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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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打ち捨てられた亡骸

 「……いやぁ〜。 限界。行き詰まったね……」


 フードの女が椅子へと腰掛ける。暗く湿った何処かの地下施設だ。陽の光とは無縁の光景。


 「どしたんすか?」


 マーベリックがコーヒーを淹れ、流し台に寄りかかりながら口をつけた。


 「人間に術式を供与するのも限界ってことよ。 まぁ、副次的なやり方として残すのがベストかねぇ……そっちはどんな感じ?」


 「活動資金はかなり貯まってます。 クスリ捌くだけで大儲けですよ。 ショバ代払えと絡まれましたが、術式で中毒死させてます。 誰がどう見ても他殺には見えないでしょう。 そっちの課題は?」


 「人間には安価で術式を与えられるが、如何せん感情の生き物。 十割のスペックを出せるわけじゃない。 しかも、自決様の青アンプルも狩人協会に解析されてるだろう……」


 「で。 次はこれですか」


 「あぁ。 グルド人に滅ぼされた魔族の術者、ジェラ。 彼女のキメラ理論を応用するまでに漕ぎ着けたのさ……」


 「この全長2メートルくらいの白タイツが?」


 「ははは……! いいねぇ、名前は白タイツ野郎にしようか。 いいや、やめとこ。 さて、素体ができたら、いよいよこの子に似合う術式を与えましょう……♡ ……これなんてどうかしら……」


 「……術式を行使できますかね。 この脳筋っぽい化物に」


 「もちろん。 じゃないと狩人に簡単に殺されちゃうし……大丈夫、脳髄は人間ベースだし、問題ないでしょ。 便利よね〜。 私の術式♡」


 「逆に何が出来ないので?」


 「……出来ないことも幾つかあるさ。 さてと、この子の実地訓練でもやりましょうか……」


 冷たい雨が降る中、モーガンの姿が見える。 ずっしりと重たい遺体袋を肩に掛けて指定の場所へと並べる。


 無惨に破壊された防壁。建物に無傷で残ったものは1つもない。辺りには死体の匂いが立ち込めている。


 ここがクリスタルリバーサイドではないことに、胸を撫で下ろし、埋葬班の受付へとたどり着く。


 「……モーガンさん。 お疲れ様です……クラス7の方にしていただく事では無いのですが、助かりました」


 「……いえ。 これで最後だと思います。 名簿との照会をお願いします」


 幽世の存在が見える。 給電された照明設備の光の中に水飛沫で人型を象った様な歪みが浮かんでいる。


 「……これで全員か」


 そう呟くと、不自然な飛沫が消えた。冷えた風が止み、暖かく心地の良い風が優しく頬を撫でる。雷鳴と雨も息を潜めている。


 「……向こう1時間は天気が安定するだろうな」


 今回の襲撃で狩人支部が1つ滅んだ。呆気のない事だと思うが、ついたときには怪物の住処に早変わりしいていたのだ。ただの狼でも体長4メートル位は珍しくない世界だ。人間が滅んでもなんら不思議ではない。


 狩人協会のテントに入って、食事の配給を受け取る。 駆け出し達に混じり、飯を食う。


 スパイスで野菜と角切り肉を煮込んだ茶色いスープ。カッチカチのパンが美味しいと感じられるこの料理には感動すら覚える。


 (……最近の狩人協会の飯ってこんなに美味いのか……)


