旅人の装衣
フェイスレスの騒動から3ヶ月が過ぎた。あれからというものの、フェイスレスに関する話題は一切耳にしなくなっている。
既に過去の産物。もう既に彼女も過去の人間だ。如何に暴虐の限りを尽くした存在ですら時間の流れによって消え去り、忘れ去られる。
強いて言うのなら、魔術師というものが気分次第で大勢を殺すことが出来る。結局、魔術師達の肩身を狭くするだけだったが。
どういう理屈かは不明だが、たった1人の魔術師が未曾有の大災害クラスな術式を使ったと言う話だ。 それを止め処刑したのは狩人協会と魔術師協会であるのだという。
手柄の取り合いでもしているのだろうが、新聞もどっちつかずの報道が多く、真偽は定かではないがこういう噂も流れて来るのだとか。
グルド人魔術師、モーガンという男がその魔術師を追い込んだのだとか。 彼は行方をくらませ、今も何処かでその時の傷を癒やしているのだという。
(……だったら早く帰って来いよ)
今日はとても穏やかな日だった。怪物の被害もなく、暖かくて。 何の品種かは知らないが、作付けには絶好の日であると、農家たちが仕事に勤しんでいた。
「……ヘルメースにお菓子買って帰ろ」
少し痩せたアリスが傾いた太陽へと目を向ける。光の落ちる先の河川はキラキラと輝きを放っている。居住地を追われた祖先たちが名付けたくなったのもなんとはなく判る。
リジェ運輸の船が遠方の交易品を載せ、港へと立ち寄り荷を下ろしを行っている。行方不明になったモーガンの情報を聴けば、予定を潰してでも確認に現地に赴き、また別人だったと先方の酒を買って帰って来る。
お前のせいで無駄足を踏まされたんだ。帰って来たら嫌がらせでも良いから流し込んでやるのさ。 そう言って彼の借家だった彼の部屋には大量の酒瓶が備蓄されている。
それも15本を超えて、酒の匂いが出始めてしまっている。つい先日、別の部屋に移したところだった。
我こそがあの魔術師を打ち倒したモーガン。そういう連中は山程見た。偽物が来る度にミリアという魔術師がそいつの鼻をへし折る勢いで殴り掛かり、ランディがそれを抑える光景にはもう慣れた。
(……色々あったな……もう3ヶ月か。 ふふふ……もう恋人でもないクセに、粘着質だな……。 負けず嫌いで頑固。 モーガンさんの言った通りだなぁ……)
そんな旅行も楽しかったな。 色んな国に行き、グルド人の国もいくつか行った。モーガン探しの旅行だ。
そのせいか、少し垢抜けた髪型になっている。都会の人々の洒落た髪型を真似しただけだ。街中で何人かスーツ姿の男から声を掛けられたが、その度にミリアが豹変した表情で追い払っていたのを思い出す。
「……ふふ。 あの時は酷かったな……棺で潰そうとしてたし」
偽物相手に対する踏み絵もエスカレートしていた。 取り敢えず封殺するから出てこい。 本物なら出てこれるようにしてある。 そう言って肉の触手で一般人を脅している姿。
「不器用なだけなんだよね……根はいい人だし」
花屋へと訪れ、片手で掴めるくらいの花を手に入れる。かつて、被害にあった子供達の墓に手向けられた花と同じものだ。
「……」
死体は無く、墓標だけだ。 何なら彼の墓は知ってるだけで4箇所。グルドの国、フェレスドレア、クリスタルリバーサイド、セシリーの暮らしいていた土地の慰霊碑。
グルドの国で彼の生まれ育った故郷を自称する地域に墓があり、観光地化が進んでいるのだとか。ここでもグルド人の観光客が増えており、墓を建てたのはリジェである。
彼が言うにはこっちの方が地域が儲かるし、帰ってきたときに笑い話に出来ると悪気なく笑っていた。彼だけはモーガンの生存を確信している様子である。
先に来た誰かが手向けた花の横へとそっと供えて黙祷を捧げる。
死体は見つかっていない。術式の大爆発で跡形も無くなってしまったか、そもそも、魔術師協会に所属する術者の遺体に紛れて埋葬された可能性もあるのだとか。
「……忘れないよ」
「……そんでもって。 二度とここには来ない。 私は先に進むよ。 いつまでも女々しくしてるのは性に合わないからね。 これからは魔物の活動も活発になるし……昔の恋人を引きずってるとモテないからねぇ〜」
そう言うと、暫く沈黙が流れた。 誰かが墓に入ってくる気配を感じて顔を上げると、老人と目が会う。返ってきた会釈へと哀しげな微笑みを浮かべる事しか出來なかった。
「ただいま〜」
「姉御。 おかえりなさい」
ヘルメースは今日も大人しく家で学校の宿題をこなしている。セシリーとヘルメース。モーガンが言っていた通りで地頭の良いいい子達だ。
狩猟団のお金は、彼の言った通り、彼女達の学費に養育費に充てる事になった。向こう10年間、彼女達が勉学へと励んでも問題ない程の遺産。
彼は相当なお人好しで、自分の事は二の次だったように思える。オートマタであるトランクは家事の合間にモーガンの事を口にしていて、早く帰ってきて欲しいと何度も何度も口にしている。
彼がオートマタに対しても、尊厳のある付き合いをしていた事の賜物だろうか。
「……トランク、お疲れさま」
「ミリア。 おかえりなさい」
