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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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最悪で最高の数日間 2

 ラジオをつけたまま暖炉に火を入れる。しばらくの間流していて普段聴かない周波数に調整されているのに気がついた。


 ヘルメースのやったことだろう。この家でラジオをイジる人間は彼女くらいしかいない。気付いた時にはその場から離れた位置にいて、わざわざ戻って周波数をイジる気にはなれなかった。


 モーガンが家の梁にぶら下がりながら懸垂を繰り返す。健康な体に健全な精神を宿すには必要な運動である。軽くジャンプして届く距離ではないが、軽い肉体強化を使えば容易いことだ。


「おっはようございまァす! クリスタルリバー放送局ぅ、ラジオパーソナリティのカイルでぇす! いやぁ~最近冷え込んできましたね〜ルイスさん」


 男のモーガンでさえ興味を惹かれる、低くセクシーな声。程よい柔らかさと響くような低音。


 「あぁ、ほんとにね〜。 最近は晴れの日が続いていますが、いやぁ~……骨身にしみる寒さですね〜。 あぁ、天気予報ですが、今日も概ねいい天気で……」


 相方のルイスは平凡な声だ。柔らかさのある高めの声、誰とでも仲良く出来そうな人柄が伝わる、穏やかな声だ。


 腕が辛くなると梁に脚を掛け、腹筋運動へと切り替える。こんな事をせずとも体は鍛えられる仕事をしているが、眠気を覚ますには鉄板の作業だ。


 「っく……ふ〜。 っく……ふ〜」


 「今日のニュース! フードの女、 次回テロ予告を間違った日時に指定ぃ? 回収されたメモリグラスの襲撃時刻が解析時点で既に過ぎていたとの事です。 ルイスさぁん? これってどういうこと?」


 「狩人協会の報告で、回収されたメモリグラスの解析結果、既に7時間が経過していたって話ですね〜。 解析されたのが早朝4時頃、つまり前日の21時には襲撃が終わってる筈という事らしいです」


