靴底の砂粒
昨日の事だ。汚れた上着を持って部屋へと帰り、むしゃくしゃしながらも晩御飯の準備をしていた時に無線機が鳴った。
「……髭か……む〜……。 もしもし、シャロンです……」
「お〜……出た出た! 明日モーガンと出掛けて来いよ!」
声がデカイし話の脈絡が意味不明。 2重の意味で苛ついたが、ため息でそれらを散らしつつ返事をする。
「……話が繋がる様に、順序立てて話してくれやがりませんかね……」
「モーガンのペイント弾で服汚れただろ? それの詫びと弁償したいんだと」
正直に言って、悪夢に出てきそうな赤目の化け物とお近づきになるイベントを こちらでご用意させていただきました。 そう言われても心底嫌なだけである。
「いや、良いですよ。 ど〜せ量産品だし、店で買い直せば」
「モーガンが言うに、特注だろ? 裏地に柄物入れてるって……俺は全然気がつかんでなぁ……」
この髭は言い出したら聞かない面倒な奴だと諦めのため息を吐き出す。
「……は〜。 それで、明日にでも、あの近接ツーブロゴリラにお接待しなきゃダメな感じ?」
「……いや、別に嫌なら良いんだが。 ほら、細かい注文とか出せないし。 個別発注だと割増でな……これから任務で一緒になるかもだし、親睦の1つでも深めて来い」
「最後のが本音だろ?」
この手の話は、相談風の事実上の命令である。そういう方向で予定を組んでしまったという事後報告と変わり無い。
「書面上は仕事にしておくから、行って来い」
「……わぁったよ。 というか……上位者殺し、もう目が覚めたの?」
「つい30分前にな。 自分で歩いて帰ったぞ」
気絶させるまで氷の術式をぶつけた本人からすれば、あの傷で半時間気を失うだけで済んだ相手だ。後が怖いと気後れする感情を推し量って欲しいと思いはしたが、グルド男に期待する方が負けだと諦めたほうが精神衛生上は得な選択だ。
「……まじかよ。 バケモンじゃないか……」
「明日の昼過ぎにでも親父の家に寄ってくれ。 モーガンにはこっちから連絡しておくよ」
「わかった。 それじゃ、切るよ」
「お〜、おつk」
今すぐにでも考える事をやめたかった。やめた過ぎて親指が思った以上に早く切断ボタンを押していた。
「……は〜。 グルド人ってのは粗雑な奴が多くて……ヤダな〜……あの顔……絶対に夢に見るよ」
モーガンとの訓練中のあの目。 マジで殺しにかかってくる目をしていた。 暫くは音速掌底ツーブロゴリラの顔も声も感知したくないのが本音であるが。
(仕方ないか……は〜。 適当にあしらって服注文して帰ろ)
嫌だなと考えて、ベッドへと倒れ込む。久々に術式を派手に使ったなと考えているうちに、朝日が差す時間まで眠っていた。
湯を浴びずに眠りに落ちると、身体の筋が強ばり疲れが取りきれない。実際にそんな感じの感覚に支配されている。
部屋に備え付けられたシャワーを浴びる。
「あぁあ〜……怠い。 普段のルーティンワークのほうがラクだわ……」
白目を向きながら髪を洗い、身体に湯を浴びながら歯を磨く。この数時間後に、音速掌底ツーブロゴリラとの接待だと考えると、髭の付き添いのほうがマシな仕事だ。
(……あぁ〜。 行きたくねぇ……どうでもいい野郎と買い物とか……男運がないのね……とほほ)
それはそうと、これは仕事。受けると言ってしまった以上、やっぱ無し等と言えるわけがない。
低知能指数まる出しの表情を引き締め、髭の親父さんの家に辿り着く。
「おやっさん。 お邪魔しま〜す。 音速……モーガンさんは?」
「……後ろ」
後ろを見るとモーガンの姿があった。デカイ図体で気配を消すのが得意な奴だと心の中で悪態をつく。
「あ。 レオさんの……」
モーガンが斧を肩に載せ、脇には薪束を携えている。目に赤い光を蓄えて迫ってきた悪夢の怪物が直ぐ側に。
「……うわ。 バケ……」
「……バケ? 確か、シャロンさん。 でしたっけ。 先日はお手合わせありがとうございました。 柄にもなく気絶するとは……」
「いえいえ。 随分と愉しんでいただいた様で……偉く全力を出していらした様ですが」
「レオさんの方から殺す気でやれと。 近頃退屈していると伺っていましたので、短期向けの魔力出力で……まぁ、結果として魔力切れぎみに……服汚しちゃって……うっかり、術式……解いちゃったから……ははは」
ほぉ〜ん。 上位者を殺した相手に発破かけたのは高台で見下ろしてた髭が1枚噛んでいたと知り、眉間に深いシワが寄る。
(あの髭……!)
