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狩人の生活  作者: 青海苔
第二章 星屑の反逆者達
52/192

晴れ 時々大雨

 「〈タール・ボウイ〉」


 一斉に射撃される銃弾の雨。大きく膨張した黒い右腕が全てを飲み込んで地面へと吐き捨てている。


 視界の縁から長物を握った狩人が迫り来る。忍び走りに似た動き。肉体強化と相まって捉えて近づかれるまでに1秒も掛からなかった。


 「……!」


 プラスチックナイフを構えて受け止める。切っ先からビキビキと音を立てながら凍てついた氷が上ってくる。


 氷の術者。レオの前に医者を伴って来た狩人だ。


 モーガンは一切のまばたきをせずに相手の女を睨んでいる。真っ赤に光る瞳。戦時中の祖先たちは、こんな悪魔じみた奴を前に戦っていたのかと思うと気が引き締まる。


 「……なんだ。 もっと打ち込んでこい」


 「……クソ」


 黒い腕が刺客を叩き潰そうと拳を突き上げる。 術者との2方向からの攻撃。下手な傀儡術式よりも仕上がっている術式であるとよく分かる。


 尖った氷柱で腕を突き刺し、咄嗟に距離を取る。


 「逃げていては私を殺せないぞ……こちらから行こうかね……」


 モーガンの姿が一瞬大きく見えた。彼の匂いが迫ったと共に衝撃波が耳元を抜けた。繰り出される掌底を交わす度に、ライフル弾が掠めるかの様な音が鳴っている。


 「……どうした。 打ち込んで来い!」


 んな事を言われても、直撃すれば怪我は必至の事だ。顔面が砕ける威力、流石に未婚の相手に対しては手を抜いてくれるもんだと踏んでいたが一切の容赦が無い。


 苦戦する彼女を眺めながら、高台の上に立つレオが無線機を掴む。


 「……ひえぇ〜。 そら恐ろしい。 あれが上位者殺しの実力か……」


 傍に控えた男が検出器から送られてくる映像を指さして技術的な見解を伝える。


 「……やはり、彼の術式ですが、動作の割に損耗する魔力が多い様です」


 掌底に蹴り、離れた場所からでも風を切る音が届いている。


 「ほぉ〜」


 「継戦能力はかなり低い……短期決戦型の術式と見えますが」


 「……いいや、抑えてるんだ。 素直に分析させてくれるタイプじゃ無いだろ。 普段ならあの出力で戦わないだろ。 慣れない操作をやってるからそう見えるだけだ。 一回戦ったらガス欠で動けなくなる勢いだぞ……舐められてるな……相手が気弱になってるのを知っているから、気迫で押してんのさ。 派手な音に、無理した術式行使。 こそ泥に向けて空砲ぶっ放してる様なモンさ」


