負の遺産
デクスターが鼻歌交じりに歩みを進めている。上物の白いスーツ。ジャケットの下には何も着ずに悪趣味な入れ墨が覗いている。
「……近頃の術者ってのは大して強くないんだねぇ……なんというか、稼ぐために育てましたってカンジかな? 殺しに専念させた育成はしてないのかな……」
傍に転がった狩人のワッペンを着けた警備員達を跨いで行くと椅子に縛られた男の前へと立つ。
椅子に縛り付けられ、唇が深く裂けている。拷問、いいや面白半分で耳をも落とされている。
狩人証と家族の写真が入れられた財布を摘み上げ
「……警備主任……って読むんだよね? 旧字体は少し疎くてね……駄目だよ〜。 もう死んでるじゃん……君たち力加減下手だね〜……まぁ、試作にしては十分なデキだが……少しは知性を持たせた方が良いかもな」
「……」
デクスターの傍に人型の魔物が近寄る。銃弾を幾つも浴びているのにも関わらず、足取りは軽く、傷も癒えかかっている。
黒い毛に覆われた逞しい体つき。頭には金属製の面がボルトで固定され、瘢痕組織がボルトと癒合している。何かを話すわけでもなく、荒い息遣いだけが聞こえてくる。
「少し獣に寄せるとこうなるか……。 んまっ、良いっしょ。 さぁて、昔仕舞ったアレはまだ残ってるかな〜」
暫く後。 崩落注意の看板を踏む男が現れた。ワインレッドの上着に紅の瞳。レバーアクション式ライフルを抱えながら、周囲の惨状を目の当たりにする。
肩には鈍い光を放つ片手サイズの板がベルトで固定され、モーガンは状況をその板へと伝える。
「モーガンです。 警備員の死体を多く確認した。 数は……そうだな、ざっと7人。 魔術行使の痕跡がある。 それに、人間の足跡……裸足だな……奥へと進んでる。 こいつだけ歩幅が小さく、土の抉れから見て……歩いていた様だ」
足跡の傍に20センチメートル幅の金属定規を並べて写真を撮る。ファインダーから目を離す時に少し気を引かれるものが目に入る。
地面に落ちた血液混じりの剛毛。魔物に対して放った銃弾が地面にめり込んでいる。
ピンセットで土から抜き取ると細長い擦過痕が弾頭の先端から尻の方まで伸びている。
血痕付きの毛を小瓶へと入れてコルクで蓋をする。かなりの硬さだ。軽く振るだけで針金を束で詰めた楽器の様にジリリリと音を立てる。
作りの良い、頑丈なウェストポーチ風のバックパックを開く。冷却術式が刻印された筒の横へと収め、ジッパーを閉じる。
「種類かは不明だが、皮膚を含む組織サンプルを回収。 行方不明者の捜索に移ります……施設の奥へと入っても……?」
「……レオだ。 構わん。 慎重に進んでくれ」
「……了解」
(……80年前に閉山になったマナクリスタル採掘所だぞ……こそ泥にしては強い術式使いやがる……)
土が乾き、細工をしているせいだろう。 足跡が途切れている。
(魔力の痕跡すら無し……。 使ったのは確かだ……)
「……奥でも通信は可能ですか?」
「心配するな。 中継機は事前に敷設済みだ。 音楽でも流すか?」
「いいえ、結構。」
マナクリスタル採掘所にわざわざ警備員まで導入するという事は珍しくない。マナクリスタルの基準に達しないデカいだけの結晶を市場に流さない措置とも言える。
漏電で火災、過剰発熱で大火事。 感電死に爆発。 そんな製品が家のキッチン、リビングに放置される状況は好ましくない。検品で弾かれるのが殆どだが、うっかり通ってしまう個体もある。
もしもの事が起これば企業ブランドの失墜だとか。管理の問題だとか。 子供が好奇心で入る事や、度胸試しで生き埋めになるリスク。 例を挙げればキリが無いが、ここはそういった事が過去にあった場所だ。
(地元じゃ、いわくつきの場所と言われてるらしいが……更に箔が付くな……害悪な幽霊とは……いなさそうだが)
数十分後。モーガンが再び死体の並んだ入口へと姿を現す。結果から言えば誰も居なかった。死体も生きた人間もだ。行方不明になっていた従業員は体調不良で出ていなかったらしい事を引き返して来る時に伝えられた。
