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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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膿んだ傷口

 背の高いテントの中でモーガンは鉄の箱を机の上に置いた。小ぶりの箱に、衣装ケースくらいの箱。それぞれに生体サンプル、処理残骸と名前が書かれている。


 「これがサンプルです。お受け取りください。こっちは炭化した体組織と骨を粉末にして処理したもので、こちらが生体サンプル。何度も指を切り落として魔力を抜いてます。再生するほどの魔力は残っていないでしょう」


 小ぶりの箱を開く。上腕の付け根付近は炭化しており、中指以外は全て第一関節で切断され焼灼しょうしゃくされていた。中指の爪の下から青々とした茨が這い出ている。


 箱の中身からは腐敗臭というか、微かな刺激臭が漂っている。モーガンの魔術であるタールボウイを用いたからだ。


 狩人協会の調査官が箱を閉じる。防護服姿の解析員に運ばせると、今回の件についての質疑応答をするだけだ。そこまで身構えないでください。 と声を掛けた。


 穏やかな声とは裏腹に彼らの表情は堅い。簡単な質疑応答とは言ったが、質問された事柄に関しては明確な行動理由を彼らに説明しなければならない。


 モーガンの証言。その他の証言から状況を精査して上に報告するのが職務なのだ。しかし、この二人にはそれ以外の思惑があるように思えた。


 「新種はドライアドの様であったと報告にあったが、周辺の土壌に潜んでいる可能性は?」


 「新種本体が立っていた石畳近辺の下層土壌、及び半径5メートルの土を確認しましたが、茨が地面を掘った形跡等も確認されていません。安全のために土にも火を通しておきました。……裏手にある馬車に積載済みです」


 「ほう……仕事が早いな」


 「これが本件のレポートとなります」


 「……ありがとう。後でじっくり読ませてもらうよ。ところで、1つ気がかりな事がある。大きな爆発があったと聴いているが」


 「えぇ。花粉らしき分泌物を空中に放出しておりまして、火をつけて粉塵爆発を誘発させました」


 「君が? ……理由は?」


 表情から察するに爆発を誘発させたのはモーガンであるということは知っている様子であった。


 「視界が悪く、不意打ちの危険があったためです」


 「新種でどうやって増えるかも判らないのに、花粉らしき分泌物に火を放ったと。爆発で遠くへ飛ばされた花粉がどのような影響を及ぼすかは考えなかったのかね?」


 「考えはしましたが、問題は無いと考えています」


 「そうか。そう断じる理由は?」


 「ドライアド討伐では良く使われる手です。それに、花粉で増えるとしても、大体が使い魔です。本体の個体が増えるには同じような種族と交配する必要があるでしょう。それに、ここで初めて確認された個体です。近場に高濃度の花粉が散布される方が不味いと考えています」


 「それは結果の話です。もう少し考えてから判断を下すべきではなかったかという話ですよ。モーガン」


 「えぇ。その通りです。……ですが、多くの人間を殺した怪物相手に不利を背負って戦えるとは思えませんでした。視界と耳が頼りですから。目隠しして挑むに等しい。自殺行為です。それとも、現場の狩人達は死んで当然とでも言いたいので?」


 「……そう言っているのではありません」


 「だとしても、そう聞こえる意見ではありませんか。椅子に座ってゆっくり考えて。増援を待つ。正門に積まれた遺体の数を見たはずです。瓦解した防壁も。呑気に待って被害を増やすか、今ここで叩くか。だから私は後者を選びました」



「それに、3日で到着とは。新種が出なければもっと遅かったでしょうに。連絡した友人の話では、下手すれば来ないとまで言っていましたが。音声も残してるでしょう。部下の怠慢の音声を聴きたくはないでしょう? それにスキャンダルのネタは需要がある。メディアにも……そちらにも。売って欲しいなら今から連絡しましょうか? 留まるように頼んでいるので、明日には用意出来るかと。原本でお渡ししますよ? 無論、安くはないですが」


 「……」


 「彼らに無駄な仕事をさせたくない。正直、狩人協会とケンカしたくないですよ。委託業者の立場なので、干されれば無職でしょうな。お互い火傷するのは嫌でしょう?」


 「……爆破の件は良いでしょう。妥当な判断でしたね」


 「ありがとうございます」


 「……さて、現地の狩人として何かしら違和感を感じた事は無かったですか? 普段と違った事だとか」


 「子供の行方不明が連続して起こっていました。……私が今回の件で妙な違和感を感じているのは、知性型が本拠地であるこの集落に襲来したということ。前哨基地は無傷らしいのですが。逃げる狩人の背を追えば先にたどり着くのは前哨基地のはず」


