竜巻の足元
高級な馬車に乗ってから数時間。あのコートを着た男の姿がそこにはあった。無線機を膝に置いたまま窓枠に肘を置いている。
モーガン1人。他には誰も居ない。 すれ違う荷馬車にはグリフィンの亡骸が積載され、ガラの悪そうな男達が、こちらを見ていた。
軽く手を上げると、意外にも気さくな返事を返してくる。密猟者だと思っていたが、腕章を見て狩人協会に属さない自警団の人間であると判った。
国家が自前で用意した狩人と似たようなものだ。自身の国内、近辺地域の狩猟を行う者たち。 依頼元の規模の差があるだけの同類と思ってもらえれば良い。
「……あと20分で現着する。 ブリーフィングを確認して下さい」
御者の背中を眺めながら無線機を握りしめる。モーガンの目元に力が入り、鋭い表情を浮かべた。あの惨状を引き起こした張本人を追い詰めているという実感が高揚感を湧かせてくる。
「了解」
胸元から取り出した招待状に指を這わせると窓の外の景色が消え去る。新月の夜中のような暗がりを進んでいるかの様な景色。一切の光はなく、完全な暗闇が世界を支配していた。
柔らかな灯りが車内を照らしている。木目調の柱に黒みがかった紅いシート。そして、今まで無かった筈の書類の束。
結界術式による外部との断絶。 抜け道は幾つかあるが、情報の漏洩を防ぐのであれば良い選択である。
書類も傍に添えられたガラス筆も全て幻覚、幻想のまやかしである。質感に匂い。全てが現実を象った出来の良い贋作。
「……ここまでの術式は中々に珍しいが」
書類の束を持ち上げて、注意事項を読み飛ばしてサインをする。契約を受けない場合の署名、契約をしないのであれば作戦説明に関する記憶を全て失う。消去後の後遺症、意識の混濁や術式性健忘による被害の一切を補填しない事を受諾するものである。
目の前の空席に青白い光を放った誰かが座る。誰かを象った贋作。人間ではない。術式版のオートマタのようなものだ。
「業務委託契約の内容を説明させていただきます。 フェイスレスの捕縛または殺害。 魔術によるテロ行為の主犯格と目される人物、潜伏先も特定済みです」
人型が資料を何枚か引き抜くと、空間自体に映像が浮かび上がる。俯瞰目線の地図に住所、フェイスレスの3次元の像。
「都市国家フェレスドレア、都市国家アステシア。 そして、狩人協会。 この3派閥からの依頼です。 本契約にはクラス8の2名が参加、貴方は2名のサポートをお願いします」
クラス8の顔は見えない。 代わりに所属団のロゴが浮かんでいる。モーガンからすれば見たことのない画像だが、ある程度に名前が知れている狩猟団のものだ。
都市国家アステシアに属する片田舎で生活するモーガンが知らないのは仕方のない事だ。
ロゴの立体像を右手に掴んで眺める。これから世話になる相手の象徴、またどこかで仕事をする際に思い出せるように。
「……了解。 それじゃ、内容の方を」
「では、作戦内容を。 非魔術師のクラス6武装部隊による突入を敢行予定。 クラス8、及び貴方の出番は万が一、フェイスレスの捕獲に失敗した際の保険です」
目標の潜伏先の建屋への包囲、閉鎖された魔力バッテリー工場。狩人協会脱退後に閉鎖された施設であり、向こう30年は放置されている。
日陰者が住まうにはお似合いの場所であり、近隣住人への被害は少なくはなるだろう。ただし、考慮しなければならない事が浮かんでくる。
「最初に貴方達を宛てがうのがベストでしたが、やむを得ない事情により、この様な形となっております。 無論、作戦開始時に転移門の封鎖、転移術式の阻害を実施します」
茨の怪物を造った連中。設備は全て撤収したとあるが、30年も前の狩人協会がそこまで始末をしっかりとしていたかは懐疑的である。
生物兵器等の防衛手段を講じていると考えるのが妥当。陣地防衛には相手の侵攻を妨げる罠を敷設するのは古今東西共通の戦略だ。
「捕縛が失敗した場合、対象の生死は問わず無力化をお願いします。 貴重なクラス8達です。 損失の無き様にサポート願います。 術式詳細は付属のデータから確認願います」
「……質問が1つ。 この作戦、絶対に漏れていないという裏付けはありますか……?」
「……可能性はゼロではありませんが、極めて低いでしょう。 何なら、今現在貴方に話している事で相手に伝わっている可能性の方が大きいくらいです」
「……取り越し苦労でしょうね」
「依頼を了承しますか?」
「もちろん」
目の前の案内人が消え去ると長い沈黙が訪れた。窓の外は真っ暗で、未だに結界の中に閉じ込められている。
外から見れば、窓を通して確認できる乗客はモーガン以外の誰かに見えるのだろう。上流階級の髭面親父か、もしくは美人のお嬢様であるかもしれない。
情報を遮断された状態での20分は長い。適当に時間を潰そうかと姿勢を崩した時に、目の前に誰かの像が再び現れる。