 モーガンが少し鼻で内容を嗤う。あの大惨事が既に過去の事である様に話すのだ。生き残った奴は居ない。1人を除いて。


 あの惨状を見ずに原稿を読む彼らからすれば、取るに足らない話題の1つなのだろう。知らない場所で誰かが交通事故で亡くなった。それと変わらない言い方だ。


 「朝から、不愉快だな……」


 床板を踵で叩き、ラジオを持ち上げる。震えるスピーカーの穴を睨みながらも、続きを聞こうと待っている。この後が重要だと言わんばかりの表情である。


 「じゃあ、設定ミス?」


 「いえ、フードの女、通称フェイスレスの合成魔獣の死骸……頭部の一部が発見されたらしいです。 死亡推定時刻からして、その設定時間あたりに殺されたと」


 「……う〜ん。 発見されたのが復興作業の仮設テント近くだそうですけど、誰も知らないというのがねぇ……普通気がつきますよね?」


 敷地内だ。心の中で柄にもない神経質なツッコミを入れながら腰掛ける。


 「ですね。 この件で集落が壊滅したのを受けて、復興作業にはモーガンさんも参加と。 彼も知らない内に敷地に頭が落ちいて、驚いたとコメントしています」


 「狩人協会としては、夢に干渉して現実を捻じ曲げるという魔術の可能性もあるのだとか……いやぁ~……これは見当違いじゃないですかね……どうですか?」


 「実際に誰も見ていないそうですし……う〜ん。 そんな魔術があったなら脅威でしょうね……無いと信じたいですが、単一の魔術師であれば可能……なのかなぁ〜?」


 心底ウンザリとした表情でため息を吐く。


 「驚いただって? 何も見てないとしか言ってないんだが……ふ〜……まぁ良い。 情報もきちんと伝わってる様で安心した」


 誤った情報が拡散されている事に安堵した表情である。仮に、正しく情報を流したとしてパニックのもとにしかならない。


 フェイスレスのテロのせいか狩人協会関連の株価が軒並み下がっている。いくつかに大金を注ぎ込んでいる身としては胃が痛む話でもある。


 「続いてのニュースですが…………今ならなんと…………積雪の影響で…………の巨匠が晩年に生み出した楽曲、それではどうぞ」


 ラジオの周波数を変えて音楽番組へと調整する。版権の切れた音楽。100年以上も前に生み出された楽曲とは思えない美しい旋律。


 「飯でも作るか……あの子、アレルギーとか無かったよな……あれ……?」


 階段の曲がり角から薄い赤色のパジャマ姿の少女が姿を見せた。おそらく、ヘルメースの服を借りたのだろう。少しサイズが大きく裾を床に引きずっている。


 「……おはようございます」


 その姿を見て思った事。ヘルメースは意外と子ども好きな性格をしているということである。寝癖がついてはいるが寝る前に櫛を通しているのだと、パッと見て直感する。


 「おはよ〜」


 周囲を見渡し、何も起こっていない事を確認している様だ。窓の外を覗き込み、勝手口への通路も覗いている。あの夢で見た化物が暴れていないかを案じているのだろう。


 口にするのは無粋だと念じて、ひと通り確認が済むまでそっとしておくと、食材を並べ終わったくらいに再び姿を現すのだった。


 「あの……先日は申し訳ありませんでした……奴隷にされるだとか……言ってしまって」


 「ちゃんと寝られてなかったから仕方ないよ。 気が立ってたんだろうし……やっぱり、しっかりした子だね〜。 歳幾つ?」


 「12歳です……」


 「お名前は?」


 「セシリー……と言います。 以前は家の手伝いで農家をしていました」


 「農家さんだったんですか。 改めて自己紹介させてもらいます。 モーガンです。 年齢は20歳前後。 職業は狩人をしております。 しばらくの間、セシリーさんの保護監督を務めさせてもらいます。 よろしくお願いします」


 姿勢を正して顎を引く。腰を折るようにして深々と頭を下げている。


 「よ、よろしくお願いします」


 「ま、堅苦しい挨拶もほどほどにして、何か食べたいものとかありますか? それか……飲み物だとか」


 モーガンがキッチンの方へと目を向けながら訊いてくる。後でモーガン自身が不注意だったと自責してしまう光景を見てセシリーはこう呟いた。


 「……目玉焼きですかね」


 並べている食材を見れば察しがつくだろう。そこで気を遣わせている事に気が付いた様子で、はっとした表情を浮かべている。


 「それじゃ……付け合せも適当に作っちゃうから、少し待っててね〜」


 朝からしっかりとしたものが食べられる。トーストされた食パンに目玉焼き、自家製ミートボールに甘ったるいコーヒー。


 規模がどの程度の農家であるかは定かではない。農家と言っても土地に縛られ、地主に搾取される立場かもしれない。表向きは奴隷制度を否定してはいる都市国家であっても現状は違うものだ。


 あの医療ベッドに寝かされた姿からして、裕福な家庭では無い。それは確実な事である。


 なぜこの狩猟団で引き取ったのか。先日に話した事だが、彼女が魔術師の素養がある事。それと純粋な私情である。


 何に対して後ろめたさを抱いているのか。仕方ないとはいえ、子供の手を切り落とした。今までの人生の中でもトップクラスに罪悪感を感じる出来事だ。


 簡潔に言えば、ただの偽善だ。彼自身が彼女に施すことでアレが帳消しになる様な気分に浸りたいだけ。


 (……なんと浅ましく、醜い心だろうか……私ともあろう者が、贖罪を望むとは……浅ましく腹立たしい) 


 モーガンはキッチンに立ったままトーストを齧りながら新聞をめくっている。何か心底嫌いな記事でも見つけた表情に見えるが、自身の行動に底しれぬ嫌悪感を抱いているだけである。


 「……あの……座って食べないんですか……?」


 「奴が起きるだろうからね……噂をすれナントやら」


 「うぅ〜…寒い……」


 暖炉に一番近いカウンター席へと腰かけ毛布に包まったままで腰掛ける。


 「……大将、メシ」


 「おっけ。 今日は学校無いのか?」


 まったく、いちいちウルサイ奴だと目を細めてカウンターへと覆いかぶさるように座る。


 目を見ればわかる。霧のかかった微睡んだ目。サボりたい奴の目をしている。


 「うん。 サボる。 故に休み……新入りちゃんとお話したいしね」


 「じゃあ、留守番頼む。 自分は軽く仕事に。 夕方にゃ、その子の服でも何でも買いに行こう」


 そういった途端にヘルメースの目に光が灯る。


 「マジ?! 肉食いに行こうぜ! 大将!」


 (うわ……うるせっ)


 「セシリーさんが主役なんだから、おめぇが勝手に決めるなよ……」


 「……あの……そこまで良くしてくれなくても」


 「自分も孤児だったし、必要な事をしてやりたいだけだよ それに、セシリーさんは魔術師としての素養がある。 ある程度制御できるようになるまでは、ここで世話をする事になってるから……その後、里親制度に募集するか、ここで雇用するかは状況によりますが……それまでは自分の家と思って過ごして下さい」


