天道虫の休息
「昨夜、フェルスター病院にて入院患者を狙った襲撃がありました。警備員3名が殺害されました。また、グベド容疑者は襲撃予定の患者に取り押さえられたとの事です。 患者襲撃に関して容疑を認めていますが、警備員の殺害への関与はしていないと発言しています」
ラジオで流れる件の病院でモーガンとヘルメースがおなじ上着を羽織って部屋を片付けている。荷物の片付けというか、退院の手伝いをしてもらっている。
「……これって大将の事?」
「……まぁ。 そうね。 命乞いされたんだけど……こっちの台詞なのよマジで。 いきなり首筋切られた奴の身にもなって欲しいね……」
未だに血が滲んでいる滅菌ガーゼを首に付けた状態で喉仏を揺らす。動く度に痛むのか、少し苦しそうな表情である。
「……ふーん。 大将何したの? そのポンコツ殺し屋に」
「転んだ拍子に相手方の脚を吹っ飛ばしちゃった……は。 ははは」
「おぉん……。 さっき入口に置いてた血塗れの車椅子ってそん時の?」
頭をポリポリと掻きながら目線を揺らす。
「お恥ずかしながら。 ……警備員を殺したのは別の誰か。 それも、お金で雇われた人間の仕業らしいけど……」
「例のフード女がブチギレたとか? 散々計画潰してくれたな……ってな感じで」
「……いいや。 ありゃ、宣伝だ」
「……宣伝?」
「金さえ積めば、一般人すら凶悪な力を与えられるって触れ込みなんだろうさ。 自分が寝てる間にテロ予備軍が59人捕まったらしい。 囮捜査でわんさか釣れたんだと」
今まで廃人の様な状態が続いていたのだが、怪我の処置中に狩人協会の調査官と話をしたのだろう。部外者であるモーガンに話すとは狩人協会も意外な対応をするものだと、ヘルメースの頭の中で考えが響く。
「……英雄ってのは役得だな」
メディアにはモーガンの名前は出ていない。あくまでも、グルド人の狩人が王子を護衛しただとか。グール化病の親玉術者を屠ったグルド人だとか。そういう報道がされている。
「……名前は漏れていない筈だったが。 やはり、目立つのは良くないな。 ロクな事にならない」
報道はされないが、噂話が広がるということがある。メディアに直接漏らさなくとも、彼の行動を思い返せばあり得ない事ではない。
「……そりゃ目立つだろうさ。 王子と関わりのある来賓の挨拶回りに付き添ってたんだ。 何処の馬の骨かも知れないグルド人 って思ってた相手がクラス7相当の術者を無力化させて捕縛に貢献。 権力のある連中だし、内情に詳しい奴くらいは数人囲ってる筈っしょ」
「そんで、殺されかけると……。 精神的に参ってくるよ。 まったく」
「それに、グールテロの時とか、一般人の目に入る場所で戦ってたりするし、身バレも仕方が無いね」
「……別の土地に引っ越すか」
「……え〜。 良いじゃんエルフの土地〜。 あそこ住みやすいじゃん。 気前の良い人じゃん」
「……そうねぇ」
荷物鞄を閉じて左手に持つ。随分と質素倹約な水だけの生活をしていたに関わらず、重い荷物を軽々と持ち上げる。
「首の怪我。 もうちょいここで世話になれば良いのに」
「……やだ。 病院ってさ。 やっぱり感じるじゃない?」
「……アルコール臭?」
「……妙な視線」
強く歯を食いしばった時の様な音が聴こえる。耳鳴りのような音。
「……そーいや、大将ってお化け見えるんだって? 統失?」
※統失:統合失調症の略
「……そうかもね〜。 最近そっちはどうだった?」
根明な彼女に話題を振った方が、気晴らしになる話が聞けるだろうと、階段を降りながら話を続ける。
「……ふふん。 この、ヘルメースにかかれば? あのへんの怪物くらい楽勝よ……! 大将よりも上手くやってるぜ?」
「お〜。 周りと上手くやれてるなら安心したよ〜。 仕事のデキる奴はどこでも居るからね……。 協調性のある人がいてくれて助かるよ〜」
「……大将ってさ。 悪意に強くね?」
「……?」
「ごめん。 忘れて」
「……聴きにくいんだけど……あの襲撃時どこに居たの?」
「……あぁ」
そんな事もあった。昔の話だ……。そんな表情をしている。聴かれると不味い事が幾つか思い当たる人間の表情だ。職質を受けてる奴の顔に似ている。
(……馬鹿みたいに肉食べてたって言い出せねぇな。 そんで、腹痛くなってトイレ行ってたら事が終わってただなんて――)
「……ヘルメース?」
「……あ〜。 いやぁ〜。 実はそんなに食べられなかったんだよね〜。 劣化の魔術師? ってのが暴れたせいでさ〜、人混みに流されちゃってさ」
「……そっか。 食べたかったよね……高い肉」