 「訓練……だからですか」


 「そうさ。 あの娘も、まさか本気出して来るとは思ってなかった面だ。 ありゃ、落ち着くために後へと飛ぶだろう……ほら、あ〜不味いって」


 女が着地する前にモーガンが回り込み、拳銃を向けている。何度か引き金を引くと、彼女の脇腹にペイント弾が一発炸裂する。


 「んん゛……!」


 2対の氷刃を振り払うと共に轟音と冷気が丘を伝う。砂浜からは小さい氷柱が浮かび上がり、モーガンを避ける様に凍てついている。


 モーガンの周囲に炎が浮かび、軌道を変えて着地した女を睨んでいる。


 「1回火を入れてしまえば、凍ったりしない。 レオさん、もう終わりで良いでしょう?」


 「いいや、脇腹を撃ち抜いたとしても、貫通はしてない。 術者なら、頭に数発ぶち込まなきゃね〜。 さ、続けるぞ〜。 それに、ライフルにも気ぃつけろよ〜」


 別角度からライフル射撃が飛んでくる。1回目以降は各々3発の一斉射。


 ドーム状の半液体を展開すると、跳弾がレオの頬を掠める。


 「かっかっか! 狙ったか?」


 「え。 そっちに飛びました?! すみません!」


 「あぁ、いいよ。 それよりも相手に集中」


 彼女の周囲には無数の氷塊が浮かび、魔力を帯びている。近接戦闘で術式を使えばモーガンなど容易く屠ってしまえる術式であるのに、訓練であるからだろう。


 「……よくも」


 「……ペイント弾って洗濯しても落ちないんだぞ!! お気に入りだったのに!」


 「……あ。 えっ。 すみま」


 無数の砲弾が地面を削り、モーガンの姿が見えなくなると彼が次に目を覚ましたのは医務室だった。


 「……よ。 目ぇ覚めたか?」


 「嫌な夢を……見ていた様で」


 「……夢ではねぇな。 うっかり術式解除しちまうから死にかけるのさ」


 モーガンの頭には血の滲んだ包帯が巻かれており、布地にはルーン文字が刻まれている。エルフ系医療術式でしばしば見られる手法だ。


 再生術式。 とでも称せば良いだろうか。 今まで何度も世話になっているものだが、こんな短時間で意識の回復まで持ってこられる、腕の良い医者が常駐しているとは恐れ入る。


 4時間。訓練を始めた時間から見るにそのくらいだろう。真っ白な壁紙に吊るされた時計を眺めながら他の傷の縫い口を撫でる。


 「い、いや。 まさか自前の服で訓練に参加するとは。 うっかり術式を解除してしまいまして……」


 「あっちも、ある程度本気で来られるとは思ってなかったんだろう。 魔術師の訓練で銃を使う奴は少なくてな。 相手に取っても良い経験になっただろうさ。 大丈夫さあの服だったらこの島で売ってる」


 「裏地に模様が入ってましたけど……特注品だったり」


 「……あ〜。 ……んな服で訓練来るなって話なんだが……そういうところ拘る奴だったか……意外意外」


 「同じ布で同じ模様に揃えるとしても……弁償代払ってはいオシマイとは行かないか……」


 「……次からは服装も制限かけるかな……。 とはいえ、アイツは部下って訳じゃないし、強くは言えんでな……優秀な奴ではあるんだが、少し素直過ぎるのがな……」


 「……まぁ、直接謝罪と弁償代持ってけば良いですか」


 「明日にでも行って来い。 アイツに投げる仕事は今のところ無いし、明日は事実上の休みを入れれば良いか。 ……俺ってば大甘ちゃんよな……」


 「書面上は働いてる様にってやつですか。 休みとして処理するのも面倒ですよね」


 「……そういや、狩猟団持ってるんだったか」


 「クラス6以降は持つのが大半だと聴きますがね」


 「そいつは、10年くらい前の主流だったりするな。 未だに多いが、近頃はその限りじゃないってのもチラホラさ。 まぁ、ここに上陸してる奴は基本的にフリーでやってるよ。 お陰で、苦労知らずの喧嘩早い魔術師クソガキが量産されちまって少し参ってるのも確かだ」


 「……でもあの子の感情と術式のかみ合わせは、かなり上手かった。 センスの良さから見るに、近接戦に徹されると厄介な事この上ない」


 「対人戦闘慣れした君にそこまで言わせるとは、そら恐ろしい話だな……」


 「破壊魔術は獣を殺す為の防衛手段です。 人間に向けるモノじゃありません。 強かろうが弱かろうが、相手が怪我をするものは全て脅威です」


 「お世辞か……。 そういうのは親父も良く言っていてな。 一瞬、若返った親父が目の前に居るのかと思った」


 「あの人も狩人?」


 「あぁ、そうさ。 方舟の狩人。 デカイ舟を操る術式さ。 大した攻撃力も無く、持続性と操作性に極振りしたような術式でね。 若い頃は、他の人間と同じで派手な術式が欲しかったらしいが、俺の祖父と似たのが発現しちまってな……遺伝みたいなモンで。 使い難い操作までソックリだったらしい……本人は落ち込んだけど、長い目で見ると随分と得だったらしい」


