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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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旅立ちの準備

 ヘルメースに勧められて自宅の戸を開く。あいも変わらず、暖炉には火が入り煌々と揺らいでいる。帰ってきたのだと一抹の安心感に気が緩む。


 「……寒い……良く死ななかったな……」


 「クラス7が家のベンチで凍死とか笑える」


 「……ぅゔゔ……! 笑えね〜……」


 麻袋を取ったモーガンの顔は酷い姿だった。顔面が蒼白しており、唇も紫がかっている。思っている以上に症状が深刻そうだと感じて手近にあった毛布を運んでモーガンへと被せる。


 (……ん?)


 モーガンの首筋に何かがある。紅い斑点が3つ並んで、等間隔で同サイズ。 何かでかぶれたようにも見えたが、専用の電極を押し付けられた痕にも見える。


 風術の中に電撃を扱う術がある。護身用としては重宝する術式で風術師は必ず会得すると言っても過言ではない。


 「……何があった?」


 「……まぁ、情報を狩人協会に渡しに。 フェイスレスの件だよ。 居場所が判ったからね……そのうち支部長に連絡が行くだろう。 周りに言いふらすなよ〜」


 「あいよ。 ってことは、狩人協会の人間がベンチに放置したのか……何か怒らせる事言ったのかよ」


 思い当たる節はエルフの男だ。あのボロ家までの運搬は狩人協会の人員が担当。中立地帯に捨て置かれた集落跡地での受け渡しだったのだろう。


 エルフの国に入ってのモーガンの移送に関してだ。狩人職員といえど、エルフの権威が使える場所であることを鑑みるに、手頃な仕返しだったのだろう。


 「エルフ男の面子を潰したくらいだよ。 驕ったやつでな、あれは友達になれないタイプだろうな……」


 「腹いせで凍死させかけるとか笑えないんだけど」


 「……まぁ、やむを得ない理由があったとか。 ……昨日は何時くらいに寝た?」


 「ん〜? 日付け変わるまで話し込んでたから……3時くらい?」


 「あぁ、ね。 戸籍上は独身だから家の中に放り込む手筈だったんだろうけど、いざ自宅に寄ったら他の住民が居て入れなかったんだろう」


 「あぁ〜。 それでベンチに……」


 「……毛布くらいかけてほしかったけどね……」


 「ヘルメース。 朝ご飯ですよ」


 「おぉ。 ありがとう、トランク」


 運んできた食事とコーヒーを味わいながら話を続ける。


 「……大将って運悪いよね。 何をするにも悪い目が出るというか」


 「……それな〜。 昔からギャンブルとか弱いんだよね」


 「あ〜。 弱そう。 うん、確かに。 マックスでさ、今まで幾ら負けた事あんの?」


 頭の中で200万という数字が浮かんだが、口に出すのは止めておいた。馬鹿な失敗を何度も踏むに踏んで、懲りているのだ。


 子供の頃は手癖も悪く、何度も大人にリンチされた記憶も蘇る。自身の臓器が再生するのを発見してからは、生活はマシになった。文字通り、今も誰かの肺と目、腎臓として働いているのなら幸福である。


 (幾ら負けたか訊いただけなんだが……まるで、人生を振り返っているかのような表情。 どんだけ負ければこれほどに……おいたわしや大将)


 「言いたくな〜い。 てか、今日学校だろ?」


 「あいあい、行きますっての〜。 セシリーも連れてくけど、良いよね」


 「良いよ〜。 外に出す時は腕輪を忘れず」


 「わかってるって。 外で暴発とか笑え無いしな」


 身支度を済ませた2人を玄関前まで送る。上質でお洒落な衣服に身を包んだセシリーの腕には子供用向けに調整された魔術師の枷がつけられている。


 魔術師の素養がある子供は大体つけているものだ。とはいっても発現が遅れている場合か、術式が御し切れない場合か、自身に害が出る場合。理由は各々でまちまちである。


 美的感覚のあるヘルメースが選んだ赤を基調とした衣服に似合わない地味色の枷。子供服でこれほどに洒落たものが今の時代売られているとは驚きだ。


 地味な枷を選んだのは、裕福な家庭であると思われないため、誘拐されにくい様にしたかったからである。結露からすれば、お金を渡したヘルメースが無事にぶち壊してくれた訳だが。


