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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
32/193

最悪で最高の数日間 1

 呼吸マスクの下で何度も口を動かしている。彼女の記憶を抜き終わった大人たちは、道具を片付けていて自分を見ようともしていない。


 しばらくの間絶望を味わっていると右手に熱が籠もった。ゴツゴツと硬く、穏やかな熱を持った手が覆いかぶさって揺らいだ視界の中に赤い瞳の男が見えた。


 ほんの少しの暗闇に塗れた後、窓から射す陽光に目が痛んだ。


 知らない天井に知らない匂い。自身が住んでいた土地の匂いではない。澄んでいて、微かに甘い匂いがしている。


 側に立て掛けられた家族の写真には少しだけ泥がついている。皆死んでしまった。悪夢の中の出来事が現実に起こったのだ。


 「…………」


 生存したのが何故ゆえに自分なのかと考えを巡らせるとどんどん息が苦しくなり、涙が出てくる。また眠っている間に誰かが死んでしまったのではないかという底しれぬ恐怖を感じ、身体が震えた。


 震えを感じている最中の事だ。足首に圧迫される感触がした。ぎゅうっと、短い時間で締め付けられるかの様な。


 「……っうああ!」


 毛布を捲ったときに見たもの。信じたくはない。信じたくはないが、人間の手だった。脚をビクつかせた瞬間に影の中へと隠れるように消えて行った。


 「……」


 数日が過ぎた頃だ。入院している病室に見舞客が訪れ、看護師から説明を受けている。 ほとんど眠らず、食わず。性格も攻撃的なのだという。


 それに、世話をした看護師の体に妙な手形状の痣が出来るのだとか。世話をしたがる職員が居なくなるのはもちろん、体調を崩すものまで出始めたのだという。


 案内された扉の前に立って見ると、病室というには閉鎖的な部屋だとわかる。 囚人が入れられる様な部屋と言った方がしっくり来る。


 「……すみませんね。 仕事で数日来られなくて……此処から先は大丈夫ですので、出る時にまた連絡します」


 「はい。 では、お気をつけて」


 狭い部屋に薄暗い照明。壁には自傷行為を防止するクッションが貼られ、奥にベッドが置かれている。


 そして気味の悪い寒気がする。薄明かりに目が慣れてくると、少女の姿がよく見えるようになった。


 「……近寄るな」


 歩を進めて顔を覗き込む。何かが肩を掴もうとしているが、魔力を流していればダメージを受けることは無いだろう。


 それよりもだ。この子供の周辺に大勢の気配がする。多すぎて個人個人を識別出来る程ではない。人型が重なって蠢く模様を浮き上がらせている。


 「……へぇ。 やっぱり連れてきちゃってるね……」


 「……近づくと怪我」


 「しないしない! だって雑魚幽霊っしょ! うん。 大したことなくて良かった良かった! あ、ちょい失礼」


 男が無線機を取り出してあっけらかんと話している。


 「ヘルメース? おん。 思ってた通りだよ。 今からそっちに持ってくからさ、2階に避難してて」


 「うげぇ〜! わかったけど、無線にめっちゃ声乗っててキモいんだケド!」


 「あっはは! 仕方ないじゃん。 彼女、お化けの集合住宅みてぇになってんだからさ」


 「おっけ〜……。 じゃあ、引きこもっておくよ」


 「うい。 じゃ、後で……と、言うわけで……今からテメェを誘拐します……! よっこらせ!」


 「……うわああああ! 離せぇぇぇ゙〜!」


 「すんませーん! 扉開けてくださ〜い!」


 「……離してぇぇ゙〜! うああああ!」


 「嫌ぁ〜だよーん☆」


