沈まぬ太陽
モーガンの指先に全ての石油が凝集されていく。今までの戦いで撒き散らした、彼の制御を離れた微細なもの、土と混和してしまった油さえもモーガンの手元へと戻っていく。
圧縮に圧縮を重ねた術式。ゴルフボール程度のサイズの術式。真っ黒い液の底にマグマの様に蠢く種火が宿っている。
「……人質ごと吹き飛ばそうとしてるな。 ……ん?」
ミリアの傍に棺が出現して肉の触手を伸ばしている。フェイスレスの足には儀式剣が突き刺さっているが、彼女自身は一切意に介さない表情を浮かべている。
「テメェと心中なんてゴメンだ」
〈ハレルヤ・ニコラウス〉の棺へと自ら引きずり込まれるミリアを睨んだまま、時間を停止させる。
「……聴こえているか、モーガン。 今からこの娘を殺す。 いいや、使徒化させるのも良いかな」
半上位者化が進んだフェイスレスの目の奥に映るモーガンの表情を見ると、一切の慈悲など宿さない瞳が輝いている。
自身が練り上げた術式の妖しい光を浴びながら見下ろす様は並の悪党が可愛らしく見えてくる程である。生半可な覚悟でこの場所に立っている奴など、死んでも仕方のない事だと物語る目つきだ。
「……なんだ? 命乞いか? その女も死ぬ覚悟で仕事してるんだ。 戦場で死ねたのなら本望だろ」
(……あの男。 生っちょろいメンタルしてると思っていたが……あの目は覚悟がキマってる目だ)
「フェイスレス。 殺るならさっさと殺れよ。 既に時間が動き出してるぞ」
引きずり込まれるミリアが少しずつ動き出している。人質が一切の効果を持たないと知って少し落胆したかの様なため息を洩らす。
「流石に……防御した方が良いかな」
時間が再び流れ出すと、フェイスレスの眼前に〈愚者の太陽〉が迫って爆縮を始めた。
フェイスレスの外見が巨漢の使徒に覆われていくと、閃光の柱が立った。
遠くの雲の下から戦況を眺める阻害術式を持つ狩人。逐一状況を伝える無線に異変が起こり、通信が途絶する。
「うわ……」
曇天の暗闇から覗く爆発。立ち昇るキノコ状の炎が雷雲を押し退けて来る光景。あの爆発の眩さで近場にある建物の縁から光の筋が伸び、手前側は影のせいで真っ黒く染まった。
「……マジで人間かよ……あれ……」
ドン引きしている男の名はフリーゲルと言う。覚えて貰う必要はない。 こんな任務を回されるなど心底ツイてない野郎だ。 いいや、心底ツイてないと今も痛感している。
「……うわ、え。 おぉぉ! ヤバい!」
そんな中、彼の前に黒焦げになった棺が降ってきた。 ほんの数秒間死んだかの様に静まり返ると棺の蓋が弾け飛び、フリーゲルの顔面を強く突き飛ばすのだ。
「……あぁ、マジで死ぬかと思った」
サウナから出てきたかの様な湯気を立たせながらミリアがフラフラと這い出てきた。
「……痛い。 あぁ……鼻が」
「こっちは肺を潰されてんだ。 鼻ぶつけたくらいで泣き言を言うんじゃねぇ」
人魚座りでミリアを見る。クラス8というのは人間として大切な部分が欠如した連中が多いとは耳にしていたが、こうやって目の前に実物が来ると、荒唐無稽な噂話が妙に現実味を帯びてくる。
(……怖(こ〜わ)。 ん?)