 「そうそう。 初めて魔術使ったら家の中が酷く有り様になるからね。 アタシのときは家具が傷だらけに……大将はどんなだった?」


 「タール・ボウイに引火して平屋2棟が全焼。 爆発で周辺の建物の窓ガラスが全部粉々に……あとは森林火災で……賠償が」


 「ストップ! ってなわけで……! 単一の魔術師の可能性があるからしばらくの間、お世話するって話でね〜。 うん! 大丈夫、こう見えても二人とも魔術師の中でも強い部類だから!」


 「……あの夢……誰も信じてくれないんですが……私の魔術……夢を具現化させるものだと思うんです……傍に居れば、ご迷惑に」


 「夢を具現化させる魔術ねぇ、あの白い奴の術式だよ。 セシリーさんのせいじゃない。 それは断言できる。 あの化物を倒したのは私だからな……記憶が抜けてるとは思うけど、その夢ん中で一度会ってる」


 「……大将……マジで言ってんの? 狩人協会の連中に聴いたけど、あくまでも可能性ってだけでは?」


 「馬鹿正直に言っても正気を疑われるだけだよ。 それに、向こう側を油断させられるかもしれないからね……信頼に足る人物にだけ話してる。 狩人協会の、お偉方は承知してるさ」


 「……なら良いけどさ〜……あ。 セシリーごめんねぇ〜こんな話ツマンナイよねぇ〜」


 ヘルメースの人間性の最たる事は人に好かれるということ。いい意味で人懐っこく、悪く言えば遠慮がない。会って1日そこらでハグをしても嫌がられないのは、その為だろう。


 「い、いえ。 く、苦しい……」


 モーガンはその光景を微笑ましく眺めている。そして考えていた。


 あの夢の中、何故この子が術式の対象にされたのか。対象となる人物は19752人。あの集落、あるいは街の人口である。その内の1人。


 気まぐれだったと片付けられるかもしれない。しかし、相手が相手だけにそれで片付けるには愚かな行為である。


 本人に自覚はないだろう。しかし、夢の中で見た姿は間違いなく素養のある人間だ。


 (……とまぁ、色々考えてはいるけど。 結局は放っておけないだけなんだがな。 どうして私を死なせてくれなかったのか。 ……はは。 12歳の子が口にするには……酷い話だ。 ……本当に……酷い話だな……)


 「……大将、聴いてる?」


 「ん? 少し、ぼうっとしてた……なんの話だっけ」


 「肉を食べに行こうって話だよ」


 「ヘルメース。 ゴリ押ししたんじゃないよな……」


 「……いいえ。 ヘルメースさんと一緒のもの食べたいです……」


 モーガンの目線がヘルメースへと向かう。


 「……? 失っ礼な! 何も入れ知恵してないっつの〜! 大体、急にぼうっとしてた大将が悪いんだぞ〜。 話はちゃんと聴けよ……ったく。 日向ぼっこしてるジジイかよ……ば〜か」


 「……あ、あはは……」


 「……度し難いな。 ……はぁ〜、んじゃあ、私は仕事に行きますので15時頃には戻ります。 あと、セシリーさん。 蛇を見つけても無害ですから叩いたりしないで下さいね」


 「……蛇……?」


 「精霊の類です。 一度、命を落としかけた場合に見やすくなるんです。 病院で目にした腕も似たようなものでね、アレと違って敵意はありませんから、良くしてあげてください」


 「はい。 わかりました……モーガンさん」


 「モーガンで良いですよ。 気兼ねなく呼んで下さい。 さてと……それじゃ、行ってきます。 あと……セシリーさん」


 「はい?」


 「見当違いだったら恥ずかしい話ですけど……」


 「生きて下さいね。 死を選択肢に入れるには、貴方はまだ若すぎる」


 セシリーが目を丸くしてモーガンを見ていた。ほんの少し目が潤み、口をつぐみながら赤い瞳を見つめている。ヘルメースには何のことかさっぱりという表情だ。


 その言葉をかけられた時、思い出した事がある。記憶映像を抜いた後に誰もが助からないと匙を投げた中、彼だけが諦めずに説得を続けていた事。


 夢の中で、あの怪物に立ち向かう姿。恐ろしく歪んだ笑みを浮べて相手を挑発する姿を。


 「……はい」


 「大将、ビビらすなって」


 「……お。 すまん」 


 つづく

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