 「誰も殺めず、老いられる事がこれ程難しいとは若いうちは思わなかった。 本当にいい人生だったと今でも言ってるよ。 モーガン、親父と酒呑んでこいよ。 気が合うだろうぜ」


 「……未だに出血してる相手に飲酒を勧めるって……」


 「あっはっは! そんくらいで死なねぇだろ。 それとも、20なのに酒の飲み方も判らん訳か?」


 「……財布取られた時以来、注意してますがね」


 「で、この味気ない医務室に泊まるか、ふかふかのベッドで眠るか。 ……どうする?」


 扉を開くと、不機嫌そうなレオのオヤジさんがモーガンを睨んでいる。 てっきりレオかと思って扉を開いたんだ。スマン。 そう言いつつ中へと案内してくれた。


 「……随分と派手にやられたんだな。 訓練か?」


 「……まぁ、頭にボーリング球程の雹が頭に掠めたみたいな感じですね」


 「……はぁ〜……これだから狩人協会は好きになれん……処置は問題ないな」


 「……ふふふ。 お医者さんですか?」


 「あぁ。 一般人には狩人協会の治癒術式は高くてな、昔はヤブ医者やってたもんさ。 レオはまだ仕事か?」


 「そうらしいです」


 「……まったく、娘が居るのに仕事が大事か。 育て方を間違えたな」


 「母親は?」


 「死んだ。 狩人なら珍しくないだろう? そりゃあ酷い……」


 「……あ。 モーガンだ。 頭大丈夫?」


 「大丈夫ですよ。 レオさんにお世話になりましたから」


 「……また仕事かぁ。 ……眠いから寝るね〜。 お休みなさい」


 直ぐに奥へと消えた後、モーガンが口を開いた。


 「しっかりとした子ですね」


 そういう事じゃあないんだよ。まったく、判ってない事を言いやがってという視線を向ける。


 「……うるせぇ」


 「……すんません」


 「……ふ〜。 モーガン。 お前さんはまだ若い、こういう失敗は起こさない様にな。 子供の元に帰らない親にだけはなるなよ」


 「おやっさん。 レオさんからこの酒が好きだと伺ったんですが……引っ掛けませんか?」


 ※引っ掛ける……少量の酒を嗜む の意味


 「……ふん。 待ってろ、良いアテが獲れたんだ。 生魚は好きか」


 「えぇ。 好物です」


 一口サイズに切り揃えられた刺し身が皿へと盛られている。グルド系の生食文化は珍しいが、この島の2世である おやっさんからすれば当然の文化だ。


 郷に入っては郷に従え。 どの時代、文化的背景であってもこのマナーは如何なる国でも好かれるモノだ。


 箸で魚を食べ、酒をあおる。 互いに身の上話を交わしながら飲み食いしていると、あっという間に切り分けられた魚が無くなる。


 2度、3度。皿が新しくなった頃。 外の天気が急激に変化した。嵐の様な横殴りの雨、吊るされた風鈴が狂ったように打ち付けられている。


 「いつから狩人を?」


 互いに食間の煙草ヤニを吸いながら仕事の話へと移っていた。


 「10代に入る前から狩人を続けてます。 その前は手癖の悪い盗みだとか、賭博のイカサマだとか。 靴磨きに。 基本的にホームレスでした」


 「じゃあ、人生の半分を狩猟に」


 「……そうなりますね。 身元の保証されなかった子供なんてそんなモンです。 奴隷狩りに攫われた時もありました」


 「……不幸を詰め込んだみたいな話だな」


 「……そうでもないですよ。 不本意ですが、〈コイツ〉が居たもんで」


 モーガンの傍に陽炎の輪郭が集まる。 それはもう1つの腕の様で、別人の腕のようにも見えた。


 「……術式の名前は」


 「……タールボウイ。 とまぁ、勝手に呼んでますがね。 最初はただ単に、腕。 と呼んでましたがね。 名前鑑定士に頼む金が勿体なくてね」


 「俺は、フリゲートって呼んでるがね。 地味なモンさ。 見たところ、随分と派手な術式だろう?」