彼女は気を引くものを持っていた。随分と価値のありそうなコイン。指に挟まれたソレを指差しながら、フリーゲルは恐る恐る口を開いた。
「あのぉ〜……そのコイン。 少し拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
「…………あ?」
どういう要件かはっきり言え。 くだらねぇ要件ならぶん殴るぞ。 そんな目線を向けながら、彼女はドスの効いた声を吐きだした。
「いやいや、術式が残っているものでして。 ……もしかしたらって……思うんですが」
どれ。見せてみろ。 そんな感じで投げて寄越すと、彼は暫くコインを親指の腹で拭いながら、残った魔力の特性を判断している。
彼が幸運のコインを親指に載せて3階の縁から弾き上げると紫の稲妻が降ってくる。太い雷がコインを包むと暫く空中へと留まり、次第に縁へと戻ってきた。
分岐した稲妻の屑が集まって見覚えのある男がコインの側へと現れ、落ちてきたコインを左手で掴み取るのだ。
「……いやぁ〜。 マジで死ぬかと思ったわ〜。 流石、コールドウェル。 俺の術式を……アンタ誰?」
幸運のコインと言っておけば、感の良い彼女なら こうして助けてくれると信じていた。 って感じの面構えだったが、少し残念そうにフリーゲルを眺めている。
あのコインは座標を絞る為のアイテムだ。 あの時、鉄骨を伝い、空へと逃げることが出来た。 鉄骨が伝導性を無くすまでに脱出が出来るかは、賭けだった。
普段からそうやっているからクラス8まで生きて来られたと言っても良い。
「フリーゲルです……ランディさん。 良いですか、今結構不味い状況で……」
「何で死んでねぇんだ?! テメェ!」
鼻を殴られて悶絶するランディと、脇腹を抱え込むようにして倒れるコールドウェル。 話にならないと言い、フリーゲルがコールドウェルの無線機を取って本部に繋ぐ。
「本部。 クラス8の負傷者回収しました。 治療班の応援を……ランディさんは……一応手当が必要かと……鼻の骨が折れてるかも……はは。 コールドウェルさんが詳しい状況を知っていると思うので……はい。 早急に願います。 ええ。 失礼します」
一方で火柱を眺め下ろしているモーガン。 砂の上で燃え続ける黒煙を睨んで、舌打ちを鳴らす。
「……まだ死なないのか。 化け物かよ」
「……君もだろう?」
纏わりついた使徒の防護服が爛れ落ちると、フェイスレスの服装が変化していた。強い魔力に曝されて、布地に変質が起こっている。
白いドレスの様に纏わりつく変異した衣類に、上位者化が進んだフェイスレスの薄白く発光する肌。随分と魔力と神秘性を削り取ったが、未だに倒すことは叶わない。
「顔色悪いぜ。 いい加減死んでくんない?」
「……はは。 先に君が行くが良い。 この世界を縛るものも私の味方になった。 〈潰せ〉」
モーガンの姿が糸を引いて地面へと叩きつけられる。爆音と共に舞った砂が晴れると、モーガンが重々しい足取りで歩みを進めている。
「……これは……引力……重力か」
「……なんで歩けるんだよ……」
「さぁね。 自分で考えな」
槍の先を空へと向けると体の自由が戻った。あらゆる術式が世界に存在する。重力操作もそのうちの1つだ。
「慣れてるな……以前、上位者とやり合った事でも?」
「……見たことはある。 とだけ言っておくよ。 それよりも良いのか? 早く成らないと、神秘性が足りなくなるぞ? 息をするのも辛い筈だが……随分と我慢強い女だな。 性別とかが残ってるかは知らんがね」
フェイスレスの口から青白い血液が漏れ出てくる。
「……少し、遊び過ぎたかね」
「だいぶの間違いじゃないか?」
燃え盛る石油の残渣の中から槍が飛び出てフェイスレスを突き抜けている。神秘性は抜かれていない。 彼の手に持つ槍と似ているが似て非なるものだ。
「……よっと。 少し、いいや、だいぶビビったよ」
ソファーの背もたれに寄りかかったかの様に仰け反った体をのんびりと元へと戻す。
「早く成るか成らないか。 その質問に回答しようか……ふ〜」
瞼をおろして一息ついた。 再び瞼を上げると全ての眼球に瞳を2つ得ている。
「……もう成った」
つづく




