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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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友達でいよう

 分厚い雲に一筋の光が差した。分厚く肥大した雷雲を退けるかのように穴を開け、凶悪で強烈。照らされた範囲の建屋に火が灯り、金属が融解する。


 「……これが〈調律の天使〉だ。 間違いは正さねば、調律されねばならない。 ……すぅ〜〜……。 碧空の空ほど美しいものはない無い」


 狩人協会の結界、グールテロリズムで施された結界。あの濁り水から覗くかのような厚膜には完璧な円形の天窓が開いている。


 「私を閉じ込める結界。 浅はかだな……これも『悪』である。 瓦解するが良い……愚かな鳥籠よ」


 落下してくる重質量の膜。乾いた大地を抉り飛ばしては巻き上げ、踏み固める。


 視界を妨げる土煙、その中に何かの姿が見えた。何かの姿、何かしらの姿。 誰かの姿。


 「……ふ♡」


 土煙と火災で出た煤煙。フェイスレスが見つめたいと望んだ、その姿を遮るのは悪い事である。それを認め、引き下がるかのように煙が風に流され消えた。


 「随分と派手な術式じゃねぇか……。 ランディは……そうか、死んだか。 あの男」


 「彼氏かい?」


 「……いいや。 知り合いだ。 湿っぽい奴でね。情に流されやすい男だった。 〈ハレルヤ・ニコラウス〉 あの世に送ってやるよ、フェイスレス。 このミリア・コールドウェルが直々にぶちのめしてやる」


 ミリアの背後に6つの浮かび上がる。翼を模すように並び、各々が鎖で連結されている。右手にはあの魔力剣、〈讃美の儀式剣〉が握られ、ギラギラと照りつける太陽を宿している。


 「……ほぉ? ならばこれから起こる世界の事象は全て『誅罰』だ。 痛みは良いぞ? 全てが平等で、去るまで肉体に残り、精神にも居座るんだ。 君も飼えば良い」


 「うるせぇ。 ぶっ飛ばすぞボケナス」


 「ふふふ♡ 一発殴られないと解らないタイプかしら、調教のしがいがあるね……。 フェイスレス……ふふ、『顔無し』と呼ばれるのは少し嫌だな……」


 「知るか。 今すぐに死ね。」


 「〈慎むがいい雌羊よ〉。 暫く考えさせろ……」


 〈ハレルヤ・ニコラウス〉の輪郭にノイズが走る。姿形が欠け、不透明で明滅する四角いノイズ。


 (術式が……! 動かない……?!)


 「まぁ、良いかな。 さてと、ミス・ミリア。 君は私にどんな手品を見せてくれるんだい? と言っても、君の術式は知っているからねぇ……目新しさってのがあるとは思えないけど、やるか?」


 「……当然トーゼン。 逃がすわけにはいかない」


 「だから、逃げねぇっての。 数十分前の事すら忘れるのか〜? 来いよ。 遊んでやる」


 無数の棺がフェイスレスを押しつぶさんと迫る。鈍い音が何度も鳴り響き、並の人間なら潰れているだろう。風船が捻じられる心地の悪い音が鳴り響く。


 「〈散れ〉。 死人共め」


 棺が赤熱してたちまち、木っ端微塵に吹き飛ぶ。最初から宛にしていない様子で近接戦を仕掛けていく。鏡のような剣に光の集合体がめり込む。


 長くは持たない。光が刀身を食い破りつつミリアの肉体へと迫ってくる。


 渾身の魔力を押し付けているのにも関わらず、フェイスレスは涼しい顔を浮かべでそれを押し返している。


 「……クソみたいな術式だな! 余裕そうで腹が立つぜ……!」


 「……う〜ん? かつてのニコラウスはこれ程に弱く無かったが……劣化したか?」


 「貴様……」


 「どうした。 知ってるだろ、術者の基本、術式の内容を知られていない事が絶対的有利を生む。 相手の術式を無効化する拡張術式はある程度の練度を持つ連中なら絶対に使う」


 フェイスレスの蹴りがミリアの肋を砕き、乾いた地面を転がる。吐き出された血液が瞬く間に乾いて黒く染まっていく。


 「……真面目で、曲ったことが嫌い。 貴方ってそういうタイプでしょ? 恋人には尽くすタイプで、定期的に褒めないと爆発するタイプ。 駄目よ〜? 頑張れば報われるって本気で思っちゃうのは、個人同士の関係なら尚更ね。 そして、ちっとも疑おうともしない、上からの命令は正しく、世の中を良くする事であると本気で思ってる」


 「だから騙される。 モーガンの捕縛命令は、私の術式を使って加筆した情報だ。 まったく、便利な物を利用するのは良いけど、その分セキュリティも甘いんだから気をつけないと」


