前戯と甘咬み
モーガンが炭酸水を口に入れて、星空を眺めている。
「……疲れてんのかな……月の中に人影が……」
人影のようにも見え、何かしらの猛禽類のようにも見える。
「……なぁ、あれってさ」
傍に座ったフレッドが腕を組んで眠っている。モーガンが近場に落ちていた毛布を掛けると、売店へと向かう。
色々あって腹が減った。緊張が解けた事で炭水化物を脳と肉体が求めている。
「……あれ、自販機はどこ行った」
普通ならオートマタが店番をしている筈である。クレジット機能のある狩人証を顎に当てて眉間に皺を寄せる。
「ま、別のテントに行くかね。 そっちなら売ってるっしょ~。 ん? なんだ、今の音」
モーガンが座っていたベンチの辺りから音が鳴っている。炭酸水を口に含んだ時の音に似たパチパチという音が地面の土から鳴っている。
湿り気のある土の匂いが、離れた場所からでも強く漂っている。
「……?」
テントから出ると相変わらず星空が美しい。穏やかな時間、ゆとりのある時間の流れを感じながら深夜の散歩を1人で楽しみながら歩く。
数万人が死ぬ事態が起こったというのに、モーガンの表情は穏やかである。それどころか、散歩を楽しむ余裕すら見せている。
こういう奴であるから、この職業を長く続けられるのだ。いい意味で図太く鈍感であり、悪い意味で無頓着な人格の側面が彼を正気に留めている。
「……ん〜?」
ふとした違和感。見覚えのあるテントのジッパーが開き、誰かが入った痕跡がある。好奇心に突き動かされ、その中へと誘われる。
そのテントは、件のテントだ。先程、女の子の手首を斬り落としたあの場所である。処置が終わって、今頃は再生術式が付呪された布が巻かれた状態でぐっすりと眠っている頃だろう。
「……まったく、開けたら閉める事も出来ないのか?」
既に大人達の姿は見えない。開けっ放しになったジッパーを睨みながら悪態をつくと、奥のベッドに目が引っ張られる。
「……」
誰も居ない。そう、あの子の姿も無い。感染症予防の観点から、別の場所に動かす必要もないのに居なくなっていた。
「……どうなっている……やっぱり妙だぞ」
明るく照らされたテント。暗闇の恐怖とは無縁の環境な中で、不気味な寒気が肌を伝う。灯りのない森の中を宛もなく彷徨っているかのような感覚。
あの子が寝ていた場所に手を置き、これが現実なのかと自問自答を繰り返す。
狩人達が眠るテントの側を通った時にも別の違和感を感じたが、ようやっと形容化する言葉が見つかった。
(……大雪が降ったときのように、人間の気配がしない。 魔力を操れる術者であれば、無意識下で自己防御を張っているはずだが……)
宿泊テントを開き、捲り上げようとした時だった。あの臭いが漏れ出てきた。凄惨な現場で何度も嗅いだ事のある死臭が鼻を突く。
(……〈拒絶する中指〉)
武装術式を握って中へと入る。寝息1つすら聴こえない。視界に入る全員の胸が潰れて血が滴り落ちている。
(……まるで悪夢だ)
奥に蠢く何かが見えた。近づいて行くとその何かが、あの子供であることに気がついた。
「……大丈夫? とにかく外に出よう」
「……あの時の……赤い瞳……。 なんで……なんで私を殺してくれなかったの……!」
左手でモーガンの上着を掴む少女はガタガタと肩を震わせている。少し錯乱しているように見え、今すぐにでも連れ出そうと抱えあげる。
ボサボサになった髪の毛を見るに、この子はパニックを起こすと掻きむしってしまう癖があるようだ。それに、何日も眠れていない様で、子供にしては老けた印象を受ける顔だった。
「……やめて! 貴方まで殺してしまう……!」
モーガンが意識を集中させて魔力を診るが、誰かを殺したり出来る魔力を持っていないのは明らかだ。
「……大丈夫。 とにかく、ここから出ましょう」
そこまで言って妙な事に気が付いた。
「……肺が潰れていたのに、なんで喋れるんだ……?」
酷い寒気が背を伝い、危険が迫っている事を本能が感じ取った。背部方向に3メートルの位置、魔力の活性を感じてモーガンの魔力も熱を持った
「……痴れ者が」
彼の額に血管が浮き上がると共に爆発が起きた。
次の瞬間には頭上に星空が広がり、冷えた空気が肌を撫でている。急に景色が変わった事に困惑する少女をよそにモーガンは思考を巡らせる。
(……妙だ。 姿が見えん。 不意打ち前提のゴミカス術式か? 魔力残渣から、単一だとは思うがあのスピードに破壊力……何故隠れる必要がある? それにこの子供。 貴方まで殺してしまう……か)
地上数メートルに数秒の滞空を済ませて地面を踏みしめる。あの爆音で誰も表に顔を見せない事も不思議な事だ。
(……いいや。 この子じゃない。 術式を走らせた励起状態ではない穏やかな魔力。 とすれば、この子の何かを媒介として発動する術式か……?)
「……子供を餌に不意打ちとは、随分と歌舞いたやり方よな……姿を見せろ!!」
辺りを見回しても何も居ない。足元には肉片が飛び散るのを眺めていると、少女の表情に目が行った。
「……見ましたか? あの怪物のような姿を」
「…………みんな死んじゃった……あれに殺されたんだ……私がアレを」
何かを見たわけではない。彼自身、怪物などは一切目にしていない。この少女は相手の事を知っている様だし、記憶映像を抽出された人間も彼女だろう。
先の言葉で確信したと鼻を鳴らす。
「……出てこい。 夢を媒介として現実に反映する化物よ。 どうせ、あの女の差し金だろう?」
「……病院の暗殺に失敗したから直接殺そうとしたんだろ? 子供の体に厄介な仕掛けなど施す様子から察するに、よもや貴様。 臆しているのではあるまいな?」
「……ふふふ。 いやぁ、滑稽、滑稽、愉快愉快! 所詮はテロリスト、コソコソするしか出来んか? どうせなら、体に爆弾でも巻いて突っ込んでくる気概を見せて欲しいものだな……!」
「……そうか。 だんまりか……残念だ。 少しは魔術師としての面子を立てる機会を与えてやったのに……ドブネズミめが……!」
モーガンが魔力を練り固めると人差し指から魔力弾が放たれ、テントを吹き飛ばした。飛び散ったテントの端材の影にはフェイスレスと呼ばれるフードの女と、半日で街を滅ぼした化物がモーガンを見つめている。
「……あらあら♡ 随分とお盛んな事……」
「よぉ。 醜女……、こんな夜中になんか用かよ? シワが増えるぜ〜?」
「……減らず口を」
「おっほっほ〜↑ ピキッてんなぁ…… 家帰って寝てろや、ゴミカスが。 一般人の殺し屋まで雇って、焦ってるのかねぇ……?」
互いに睨みを利かせている。双方ともにここで殺すという強い殺意がバチバチとぶつかっている。
「……来いよクソアマ。 ここでぶっ殺してやる」
「……三下風情がイキって見苦しいわ〜♡ カワイイ〜♡」
つづく