「……そ。 そうだな! まぁ、退院祝賀パーティで腹いっぱいに食えるっしょ」
(……てか、大将。 自覚あるか無いかは知らないけど、魔力量が以前と比べて多い気が……話題を逸らさなきゃ)
「大将。 魔力量増えてね?」
「……規則正しい生活をしてたから、圧縮貯蔵分の魔力も随分と増えたね……」
「規則正しい生活は魔力的にはデブ活だからか……でも多いよな……秘訣とかないの?」
※デブ活……体重を増加させ、太る為の行為全般を指す。 増量を恣意的に行う事。
「食ったら寝る」
「……聞いたのが馬鹿だったよ」
しばらく後。 モーガンの自宅にアリス支部長とリジェが訪れた。 リジェは限定品の高い酒に酒のつまみ、少し高いブランド肉を携えて来た。 育ち盛りの獣人が居ると知って普段よりも奮発した様子だ。
「旦那〜! 元気そうで何よりだぜ〜! ハグしてくれや〜……元気だったか?」
「……すまないな、心配かけて」
「ははは! それにしても悲しいぜ……俺が見舞いに行った時は、ずーっと虚無を見つめてたのに、アリス殿が来た途端に回復って。 俺は深く傷ついたもんさ」
「……記憶無いんだよね。 その時の話」
「……マジ? アリス殿、結構嬉しそうに話してくれたんだけど。 覚えて無いって知ったら残念がるだろうな」
「……ハードル上げないでくれよ」
「いや、割と旦那とアリス殿ってさ。 良いカップルになりそうなんだが、付き合わんの?」
「また、前途多難な事を言う」
「……いやいや。 ありゃ、旦那に気があるでしょ。 どう見ても」
「……お前な。 それだいぶ前にも言ってなかったか?」
「今回は間違いないでさぁ。 掛けていいぜ、100クラウン程度ぉ〜」
「掛け金安すぎだろ。 本当に適当言うんだからよ……」
「……今回のはマジな奴だって〜。 ねぇ〜。 良いじゃん、玉砕してこいって旦那ぁ〜」
「怖いもの見たさで無茶言うなし……ほれ、料理するからよ。 肉置いてきな」
賑やかなもので、部屋にはモーガンを含めて4人。オートマタ1体が居る。
「モーガン。 お邪魔するよ。 こちらで、店の手配でもしようかと思っていたが、良いのか? 折角の休みなのに」
「……えぇ。 気にせず酒を飲めますから。 あと、断っておきたい事がありまして……よろしいですか?」
「どしたの?」
「……いや、見舞いに来てもらったらしいんですけど……実はあんまり覚えて無いんです。 まったくと言っても良いくらいです」
「……そっか。 まぁ、そっちの方が都合が良いや」
目を細めて微笑む支部長の目の奥にはこんな言葉が浮かんでいる。 誰が漏らしたんだろうか。余計な事をと。
「……え? なんかあったんですか?」
「……まぁ、ちょっとね。 ところで、献立は?」
「ポトフと焼き肉が出来る様には揃えてます。 焼き肉はパーティでは鉄板ですし、他にも色々食料はあるので好きなものを……あれ、失礼ですが……その前掛けは?」
「以前朝食をご馳走になったからな。 ヘルメースと私が作ろう。 野郎共は座って待つと良い。 それに、その首の傷、まだ治ってないんだろ? ……治癒阻害系の術式ナイフだとかか……ふぅん。 まぁ、怪我人は座ってな」
「いやいや……悪いですよ。 私が――」
ヘルメースの手刀が首のガーゼを捉えて弾く。
「っか!」
「寝てな……坊主……。 っふ」
「……お。 おま……動脈切れてたんだぞ……マジで危ないから。 いやほんとにさ。 ちょっぴり裂けたぞ……〈タール・ボウイ〉」
ガーゼに黒い滲みが浮かぶと、不安そうに首を擦っている。
「……動脈切れてんのに、死なんて……大将って人間やめてるじゃん」
「アスファルトでくっつけたんだよ。 あぶねぇ〜……マジで死ぬって。 冗談じゃねぇ……」
「旦那〜。 こっち来てトランプやろうぜ〜。 ババ抜きとかさ?」
「2人でババ抜きって楽しいか……?」
「……手品でも見せてやろうか〜? まず1枚抜いてもろて……絵柄と数字を覚えて貰って〜。 ささ、山札の一番下に戻し……」
「相手が絵柄と数字を覚える間に、山札の一番下を覚える。 相手のカードを戻すと、自分が覚えたカードの手前に来るってトリ……」
「お〜。 お〜。 お〜。 馬鹿、人の持ちネタ潰すなっての。 女の前で披露するんだから空気読めよ」
「……子供騙しだぞ。 驚かないだろ? 恥かく前にやめとけって」
「ば〜か。 魔力を使わないからこそ不思議に映るんだよ。 エルフの集落で山籠りしてたから、エンタメには疎くなっちまったのかよ。 旦那ぁ?」
「……おぉ……煽られてる。 ふふ。 キレた方がいい?」
「ネタで煽ってるだけだから。 ガチギレは……NGっす」
