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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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見えないモノ

 「……無駄だ。 これから私は過去を手繰り寄せ、歴史の一端を消し去り、世界を取り戻す。 怪物の居居ない、狩人協会の無い世界を。 グルド人による虐殺の歴史も、グルド人に滅ぼされた魔族も、ドワーフ、オーク族も生み出されなかった星の歴史を! 全てを正す!」


 圧倒的な魔力量。魔力が事象に干渉する事で作り出された、不可視の壁に押し出されるか様にモーガンが仰け反り、膝をついた。


 「どんな術式であっても、指一本触れられるものか!」


 跪いた砂の上に槍の切っ先を挿し込むと彼の周囲に押し寄せていた魔力の濁流が2つに裂けて流れ去っていく。


 「全てを無かった事に。 か。 そりゃあいい話だ。 さすれば、この紅い目で差別されることのない世界がくるんだろう。 家畜以下の扱いをされた、名も無い奴隷たちも、居なかった事に。 いい話じゃねぇか、だがね。 そのために今の全人類の命と祖先たちが積み重ねた歴史を捨て去る事は許さない。 お前が決める事ではない、これからの若者達、子孫たちが決めていくことだ」


 「……つけあがるなよ。 貴様のような底辺の元人間風情が神の如く振る舞うとは、実に滑稽だ」


 モーガンの姿が目の前に迫る。いいや、既に迫っていた。左肩と翅を穿つと奇妙な感覚に苛まれる。吸われている、内なる神秘性が奪われ無くなっていく。


 「……指は触れられなかったが、槍なら届くな……」


 モーガンの左腕の皮がめくれ上がっている。魔力の障壁の中に勢い良く突っ込まれた腕は、夥しい数の爆竹が硬い組織以外を除去したかのように乱雑に傷付いていた。


 血で汚れた骨にしては黒く、光沢がある。まるで金属のように硬質化した外骨格。プラスチックコーティングされたモーガンの腕、肉体強化で体内に潜航させている。


 (高濃度魔力領域を超えてきた。見えない粒子が全てを削りとる必殺の間合い。腕が原型を留める事すらできない筈だが……こいつ……)


 「……ふふ♡ ほめたげるわ♡ 対上位者への拡張術式……やはり君は……侮ってはならない相手だなぁあああ! クソ野郎めぇえ!」


 「でけぇ声出さなくても聴こえてんだよぉぉお! アバズレぇええ!」


 見えない圧力に体躯を押し出され、ぐるぐると回りながら放り出される。


 定まることのない焦点。ぼやけた視界の中に白い影が視える。 やせ細った老人。 髪がほぼ抜け落ち、開いた瞼には蜻蛉のような複眼が収まっている。


 「……素晴らしいぃ〜、世界を〜♪」


 「……上位者の使徒か。 近寄られたく無いらしい」


 取り込んだ神秘性を別けた与えた傀儡術式。生前の姿が老人だったわけではない。 体を構成する魔力をケチった個体群だ。 神秘性を吸い取る〈嘲笑う人差し指〉は本体に当てれば有効な術式だ。


 (ならば、足止めを放って完全な上位者へとなるだけ……。 出来るか……? いいや成るんだ、完全な上位者へと!)


