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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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羊達はどこで微睡む

 ミリアが屋根上へと顔を向けている。曇天の中、エラそうに座る女に明確な敵意を示しながら口を開いた。


 「んで? そこのヒョロイのが相手かよ。流石にガキを嬲る趣味は無いけどな……」


 「……どうも。 はじめまして……」


 「っけ。 辛気臭い野郎を見てると気ぃ滅入るな……。 ランディ! フェイスレスはお前に任せた。 ぶっ殺すでも何でも良いから相手してやってくれ」


 ランディの体躯に魔力が滾る。表情が鋭くなり、全身の筋肉が程よく緊張している。


 「おっけ〜。 まぁ、お前が来るまで逃さない様にしておくよ……〈チャージ〉」


 ランディの体に雷が纏わりつく。黒い雷雲をまとわりつかせて、フェイスレスを睨んだ。


 「おぉ? やる気だね♡」


 ランディが足を浮かせて一歩を踏み出す。地面に足が乗った瞬間、彼の姿は消えていた。その場には爆竹で付けた焼け焦げのような汚れだけが残り、ランディの体はフェイスレスの背後へと移動している。


 雷を纏った刃がフェイスレスの首に迫っている。無骨な細長い鉈で、切っ先から握り手にかけて痩せており、長さは1メートルほどだ。


 光の粒と糸屑状の雷が舞い上がった。フェイスレスの手には意匠を凝らした魔力剣が握られ、ランディの攻撃を凌いでいる。


 彼女の持つ剣は柔らかい光を放っていて、琥珀で造られた両刃剣と形容するのが妥当だろう。太陽に透かされたかの様な光。邪悪の化身とも言える人物が持つ術式とは到底思えない。


 「……付呪(エンチャント)も出来て、肉体強化も出来る……瞬間移動も可能とは……良い術式だねぇ。 けれども、初撃で殺せなかったのは痛いだろうね〜♡」


 「……あんたのコレクションに加えたいか?」


 「……ふふ♡ い〜らない♡」


 2度の斬撃を受けながらランディが距離を取った。華奢な腕から放たれた斬撃にしては重く、身体中の骨に響く感覚。驚いたのはランディだけでなく、ミリアも同様だった。


 (あの紫電の狩人が押し負けたのか……?)


 刃こぼれを起こした鉈の刃に電圧を上げていと、周囲の金属が溶けるほどの熱を放った。溶け出した金属が刃の欠損を埋め、再び帯電させた。


 「……危なかった〜♡ 君強いねぇ〜♡ 」


 「……ふっ!」


 「おぉっ?!」


 ランディが瞬間移動を行ってフェイスレスの横っ腹に蹴りをいれる。フェイスレスも予想外の速度と魔力の打撃を受けて驚いた表情のまま弾き飛ばされた。


 「……味な真似を」


 ランディの足裏にフェイスレスの魔力残渣が付着している。蹴りを受けた瞬間に魔力を滾らせて衝撃を殺したのだろう。


 魔力で防御したという奴だ。熱したグラタン皿を掴む際にあて布をするのと同じ要領であるが、これ程に上手い受け身を見れることは滅多にない。


 与えた魔力量と防ぐ際に消費された魔力量がほぼ合致している事、常人の反射速度を上回る動きで繰り出した蹴りであるのに対応してきたのだ。


 人生で初めて鶏の卵を割ったときを覚えているだろうか。加える力が強すぎて落とした中身に殻が混じったり、弱すぎて割れなかったりと、各々イメージは様々だろう。


 慣れれば上手に割ることが出来て、異物の混入もなく、卵黄の崩れも起こさなくなる。丁度いい力加減を見つけるのには個人差はあれど、数をこなせばそのうち誰でも上手く割ることが出来るようになる。


 それと同じで魔力による防御も、慣れという経験値が物を言う。例えば、魔力消費量が10の術式を放ったとする。


 この10を受ける際に、魔力で防御する消費魔力量は、理想を言えば、10以上の魔力量で限りなく10に近似した消費量である。11か或いは10.5くらい。


 かと言って、今から20を出すか40を出すか。相手には教えないし、体調(コンディション)によってばらつきがある。人によって出力に幅があり、自身が10と思って放った術式でも相手からすれば30相当だったりもするのだ。


 10を受けるのに100の魔力量を消費するのは受ける側の疲弊が早まり、すぐにでも魔力切れを起こす。燃費が悪いという奴だ。卵を割るのに斧を振り下ろして割る奴は居ないだろう。


 今の蹴りを受けた魔力量は放った総量とほぼ同じであったことが問題だ。初めて戦った相手であるのにほぼ理想の魔力量で防御してきたことに、ほんの少し寒気がした。


 天性のセンスの良さか、歴戦の猛者か。或いは両方か。無意識下で攻撃を受けた瞬間に魔力を放出して肉体へのダメージをほぼ0に出来る奴は滅多にない。いいや、ランディの人生の中で今までに遭遇したことのない相手だった。


 (あり得ねぇ……なんつ〜化け物を相手にしてるんだ……俺は……)