 クラス7にまでなれば、個人用のテントに食事までも特別な待遇を受けられる。そんな提案は蹴ったし、特別扱いの為に人的リソースを割かれるのも気が引ける。


 「……あれって、例の?」


 それなりに顔が知れるのだろう。モーガンに気がついた数名が彼を指さして驚いた表情を浮かべている。


 特別待遇を受ける為に狩人をやってる訳ではない。しかし、目の前に座った男からすれば、特別待遇を受けてもらった方が楽ができたのにといった顔をしている。


 「……や。 モーガン」


 「……どちら様で?」


 「まぁ、そこはいいだろう。 第3テントまでご同行を……生存者が居た。 記憶映像も抽出済み」


 抜き差しならない状況なのか、早急の要件なのだろう。食事を流しこみ、味わうこと無く腹を満たして席を立つ。


 「……あぁ。 腹いっぱいだ。 行きましょうか」


 案内人の男はモーガンを送り届けると無線機に呼び出されて何処かに消えて行った。


 第3テントに入ると説明の途中であった。何も言わずに後ろの席へと腰かけ今回の元凶の姿を目に焼き付ける。


 長い前腕に、短く折られた脚。猿が走り回っているかの様なフォームで動き回るだけで建物が崩れ、人間を弾き飛ばしている。


 癇癪持ちの子供が玩具を投げ捨てるかのように、人が飛び交い、建物の壁へと叩きつけられる。


 長い尻尾が傍の壁を崩すと、それらが覆いかぶさると共に映像が途切れる。


 (……子供だ。 目線の高さが低い)


 「……この映像の怪物。 クラス7以上の狩人たちに依頼を発注しました。 この怪物をクラス7相当区分に。 そして、一連の事件に関与する女のことを以降、フェイスレスと」


 説明が淡々と続き滞ること無く終わった。部屋に居た者たちが一斉に居なくなる。自身の属する狩猟団に依頼概要を伝える人員である。


 互いが知り合いであるという訳では無い。静かに終わり、静かに片付いて行く中、椅子に座ったままモーガンは息を大きく吸いこんだ。


 ウチの団にはそういった人材を雇入れる人脈はない。説明会に直接参加する団長など、相当なもの好きか、閑古鳥の鳴く不人気狩猟団か。


 彼の場合は両方だ。そんな中、先の案内人が再び姿を見せ、モーガンに絡んでくる。


 「……フェイスレス。 君……クリスタルリバーサイドの狩人だろう?」


 「……そういう貴方は?」


 「……この度、クラス7に格上げになった狩人さ。 もちろん君と同じ、単一の魔術師さ。 あぁ……っと。 失礼を……術式の話は嫌いだってこと忘れてたよ」


 「以前何処かで?」


 「……ふふ。 シェルター1からシェルター3へ。 狩人を1ダース送るぜ……! って聞き覚え無いかな? シェルター2だった? まぁ、良いか」


 「……あの時の。 その件では世話になりました。 ということは、何処かの団長さんだとか?」


 「訳あって、今は1人さ。 ……それよりも、ついてきてくれ。 会わせたい人が居る」


 別のテントへと近づくと、動力炉が接続されたテントへと案内された。部屋の真ん中には幾つも挿管が施された子供が横たわっている。


 「……おいおい。 滅菌服を着なくて大丈夫なのか?」


 「……大丈夫。 もう長くないからね」


 酷く冷静な声でそう言うと、ジッパーを上げて医療区画へと進んで行った。


 「……」


 半透明な区切りを跨ぐ。マトモな医療施設は先の怪物に破壊し尽くされ、野戦病院では救える命にも限度がある。


 痛みを和らげる処置しかなされていない。右肺が潰れており、止血を医療術式で行ったという感じだ。外部をツギハギしただけで、内部構造はグチャグチャのまま。


 「……何で私に見せる必要が?」


 「……君の名前を呼んでいたからね……おそらく、フェイスレスの呪いか何かだろう。 右手に何か握ってるんだが、開かなくてね、この子の意志じゃない」


 「……つまり、この子はメッセージのために生かされてると?」


 「……そうだな。 さっきの説明中に判った事だ。 気に病む必要はない。 さぁ、右手に触れて。 あの女は君と直接戦った。 それに、今回も君に来て欲しいらしい。 解除条件は君の魔力を感知させる事だ。 解析班がそう言ってた」


