肌を削る風
あの夢の男が白い砂浜の上に設営された椅子へと腰掛けて背もたれに体を預けている。籠もった熱が滲み落ちるビーチパラソルに背の低い椅子に机。
夢の中で遭遇した男が連れているのは、浅黒く日焼けしたマーベリックだ。汗をかいたアイスコーヒーの容器を傍に置いて、気だるげに頬杖をついている。
「……狩人の楽園ねぇ……僕が寝てる間に随分と腑抜けた連中に成り下がったものだ……この葉巻は……良いね。 嗜好品は中々に進歩してるなぁ」
「……で、アンタがフェイスレスの言ってた、『彼』ってやつか?」
入れ墨の男が煙をくゆらせながら、マーベリックの方へと目を向けた。生まれついての気だるい顔つき。半ば人生を捨てた人間のような目をしている。
口調はゆっくり、穏やかだ。決してハキハキとは話してはいないが、聴き取りやすい声色。
「あぁ、フェイスレス。 あの子ね……術式を奪って与える事のできる術式。 自己利用は最大8割の出力の子ね……」
「あの女の中に潜んでいたにしては、随分と他人事なんだな……」
乾いた笑いを浮べて、アイスコーヒーを口へと運ぶ。
「君も紛いなりにも『仲間』だったのに、助けに来なかったじゃないか。 マーベリック」
「まぁ、腐れ縁ってやつだ。 ビジネスライクな関係さ。 俺は薬を生産して、あの女の流通網で売っ払う。 ただのビジネスパートナーさ。 死んでも涙すら出ねぇよ」
「ははは。 マーベリック……一匹狼とは的を得ているな。 ……フェイスレス。 彼女の素養は十分だったけど。 あぁ、他人事って質問に対しての返事だが」
入れ墨の男が親指を立てて、側頭部をトントンと指し示す。
「ただの安アパートみたいなもんさ。 次の家までの繋ぎ。 ある程度世界を学ぶには便利だったよ〜。 不完全な上位者へと至ったが、モーガンに邪魔されて願望を叶えられずに死んだ女さ。 そういう君は、口で言う以上に……結構思い入れがありそうに見えるが」
興味と疑念を向けられていると感じながら、こっちも同じで貴様が信頼出来ないのさと視線を返す。
「いいや、世界をリセットしようだとか言うタイプじゃ無い奴だと思っていたんだが……アンタが唆した可能性について少し危惧してるだけだよ。 俺も操られるかもってな」
ヒゲの伸び始めた首筋を書きながら、眠ってしまいそうな声で返してくる。
「……いいや。 彼女の望みだったよ? 破滅願望を抱いた壊れた女だっただけさ。 ……死んでしまいたいと口にする人間と同じさ、彼女は愛されたかっただけなのさ」
「……」
「例えばだ。 誰にでも突っかかる奴。 横柄な態度を取ったり、威圧的な態度を取ったりさ。 何故か。 本質的に言えば、怯えてるという表現が適切かな。 怯えてるから吠える。 負け犬とはそういうものだ」
脚を組んで、子供に諭すように話し続ける。
「愛されない世界を壊してしまえば、苦しい人生を無かった事に出来る。 愛さなかった世界の人間を道連れにして。 世界を元の姿へと戻すなんざ建前さ。 寂しかったんだろ」
「安アパートにしては良く知ってるな」
「そりゃ、長く住めば愛着も湧くだろ? スリーサイズに、いつ初潮を迎えたか、全て知ってる。 だからナントナクねぇ……。 肉弁当の話をしようか」
「……何の話だ?」
まぁまぁ。 例え話だよ。 そう言い、マーベリックを指差している。
「君が肉好きな人間だと仮定する。 昼飯時に弁当屋へと立ち寄ったとしよう。 ……そうだな。 立ち寄った店には、ハムサンド、サラダサンド、エッグサンドしか売られていない。 君はどれを食べる?」
「……ハムサンドだな。 回りくどい話なら勘弁だぞ」