 とはいえ、魔力は削る事が出来る。手数を増やせばその正確無比な魔力防護の計算にも狂いが出るだろうと、再び雷を纏わせる。


 「……流石クラス8、そこら辺の術者よりも理解が深くて助かるよ。 その顔……良いねぇ♡ 強者の面構えだ♡」


 (……魔力で受けられたが、ドンピシャで当ててくるとはな、見た感じ、残渣は1つだけ……まいったなぁ……ははは)


 魔力で受けるのにも種類がある。今のように10の魔力を10で受ける方法。魔力を分割して受ける方法である。〚(きざ)み〛と呼ばれる技術だ。


 単純に言えば、10の攻撃を受けると仮定して、魔力量2の薄皮を5枚纏う方法である。こうすれば徐々に打ち消して最終的に相殺する方法だ。大体の術者はこっちを使う。


 薄くすれば時間経過で消滅して再生成をする手間があるが、フェイスレスのやり方よりも疲れが出にくい。大体、この女がやっているのは術式の中でも大技を避けられない際に使う技術だ。


 「……本気を出さなきゃ食われるな……ミリア。 そっちの幸の薄そうな化け物は頼む」


 「……おう。 任せろ」


 眩い光と共にランディの姿が消えた。ニコラウスの腕を切られた棺に寄りかかったミリアが茨の怪物に睨みをきかせる。


 「アンタさ〜。 化け物にしちゃあ、口は使える奴じゃん? 殺しをしないって選択肢はないわけ?」


 見張り台に居た術者の亡骸が建物からせり出している。樹木の根が膝裏から刺し込まれて胴体を貫いて口の中から、おびただしい数の小枝が日光を求めて天空に伸びている。


 「……なんと言うのでしょうかね……。 怪物の本能といいますか、人殺しは楽しいですし、良い暇つぶしですから」


 「……わかった。 わかった。 もう黙って良いよ」


 「……趣味ってやつでしょうか。 人間の本能ってのは増える事らしいですけど、僕も興味あります。 きっと貴方をする苗床にすれば、素晴らしい子供ができるんでしょうね……楽しみです」


 「う〜わ。 きっしょ……! こりゃあ、駆除対象だわ。 害獣駆除か〜。 久しぶりだな……〈讃美の儀式剣〉」


 棺に施されたレリーフに手をかざすと、鏡のように磨かれた無骨で幅が広い十字剣が顕現する。濁った天気に活気の無い建物たちすべてを反射している。


 「やれやれ。 化け物相手は気が滅入るな。 服がバケモンの血で汚れる……まぁ、新しく買い直せば良いかな……来いよ。苗床にするんだろ?」


 銃弾の貫通力など比較にならない程の威力を有した植物の刺突が迫ってくる。ゴロゴロと地鳴りに似た轟音と共に地面が隆起しながら押し寄せて来ている。


 「昔の話をしよう。 ある男が居た。 彼は平民の生まれではなく、奴隷の産まれでも無かった。 いささか、妙な家庭に産まれたんだ」


 押しつぶさんとする茨の大波を一薙(ひとなぎ)で切り払い、消し飛ばす。〈讃美の儀式剣〉には細かな傷も樹液も魔力すら纏わりつく物は無く、気品に満ちて、かつ孤高であった。


 「そいつは、貴族と商売女の間に出来た小僧でなぁ。 5つの時に母親は客から伝染(うつ)された性病で死んだのさ。 まぁ、当時としては珍しくもない。 免疫だとか予防法だとか。 パンに酢を浸して口元にかざす予防法が一般的だった。 今じゃあ、あり得ない話だろう?」


 重々しい棺が雨あられの様に空から降り注ぐ。地面と接触すると棺の半分以上が地面へとめり込み、常人であれば即死する威力を持つのは容易に想像がつく。


 潰れた左脚を引きずりながら、寄生種子を散弾銃の様にぶっ放すが、棺の蓋が現れてすべてを防がれてしまう。


 地面へと落ちた種子を眺めてサルーンの方へと視線を送る。 まぁ訊けよ。話している。 そう言っていかのようだった。


 「……ある日の事だ。 土木業でクタクタになりながら集合住宅への帰路についた時、不思議な光景を目にしたんだ」


 サルーンの形成した片刃剣を受け流し、腹を蹴り飛ばす。彼が工場の壁に衝突すると大きな土煙が舞い、局所的な地震が起きたかのような揺れが周辺を駆け巡った。


 「何にもない暗闇の中に光り輝く"何か"を見た。 幻想じゃない、金持ちから()った違法薬物(クスリ)も酒もやっていない。 確かにあったんだ」


 「松明の値段を気にせずに買えるほど裕福じゃない。 薄い月明かりの中、男は光が漏れ出ていた地面を手で掘り返していた。 無我夢中で、考えるよりも体が動いたってやつさ」


 「きっと素晴らしい財宝が眠っている……。 そうやって、一心不乱に掘り続けていると、何かが当たった感覚があった。 箱にしては大きすぎる、釘で打ち付けられているし、開けるには時間の掛かるだろうとは容易に想像できた。 もう疲れているし、明日にでも掘り返そうかとも思ったが。 こうも思った」