なんとも無い1日が過ぎて行く。気のせいだろうが、ヘルメースとセシリーも以前ほどの活発さは無い。
ヘルメースに関しては、それが特に顕著だった。気心の知れた兄貴分を失った。そう言えば十分だろう。
食事を済ませて、風呂に入る。家事全般はトランクに任せっぱなしだが、明日は休みだし手伝わないと。そんな事を考えながら肩まで浸かる。
オートマタのメンテナンス。それも技士に頼まなければならない。以前はモーガンが定期的に行ってくれていたが、もう居ない。
天気の話だとかをしながらメンテナンスをするモーガンの表情が浮かんでくる。長年の間、親交のある友人と話すかのように楽しみながらメンテナンスをしていた。
動力を落とさずに点検するのは危ないと注意した事もあったが、考えてみれば不思議な事ではない。点検の時間が彼らにとっては親睦を深める時間だったからだろう。
トランクが業者の点検を嫌がるのはその為だ。
「……ふ〜」
近頃トランクの調子も良くはない。皿を落としたり、調味料を入れすぎたり。 部品に欠陥があるわけでも無いと業者も言っている。
(……まるで人間みたいだ。 オートマタの内側には幽霊が宿るっていう都市伝説があるけど……。 幽霊か。 あながち間違いじゃ無いかもね)
明日、明後日は休日だ。 休みの日に連絡が来ないのは冬場くらいなものだが、これから忙しい日々がまた戻って来ると考えると、少しは気が紛れる。
考え込んでいると寝床へと潜り込んでいた。弟も独り立ちしたあの家には戻る気が起きない。 あそこに詰まっているのは辛い記憶と着ない服くらいだ。
「……ふ〜」
そこから長いこと考えごとをしている。相変わらず上の空なアリスを気に掛ける様にヘルメースが顔を覗かせる。
「姉御〜。 起きてる?」
「ん〜?」
「明日さ。 皆でメシ食いに行きましょうよ。 こっちで見繕ったんで」
「お。 良いね。 行こう行こう。 どんな店?」
「焼き肉。 姉御と割り勘で良い?」
「良いよ〜。 腹いっぱいに食べよう。 ふふふ……楽しみだな……」
「……ん。 じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ〜」
瞼を下ろして何度か呼吸を数えていると眠りに引き込まれていた様だ。眠った気がしない程に浅い睡眠から覚めると空には薄い輪郭の月が浮かんでいる。
朝焼けよりもずっと早い時間の空模様だ。トランクが食事の下ごしらえを始める頃だろうか。モーガンのベッドから体を起こして扉を開きに立ち上がる。
トランクの話し声が聴こえるのを不審に思い、少しだけ扉を開いて覗き込む。
「ヘルメース……もう起きてるのか…………温かいお茶でも飲んで2度寝するか。 トランク〜……ごめんだけど、お茶入れて…………くんない?」
ソファーへと腰掛けるトランクの左腕を工具で弄る見覚えのある姿。左腕が再生しきっていないのに関わらず、器用にメンテナンスをする赤目の男がそこに居る。
「……モーガン?」
「アリスさん。 おはようございます」
「……そうか。 ようやっと夢枕に立ってくれたんだね……随分と探したけど……やっぱり死んでたんだ」
「……へ? あ、あのぉ〜……」
「……トランク。 お茶」
「……あ。 はい」
アリスがモーガンの横へと座ると彼の膝に頭を預けるように倒れ込む。仰向けになり、丹精な顔がモーガンを見つめる。
「……何処行ってたのさ」
「……えぇ〜っと。 それは少し言えないのですが」
「だよね。 酷い最期だったと聴いてるし。 まぁ、最期に挨拶しに来てくれて嬉しいよ」
「ん……??? まって、まだ死んで無いんですけど……アリスさんって朝弱いんですか?」
「…………確かに、夢にしては……荒唐無稽な感じが無いな……あれ?」
キョトンとした可愛らしい表情を眺めていると、何とも愛おしくて底無しに滑稽な光景にモーガンの肩がふるふると揺れ出す。
「ふ………!」
「…………マジ? これって現実?」
「……え〜。 はい。 ご無沙汰しておりました。 なんとか生還致しました」
アリスがモーガンと背もたれの隙間へと体を滑り込ませ脇の下から腕を回す。抱きつくように寄りかかると、彼の肩へと顎を乗せた。
「……多大なる心配をおかけ致たたたたたたた!」
アリスの瞳に群青色の魔力光が宿り、モーガンの肋骨がミシミシと音を立てる。
「お〜。 お〜。 なんか日焼けしてねぇか? で? 南の島で療養してたのか? ん?」
「……ま、まぁ、そういう事ですね。 ただ狩人協会の情報規制があるので詳しくは言えないんですが……」
「……そっか……はぁあああ……! ま、おかえり。 死んでいなくて残念だよ。 死ね」
「えぇ……。 ひどい」
奥の部屋から馴染みの顔がモーガンを見つけると腹を引っ掻きながら横へとやってきた。
「ヘルメース。 お前……見ない間に背伸びたな……」
「……あ? 殺すぞ? のこのこ帰って来やがって」
「え〜……。 すぅ〜……。 っす。 すみません」
踝上をローキックで重点的に潰して来るのだ。
(なんか。 思ってたのとは違うな……まぁ、追い出されるよりかマシかな……ははは)
つづく