 その子の右手に触れようと手を伸ばす。彼の輪郭には魔力が漂っていたが、触れる直前に魔力が消える。


 冷え切った小さな手を優しく握ったまま、気になった事を口にする。


 「……待て、解除したらこの子はどうなる?」


 「維持装置の電源を落とす。 楽にしてやれるんだ。 延命しても術式で肉体をやられる。 より一層苦しむ事になる」


 「……私にこの子を」


 「……殺せと言っている。 言い訳するつもりじゃないが、そうだよ。 この子の後ろに連なるであろう被害者を生まないためにも、楽にしてやってくれ」


 「…………」


 呼吸マスクの下で何かが聞こえる。微睡んだ目で必死に何かを伝えているが周辺機材の音で一切聴こえない。


 周囲が匙を投げてしまった状況であっても、諦めていない目をしている事は確かである。こんな小さな命が諦めていないのに、大人が折れてしまってどうする。


 「……今すぐ、医療班を用意してください。 いないなら転移門で引っ張って来ます」


 「……状況わかってるのか? 今までのパターンだと、襲撃する場所を予め伝えてた。 対策するチャンスを捨てるつもりか?」


 「今回はアナウンスなんて無かったろ。 それに仮定に過ぎない」


 「術式解析班がそう言ってるんだ……」


 「……なら、今すぐ呼んで下さい。 説明を直接聴かなきゃ私は何もしないからな。 アンタが事情に詳しいテロリストの可能性だってあり得る。 全員身分証も持たせて呼んで下さい」


 肺の処置が済んで、仮に手に施された術式を無効化出来れば生き延びれる状況まで持ってきた。


 モーガンに安堵の表情は無く、不愉快そうな表情で腕を組んでいる。 出来る技量があるのに放置していた連中の態度に憤っている。


 「……最初からやれよ。 マジで……。 クソがよ……」


 彼らの気持ちも解らなくもない。人口数万の集落が半日経たずで壊滅した。記憶映像、魔力残渣などの証拠、解析班の術式解読結果からすれば、早くて確実な手法を取りたくなるのは当然だ。


 モーガンの魔力で術式が走り出すように設定されていれば、以前と同じ犯行声明がその手の内に秘められていると考えるのも妥当だ。


 子供の命1つで、大勢が救えるかもしれない。焦る気持もあったのだろうが、流石にこの判断は度し難い。


 「……で、次は?」


 分析班の話だと、モーガンを含む他者の術式を感知すれば肉体を崩壊させる術式が行使される。それに加えて、小さなインパクトが走る。花瓶を叩き割れる程度の威力だ。


 モーガンの魔力を流せば、肉体の崩壊だけが行使されるのだとか。条件付きの地雷を埋め込んでいるのだ。


 無論、無効化系等で術式の崩壊を感知すれば起爆する。地雷系の厄介な点が起爆のタイミングが術者に委ねられていない事である。


 魔力と術式を感知させずに、地雷の信管を抜く方法もある。ハック系の術者で微弱な魔力操作に長けた術者が必要となる。感知されない性質を持った魔力を扱う人間と考えてもらえば良い。


 信管といえば物理的な話であるが、デジタルな話で言えば、術式の指示を書き換える。文章を修正すると言えば想像しやすい。


 モーガンの魔力を感知すれば起爆する。


 この文字の一部を修正することのできる術者である。文末の 〜する。 これを 〜しないに置換すると下記の通りである。


 モーガンの魔力を感知すれば起爆しない。


 これだと、直ぐ地雷が起爆する。良く用いられる手段が、文字列を修正し、意味が通るが実世界で無意味にする必要がある


 あらゆる魔力を感知すれば起爆しない。


 起爆しない命令が意味の通る文章で、現実では何も起こらない、無意味な指示を目指せばこうなる。


 全ての条件文を修正するには膨大な時間がかかる。細かな条件が専門用語、かつ数字等で数十行以上で書かれている。


 なんなら意味のないメッセージまで書かれていたりする。作業者間での引き継ぎが楽になるような目印であったり、様々だ。


 ハック系の強みは無効化するのではなく、相手の術式を流用する事にある。少しを変えて、その他の機能はイジらないが鉄則である。


 モーガンの考えているやり方は信管を抜く事でなく、安全を確保して長い棒で地雷をぶん殴る様なものだ。


 因みにモーガンの術式を無効にする力は術式自体を壊す性質だ。ある程度の文字列が消失した時点で術式が行使される様にも設定されできるのが魔術地雷でもある。


 〈拒絶する中指〉の無効化の性質は文頭から文末までを順に消し去っていく様なものである。


 術式指令文の最初に10文字中、3文字が消された時点で起爆する。無効化の特性が使えないのはこの為である。どの魔術地雷にも原則的に付与されている。


 「……術式効果に、相手の術式を無効化するモノがあります。それで手首を斬り落とす。 それが確実でしょう。 下手にハッキングして情報と子供の命、両方を捨てるか、私の倫理観の欠如した馬鹿な賭けにのるか。 代案があるのならお願いします」