 しばらくの後だ。陽の光に落とされた影が扉を濡らしている。


 「……さ。どうぞ」


 「……うぅ……うぅ……グルド人に奴隷にされる……うぁ……うう……」


 「しねーよ。 腹減ってるだろ? 美味いもん食わせてやる」


 「……うぁぁ……イタズラされるぅ……」


 「しねーよ! はよ入れ!」


 入口のマットを踏んだ時だ。少女の周囲に纏わりつく何かが剥がれ、足拭きマットの敷かれた場所に漂っている。


 「……あれ?」


 モーガンが足拭きマットを外へと引きずり出すと2階に向かって声を張り上げた。


 「ヘルメース! 風呂お願い!」


 「……お〜。 終わったか」


 「影響のないように供養するからさ、身の回りのことしてあげて」


 「あいわかった!」


 二階のベランダから風を纏わせながら飛び降りてくる。着地前に体を優しく浮かせて、小汚い少女を見下ろしている。


 「んふ〜! どうよ? 可憐な風術師ヘルメース様の登っ場」


 「グルド人と獣人のカルテルに奴隷にされるぅ……うあぁ……っ」


 「この……」


 「お~い。 大人の女性なんだろ。 顔に出てるぞ〜落ち着け〜」


 「うっさいな〜! さっさと向こうでお祓いしてな!」


 「う〜い」


 ムスッとした表情とは逆に優しい力で手を握られ、奥へと連れて行かれる。


 折りたたまれた着替えとバスタオル。 2人分の着替えが積まれ、ヘルメースが先に服を脱いだ。


 「ほれ、さっさと済ませて飯にしよう」


 すでに西日が周囲を臙脂色に染め上げる時間帯だ。この獣人と一緒に入るということなのか。少しだけ戸惑っていると、嫌ならクセェままで居れば良い。ただし、隣で飯食うな。 そう吐き捨て先に入ってしまった。


 「……」


 ほんの少しムカついた少女が入院着を脱ぎ捨てる。別にビビってるわけじゃない。不服そうな表情で先に風呂場へと入る。


 「……お? 以外と負けず嫌いじゃん」


 「……別に……」


 「風呂入る前に、頭から爪先まで洗ってからな」


 全身の汚れを落として湯船に体を預ける。少し痛むくらいの湯加減で、慣れるとこの上なく心地の良い温度。


 ゆったりと浸かっていると、外から破裂音が聴こえて来た。窓を空かして覗いてみると、モーガンが何やら舞を披露している様だ。


 ヘルメースは あんなもんで成仏できるのかねぇ? と冷めた目で眺めていたが、この少女の目に映る世界では、彼が確実に黒い霧を殴り飛ばしたり、掴んでは引き千切る姿がはっきりと見えた。


 「……お祓いってそうやるのか……?」


 「え。見えるの?」


 「……はい」


 「……今あれ、何やってるかわかる?」


 黒い霧が寄ると、モーガンの拳がそれを捉えては霧散させる。拳や踵が相手を捉える度に、爆竹の様な破裂音が鳴り響く。


 「……多分ですけど……殴る蹴る等の暴行を加えてると……」


 「……へぇ。 お祓いってそうやるんだ……てっきり、こう、ブツブツと臭い事を呟きながらするのだと……確かにあれは舞いでは無いよね〜」


 見ても気持ちいいもんじゃないし そう言って窓を閉じると、ヘルメースも湯船に入ってくる。溢れ出る湯が床を鳴らす音に混じって、彼女の感嘆の声が響く。


 「おほ〜。 いい湯だねぇ」


 「……ヘルメースさんでしたっけ?」


 「ん〜? どした。 てか、呼び捨てで良いよ」


 「……親と別れたのはいつですか?」


 「ん〜。 11歳か、12歳? 食い扶持減らしで捨てられたんだよね。 狩人になれば、飲み食いだとかで困らないからそこで働いて〜、んで他の魔術師の友達から魔術の使い方を教わってさ、相性が良かったのがたまたま風とか空気を操るやつでさ〜」


