棺から覗く視線
廃工場から900メートル。民家の中に彼女たちの控室が設けられている。モーガンにランディ、そしてミリアが顔合わせを行っている。
廃工場の様子が壁に浮かび上がっている。高い木に止まった鳥の視界を共有しているのだろう。モーガンの友人、リジェの術式と似たようなものだ。彼が〈ドリフト〉と呼ぶ術式である。
「……始まりましたね」
胡散臭いグルド人が口を開くとミリアは表情を険しいものにした。
映像の中で武装した狩人達が進んでいく。散弾銃にセミオートライフル。手榴弾で武装した部隊が統率の取れた動きでドアを発破してなだれ込んでいく。
クラス6狩人と補助の術者による建屋捜索が始まっている。術式を弱体化させる術式。妨害系の術者である。
彼らの術式にも個人差がある。妨害系の中でも、対象を見つめるだけで術式を無効化出来るトップクラスの術者から、魔力励起状態から術式発動まで5秒遅延させる術者までいるが、主な構成員は前者だろう。
そして、この作戦の要となるのがクラス8。モーガンの考えが正しければ、棺の狩人と称されるミリアが貴重な封殺術式を持っていると考えるのが妥当である。
ミリアが帽子の縁を少し上向かせてモーガンの全容が視界へと収まる様にしている。
(……まったく、演者だな。 マッチポンプで荒稼ぎしているクセして、食い入る様に見てやがる。 ……フェイスレスとやらを捕まえてくれれば、楽なんだがな)
目を凝らしてモーガンを見つめ、彼の周囲に流れ落ちる魔力を見た途端に不敵な笑みを浮かべるのだ。
どうという相手ではない。例の制約の話はどうやら本当らしい。 頭の中に自身の声が響いた。
魔力貯蔵の9割。馬力のある近接戦向け術式だと耳にしている。調書によれば、肉体強化を全力で行使すれば魔力切れによる欠乏症を引き起こす。
ミリアからすれば都合の良い獲物だ。術式の相性で言えば彼女の方が強い。既に首元にナイフを這わせているのも同然である。
(取るに足らない術者だ。 簡単に捕縛できるだろう。 まったく呑気な奴だな)
ソファーにどっしりと腰掛けて、ランディは手の中でコインが浮いていた。宙に留まったコインの縁を手のひらから放たれた雷が弾く度に回転するコインを眺めている。
強い魔術師で経験豊かな狩人であれば、大勢の命を奪った魔術師の前ですら緊張しないものなのだろうかとモーガンは考えを巡らせた。
「……さてと」
浮かべたコインを親指で弾き、モーガンの方へと飛ばす。片手でそれを受け取り帯電しているのにも関わらず放電しないコインを物珍しそうに眺める。
「幸運のコインだ。 持っていると良い」
「随分と古い時代に鋳造されてるっぽいですけど、まじないの類ですか……」
「なぁ、モーガン。 お前って家族居るのか?」
「居ませんよ。 狩猟団の中くらいでしか見知った奴も居ませんがね……どうして訊くんです?」
「いいや。 哀しむ奴が少なくて気楽で良いなと思っただけさ。 良かった良かった」
最後の言葉を境に、背中側に不愉快な魔力を感じた。あからさまな敵意と拒絶。振り返ろうとしたが、粘り気がある物体が体に纏わりついて動かすことが出来ない。
巻き付いた物体は人の手を模しており、質感はゼラチン多めで固めた歯ごたえのあるグミのようだった。視界端に見切れた高級な棺桶の中から幾千も伸びて絡まっている。
女の口の中のような生暖かさ。棺桶から伸びる腕には粘液状の液体が滴っている。
「……へぇ。 どういう事か説明してもらっても?」
「……なんで術式の使えないクラス6がいると思う?」
「……さぁ? 質問したのはコッチの方なんだがな……なるほど、ブリーフィングですら罠だったということか。 何なら、この映像までも仕込かよ」