その従業員には改めて話を訊くらしいが、考えるほどに妙な状況である。何かを盗るにしては何も無い場所だったからだ。 持ち出せそうな原石すら無い。 枯れた山だったのだ。
「……7人だよな。確かに……。 大した場所でもないのに7人は多くないか……? 欠勤者含めて8人……」
非常に強い力で胸を潰された遺体。顔の原型を留めない撲殺死体。魔術師のやり方というよりも、チンピラのやり方に近い。
そんでもって、椅子に縛られている遺体だ。縛られた箇所を見るに、死後にこうやって縛り付けられたかのようにも見える。
「レオさん。 本当にただの採掘所跡地なんですよね?」
「あぁ。 そうだ。 ブリーフィングでも説明した通りな……クラス5の緊急連絡を最後に音信不通になった。 襲撃されているとね。 クラス6を送って、ミイラ取りがミイラになっては笑えない話だ。 妥当なのはクラス7だろうと。 君ならちょうどいいとね……」
「……そうですか。 そこら辺見て回っても?」
「……あまり現場を汚すなよ? 技術分析官を送る。 襲ってきた何かが戻って来ないとも限らないから警戒は解くなよ? 孫と良く遊んでくれるって親父からの聴いてんだ。 良い奴には死んでほしくない」
「……そいつはどういたしまして」
「……ざっと20分後に人間が来る。 それまでは好きにしてくれ。 極力 現場は動かさない。 触らない。 通らないを心掛けてくれ」
「……了解」
その時だった。ふ〜っと吐き出す吐息が白く染まっていくのを見た。真冬の朝のような凍てついた空気に鼻先が痛む。
指先の毛が逆立つと徐々に手首から肩へ。背筋へと這い回って行く。
「……誰だ?」
半透明な人型が映り込む。顔を上げると顔の潰れた誰かが立っている。何を言うでもなく、恨むでもなく。佇んで。
「……なんだい。 そこに、何かがあるのか?」
一瞬、視界が暗転する。人型佇んでいた場所には何の痕跡すら無い。
指先へと炎を灯し火柱を眺めてみる。幽霊が立っていた壁に沿って炎を寄せて行くと、岩から出口側へと揺らいでいる。
モーガンの術式である〈拒絶する中指〉で硬い岩を削る。白い溝を起点にして新聞紙が燃え落ちるかのように火の縁が拡がると真っ黒い空間が現れる。
「……どうした。 通信が乱れたぞ」
何の事はない。ゴーストを見た。そう言って続ける。
「……通路横に隠し道があった。 手触りも本物さながらだ。 どうします? 進みますか?」
「……調査を頼む。 但し、不味いと思ったら直ぐに引き返してくれ」
「了解」
風の吹き出る洞窟を進み、光が差さない場所まで来た。振り返ると覗く光が随分と小さく見える。
「〈タール・ボウイ〉」
彼の傍に鬼火に似た光源が現れる。 幾つかが奥へと先行し文明を感じる設備を照らしている。
「……レオさん。 本当に設計図には何も無いんですね?」
「……何度も言わせるな。 何があった」
「……かなり旧いエレベーターです。 ざっと200年前の装置ですね……」
「何故判る?」
「その時代に使われてた文字ですからね」
「お前さん、考古学者かよ」
「アルバイトで発掘手伝った事もありますから……まさかここで使う事になるとは思いもしませんでしたがね……巻き上げ装置はありますが、筐体は落ちているようです」
発煙筒に着火して、エレベーターシャフトへと落とすと、頭の中で時間を数えて深さを確認する。
「ざっと15メートル。 手持ちのロープで足りますね」
「……よし。 進んでくれ。 恐らく通信出来なくなるだろうから、時間を決めておこう。 1時間で戻ってこい。 もっと早くでも良い……慎重にな」
「了解。 状況に応じて早期撤退も選択肢に入れておきます」
「頼む。 音楽流せ」
版権切れのクラシックが流れてくる。 降りる準備を済ませて、ゆっくりとロープ降下を始める。
音楽が遠くに聴こえる様になったタイミングで声を吹き込む。
「これより通信が途切れる。 健闘を祈ってくれ」
発煙筒の細い光を目指して奈落へと進んでいく。光へと向かうにつれて悪寒が強まって行く。
つづく




