虫溜まり
上位者へと至るフェイスレスの姿を捉えながら、モーガンは少し考えに耽っていた。
ものの十数秒で再び槍が届く距離。槍の内側から声が聴こえてくる。苦しいだとか、痛いだとか。マイナスな言葉を洩らす、内なる神秘性。
犠牲となり、肉体という器から引き剥がされた者たちの声だ。取り込んだ神秘性は術式の一部となっており、自身の一部、頭の中に自身の声が聞こえるかのように響いている。
「……やはり、心地の良いものじゃないな」
そう語りかけても返事はない。今響いているこの声は、彼ら、彼女達が亡くなる時に感じた本能的な恐怖や痛みの名残りとも言える。
神妙な面持ちで向かい来るモーガンをフェイスレスは顎を引いて睨んでいた。
(……300人。 それくらいを使った。 そう言った。 大体、神秘性の使い方など、誰もが知っているわけでもない。 狩人協会の中ですら噂話程度の情報しかないモノを『使った』と)
「……ふふっ。 生命を転換する感覚など、そう容易く経験出来る事じゃない……。 経験があると考えるのが妥当か。 やった事があるか」
槍の内側から神秘性が消え去るのが見えた。槍の周囲に神秘性を捧げた時に出る光が漂い纏っている。 それらを人間であるモーガンが知覚出来ているとは到底思えないが、使う度に少し哀しげな顔になるのを見て、ある結論へと至るのだ。
「いいや、強いられたんだな……。 ……あぁ〜……可哀そうで、唆られる♡」
術式同士の衝突。干からびた地面が波打ち
「……何笑ってやがる……。 さっさと上位者になるんじゃなかったのか」
「……いいや、興味が湧いたんだ。 君さ、どうして神秘性の使い方を知ってる?」
「趣味でな。 少し精霊を研究してた事がある。 親父の手伝いだ。 こう見えて、良い学者になると褒めてくれていたんだ……今はこんな脳筋ゴリラだがね」
フェイスレスの左腕の断面からは細かな気泡が浮かび、留まっている。微細で見えづらかったが、ひと粒ひと粒が人間の顔を模している。
恐怖に打ちひしがれる人間の顔。子供、大人。そして老人。 人種を判断する事は難しいが、エルフ耳も混じっていた。
地面の中から老いた使徒がモーガンの脚を掴み、見上げてくる。
「何人か知り合いが居るんじゃないか?」
エルフの街で何度か見かけた狩人。そして女。 見覚えもなにも、良く知っている。
茨の怪物が襲来したあの日、心臓を置換されていた遺体の男に夜勤の受付嬢。
「……助けて」
「……おねがい」
モーガンには人間情に訴えかける攻撃は効かないと知っているのだ。 しかし、ほんの数十秒で仕込み終えていたらしい。 地面の中、遥か奥底に使徒の放つ歪んだ光を見た。
歪んだ生命の反応が徐々に近づき、地面を揺らすとモーガンの姿が消えた。夥しい使徒の濁流に飲まれて大空へと押し流される。
使徒の群れは一匹の生物のように動き回り、翅が日光を反射して光沢を放つ。餌に群がる小魚の群れ。海中からそれを覗いたかの光景。
暫くすると空中へと漂い、モーガンを核とした球体が留まっている。
一匹使徒が胸の前で印を結ぶとモーガンの周囲に分厚い結界が展開された。小癪な時間稼ぎをと槍で結界を崩壊させる。
「ん?」
崩壊させたのも束の間、同じ形状、同じ術式の結界が再形成されていた。時間を止められた訳では無い。しかし、使徒の群れの中から、内なる神秘性がいくつか消え去った感覚が残っている。
「……」
目の前で印を結んでいた老いた使徒が翅を失い、地面へと落ちていく。 そして別の使徒が印を結んでモーガンを睨んでいる。
「……術式の譲渡。 いいや模倣と量産。 それらを使徒に装備させたか。 ……人間に与えて使わせるより、神秘性をいくつか持たせた、使徒を使い捨てに術式を使わせたか。 使徒も代償術式を使えると考えるが妥当か……そんでもって」
使徒の中に見覚えのある棺を抱えて飛んでいる個体が数十匹。〈ハレルヤ・ニコラウス〉の模造術式だ。
それだけではない。今まで遭遇した術式のほぼ全てがこの群れの中に揃っている。結界越しに崩れた人間の全裸体が蠢き、心地の良い光景とは言い難い。状況的にも情景的にも、クソ以下の状態だ。
「……不味いな。 時間を稼がれる……」
地上の方では。腕を失ったフェイスレスがミリアへと歩み寄っていた。
「アレが、クラス7……君がクラス8の上澄みか……。 査定が甘いんじゃないか? 狩人協会ってのは」
「っは。 んだよ、話相手でも欲しくなったか?」
「いいや、君は人質だよ。 死なない程度に嬲ったんだ。 活躍してもらわなければ困る」
「〈ハレルヤ〉……っぅ」
棺の術式が薄っすらと輪郭を持ったと思うと、ミリアが痛みに悶えるのに連動し、術式が解除された。
「無茶するな。 別に君が死のうが勝手だが……私はここで上位者へと変異することに決めたよ。 見たところ、あれじゃあ時間が掛かりそうだ」
「……変異中に攻撃されないと何故思ってんだ?」
「……それ、説明しなきゃわかんない? 時間稼ぎか……狩人ってのはまったく……。 君の術式、ぶっちゃけ雑魚専のゴミだろ? 非魔術師を捕縛、術師なら他の術者に削ってもらって収納。 自身の術式で相手を無力化して取り込める火力はない。 狩人協会に協力してた、祖先の縁でクラス8を賜ってるだけだ」
「祖先の七光り。 やることと言えば、棺で殴る、魔力剣で斬りかかる。 術式の本質を一切理解できてない」
「……は」
「まぁ、訊けよ。 どういうものかを知っていても、使いこなせて無いなら、ただの頭でっかちの無能だ。 遺体を取り込んで、術式をコピーする。 だがね、方法を知らない。 使い手がゴミカス」
「良い術式持ってんのに……この程度だ。 初代以外対して頭使わずに継承すりゃあ、この程度で成長の壁に当たるだろうさ」
フェイスレスの腕の断面から使徒の腕が生え始める。元来、持って産まれた肉体よりも強固で堅牢。術式行使に最適化された低魔力抵抗な腕。
「……あと少し……ん?」
空が暗くなり、空の色が薄赤く染まる。妙な光景だった。雲より低い位置に夕日が鎮座して雲を立体的に照らしている。
灼熱の光を降り注がせた、あの雲の切り抜き穴の奥には間違いなく青空が広がっていた。
「……強欲は翼を燃やすとはこの事か」
モーガンの包囲に回した使徒達が、弱り死ぬかの様に落ちてくる。肉体には黒色の油。そして、いつかの既視感。
「っくはは……なるほど、〈老いた赤子〉か」
〈老いた赤子〉を背に、忌まわしい槍を足場にして空へと漂う。その手の内には、赤色を鈍く放つ魔力の塊。
地面へと落ちていく使徒が彼の石油へと変貌するや否や、その小さな太陽へと再吸収される。
「……〈万物一切を灰燼へと帰さん……〉」
「〈愚者の太陽〉」
つづく