 儀式剣が雨あられの様に降り注ぎ、フェイスレスを捉える。空に細かな閃光が何度も浮かんでは降り注ぐ。


 避けるまでも無く、〈調律の天使〉の光輪へと寄ると共に焼き菓子を砕いたかのように崩れさる。魔力干渉で術式が形を保って居られなくなり、自壊しているのだ。


 「……どうした? 威勢が良いのは口だけか?」


 翼の紋様が浮かび上がると、ゆったりと飛翔してミリアの頭の横へと降り立つ。晴天を孕んだ視界の中、フェイスレスが見下ろしている。


 炎のように揺れる光の剣が地面に寄るだけで、砂が硝子へと変質して固まる。 


 「……クソが……見下してんじゃ」


 潰れた脇腹を軽く蹴飛ばすと、口から血を吐きながら数メートル転がされた。数十キログラムの質量を持つ相手を蹴鞠のように蹴り飛ばしている。


 「……あらあらあらら♡ どうしたの〜? 口紅の塗り方を知らないのかしら。 顎先まで塗っちゃってまぁ……。 スポーツっていうのかしら、苦手なのよね〜。」


 爪先が肋肉に食い込み、グリグリと押し付ける度に吐血と出血が酷くなっていく。


 「……!」


 「狩人ってどうして、そうも負けず嫌いなのかねぇ……? その目、嫌いじゃないけど。 好きにはなれないね」


 「……なんだよ? 自分の主張に従わない奴は全員敵って考えの面構えだな……」


 「いいや。 違うよ。 正しい事をしてやってるのに、どうして理解できないのか理解出来ないって顔さ。 狩人協会、彼らの前身は医療機関だったことは知っているかね?」


 「ははは……知ったこっちゃないね。 うぐぁ……!」


 「かつてこの世には化け物なんてものは存在していなかったという説がある。 精々、デカい猫だとか、象の祖先だとか。 でもある日のことだ、星が降ってきたらしい。 とてつもなく大きい星だ。 そっから人間までオカシクなった、魔術だとか。 これが原始の特異点、グラウンドゼロだ」


 「何が言いたい……?」


 「もしかしたら、この世界は大昔から変質していて、歪んだ歴史を歩んでいるのかもしれないという学説だ。 もっと平和な世界。 穏便な世の中。 魔術も無い世界。 もしもの世界」


 「今、蹴り潰している肺は右側の肺だ。 これは偶然なのか、必然なのか。 もう1つの世界では左肺が潰れていたのではないか。 朝食を抜くか食べるかみたいなものさ。 人生の大筋には影響を与えない。 結末は予想ができる」


 「そう。 私は渇いてしまったんだ。 結末が定まった小説の様にね。 狩人協会が世界を結びつけている。 このパワーバランスが向こう100年で崩れ去る結末はあり得ない状況だった」


 「人類が構築した狩人協会というシステム。 あれが残り続ければ、さらなる発展と成長が約束される。 そして怪物を克服した技術の先は同じ人間へと向けられるのは決まっている。 人類を堕落させるシステムは壊さなければ……」


 「っけ。 狂人が自身を正当化する姿ってのはマジで滑稽だぜ。 本当に気持ち悪いよ。 フェイスレス」


 「……そうか。 ならば死ぬが良い。 世界の行く末をあの世で指を咥えて眺めていろ」


 光の剣を振り上げたその時だ。 雷雲と日差しの境界に建った建屋に何度かの光の反射を見た。


 (術式阻害か。 無駄な事を……)


 フェイスレスの術式は一切崩れず、全力を出せる状態だった。しかし、双眼鏡の主が見つめていたのは彼女ではない。1つの棺に焦点を絞っていたのだ。


 ミリアが咄嗟に防ごうと差し出した棺の封が解かれ、中から紅い瞳の男が鬼の形相を浮かべて飛び出す。


 「……もう死ねよ、お前」


 モーガンの拳がフェイスレスの鎖骨を砕き、大きく吹き飛ばした。すっかり乾ききった砂の上に飛び降りると砂埃の柱が立ち、周囲には黒い水溜りがいくつも出来ている。


 「……すまんな。 コールドウェル。 中で制約を解除するのに時間がかかった。 腎臓と左眼を潰す事を条件に制約を無効化出来た。 助太刀するぜ」


 「……どうやって抜け出した……お前……」


 「意外と単純な事さ、阻害系統の効果を待つ、あとは、隙間に硬いものを挟むとかな」


 砂の上に落ちた、幸運のコインを拾い力なく微笑む。


 「……ふふ。 単純で、失笑ものだよコレは……」


 「魔力は自己回復に回してて下さい。 後は、私が……いいや、俺がどうにかします。 怪我人は引っ込んどれ」


 「やっほ~。 フェイスレス。 ようやく会えたな。」


 「やぁ。 モーガン」


 「派手な術式だなぁ……天使だっけか? 話は外からでも良く聴こえたよ。 ランディの分もな。 おめぇさんの動機は、よ〜くわかった。 うん。 だが、ここで死んでもらう。 覚悟は出来てんだろう? そろそろ決着つけようか。 俺の怨恨とアンタの思想、どっちが強えか勝負しようぜ」


 「雑魚術式が思い上がるなよ……モーガン……!」


 つづく

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