「質問できる立場かよ。 大丈夫だ、フェイスレスは何も抵抗せずに捕まったらしい。 ほらな、映像を見ろ生憎、獲物の映像は本物だ」
銃口を向けられたまま、連れ出されるフェイスレスの映像が見える。あの女がおめおめと下る口ではないことはモーガンが最も良く知っている。
何かしらの計算があるのだ。首を刎ねるまで気を抜くべきでは無い。
散々疑われ、こうやって拘束までされている。なんだか急にやる気も体力も奪われて行く感覚に支配される。足掻いたところで棺の術式を凌駕するパワーも術式特性も持ち合わせていない。
詰みの状況だ。貯蔵分の魔力を使っても覆せない。完全無欠の無敵な術式を持っていれば話は別だが、そんな事を夢想しても虚しくなるだけだ。
「……装備さえ整えて必要な訓練を積めばクラス6になれる。 術者よりも審査が甘くて、報酬は同じ。 術式を封入した投擲武器に火器。 不公平に思えないか?」
さっぱり意図が読めない。この状況で愚痴話をする意味が無いのに、このランディという男は魔術師ではないクラス6に対してどう思うかと訊いてきているのだ。
「……はぁ〜。 始まったよ」
ミリアが心底嫌そうな顔を浮かべてモーガンを棺に封じようとする。
「まぁ待て。 どういう奴か知りたいだけだ」
他人を推し量る為の質問なのだろう。例えるなら、100万クラウンが手元にあったらしく何に使うか。 といった質問と同じ類いだろう。
「……使い手からすれば都合の良い区分けだろう。 極端な話だが、火を使う魔術師が水を扱う術者と対峙した場合、火を使う術者はクラス6の実力が発揮できるか。 相性的には出来ないだろう、術式が通じないならただの一般人と変わらない」
「術式を使えないクラス6は如何なる状況でもクラス6の仕事が出来る事を前提に訓練されてる。 等級が同じでも運用方法が違う。 広い症状に効く薬か、狭い症状に効く特効薬か。術者は状況によって最適なものが選ばれるだろ? 術者を不意打ちで拘束するのが得意そうな奴とかな」
拘束の手が皮膚に強く食い込んでくる。鋼鉄製のワイヤーが撓るかの様な音と共にモーガンの皮膚が裂けて床に血が吹き付けられた。
「……鼻につく野郎だ」
「……図星だったかよ。 コールドウェル」
「面白い奴だ。 頭のキレる奴で、物怖じしない性格……テロリストにしておくには勿体ないが……死刑にならなかったら俺の所で雇ってやるよ」
「……そうだな。 週3日勤務、月300万、有給貸与2ヶ月なら考えてやる」
「そうか。 じゃあ次会えたらまた話そう。 多分、斬首台の上だろうけどね……。 お疲れさん」
モーガンが棺に引き込まれ蓋が鈍い音と共に被さった。
棺が片手サイズへと圧縮され床に落ちる。軽い音を立てて床を滑った棺を拾い上げると、ミリアは満足そうにしてそれを拾い上げた。
「それじゃ、次はフェイスレスか」
取り込んだ棺を睨みながらミリアが何か違和感を感じているようだ。
「……」
「どうした? 既にモーガンは仮死状態。 術式も封じて、意識もないだろう。 それなのに何を憂いている?」
「……あぁ。 それは確かだ。 だが妙なんだ。 いつもより封じ込めが強い……なんだろうな……なんと例えるべきか。 普段通り蛇口を閉めていたのに、思った以上にガチガチに閉めてしまった……という様な。 ううむ……出すのに手こずって殺してしまうかもしれないな……」
「普段より強くか……。 体調が優れていたから術式の威力が伸びたんだろう。 中で死んでくれれば、出す手間もないだろう」
「他人事と思って好きに言いやがる……」
つづく