 「……そうですね。 まぁ、治癒系の術式が欲しかったんですが。 コイツじゃなければ、命が幾つあっても足りませんでしたけど」


 「……じゃあ、術式にモノを言わせて派手な人生……とかかな?」


 「ははは。 モノを言わせたら借金が増える術式ですよ。 石油を撒き散らして健康被害は出るし、経済的な打撃も出る。 そこら辺はもう知ってるでしょう?」


 「難儀な術式だな……自制するのが難しいだろう。 魔術師であるのに一般人と変わらない人生を歩むのは」


 「……魔術師ってだけで、チヤホヤってのはありますからね……そりゃあ、12くらいの時は舌打ちの1つや2つはしました。 魔術で失敗した事あります?」


 「……失敗?」


 「人に怪我をさせた事だとかですよ」


 モーガンがグラスを空けると酒瓶から追加の美酒を継ぎ足す。


 「あるぞ。 子供の時に、停泊をミスって他の舟を沈めた事が……今でもあの瞬間は鮮明に憶えてる、本土からの物資を積んでて解除しようにも出来なくてな。 4隻が大破。 親父がメッチャ頭下げに行ってたよ。 生きた心地がしなかった」


 「ふはは……! え〜、ご自分1人で航行を?」


 「いやいや。 親父の同伴でな。 咄嗟に解除しかけて頭を殴られてな……」


 「被害に遭われた方はどういう反応でした?」


 「……意外とすんなり許してくれたよ。 まぁ、そういう事もあるわな……って感じでね」


 「信頼されてるから故にって感じですね」


 「親父には頭が上がらねぇな……もう死んで居ないが。 そっちは」


 「……まぁ、しょうもない話ですよ。 同い年くらいの子供にからかわれてね……理由は私が孤児でいつも小汚い格好してたからなんですが。 幼い故の残虐性と言えば良いかもですが。 私の事を 小汚い親無し と指さして嗤ったんです」


 「……」


 「普段なら無視していたんですが。 その日は機嫌が悪くて……自分のお膳立ても出来ない子供だった。 ついカッとなってソイツに近づいたまでは覚えてるんです」


 「……何も聴こえなくなって、記憶の中の彼は怯えた様に口を動かしているんですけど……。 次に音が聴こえた時には、目の前でうずくまって泣く少年の姿が」


 「右頬がパックリと破れて地面に倒れて居たんです。 涙と血が混じり合った顔。 私を怪物の様な何かを見るように怯えた目で見上げていました……」


 「回りの大人を呼んで、彼は病院へ。 私は取り押さえられ、事情聴取。 まぁ、開放されるや否や、彼の身内からの報復で大人4人がかりで殴る蹴る。 半殺しで路地裏へと捨てられたって失敗話が」


 「反撃しなかったのか」


 「……怖くなってしまって。 血溜まりに写った自分の姿に、怯える少年の目が。 怒りを制御出来なければ、遅かれ早かれしょうもない理由で誰かを殺してしまう。 魔術師として生きるのはその時から億劫になって」


 「その時に学んだ事は……力には代償が伴う。 行使した力の反動は如何なる結果であれ、私に返ってくる。 自衛の為に人を殺めた事はそれまでに何度かありました。 ここまで罪の意識に苛まれたのはそれが初めてで……暫くは混乱しましたよ」


 「……狩人をやってれば誰かを殺さなければならない事もあるのに、何故続けてる?」


 「……判りません。 それ以外に社会と繋がれる方法を知らないんです。 多分。 ははは……金払いが良いってのが本音でしょうね。 あの時の惨めな私には戻らないぞ って」


 「……強い奴は大変だな」


 「……いえ。 弱っちい野郎が。 強がってるだけなもんで……」


 「明日は仕事か?」


 「……服の弁償と、お接待ですね〜」


 「その傷を作った本人か……。 あぁ……あの女か。 まぁ、早いこと寝たほうが良いな」


 「……最後にコレ飲んだら寝ます」


 つづく

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