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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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獣狩の夢

 「……どれ、それが新しい玩具か?」


 モーガンの体に黒い入れ墨が走る。術式のタールが全身に筋を刻み、瞳から魔力光が漏れ出る。


 「……さ、あの白髪頭を殺すのよ……」


 モーガンが子供を地面へと下ろし、顎を撫でる。迫りくる全身が真っ白い怪物がみるみる大きくなると共に、肉体に魔力を走らせる。


 「……はは。 なるほどな。 この子が目覚める前に夢の内容を帳消しにすれば、何も起こらないか……昔に戦った前例はそれだったな……なぁ醜女。 お前の術式ってのは」


 再び爆発が起こった。どちらかと言えば土煙が舞った。そう表現した方が適切だろう。


 吹き飛ばされた怪物の腕が女の側へと転がってきた。白い腕に真っ黒いタール状の液体が付着しており、彼の魔術で弾き飛ばされたのは明らかだ。


 (……なんだ? 前より強くなってないか? この野郎)


 「……誰かから術式を抜いて、誰かに付与する。 そういった類いかねぇ……試作品にしては良くできてる。 術式特性を活かすなら、人間の脳味噌に直接ぶち込んだ方が良いだろう。 こんなデカブツ、相手にならんぞ……」


 下がった頭部を蹴飛ばすと巨大な体躯が女の足元へと戻った。うめき声を上げながら残った5指で傷を押さえつけている。


 (……こいつ。 本当にあのモーガンか……?)


 聞いていた話と違う。マーベリックが言っていた肉体強化は数秒走らせるだけで魔力切れする粗悪な術式であると。以前に殺し損ねた際もここまで強くはなかった。


 そして、あの目だ。全てを見通して来るかの様な瞳。瞬きをするとその気配は息を潜め、ガラの悪い三白眼で空を見上げた。


 「なるほど……夢だからと言って、無条件で肉体の修繕が出来るわけではないか。 あくまでも不意打ち前提、夢で起きたことを現実に反映するだけ。 さしずめ、魔力量の乖離幅が大きければ、無条件で厄災を振り撒ける。 見たところ、私を雑魚魔術師だと舐めてたように見えるが……どの界隈であっても相手を見下している奴は返り討ちにあうものさ」


 「肉体強化といえど、バリエーションがある。 無言詠唱だとか、思念詠唱。 マリファナ野郎に見せたのはその片鱗に過ぎん。 直接現れてくれた今が、アンタをぶちのめすためのチャンス……むざむざ好機を捨てるつもりはないぞ?」


 次の瞬間。そよ風にフェイスレスの髪が数本靡いたかと思うと、彼女の腹から異物が突き出ていた。見下ろした光景には入れ墨の入った腕が腹を突き破って臓物を掴んでいる。


 「……は?」


 この夢の中に彼女が居る。実際に術式効果範囲に本体が居るわけでなく、以前のグールテロ同様に魔術を介して現れているだけだ。


 ここで頭を潰そうが、胸を潰そうが一切のダメージすら入らない。しかし、術式の効果を与える事は出来る。


 「……ここでお前を殺しても無駄だろう。 だが、私は、主の術式の核心に触れているぞ?」


 「……!」


 連れの怪物がモーガンを引き剥がそうとしたが、胸を蹴飛ばされて他所のテントの下へと潜ってしまう。


 引き剥がそうとするフェイスレスの首に腕を回し、1度大きく息を吸った。


 「〈制約の小指〉。 そして――」


 視界が一瞬暗転し、気が付くとその場にいる全員が状況を飲み込もうと目を動かしている。彼女の腹に空いた穴が塞がっている。


 フェイスレスが傷のあった場所を右手で触れている。しかし、その最中に何故そんな事をしている理由さえも無くしてしまった。


 (……なんだ……? いったい何をこんなにも焦っている……? 思い出せない……)


 従える化物の腕も元へと戻り、文字通り振り出しに戻っている。


 異様な程の魔力消費に目眩を起こしながら、モーガンが膝を地面に預けてフェイスレスを睨む。急に魔力が消えた。奪われたかのような感覚。


 「……そっちこそ何をした?」


 (……なんだ……この魔力消費は……貯蔵分が全て吹き飛んだ様な……さっき、この女に触れていた様な気が)


 何かしらの既視感と健忘感に苛まれている。フェイスレスには相手を暗示にかけて記憶を操作できる術式を保有しているが、それを用いた感覚も無ければ、自覚すらない。


 (……1度、傀儡獣をけしかけた様な気がするが……記憶違いか?)