「……先日は申し訳ありませんでした」
「あっ。 ……いえいえ、レオの事で苛ついただけですので……」
おやっさんが薪束を受け取り、乾燥棚へと運ぶ。
「すまねぇな、モーガン。 ケガ人にさせる仕事じゃあ無いかもしれんが……最近腰がな……」
「あっはっは! いやぁ〜、いい運動になりますねぇ!」
「……随分と元気だな」
「いや。 住んでる家に帰れないなら楽しむしか無いかなぁ……って思いましてね。 せっかく南国の島に来れたんです。 楽しまないと〜!」
「……3ヶ月。 約束」
「……おっ? 寝込みますよ?」
シャロンが何の話題かと おやっさんへと尋ねると、珍しくもない話で、行方不明から宣言した期限で恋人関係を解消するという話だ。
「……え。 恋人いるんッスカ?」
「……御縁がありまして。 …………まぁ? その期限を超えて…………薪割りなんて……してるんです…………ケドね……ははっ!」
「あ。 はい、触れない様にしましょう。 うん」
「ぞっこんだな……」
「帰りてぇ……。 っは。 そうだった、弁償、でしたね」
斧の柄へと目を落とす。旧く傷んだひび割れ。ささくれた木製の柄の先。傷1つ無い左手とは対照的に右手はゴツゴツとした傷まみれの手指。刺し傷、擦り傷、切り傷。火傷の痕。
人殺しの手。労働者の手。旧びた柄と馴染む右手へと目を向ける。今の生活を手に入れるまでに計り知れない苦労を重ねてきた手だ。将来の可能性を見させてくれる相手にのめり込むのは想像に難くない。
先日の訓練で目の当たりにした赤目の怪物にしては、随分と小さくまとまった奴だ。 なんだか妙に安心したと笑みが溢れる。
「何忘れてんのさ。 魔力切れで負けたとか、言い訳ダサいね〜。 あ〜ヤダヤダ」
「……はぁ〜。 そうですねぇ……。 店にはいつ頃向かわれますか?」
「まぁ、焦らなくても呉服屋は逃げないよ ちょっくら羽休め……おやっさん。 奥使うね〜」
「う〜い。 モーガンも、お疲れさん。 少し待っとれ、茶でも飲もう……あぁ、手伝わんで良い。 寛いでな」
潮騒の風が浜を吹き抜けていく。子供らの笑い声、ウミネコのさえずり。海の匂いが心地よい。 狩人の楽園とは良く言ったモノだ。
「……おやっさんが持って行けってさ」
軒先の粗末なベンチへと腰掛けるモーガンへと冷えた茶を渡す。それを受け取るとシャロンが隣へと腰掛け、そういえば……と話を切り出すのだ。
「……どうして今まで無名だったんですか?」
「と、言いますと?」
「あぁ、ごめん。 上位者殺し程の実力があるのに、ついこの間までは、クラス4。 まぁ、そこそこの区分に居たでしょ。 もっと早い段階で今の区分へと到達出来たはずだと思ってね。 訓練で怖いと感じる相手は久しぶりだったし」
「表立って使って無かったので」
「うん? あぁ、その理由が知りたい箇所でもあるんだけど」
「そ〜ですね。 あまり必要な仕事を受けていませんでしたから。 目立つ程の討伐数じゃあ無いですし。 主に遺体の捜索だとか、使わない依頼が多くて」
「恣意的に仕事を選んでいたと?」
「えぇ。 怪物の討伐だとかは、他にも腕の良い狩人が難なく対処してくれますから。 カネにならない仕事をやってたり……」
「例えば?」
「悪霊退治だとか……精霊の確保だとか」
それを聞いて、馬鹿な話だと笑い飛ばされない日が来るとは思いもしなかった。静かに話を聴いていて、おそらくは情報収集のための質問なのであるとモーガンは考えた。
「……報酬は高いのか?」
レオから情報収集を頼まれているのだろうと踏んで、言葉を選ぶように思考を巡らせる。
モーガンの考えとは裏腹に、彼女にはその手の指示だとかは出ていない。純粋な好奇心だが、性格上 冷めている奴だと受け取られる事が多い。彼が勘違いするのも当然な声色と表情。
「そこそこ。 依頼発注元が狩人協会経由じゃない案件ですから、狩人協会の実績には含まれません。 民間の依頼も多くて、払う払わないのトラブルもあります。 実際に悪霊の現場に当たるのは体感6割、あとは依頼者側に精神疾患が疑われたり、家の壁紙塗料による健康被害だとか。 無報酬で1日潰れたりはザラで……ははは」