 「……一理ある」


 「酷い妄想に近い話ですが、誰かが入れ知恵してここを襲わせたと仮定してみると、それらしく聞こえます。知性型とはいえ、オツムは幼い印象を受けました。図体は成人男性くらいでしたが、言動は子供のようで……まるで人間寄りに造られた怪物のようにも見えます」


 「前々から、この場所を知っていただけでは? 前哨基地の設営は数日前の事で知らなかっただけ。人間の住まいはここにあるから襲いに行った」


 「えぇ。その可能性も十分あります。ごもっともです。返り討ちにした狩人を見て自信をつけただけかもしれません。……まぁ、頭の悪いグルド人の妄想話として聴いてもらえば。……行動原理は子供のようだった。直感的で感情的。常識の欠如。何回か話しただけなので間違っているとは思いますが、親にやれと言われれば疑わずに従うだろうなって印象を受けましたね」


 「うーん……」


 「あくまで仮定です。その顔になるのは当然でしょう。まぁ、調書なのでありのままを記載して貰えれば。それに、どうしてこの化け物がエルフ語を話せていたのかが引っかかるんです。人間だとかは親の言葉を理解する為に言葉を覚えて習熟するでしょう? 獣同士での会話をするなら第2母国語を習得する理由も無いなと思っただけですよ。まぁ、長生きした怪物が人間と交流を持つことはありますし、一概には言えませんが。長生きした個体とは思えなかっただけですし」


 「……それらしく聞こえますね」


 「えぇ。妄想としてはそれっぽく。このモーガンって奴の頭がイカれてると感じたなら、狩人バッジをしばらく没収して頂いても構いません。人間が関わっている可能性についてはレポートに」


 書かれているページを教えると調査官は資料を斜め読みしてから顎を撫でた。にわかには信じ難いといった反応だ。


 「……ん~ん。また会おうと言って消えた……。モーガンさん。これは、事実ですか? それとも妄想ですか?」


 「正気を疑われる可能性がありますが事実です。完全に姿を消す魔術は無い。……妄想であってほしいですが」


 鼻で大きく息をしたあと、レポートを鞄へと放り込んだ。その場で捨てられるよりもマシな反応だ。しかし、彼の証言や仮説を信じ難いといった表情を浮かべている。


 「良いでしょう。家に帰って休んでください。どうやら、お疲れの様だ。後日時間を設けますので。もう一度はじめから話してもらいます。お疲れ様でした」


 「……失礼します」


 「あぁ……それと、しばらくはここに留まるように」


 テントの外に立つ支部長とすれ違う。尋問召喚された人物たちの椅子が並んでいるが空席も多かった。名簿順に呼んでいるので、中には既に死んだ者たちの椅子まで用意されている。生存確認まで手が回っていないのだろう


 「モーガン。どうだった?」


 「喪服に関しては話さないほうが良いです。正気を疑われます」


 支部長を呼ぶ声を聞いた途端にモーガンはその場を後にした。


 支部長に対しての尋問が行われたが、雰囲気は穏やかなものだった。モーガンの時の様に疑って掛かる様な口調ではない。


 「アリス支部長。モーガンが喪服の女を見たと証言していますが……彼の言動に妙な点は無かったですか? 頭の中と現実の区別がつかないだとか」


 「いいえ。何故疑うのですか?」


 「一度精神病棟に入れられていた過去がありまして。寛解に向かって退院。その後薬の処方記録もありません。……それに、ここ半年は子供の遺体を回収する仕事をしていた。ここの住民からは村八分を受けていたと。精神が摩耗して症状が強く出てもおかしくはない。聞いた話では、彼は死者の声が聴けるだとか噂になっているそうで」


 「……」


 「疑惑の目を向けている訳では無いのです。支部長殿。ただ、彼の証言が確実なものであると判断するための質問です」


 「……精神的に安定していますよ。判断能力も問題なく、優秀な狩人です。暴力沙汰も起こしていません。妄想である可能性は極めて低いかと」


 調査官の二人が息を吸い込み、目を合わせた。


 「ありがとうございます。では、新種の討伐までの経緯の確認をさせていただきます。その中でも、イーライという狩人の事で……」


 「モーガンを暗殺しようとした狩人ですか。ライセンスは剥奪する予定ですが」


 「いえ。それは良いのですが。彼は本気でモーガンが奴隷狩りのメンバーであると信じていたと証言していまして」


 「……え?」


 「ガルフという男から聴いたと。ガルフというのは隊のリーダーですね?」


 「はい。今日は姿が見えないですけど」


 「……尋問召喚の為に部下を送ったところ。自宅のベッドで自殺しているのを確認しました。何かご存知無いですか?」


 「……いいえ。さっぱりです」

 