 モーガンが拳銃を抜いて弾丸を浴びせるが、怪物が残った腕をそっと翳すだけ。間に入った腕が弾丸を跳ね返すと心底ウンザリとした表情を浮かべている。


 (……いいや。 そんなはずはない。 確かに何かされた。 何であったかは思い出せないが、確実に奴の術式を浴びた感じがする。 だが、コイツがそれを憶えていない顔なのが意味不明だ……)


 フェイスレスが顎を指でつまみながらモーガンの目を睨みつける。


 (……誘い出して始末が出来ると踏んでいたが……イレギュラーが起こった……。ここは引くとしよう)


 一瞬の閃光と共にフェイスレスが姿をくらました。残ったのは図体の大きな怪物だけ。


 「……おいおい。 帰っちまったよ……夢の中だとはいえ、一発くらいはぶん殴ってやりたがったが……お前も不憫だな……孤立無援とは」


 大きく振り上げた拳がすぐそこまで迫まってくる。ため息をついた彼の姿が消えるとともに異形の背中を何かが叩く音がする。


 「……それはもう見た。 他には無いのか?」


 指を怪物の背でトントンしているモーガンの肩には引き千切られた腕が掛けられおり、いたずらに微笑んでいる。


 「術式は使えないか? ……なるほど、もう使っているか。 引き込むのが術式特性……夢を歪めて誰かに襲わせたりは出来ないか……雑魚専用だな。 なに、緩い結界術の類いか……肩透かしだな」


 「……だからと言って、貴様が害獣であることは変わらん」


 獣が拳を握った時だった。 獣の視界には拳を握ったまま硬直した自身の体が映り、視点がかなり低い。


 見上げた体には頭が無かった。残った感覚から伝わってくる人肌程度の温もりが非情な結末をむざむざと見せつけてくる。 


 「こんなものか……失敗作だな」


 モーガンが持ち上げた生首と視線を交わす。それがほんの数秒続くと、互いが暗闇に飲み込まれ、意識が途絶えた。


 「……ん」


 朝の冷えた空気が足元を伝う感覚で目を覚ました。座ったまま眠ってしまった様で、肘で押し出した盃が地面に落ちて泥にまみれている。


 無意識的に目脂を取り除いて背筋を伸ばす。オートマタに温かいコーヒーを頼んで席へと戻る。まだ誰も起きてはいなさそうな時間だが、外から話し声が聞こえてくる。

 

 「……なんだ……? 化物でも出たのか……?」


 分析官と警備員が何かを囲って話している様だ。見ていて気持ちの良いものでなく、何か不気味なものを発見して騒然としていると言うのが正しいだろう。


 道端で死んだ猫を見た時のそれに似ている。モーガン自身、ガキの頃に体験した時の表情。まさにソレだ。


 「おはようございます。 何かありましたか……」


 見覚えがあった。昨日の記憶映像にコレが映っていた事を思い出すと、転がった生首をまじまじと眺める。

 

 「……何か見ませんでしたか?」


 「……いいえ。 夢の中で見ましたが……まさか。 夢から這い出てきたとか……はは、冗談ですって」


 下らない冗談として取り合わなかった。茶化すのなら何処かへと行ってくれとの表情を浮かべている。


 「……すんませ〜ん……へへ」


 大勢が眠っていたテントを覗き込む。異変に気が付いた数名が目を覚まして外へと顔を覗かせている。


 あの夢の中では大勢が死んだが、何事も起こっていなさそうである。


 医療テントで眠りについている子供も無事であるのを確認し終わると、彼は何処かへと電話を掛けていた。


 「もしもし……モーガンだけど……大丈夫? 寝てた? あぁ……悪いんだけどさ、相談があって。 君個人じゃなくて、支部長として……うん。 実は……」


 つづく

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