「まぁ、聴けって。 ハムサンド……そうするだろうね」
肉を挟んだバゲットが入れ墨の男へと運ばれる。チーズとレモン汁を混ぜたマヨネーズに黒胡椒。ほんの少し齧り取ると話を続けた。
「……じゃあ、エッグサンドと、サラダサンド。 この2つだけだったらどっちを買う?」
「エッグサンドだな」
「じゃあ、サラダサンドだけなら?」
「……買わないかもな。 いやいや、食うかもしれんが……仕方なく」
「はい、ソレだよ。 彼女にとってはサラダサンドを食う事を強いられた人生だったのさ。 ハムサンド、彼女にとって本当の欲求を満たしてくれる力があったら?」
「それが上位者へと至る方法ね……」
「……そ。 まぁ、モーガンが居たのが不味かったな。 自分の力を把握する前に神秘性を使わされた。 んでエネルギー不足であの結末さ。 時間さえあればな……望みも叶えられただろうに。 見てみたかったなぁ〜。 怪物の居ない世界……」
「唆したんだな?」
「いいや? やり方を教えただけさ。 それも随分と前の話だ。 時効時効」
「……いつだ?」
質問される事がとても嬉しい事かの様に微笑むと、食事の手を止めて横へと置いて肘をついた。体を少し前へと寄せて来る。
「……食いつくねぇ……。 はは、伝わっただけ。 言ってはない。 目の前で彼女の両親がミンチになった時だ。 怪物に襲われてな……珍しい話じゃ無いだろ? 身を守るために僕の術式を使った時に、互いの精神が掠めたとでも言えばいいか。 その時に情報が交換されてしまってね……上位者へと至る方法が彼女の脳に焼きつけられてしまったのさ……」
「……怒んないでよ。 マーベリック」
「いいや、怒っちゃいないがね。 ただ純粋に気持ちの悪い奴だと思いただけさ。 結局のところ、唆したんだろ? 世間一般じゃあそう捉えるだろう」
意外と頑固な奴だと舌打ちをして、前のめりになった体を元へと戻す。
「……じゃっ、否定はしないよ。 他人の意見を曲げるのが最も無駄な労力だし……。 唆した……ふふふ。 確かに……目的のために動いてもらってたのも事実だ。 実際にこの肉体を用意させたのも僕だよ。 彼女自身、無自覚だったろうね。 おそらく」
「寄生虫の様な奴だな。 それがアンタの術式か?」
企業秘密さ。 そう呟くと乾いた咀嚼音を立てながらバゲットを齧っている。
「水辺へと誘う様には仕向けたが、その他の事は干渉していないさ。 僕が操った方が効率的だったろうけど、それはつまんないだろ? 各々違ったアプローチを見られるのが愉しいのさ。 自分の大好きな娯楽を台無しにする奴は居ないだろうし、何よりもだ。 結末へと至る過程が面白いんじゃないか。 映画の結末だけを観るのと、過程で表現された演者の表情や声色。 それらを味わって至るフィナーレとは味わいが違う」
「どっちも違わねぇよ。 結末は同じだ」
「ははは。 本当に馬鹿だね。 いいかい? 映画の話じゃ無い。 人生の話さ。 人生の結末というのは、幾つも分岐する枝のようなものでね、選択の1つが違えば、結末だって変わる。 運命の分岐点だ。 ……そうだな、試しに……」
「あの男。 如何にも負け犬の人生を送ってきたって面をしている。 ……きっと休日のコーヒーに蝿が入っていたのならどういう反応をするだろうか?」
「変えてくれと言えば良いだけだろ」
「いいや、違うね。 正解は、激怒するってやつさ。 まぁ見てな」
男はそう言い切って静かに食事を摂り始める。 やはり本当の味蕾で感じる味わいは素晴らしい。 などと抜かしながら食事を愉しんでいる。