「……狩人の仕事に専念しようとは思わなかった?」
衛兵に職質されているかの様な気分だ。先日のモーガン自身の脅威度に関しての探りの件もある。訓練と銘打った査定。それの延長上でこうやって根掘り葉掘り聞かれているのだろうと顎を撫でた。
「無いですね〜。 困り事が狩人協会にすべて集まるなら専念しても……ですけど。 民間の依頼だけでも不自由はしない生活はできます。 最近は養う口が増えて悠長な事は言ってられないんですがね」
「そういえば、随分と若い従業員を抱えているそうで。 ヘルメースでしたっけ。 あとは、生存者のセシリー。 どういったご関係で?」
「ヘルメースは仕事で狩猟団に加わった奴で、セシリーさんは1時的に預かってる難民です。 両方学校に行けて無かったモンですから、従業員と言っても、ほぼ学生みたいなものですが」
「へぇ」
「学のない人間には厳しい世の中ですのでね。 文字の読み書きと計算くらいは学んでもらわないと。 まぁ、良いもんですよ。 賑やかなのも。 アイツらをここに連れて来られないのは残念ですが……」
波模様へと視線を落としたモーガンは故郷を思う目をしていた。優しいため息を吐き出して、 まぁ、狩猟団に残っていれば。 ですけどね。 そう言って席を立つ。
「それじゃ。 服でも買いに行きますか……。 こんな萎びた話なんて聴いてても楽しくないでしょう」
「あぁ。 聴いてるこっちまで気が滅入るよ」
「はは。 そっちが訊いてきたんじゃないですか。 狩人証のクレジット機能も復旧されたらしいので、試しに使いますか……」
時間が流れ、モーガンが玄関を開く。手には晩酌用のつまみにお土産を携えて再び姿を現した。シャロンの手元には新しくなった裏地に柄の入った制服。他にも洋服の入った紙袋を携えている。
「……おやっさん。 お土産です」
「……おぉ。 やったぜ。 服なんてえらいこと買ってないからな……助かるぜ。 そっちは?」
「お孫さんの分です。 シャロンが選んだので、私よりもセンスがあるかと」
モーガンの上着も普段の物になっている。 制服としての届け出をしていたため直ぐに仕立てて貰えた。片田舎の呉服屋よりも仕上げが良くて動きやすい。
「おぉ。 すまんな……。 なぁ、モーガンよ。 コレとか全部お前が出したのか?」
「確か……弁償分は狩人協会に申請するで大丈夫でしたけど……あれ、どうだっけ? まぁ良いか。 他は私がお支払いさせていただきました。 数ヶ月ベッドを使わせていただいた気持ち分。 ということで」
「……おぉん。 ありがとうな。 ……シャロンのもか?」
奥の方でシャロンとおやっさんの孫が話をしている。随分と仲良しなようで、服を前にして はしゃいでいる。
「……? はい。そうですけど」
「南の島で、違う女に服を買うってぶっちゃけどうなの……?」
「……う〜ん。 良いんじゃないです? ぶっちゃけ、お詫びとして色を付けたってだけで。 下心とか無いですし……おやっさんの奥さんって基準が厳しい人だったとか?」
「……訊いてくれるな。 前の女房の事だ」
「……う、うっす。 ……今日は色々買ってきたので、皆で食べましょう! 一応、レオさんにも声かけてみますんで!」
「……アイツは来ないだろ〜。 また仕事だろうしな」
「まぁ、声かけるだけでも……あ〜。 不仲だったりします……?」
「いいや、そういう訳では無いがね」
結論からすれば、今いる連中で食卓を囲んだという話だ。レオは向こうで泊まり込みの仕事らしい。
あと少しで転移門のメンテが終わる。喜ばしい事ではあるが、少し後ろ髪を引かれる気持ちも少しある。
洗い物を済ませて、風呂を借りて軒先のベンチへと腰を下ろす。 随分と涼しい風に当たりながらエルフの街の事を考えている。
その時だった。彼の無線機に急ぎの連絡が入ったのは。
「……はい。 モーガンです」
「あぁ。レオだ。 今から出られるか?」
「……何かありましたか」
「人手が足りないから、急遽依頼を出したい。 狩人建屋まで来られるか」
「向かいます」
つづく