「お。 繋がった……ちゃんと見えてる〜?」
先程の相手ではない。2人分の立体像が腰掛けてモーガンを見ている様だった。
大股で脚を開いた人物と脚を組んで肘を抱えた人物。男女が並んで座っている。どちらも魔術師らしい格好だ。モーガンと似たような上着を羽織り、女の方は首が疲れそうな大きな帽子を被っている。
「クラス8の方々であるとお見受けしますが……」
「お。 良かった良かった……。 フィルター切るから待っててくれ」
光の輪郭に生気が宿る。紫色の短い髪の毛。ポマードで逆立たせた糸目の男だ。体格はモーガンよりも華奢な感じで背が少し高い。
そして、雰囲気のある男だった。いくつかの文字が彼の周囲に浮かび上がる。連想される文字には好意的な物は少ない。
飄々とした顔付き。術式は自然物を利用する。何人かの術者を屠った経験。アクセサリーはブランド物。友人は多く無い。彼の顔を見た感じで抱いた印象だ。
だが、悪人ではない。直感でそう感じた。外れないことを祈るばかりだ。
「いやはや、まさか姿隠しを使わずに構えているとは……あ〜こういう会話は初めてで設定のやり方を知らない口か……」
「はじめまして。 モーガンと申します。 本作戦の後方支援を勤めさせて頂きます。 よろしくお願いします」
「……あぁ〜。 どもども。 狩猟団代表、ランディ・アッシュバーンだ。 よろしく〜♪ ファーストネームで呼んでくれ。 あと呼び捨てでね」
「承知しました。 私の事も呼び捨てでお願いします。 差し支えなければ、お連れの方の……」
「ほら、お前も挨拶しろって」
表情などは一切読み取れないが、モーガンに対して良い印象を持っていないのだろう。顎先を左に向けて、モーガンと正対するのを嫌がっている。
紅い瞳のせいで構えられている。人種的な偏見というのも幾分か含まれるだろうが、彼女が気に食わない事柄はそれ以外にもありそうだ。
「馴れ合うつもりは無いので……それに、対象を3度も逃がしたクラス7、巷では英雄視する連中も居ますが、ロクに仕事をこなせていない人間でしょう?」
すまない……どうも気難しい奴でね。 そんな言葉を宿した視線がランディから伝わって来る。
思った事を直ぐに口走るタイプ。直感的で感情的。どういうわけか、この女の方がランディよりも強い術者であるように思えた。
「……あはは……まぁ、そうなりますかね」
「おいおい、クラス7と言っても対人戦闘に関しては僕らよりも経験があるだろ? 怪物相手にレーティングを伸ばす僕らより、対魔術師との対峙でクラス7まで上り詰めてる相手だ」
「あ〜、はいはい。 ワカッタ、ワルカッタ。 こっちも仕事だ。 足は引っ張らないでよね。 クラス9への査定も兼ねてるんだから。 邪魔したら殺しちゃうかもね〜。 それじゃ、せいぜい精進することね」
女の姿が消えて、気まずい雰囲気だけが残った。
「……すまん。 連れはああいう奴でな……クラス9になれるかもと浮足立ってて」
「いえいえ。 寧ろ頼もしいくらいですよ。 クラス7といえど、制約によって術式が大幅に弱体化。 使い物になるかすら怪しいですし」
「それでも十分さ。 ……気を悪くしないで聴いてほしいんだが、モーガン。 あんた、フェイスレスと共謀関係だったりしないよな」
「……ははは。 ふぅ〜……。 君の前で奴の首を切り落としたら信じてくれるのかい? 流石に疑われ続けるのは気分が悪いんですがね……」
「へへへ。 聴いただけさ。 まぁ、仲良くやろうぜ」
「お手柔らかに」
通信を切り、ランディが脚を組む。側にいる女の魔術師が不機嫌そうに視線を送ってきた。
2人はすでに現地に到着しており、宛行われた宿泊先のテーブルの前に腰掛けてモーガンとやり取りしていたのだ。
「……何が仲良くしようだって? アンタも疑ってるのに」
同じ狩猟団のメンバーにしては仲が悪い。理由は簡単だ、そういう風にしておいた方が信頼を勝ち取りやすいからである。
「表面上仲良くするのが、ビジネスの基本さ。 互いに腹の探り合い。 クラス8を2人分。 この要求はモーガンの意見だ。 クラス9への審査を兼ねる仕事にありつけたのは彼のお陰ってやつだ。 "感謝"くらいするだろ」
「疑り深さは誰にも負けない野郎が何を言う」
彼らの作戦説明の映像。モーガンのものとは異なるものが幾つか浮かんでいる。殺害対象のフェイスレス。その横にモーガンの顔写真が並んでいた。
「まぁ、どのみちフェイスレスとモーガン。 どちらも殺す事になるんだ。 どっちもテロリストだ。 生きる価値なんざ無いさ」
「期待してるぜ〜? 棺の狩人、ミリア・コールドウェルさんよ。 没落貴族のお嬢さん?」
「……今ここでお前を殺してやろうか? 紫電の狩人。 生意気なクソ野郎が」
つづく