 「〈制約の小指〉!」


 万年筆の先からインクを空へとばら撒く。液滴が霧状に拡散し、満遍なく使徒の集団へと染み込む。


 「〈私に傷をつけたのなら、術者へと特攻を仕掛けろ!〉」


 〈制約の小指〉。 見かけ上優位な契約、或いは制約を押し付ける術式。契約は持ちかける方が有利。 胴元が特をするのは絶対の理だ。


 傀儡術式への特攻術式だ。 頭の悪い傀儡に対してだけではある。 ただし、付け焼き刃の傀儡術式モドキなら充分に通用する。


 餌に群がった鳥のようにモーガンへと集まり、下賤な翅音を鳴らしている。 ほんの少しの間、翅音を止めると上位者の元へと弾丸の様な速度で突っ込んで行く。


 「はっ。 私の分け与えた神秘性だ。 再吸収するだけだぞ?」


 駆け寄ってきたペットの頭を撫でるかのように手を伸ばし、使徒を受け入れようとした時だ。 使徒たちの胸に小汚い黒色が見えた。


 左薬指の先に見えたモーガンが下衆な嗤いを浮かべてフェイスレスを見つめている。


 「食ってみろよ。 焦げたくいもん好きだったよな。 ほらよ、食えって! 食えるものならなぁあ!」


 近づいた使徒たちが灼熱の炎によって燃え落ち、固形燃料のように消失していく。地面に落ちていく使徒たち。


 「だ〜はっは! どうしたぁ?! 上位者サンよぉ?! えぇ?!」


 「図に乗るなよ……下賤の――」


 再びモーガンがフェイスレスの居る空中へと駆けた。落ちてくる使徒を踏み台にして数回跳躍すると再びフェイスレスの前へと迫っていた。


 槍に纏った魔力が紅いオーラを放ちながら構えられる。


 「〈狂い嗤え! タール・ボウイ!〉」


 「〈時間よ。 止まれ〉」


 その瞬間。全てが停止した。モーガンも燃え落ちる使徒も。地面を転がる砂も遥か遠くの雲ですら。


 「……死ね」


 モーガンの肩に光の剣が触れた瞬間に彼の体躯に色が、熱が戻る。


 「なっ?!」


 「んゔぅぅ!!」


 唸り声と共にフェイスレスの左腕が吹き飛ぶ。 衝撃に耐え切れずに肩の根本から千切れ飛び、青白く発光する血液が漏れ出ている。不完全な変異、地球上の生物と同じ赤い血液混じりの体液。


 握られた光の剣ごと遠くへと吹っ飛んで行く腕と槍。


 堪らずモーガンを蹴り飛ばして距離を取らせた。地面へとモーガンが着弾した場所には砂の柱が立ち、彼女の浮かんでいる高さよりも大きな柱が立った。


 (馬鹿な……時間を止めたんだ……上位者ですら無い男が順応出来る領域じゃない……筈だ。 筈なのに……)


 モーガンの手に舞い戻ってきた槍を掴み、肩を軸にしてぐるぐると振り回している。


 「今ので300人分。 消滅したな。 ……神秘性を犠牲にした、代償術式だ。 お前がやってることと同じだよ。 お前から抽出した神秘性さ。 燃費は悪いが、同じ術式への順応は出来るさ。 初手でやられたらヤバかったけど。 馬鹿で助かったよ、経験不足な術者はこれだから良い。 で?」


 腕のぶら下がった槍を掲げ、フェイスレスへと視線を向ける。宿した神秘性を吸い尽くすと共に腕が跡形もなく消え去る。


 「もう一回打ってきな。 さっきよりも早く、上手く出来るぞ……この腕だけで1万人分。 いやぁ、儲けたね。 止めた世界に順応するだけだから、オタクよりも疲れなくて良い」


 モーガンの横腹が崩れ、腹膜が裂けて消化器官が外界へと出てきている。 


 (手癖の悪い男、足癖の悪い女には気をつけろとは……言ったものだな……。 神秘性で術式効果を底上げしてんのに、ただの蹴りでこれかよ……時止めの特性とかは時折居るから反応出来て良かったが……不味いな。 残った肺に骨が刺さりやがった……苦しいが……まだやれる。 まだやるんだ)


 「フェイスレス。今から殺しに行く。 待ってろ。 〈忘却の薬指〉」


 気がついた時には腕が消し飛んでいた。フェイスレスはその状況を眺めて少し呆然としていた。驚いたのではない。 知らなかった状況が目の前に突如として現れたのだ。


 「……この感覚……記憶を消したか。 〈時間よ。 止まれ〉」


 ひとっ飛びでフェイスレスの喉元へと、飛びかかったモーガンを睨み、地面へと降り立つ。


 解除された時間停止前の軌道で紅い残光が尾を引いた。空に一筋の光が過ぎ去ると、再びモーガンの姿が近づいて来る。

 

 構えられた槍の先が魔力の壁を切り裂きながら轟音を立てて近付いてくる。


 「なぁに。 総量は私のほうが上。 ふふ♡ そうか、そうすれば戦えるか。 完全な羽化はストップだ。 まずは、アイツを殺してからだ……!」


 つづく

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