 この復旧作業に呼ばれた狩人達の中に、熟練された魔術師は少ない。 要救助者に術式による地雷を身体に刻む例など今まで無かった事だからだ。


 都合良く、ノーリスクで相手の術式を乗っ取るハック系術者が居るだろうか。今から転移門でやって来て、あぁ、朝飯前さ と涼しい顔で解呪出来る奴が居るか。


 失敗は許されない。 失敗すれば襲撃指定日の情報と共に、子供も死ぬ。 全責任はテメェ持ちだとなれば。


 居ないだろう。 切断後に高額な医療費をかければ腕は元通りになる。彼が思いつくベストがこれだ。 時間もかからず、確実に存命させられる計画。


 「……」


 半透明な壁を隔てて立つ責任者が首を縦に振った。ゆっくりと、力強く。失敗はしないようにベストを尽くせと無言で伝えてくる。


 「……〈拒絶する中指〉」


 肉体強化も併せて行う。無詠唱程度の出力がベストだと経験が言っている。


 悪臭がテント内に立ち込めるが、誰も音を立てなかった。唾を飲む事さえも集中力を削ぐことだと、誰もが音を立てずに固まっている。


 後は、術式の元となる魔力を飛ばして呪いを走らせる。胴体に到達する前に、手首から上腕で切断する。


 魔力を圧縮して弾き出す。ペチっと水気を含む音が鳴ったと共に、術式を振り下ろした。


 「っふ……!」



 しばらく後。崩れた炭の山の中にメモリーグラスが刺さっている。切り落した手の残骸である炭化組織からピンセットでメモリがサルベージされて技術分析班へと引き渡された。


 傷口に残ったタールにも術式を阻害する力があったらしく、切断と共に患部を呪いから防護する膜として機能してくれたようだった。


 医療班が傷口の洗浄の後、再生術式を付呪するらしい。


 モーガンは外の景色が見える休憩用のテントに座っていた。オートマタに金を支払い、冷えた炭酸水を流し込む。


 グラスを握る手が震えているのが収まらない。それに心底醜い光景だった。怪物相手に戦うのとは全く違う緊張から抜け出せずにいる。


 「……上の連中も、君に感謝してるってさ」


 「……自分で言いに来やがれ。 クソッタレが……ふ〜……。 熱くなってるな……落ち着こう……。 ふ〜今日は最悪の日だった」


 「……今日ってのは、3分前までの昨日の事か? 今日やった事は水飲んだだけだろ?」


 「……はは。 そういうの嫌い」


 「……あの子供、どうするんだ? 狩人協会の施設行きになるだろうが、受け入れ先の選定はどうする?」


 「……クリスタルリバーサイドの施設に入れる。 ここいらの狩人は信頼出来ない。 いささか冷酷がすぎる」


 「……へぇ。 今住んでるとこだと信頼されてんのな。 グルド人なのに」


 「……そ〜ね。 街を救ったんだ。 子供の1人や2人……受け入れて貰えるだろ……エルフの文化は良いぞ。 清潔で、精神的に豊かな国民性だ。 それに、エルフ語を喋れるのは強い。 観光も盛んだからな、避暑地としても有名な名所が多い、職にも困らない。 意識が戻ったら、思い出の品を探しに行くかね。 両親の写真くらい残ってるだろ」


 「……やっぱ、アンタいい奴だな」


 「……うるさ。 黙ってろよ。 静かに休憩したいんだ」


 「……次にフェイスレスが現れる現場には俺も赴く。 また会ったら、そん時は飯でも奢らせてくれ。 同じ、団長遠士、仲良くしよう」


 「……そだな。 ところで名前は?」


 「フレッド。 二つ名はまだない。 ただのフレッドだ」


 「よろしく。 モーガンだ。 二つ名は……多分あるが興味なくて知らない」


 「……ははは。 んだよ、それ?」


 「興味ないんだって。 正直、興味なさすぎて忘れたんだよね」


 「……勿体無い」


 「……だね」


 大雨で洗い流された星空は普段よりも輝いて見えた。数万の人間が亡くなった事をこの瞬間だけは忘れられた。


 つづく

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