 着飾っている本人が満足そうであるから、寧ろ良かったと心から思っている。


 「似合ってますよ」


 「……ありがとうございます……」


 目を伏せながらも微笑む姿。それを見ている彼自身まで嬉しくなるような気がした。


 「ヘルメースって服のセンス良いんだな……」


 「だろ〜? 大将のカネで買って良いって言われたからねぇ〜……奮発したのさ。 安物着てると舐められるかもしれねぇからよぉ……!」


 最後の言葉は、彼女自身の恨み節だろう。 モーガン自身は彼女の出自については詳しくないが、かなりムカついた経験なのだろう。


 「あぁ。 子供ってそういう非情で残酷な側面持ってたりするよね……。 それじゃ、道を覚えるためにも今日は徒歩通学ね」


 前掛けを装着したトランクが可愛らしい布で包んだ弁当箱を手渡す。モーガンはその上にクラウン硬貨を置いた。


 「サンキュ〜、トランク。 大将、ドリンク代あざっす!」


 「ありがとうございます……」


 「いいえ、育ち盛りですので美味しいもの……お肉多めで作ってますよ〜」


 「やったぜ。 へへへ、楽しみだな〜。 じゃ、行ってくるわ」


 雪も止んで、空には晴れ間が覗いている。2人を見送ると、嫌になるくらいの静けさがその場を支配する。


 「モーガン」


 「ん〜?」


 頭部のカメラがモーガンの顔に焦点を絞る。窓から射す日光に浮かび上がらされた埃の中、穏やかな目をした彼が映っている。


 「騒がしいのも、中々に良いもんですね」


 気持ちの悪い事を言うんじゃない。 そんな表情と咳払いと共に、目つきが普段の鋭さに戻る。


 「……あ〜あ。 ようやっと静かになった。 せいせいするぜ……」


 「素直じゃないですね」


 「本心を見透かされて恥ずかしいだけさ。 まぁ、そうだな。 ……良いかはともかく、悪くはないな……。 ……ん?」


 モーガンの肩に無骨で冷たい手のひらを優しく落とす。しっかりと彼の肩を掴むと目の奥を覗き込んでいる。


 「……男のツンデレはキモいですよ」


 肩を回して振り払うと、訝しげな表情で悪態をつく。


 「うっせぇ、屑鉄」


 「……? 私のパーツは全て合金ですが……」


 「っふ。 はははは! あ〜……参った参った。 お前には勝てないよ」


 「……は、はぁ。 アリスさんも起こして来ましょうか。 朝ご飯出来てますし」


 「……仕事で疲れてるんだ、寝かせておいてやれ」


 「……そうですか〜……。 では、私は買い出しに行きますので留守番お願いしますよ」


 立ち上がって部屋を横断するトランクを眺めながらモーガンが脚を組む。手をかざすと、外したエプロンを投げて寄越してくる。


 横着な奴だと文句を呟き、慣れたようにたたみ直す。


 「……買い出し? なんか買い忘れてたっけか?」


 「まぁ、人数が増えてすぐに無くなっちゃうのでね。 それに、この時期は畑が暇ですからね……散歩と買い物くらいしかやることがですね……近頃は金物かなもの屋さんに行くのも良いですねぇ……生命の起源を感じます」


