狐の嫁入り
「……ねぇ、狩人さん? モーガンは来ているのかしら?」
返事の代わりに銃口で後頭部を叩かれる。フェイスレスは心底楽しそうに微笑んで、銃口に後頭部をグリグリと押しつける。
彼女を囲う狩人達の顔には口と鼻を覆うマスクが装着され、炭の混じった様な灰色の保護メガネにフェイスレスの顔が反射している。
(暗示の類は効かない様になってるか……それに、触れずに術式を抑え込む奴が5人……いいや。建物の上から見下ろす奴を含めたら10人か。 ……双眼鏡で威力を底上げしているな)
「ねぇ、こっからどうなるの? 火炙り、串刺し、斬首。 それと電気椅子? ん〜……それとも封殺術式の箱の中で朽ちさせるとか……?」
返ってくるのは銃を構える音だけ。そんな事を気にする様子はなく話し続けている。感情があるようで無い。そんな不気味さがその場に流れている。
「……お前がフェイスレスか?」
「……もちろん、別人だったら狩人協会ってどんだけ無能な連中かと思うさ。 モーガンの気配がしないけど……連れて来てないの? 命懸けで私にマーキングした奴……あぁ、封印でもされてるのか……術式の繋がりを感じないのは、そういう事か」
「…………知っていた口ぶりだな。 何故逃げなかった」
「なんで逃げる必要が? 君らみたいなのに怯えて逃げましただと、フェイスレスのイメージが崩れるじゃない? てか、フェイスレスって。 ネーミングセンスの無さハンパないね〜。 リバーサイド・ブッチャーとか、もっと格好いいのが良かった」
「そうか。 まぁ、これから先は気にしなくて済む。 〈ハレルヤ・ニコラウス〉」
ハレルヤ・ニコラウス。 これがミリアの術式。封殺術式の棺である。重々しく地面へと食い込んだ彼女の術式をフェイスレスが目を細めて見つめている。
乾いた冬の空気が長い髪を浮かび上がらせた。舗装されたレンガの筋に潜り、その場に居るすべての人間に分け隔てなく吹き付ける。
先程まで良い天気であったが、今となっては雲から覗く光の筋すら恋しい。
フェイスレスが記憶の棚の中から目当ての物を見つけたのだろう、分かれて久しい友人と再開を喜ぶかの様な目をしていた。
「……ねぇ、貴方ってさ。 ……コールドウェルの血筋だったりする?」
巻き取る力が強くなり、フェイスレスの衣服が裂ける。服が裂ける力であるなら、容易く皮膚も同様のはずであるのに1滴の血液も零さずに形をとどめている。
「結構びっくりさせちゃった? 術式の遺伝? ……あぁ、継承させたのか。 貴方の持っていた本来の術式を殺して継承させたと見るのが妥当かな♡」
術式の継承のメリット。ある程度の品質が保証され、使役の方法を継承元、親だとか親戚からのレクチャーが可能で育成が早く行える事。
デメリットは術式の劣化が起こる事。魔術師界隈では術式的親近婚と揶揄され、殆どの場合祖先の術式よりも劣った術式となる。
例外もある、寧ろこの例外こそが継承の目的とも言える。そして、彼女もその例外に該当する人物だ。
例外というのは、この場合であればだ。肉体との相性でオリジナルを凌駕するものに変質する可能性である。継承の際に受け取り手が死にかける博打をする羽目になるが、パッとしない術式を持つよりも良いとも言える。
経済的な観点から見れば、術者を閉じ込める為に金を出すスポンサーがいつの時代も居るという事。食いっぱぐれる心配がない等、継承のメリットがデメリットと比較しても上回っているのだ。
「……驚いた。 どこでこの術式を見たことがあるかは知らないけど……結果は変わらないか」
代替の方法が確立された事、彼女の一族よりも便利で使い易い術式が発見された。複数の要因があるとは考えられるが、主な理由は奴隷制度の廃止と、資産が減った事が大きい。
祖先の富が現在でもプラスの資産と呼べる連中は多くはない。価格が上がるか下がるか。手に入れた時よりも価値が大きく下落して不良債権と化すのは、珍しい話ではない。
いつの時代も需要と供給で世界が回っている。市場の原理に負けただけの話だ。貴族の没落と言えば遠い世界の話に聞こえるが、事業が上手くいかずに負債を抱えて潰れる会社と大差はない。