 「"もしかしたら、誰かが見ていて。ソイツに先を越されるかも"ってな」


 棺がサルーンの頭を潰して、地面と混和させている。それでも動きを止めない怪物に対して、ミリアは淡々と話を続けた。


 「蓋に手をかけた時、奇跡が起きた。 打ち付けられた蓋がするりと外れたのだと。 古く錆びついて緩んだわけでもない。 彼が常人外れた怪力の持ち主だったわけじゃない。 肌に乗せて垂れ下がらせた絹布(シルク)のように釘が自ら抜けたと勘違いする程だ」


 「箱を覗き込むと先程までの光はなく、干からびた死体と乾いた土塊(つちくれ)があった。 先程まで雲に隠れていた月光が照らす中、遺体が握った何かに触れるとそこで記憶がプツリと途切れてしまう」


 儀式剣をサルーンの背中からぶっ刺すと、地面に深々とめり込んで行く。虫ピンで留められた昆虫のように身体の自由が奪われて行く。


 (……魔力が……使えない……!)


 「男が目を覚ました時、いつもの光景が広がっていた。狭くて頭の横に台所がある賃貸だ。 火事で死人が出た間取りと同じで、今日も粥の焦げ付きの匂いで部屋が満たされてる」


 複製された儀式剣を次々と突き刺す。かわいそうだとか、グロテスクだとか。そういう感情は無い。ただ淡々と普段通りに続けている。


 「悪い夢を見ていたらしい。 次に休んだら解雇(クビ)と言われていたが、どうも働く気にはなれなかった。 だって面倒だし、上司とそりが合わなかったからだ」


 「聞いた話だが、随分と身分の高い男の墓が荒らされたらしい。 妙な話で、6年前の埋葬時に入れた花が変わらずに残っていたのだという。 まぁ、んなことは世間からすれば些末な事で、1日後には忘れ去られた。」


 「そこから妙な事が続いた。 彼の知り合いが次々と失踪し始めたのだ。 職場の元同僚、通勤経路で肩をぶつけてきたガラの悪い女。 (カネ)を借りていた知り合い。 仲がいい相手でも行方不明になった」


 「そして、次第に、彼らが近くに居るような感覚に苛まれるようになり、男は俗世間から離れて暮らすようになる。 怪物の居る外で暮らすなど自殺行為だと思ったが、死ねばそれまでだ。 誰かを巻き込むくらいならそれで良い。 そう考えて少しの道具と共に街を去った」


 サルーンの核を引き抜くと3センチメートルくらいの〈讃美の儀式剣〉を突き刺した。見る見るうちに核の植物に病害が起こり、枯れ始めている。


 「そこから数年、平穏な日々が続いた。 引っ越す前に憂いていた悩みの数々は起きなかった。 寧ろ早くそうすべきだったと後悔したくらいだ」


 「知人達の気配に苛まれなくなって1年。 あの日が既に遠い過去の事になっていた頃だ。 その日はやけに寒くてな、薪を集めに行く日には向かなかったけど、火を絶やして夜を迎えれば死んでしまうだろうと考えて、渋々外に出た」


 「普段と違う山の様子に男も薄気味悪さを感じていたが、天気がそうさせるのだろう。 そう考えて薪を集めてると、人工物が目に入った。 上の道で事故があったのだろう。 咄嗟に生存者を探そうとした時に、あの感覚が再び走ったんだ」


 「まぁ、結果として、1人の女が生きていた。 山小屋で手当をして、目を覚ますまでの4日間、男は眠らずに彼女を見張っていた。 自分の見ていない所で忽然と消えてしまわないように」


 「女は美しい娘だった。 でもどこか不気味な目をしていて、目を覚ますとすぐに、墓を暴いたのは君かと問うんだ。 驚いて茶を入れたカップを落としそうになったけど、順を追って説明してくれたよ。 あの墓を暴かせたのも、失踪させたのも、全て男の術式だとね」


 「これが私の祖先の話だ。 結局、その美しい娘は失踪してしまった。だが、希望はあった。 封じ込める術式を完全に我が物としてしまえば、閉じるだけでなく開ける事も叶うはずだとね。 そして5年を要し、〈ハレルヤ・ニコラウス〉を完全な術式として会得することが出来た」


 傍に出現した棺の中から誰かが覗き込んでいる。 心臓のように脈打つ怪物の核を見つめる美しい娘。 まるで生きているかの様な姿、その目に魔力光が宿ると共に核の内側から火が吹き出すのだ。


 「結局、ニコラウスを開いて出てきた人間は全員亡くなっていた。 けれども、あの娘の遺体だけはどうしても見つけられなかったんだ。 そして、聞いた話によればだ。 彼女の得意な魔術は火を操るものだったらしい」


 ミリアは首を傾げ、曇天の空を眺めていた。寒気がする程に大きな音で首の骨が鳴ると、しばし沈黙が続いた。


 「……はて。 いったいどうして見つけられなかったのか。 男の人生は上向いて最終的にはその術式で貴族にまでのし上がったが、男は生涯それを知る事は無かった。 いいや、知らなかったんだ。 彼自身の術式特性ってやつを」


 つづく

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