 モーガンは借家への帰路に就いていた。建築用ゴーレムの往来に炊き出しのテント。遺体処理用の薪の山。


 もしもあの時。そういった考えはしないタイプだ。起こった事は仕方が無い。今後の方針を定めるのは委託業者であるモーガンの知ったことではない。


 ただ単に運が無かった。そう割り切っている。いつも通りに裏路地を通って距離を短縮しようとした時だった


 男が路地裏に佇んでいる。


 「……死んじまったのかい。他殺? ……そっか。ああいう手合いと手を組んだのならそうなるだろうさ。気の毒だが、何もしてあげられないよ」


 ガルフは手を何度も同じ形に曲げてモーガンの返事を待っている。初めは何をしているのかがさっぱり判らなかった。暫く眺めていると彼が手話で何かを伝えようとしていることに気が付いた。


 「手話か……。手短に。手短に、話す。……操られた。……誰に?」


 (声にするな……。聞かれてる。私の眠る場所。付呪箱の中。奴らの情報。最後に眠る場所。眠りの届かぬ中。そこにある)


 「なんだ。寝室にあるのか?」


 (……危ない。後ろ)


 「え。後ろって?」


 頭を後ろに向けたその時だった。冷たい金属が胸を貫き、焼けるような痛みが走った。肋骨が内側から捲れ上がる様に皮膚を突き破る。鋭さで突き刺したのではない。力づくで崩し破ったかのようだ


 「ぬぅ……!?」


 (気配は無かった。魔力の気配。匂いも無かった。衣服の掠れる音もすら……ラベンダーの香り。女物の高級品。……コイツは……!)


 喪服の女だ。あの日あの時に目撃した人物。顔を隠したヴェールで口元以外は見えない。


 「はぁい♡ また合ったじゃない。運命かしら♡ タールボウイの使い手サン♡」


 「貴様ァ……!」


 「寝室にあるのね。ふふ。ありがとう。……それじゃ、お休みなさい。モーガン。結構タイプだけど仕方ないよね」


 背を向ける様に膝を折ると音を立てて血が吹き出す。はねた飛沫が靴と服を汚す。


 「ガルフとかいう狩人。タダでは死なぬと。したたかな奴よ」


 「タールボウイ。メディカルプローブ」


 黒々とした針が傷口を貫き、肋骨を接着させる。タールボウイと血液の混和物が傷口を塞ぐ。


 「意地でも戦うと? 嫌いじゃないけどね……」


 (せめて、顔だけでも)


 細く窶れた黒油の腕が爪を振り上げる。黒油の雫が飛び散る中、女の周囲に幾度かの閃光を見た。日中とはいえ薄暗い路地裏だ。日光の反射ではない。


 「オイタしちゃだめよ〜? モーガン♡」


 両目に熱した串を突き刺したかの様な激痛と共に視界が歪んだ。視界が大きく欠け、視界の上下端の景色が辛うじて視える。大きく歪み、撓んだ景色。


 「……貴様。……何者だ……」 


 正面から見たモーガンの眼球は酷く損傷している。鈍い刃物で引き裂かれたかの様な傷だ。折り目のついていない紙を硬い金属で引っ掻いたかのような凹凸のある傷口が両目を潰していた


 精根尽き果てた様にその場へと倒れ込む。積まれたゴミに覆い被さる様に。


 強烈な腐敗臭と吐瀉物に近い匂いを放つゴミの上で体から熱が失せて行く感覚に襲われる。


 足音が遠ざかる頃には意識もおぼろげになっていた。


 (不味い。死ぬ……。無線機も壊されてるし……あぁ……終わりか。呆気ねぇな……。まぁ、仕方ねぇ。いずれにせよやって来るんだ。俺の番が来ちまっただけだ。……つまらん人生であった)


 「……モーガンさん!」


 (誰だ……子供の声?)


 「……待ってて! 助けを呼んでくる!」


 (……子供の知り合いなんて居ないのに。こんな場所に子供?なんで……? まぁ、どうでも良いや。あぁ……眠たい。もう、眠っても良いだろう。頑張ったよ……俺は)


 通りから歪んだ影が駆け寄ってくる。男と女の声がする。彼らが慌てふためく声が遠くに聞こえ、耳に水が入ったかのように響いている。


 術式で塞いだ傷を庇う手の力が抜け、微かな力さえも抜け落ちた。ゴミの上を滑るようにして地面へと転がり落ちた。


 「大丈夫……大丈夫だからね」


 妙に大きく聞こえる子供の声を最後に意識が途切れたのだった。


 つづく

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