 「……そっか。 生命の起源とやらは、ようわかんないけど……。 転ぶなよ? あと、物取りには気をつけて」


 「大丈夫ですよ。 そこいらの暴漢程度なら軽く首を捻るだけで撃退できますので」


 「……だよな」


 「まぁ、モーガンの動きのトレースなんですけどね……では、しばらく留守にします」


 「……おう。 行って来い」


 目下の優先事項、魔力の秘匿訓練。それが目的である。


 トランクが出かけたと共に、アリスが階段を降りてきた。入れ違いになったと言うやつだ。髪も整えられ、少し前には起きていたらしい。


 とはいえ朝は機嫌が悪いのか、左手の無線機によって面倒事が舞い込んで来たのか。 間違いなく後者である。


 頭をポリポリと掻きつつ、モーガンの隣へと座る。頭をモーガンの膝へと預ける。仕事の疲れが抜けていないのか、頭の回転が鈍くなっている様だ。


 「お。コーヒー。 貰って良い?」


 「良いよ〜。 なんかあった?」


 膝の上で横になったまま、コーヒーを飲んでいる。だらしなく寛いでいて、この上なく愛らしい。


 「……で、今電話が来てさ。 どうせモーガンの家だからついでに教えておいて だってさ……なんで判るんだろ……」


 「昨日飯食いながら話したせいかもね……グルド人は珍しいし……」


 「……う〜む、明日恨み節を言われないか心配だな……ははは」


 「たまには良いんじゃない? 普段から激務だろうし、文句は言われないだろ」


 「最近は仕事も減っていてね……少し暇なんだけど……。 少し、狩人関連の揉め事がね……んぅ〜、永遠にダラダラしたい」


 「暇なら暇で、忙しさが恋しくなりますよ」


 身体を起こしたアリスがモーガンの肩を掴む。魔力を抑えるやり方を教えるためだ。触れていても魔術師であるかが判らないレベルに昇華させるためである。


 「……いようし、じゃあ、早速……どしたの? んな顔して」


 「魔力を抑えるのは……実を言うと出来る。 怒らないで聞いてほしいのが……」


 彼の言葉に偽りが無かった。実際に触れているけれど、魔力を感じない。


 思い返してみれば、彼がこの土地に来た時も魔術師であるとは気が付かなかった。純粋に魔術の使用を2ヶ月程度使っていなかったのかと考えていたが、どうやら違ったらしい。


 定期的に髪を染めていたが、短い間隔で白髪に戻っていた。あれも、肉体強化系の術を使っていたからだと考えれば合点がてんが行く。


 (……魔術師のグルド人。 初対面の時に知ってたら、また結果は違っていたのかもな。 ここも地図から消えて、別の場所で……いいや、死んでいたのかもな)


 「アリスさん……? 聴いてます?」


 モーガンの瞬きが増えた。なんとはなく、話題にしづらい内容なのだろう。馬鹿話ではなく真面目な話。そんな目をしている。


 「ん〜?」


 「実を言うと、生きて帰って来られる自信がない。 女々しい話じゃ無いのは予め言っておくよ。 私が死んだら、この団を引き継いでほしい。 ヘルメース、セシリーの事も」


 少し驚いて眠気が何処かへと行ってしまった。付き合って日の浅い恋人にする話題にしては重たい話だ。


 恋人であるから。好きであるからではない。1人の人間として信頼できるから頼んでいる。


 恋愛の熱に浮かされ、周りが見えなくなっているからではない。まるで、自身の顧問弁護士に依頼をしている様な表情である。


 「それって、支部長として?」


 気の抜けた表情はどこへやら。仕事中の表情にも負けず劣らずの緊張感を互いに放っている。


 「両方だ。狩猟団の内部保留金は3人で均等に分けて欲しい。 ……あと、トランクは貴方に」


 有給取った水曜日の朝から耳にしたい話では無い。それは確かである。しかしだ。職業柄、避けては通れない話であるのは絶対だ。


 恋人になる事もある程度の覚悟が必要。壁外での業務を行う職業の中でも共通事項ではあるが、現場作業のクラス7、危険に自ら飛び込む仕事で死亡率はぶっちぎりで高い。


 立ち上がって頭を使う。座って考えるより立っていたほうが、頭が回るのだとアリスが呟いた。


 「……わかった。 じゃあ、こっちからの条件。 生死不明で3ヶ月経った場合、恋人関係は解消。 死んだ場合の後処理は任せて。 あとは、そうだな……」


 3ヶ月。 任務中に行方不明になった狩人の生存が絶望的。良く見積もって5パーセント程度になる期間を基準としている。


 (合理的で賢い人だ。 未だに恋人になれているのが信じられない。 誰かに仕込まれた関係なのではないかと疑いたくもなる)


 もう1つ言う事があるのだろう。目を細めて、暖炉の火を横目で見つめている。


 「……ハグしてくれよ。 ……恋人なのにさ〜、1度もハグすらせずにってのは……」


 「だね」


 しっかしと抱きしめる。身長差でアリスの踵が浮き、顔がモーガンの胸に押し当てられる。モーガンの胸に右頬と耳を押し付けると大きく息を吸った。


 というか嗅いだ。全力で。


 「……んふっ……ふふ。 竹林の匂い……」


 「……匂いフェチ? てか、あれ? 寝巻きの下のシャツなんだけど……」


 「……これもええ匂いがするでなぁ……無論、君のシャツだ」


 「……まさかだと思うけど、昨日どこで寝たの……?」


 「え? モーガンの部屋のベッドだけど」


 「……あまり洗えてなかったですから、汚いですよ?」


 ふとアリスの目を覗き込むと、目尻が下がっており随分とご機嫌であるようだ。少しのめり込みすぎで怖い印象も抱くほどだ。


 「恋人は五感で愉しむ派閥なので……それも一興よ……苦しゅうないぞ……あぁ、たまらんっ」


 「……めっちゃ喋る……あと左のケツ、めっちゃ揉んできますやん……」


 「良いではないか……。 君も揉みたいなら好きにすれば良い」


 「……以前の恋人ってどういった経緯で、ええっと、別れたんです?」


 その話はしたくないと言う。冗談めいた話し声であったが、次に出た言葉には、神妙な感情しか含まれない声色で語られた。



 「いいから……生きて帰って来い。 わかった?」



 力強く抱きしめることで返事をする。伝わって来る華奢な拍動が魂に熱を宿してくれるかのようだった。


 「……了解」


 つづく

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