「随分と余裕そうじゃないか。 私の祖先を知っていると言っていたが、アンタにとっては残念なことだろう。 私のニコラウスは祖先達のと比べてだな――」
フェイスレスを拘束したニコラウスの腕へと魔力が追加で供給されると、重々しい橋を吊るしているかの様に軋む音が鳴り響いた。
「頭1つ抜けてる性能に仕上がってる」
ジリジリと黒壇の棺へと巻き込まれていく。周囲の狩人達は距離を取ってフェイスレスを囲う様に展開して銃口を向けていた。
あと少しで棺へと封じ込める事が叶うといった瞬間だった。太陽が雲の中へと姿を隠し、雨粒が地面のタイルに模様を浮かび上がらせたと同時に、フェイスレスの体が一切動かなくなった。
「笑っていられる余裕があるとは……ナメられたものだな……」
タイルの染みを眺めながら微笑み続けるフェイスレスを睨みながら、術式を更に強化するが、ニコラウスの腕が食込むだけで状況は好転しなかった。
「賭けをしてたんだよね。 ……博打ってやつ」
「は?」
「天気の話さ。 雨が降るか、振らないか。 確率としちゃ、どっちに偏りがあるかは知らないけどさ、晴れたら戦うつもりだった」
「……はは。 何だよ、雨が降ったから逃げようってか?」
「いいや、まぁ見てもらった方が早いかな……♡ 〈君たちは私の友人だろ?〉」
銃声が響くと紅い飛沫が舞った。散弾銃で撃たれた頭蓋骨と脳髄が混じった肉片が飛び散りフェイスレスの右頬へと貼り付く。
一瞬の事で呆気に取られていると、クラス6の狩人達が互いに銃口を向けて殺し合っていた。親を殺した相手をようやっと手にかける事ができる。全員が心の底から湧き上がる憎悪を燃やして引き金を引いている。
「魔術師なら耐性あるでしょう? 頑張ってクラス6まで這い上がったのに残念ね♡ 結局はただの人間。 鉄砲持って強いと思い込んだ一般人よね〜♡」
即席で地獄を作り出す狂人を前にして、2人の狩人は表情を引き締めた。
頭部の半分が吹き飛んだ狩人が仰向けに倒れている。既に意識は無いし、間違いなく死んでいる。それにも関わらず、慣れた手つきで弾倉に散弾を押し込んでは傍に倒れた死体に引き金を引き続けている。
ポンプ式の散弾銃を扱う精密な動きを繰り返した、その遺体の近くに倒れていた亡骸。人間の形を留めていた遺体が、ただの肉塊へと変貌するのに時間はかからなかった。
辺には生臭い悪臭が立ち込めている。霧状に噴出した人間由来の成分が風に乗って衣服を、皮膚を、肺を汚していく。
「非接触タイプの術式を封じる連中には弱点があってね。 雨によって弱体化するのさ。 ほら、雨粒って小さいけど遠くから見れば雨のカーテンみたいに見えるでしょ?」
電極に繋がれたカエルの心臓のようにヒクヒクと動いている何かが転がってきた。千切れ飛んだ人間の手。術式に操られて未だに蠢いているのだ。
(そんなに雨が降ってるわけじゃない……いいや、もう1つ魔力が増えた。見張り台の何人かは始末されてしまっているのか)
「……さてと♡ じゃ、クリスタルリバーサイドの再現と行こうか♪ あれは結構見応えあったからさ、私のオススメだよ☆」
「……まさか」
拘束する手のひらを引き千切る壁が生えてくる。地面から垂直に伸びる木の根が連なって、そう見えるのだ。
その壁にニコラウスの腕が切断され、気付いた時にはフェイスレスに距離を取られていた。あの壁を掴んで高いところまで移動したのだ。
工場の屋根上で、材質の影響でやたらと大きく響く足音を鳴らしながら縁を歩いている。
「……ふふふ♡ 相性的にはこっちが有利♡ 狩人さ〜ん♡ 頑張って倒してね〜♡ ご褒美はぁ……」
縁に腰を下ろして足をパタつかせている。逃げる気も無いし、不意打ちを食らうという危機感すら持ち合わせていない様子だ。
「この私と戦える権利とか? 良いねぇ〜そうしよう♡」
「ナメてんのか? 引きずり下ろしてボコボコにしてやるよ」
「おぉ〜怖い怖い♡ そんなんじゃ、恋人も出来た事無いんじゃない? カワイソ〜♡」
工場の屋根に腰掛けるフェイスレスの側には、あの男が佇んでいる。モーガンがねじ伏せたあの怪物に良く似た姿があった。
「……いいのかよ。 あれ殺しちゃってさ」
「もちろん! まぁ、テストみたいなものだし! 気張らずに頑張ろ〜♡」
つづく




