をしましょう。 連日使うと、体調崩すかもですし」


 「……モーガンさんがしばらく留守にした場合は?」


 「ヘルメースと訓練してください。 強い術者ですし」


 「お〜い。 適当に投げんなよ〜大将」


 「……すまんな。 まさか2日そこらでここまで使いこなせるとは思いませんでした。 これからどんどん術式の力は強くなっていくでしょうが、忘れないで欲しい事があります。 と言いますか、今日やった事を全部忘れても、これだけ覚えていただければ良いってくらい大切な事です」


 セシリーへと近づき、荒れた地面へと膝を下ろす。彼女よりも少し低い視線で優しい口調で続けるのだ。


 少し言葉をつまらせながら続ける彼の言葉。 それは忠告であり、教えでもあり、彼自身の懺悔である様にセシリーは受け取った。


 「魔術というのは本当に恐ろしくも便利な手段です。 誰かを救うこと、助ける事。 誰かから命を奪う事、財を奪う事。 何にだって使えます。 ですから、術式を誇ってはいけません」


 「……」


 「手綱を握るのは貴方だから。 術式にさせた事、してしまった事の責任は全て貴方に返ってくる。 ですから、術式を使った後に誇れる様な決断をしましょう。 ……私はそれを知らずに生きてきましたから、偉そうな事は言えませんが。 私のような人間になってはなりませんよ」


 「後から思い出した時に、その当時の心持ちが誇れるものだと思える様に。 世間が貴方を酷く言おうが、鏡を見た時に写った自分自身を誇れる生き方をしなさい」


 「……はい」 


 「……じゃ、飯にでもしますか!」


 「……モーガンさん」


 「ん?」


 「兄貴って呼ばせて頂いても?」


 「兄貴って柄じゃ無いですが…………うん。 お好きにどうぞ」


 つづく

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