 「……」


 「そう言えば、人災孤児だったね……。 夢を具現化させる怪物……大将は夢の内容を覚えてるらしいけど、そっちは?」


 「……いいえ。 大勢が亡くなった時のは覚えてるんですけど」


 「お。 そっか。 まぁ安心しなよ。 ここなら命の危険に遭う事はないし、大将……モーガンがめちゃくちゃ強い術師だから喧嘩売る奴も居ない。 アタシ以外にはね」


 「……ヘルメースさんとモーガンさん。 どういう関係で? 養子だとか……?」


 「ん? アレが上司でアタシが部下。 現状2人のクソザコ狩猟団さ……さて、のぼせる前に出ようか。 あと、アドバイスだけどさ、親が居なくなった不安ってのは大きいだろう」


 「……」


 「時間が解決してくれるよ。 死別ってのはね。 ……あんまし後ろ向きでいると人生損だ。 立ち直ったら、自立できるように努力しなよ。 金を稼げないとこの世界じゃ女は食い物にされる。 アタシはキモいおっさんに体を売りたくないから強くなった。 多分、君も魔術師の素質あるからそっちを伸ばすのが早いかもね」


 「……はい」


 「だっはは! 大丈夫さ! 何も死地に送り込むわけじゃない、あくまでも選択肢の1つだよ。 大将は底なしの甘ちゃんだからよ、色々手伝ってくれるだろうさ。 あと、子供ガキが敬語使うな。 顔色も伺うな。 オッケー?」


 「……うん」


 「っしゃ。 じゃあ、飯にしようか。 といっても、オートマタが作る飯だが……意外なことに、あのオートマタが作る飯ってな、めっちゃ美味いのよ。 普通ならもっと市販の飯みたいな……量産品みたいな味になるのにな〜」


 「……何してるんですか?」


 「ん〜? 抜け毛掬ってんの。 こうしないと大将不機嫌になるからな。 一番風呂を譲る代わりに、せめて抜け毛とか垢は取れってな……メンドクセ」


 「……あはは」


 ほかほかと温まった体からいい匂いがする。石鹸と保湿クリームの香り。


 食卓にはビーフシチューの注がれた陶器製の器、切り分けられたバゲットにポテサラ、グリルしたチキン。豪勢な食事に喉を鳴らす。


 あの黒い霧が剥がれてからというもの、ずっと続いていた緊張が解けて食欲も湧いて来る。


 「お。 大将。 お祓い終わった?」


 「終わったよ。 めっちゃ数多かったから疲れた……」


 「……ごめんなさい」


 「ん〜? いやいや、子供に取り憑く様な連中さ。 ああいうのは、別の人間が生き残ってたとしても同じ様にしただろうさ……。 さて、食おうか」


 そう言うと、彼らはお祈りもせずに食事に手を伸ばしていた。その光景に若干のカルチャーショックを受け、しばらく固まっていた。


 「早く食わね〜と、なくなるぞ〜?」


 「遠慮しないで食べな」


 少し躊躇いながらも食事に手を伸ばし、グリルチキンを頬張る。


 それを見たモーガンとヘルメースが心底嬉しそうに微笑んでいる。


 「な? 美味いっしょ?」


 「ヘルメース。 まだ味わってんだから、話しかけんなよ」


 「……おいしい」

 「てか、大将! ビーフシチューだよな?! 何で豚肉入ってんのさ!」


 「あー。 うるさいうるさい。 今なんか言ってたでしょうが……」


 「この、細ぉ〜い。 豚肉……この狩猟団って貧乏なのか?!」


 「お〜。 お〜。 バチクソ失礼だな〜。 ちゃんと牛肉も入ってるよ。 豚肉余ってたんだから仕方ないじゃん」


 「ビーフシチューだよな?」


 「ビーフ・ポークシチューだ。 嫌なら食わなくて良いぞ〜? ご自分でお作りになればよろしいのでは〜? 大人の女性なんですから〜。 余裕っすよね〜?」


 「あー! 言ったなテメェ〜! じゃあ、作ってやるよ」


 「マジで勘弁してください……」


 「はぁ?! 今のは言い過ぎだろ! メシマズ女みたいな扱いになるじゃん! ク◯野郎」


 「やめろって。 子供の前だぞク◯なんて言うなし」


 「バチ◯ソ言ってた奴に言われた無いっての!」


 「……はは」


 つづく

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