なんだ、くだらねぇ話だと脚を組んでコーヒーに口をつけた時だ。液面から口元に異物が漂い、そっと唇へと触れる。ヴヴヴ……と不愉快な羽音を混じらせマーベリックの口へと吸い付いている。
「……うわ。 まじかよ」
そこまで呟いてから、ハッとした表情を浮かべる。
次の瞬間だった。2つ隣の席に座る男が店員を呼び付けて蝿がどうだとかと叫び散らしている。
「まぁ、いまのが選択と結末。 人生の集大成ってのはふとした瞬間に垣間見えるのさ。 君は仲間にするのに相応しい奴だ。 馬鹿は仲間に入れたくない」
親指で蝿を弾き飛ばし、腕で口元を拭う。
「で、何をさせたいんだ?」
「君の術式に混ぜものを入れてほしい。 人体を使徒化させる成分。 人間の魂を集めるのが目的さ」
「上位者へと至るつもりか。 歴史を無かった事に。 なんて事を抜かすなら降りるぜ。 ようやっとカネの悩みを克服したのに、無かった事にされちゃあ、無駄骨だぜ」
「まぁまぁ、近しい事ではあるが、時代の初めに巻き戻して何かを変えるつもりはない。 この食事も、コーヒーも。 素晴らしいモノで溢れている。 僕の望みはね、一族の復興。 死んだ家族を蘇らせたいだけさ」
「上位者の力があれば可能だと?」
「無理だねぇ……知る限りはだけども。 出来たとしても、出来損ないの人間モドキだ。 かといってクローンを造りたい訳じゃない。 オリジナルを蘇らせたいだけ」
「協力の礼はなんだ?」
「方法。 完全なる上位者へと至る方法を教えよう。 情報は金より重い。 まぁ、狩人協会とグルド系魔術師協会がすっ飛んで来るがね」
「……グルド系魔術師協会ってのは上位者と何の関係があるんだ?」
「世界の防衛網の様なものさ。 上位者を感知したら世界のあらゆる場所へと出現し、上位者の早期討伐を行う組織。 随分と老いた組織なクセして、素早い対応だったな……よっぽど長生きなトップが居るのか、腐敗させない組織づくりをしているのか……っと、話が逸れたね」
「ダサい言い方をすれば、守護者みたいなモンさ。 モーガンがフェイスレス相手に時間稼ぎをしていたのは、魔術師協会が大規模転移してくる時間を稼いでいたと見るのが妥当かね……」
「一族を復興させる。 それをやるには、狩人協会と魔術師協会を相手に大立ち回りをする必要があるが、勝算あんのか?」
「魔術師協会は放っておいて良い。 上位者が出現しない限りは大規模討伐隊を派遣してこないし、表立って活動するって連中じゃあない。 あいも変わらず厄介なのは狩人協会の方さ。 魔術と科学を下地にした組織。 今回の件で上位者に関する動向にも目を光らせるだろう」
「前みたいなテロを仕掛けたのなら、雑魚狩人の派遣では済まなくなるってことか」
「あぁ、クラス8、9だとかをポンポン送り込んでくるだろうさ。 今後の活動は我々が表立って戦う事は避ける必要がある。 ……将来を嘆く人間たちに、自ら集まってもらうとしよう」
「混ぜものか……上手くいくのか?」
「初めから上手くいくかはわからないさ。 行動あるのみさ。 例え、狩人協会が薬物の危険を広めても、明日の生活さえ想像出来ない貧困層には安いクスリが飛ぶように売れる。 自分の労力を使わずに自ら来てもらうとしよう。 報酬として、色をつけようか。 君にも神秘性を分けてあげるよ。 そして使い方もね。 完全にマスターすれば術式特性を大幅に強化出来るし、致命傷ですら治せる様にもなる……かもね」
「まぁ、愉しそうだからやってみるか」
「良いね。 仲良くしようね。 マーベリック」
「おっけ……ところで名前は?」
「そうだな〜……デクスター。 今はそう呼んでくれ。 さて、暫くは自由行動で。 また用事があれば連絡するよ」
つづく