「ふふふ……」
台所に戻ったヘルメースがアリスへと声を掛けた。
「……あいつら楽しそうっすね」
「ん〜? 友達同士ってあんなんじゃないの? 弟もあんな感じだったし」
「……てか、姉御。 家来て飯作るってさ。 もう彼女じゃん」
「……世話になった礼だ。 そういった類じゃない。 この家が落ち着くんだ……どこ行っても、私は支部長だからな。 落ち着かんのだよ」
「……モーガンが居るからですかい?」
「……それもあるが、他のエルフが居ないからな。 多少、酒で失敗しても他所に漏れることがないしな……うん。 それに、彼とヘルメース。 どちらも、お得意先なんだ。 普段から世話になって」
「……はいはい。 素直じゃないな」
「……本心だ」
「…………。 姉御。 自覚あるかは知らんのですけど……緊張すると男勝りな雰囲気出てますよ……こう、なんというか、近寄る者全てを拒絶するみたいな」
「……だね〜。 良く補佐の子から言われるよ。 可愛く男に甘えないとモテないとな……。 自分でできる事をわざわざ、可愛らしく頼む必要があるか……? モテないとか……余計なお世話だし……好きでこうなった訳では無いんだが」
「……お。 おぉ、すんません、姉御。 そ、そこまで言って無いっす……! マジで……!」
「……奔放な君が、そこまで気を使う程か……。 ヘルメース。 可愛げとはなんだ? どうやれば手に入る?」
「……聴かれても〜……ん〜? そ、そうだなぁ〜。 ……ぶっちゃけ言うと、思った事を口にするってことじゃないっすか」
「……それは厄介者のやることでは」
「……いやいや。 所構わず、不平不満を垂れろとは言ってないんですが……素直になることですね。 例えば、姉御。 モーガンに何かして欲しい事は?」
「してほしいこと?」
「……」
眉間にシワを寄せたまま固まった。熟考に熟考を重ね、さらに熟考を繰り返す。完全に仕事中の表情をしているのだ。
「本人来たら出るかもね……大将〜。 交代〜。 姉御が手伝ってほしいんだと〜」
「……ま、待て! んな、私が天邪鬼な奴みたくなるだろ……追っ払って呼び戻……!」
「……お。 どーしました?」
「……私、便所行きたいから変わって〜」
「……おん。 いってら〜。 で、何作ります?」
「ポトフも良いが……クリームシチューでも作ろうかとな……グリルに入れる七面鳥の準備を頼む……」
「……七面鳥。 タレとかあります? 作った方がいいですか?」
「……家から持ってきたのがあるから、それ使って」
「……うっす。 なんかありました? 強ばった顔してますけど」
「……こっちの話だ。 君が関与する内容ではない。 気にせず……」
「へ〜。 仕事の話ですか? 管理職ってのは大変でしょう……。 支部のトップを管理職と呼んで良いものかは判りませんが」
「い、いやいや。 仕事の話では無い」
「……じゃあ、プライベートな話ですか。 ……あ。 あんまり聴かない方がいい話だったりします?」
「……別に、どっちでも良い」
「……まさか、ヘルメースが何か粗相でも?」
「……いいや。 まぁ、話は食事の際にでもしようか」
しばらく後。日が傾いて夜が訪れた。
白目を剥いたリジェがテーブルへと倒れ込む。その様子をヘルメースがほくそ笑んでいる。
「……うぐぁ……」
「は〜い。 狐ダウン」
ヘルメースがリジェの頭に負け犬と書かれた札を貼る。
「……大将〜。 自分も飲みたいんだが〜?」
「……20になってからな。 にしても、支部長殿、お酒強いんですね」
「……へへっ。 余裕だっての……まだまだ、これしきなぁ……っく」
何故こんな事になっているのか。お開きにするにも口実が無い。楽しく飲めて楽しかったね〜、あはは〜。 だと刺激が足りないとアリスが言い出したのである。
飲み比べ勝負で勝った奴が負けた奴に命令を出来るというのだとか。
ヘルメースがアリスの方へと視線を向ける。
(……不器用もここまで来ると芸術だなぁ〜。 ……このままだと負けるのは、やはり姉御か)
「っしゃい。 ヘルメース、次!」
「……はいはい。 大将は? 乗る? 降りる?」
「……乗った」
「では18杯目。 せーの……」
ショットグラスにウィスキーを流し込む。互いに同じタイミングで流し込み、タンッと音を鳴らしてグラスをテーブルへと戻す。
「……ふ。 んふふふ……はぁ〜。 っく!」
「……ふ〜」
眉間に皺を寄せたモーガンが口を開く。大きく息を吸ったまま動かない。
「……これ以上は無理だ。 降参だよ」
モーガンが机に倒れると、アリスもガッツポーズのまま机に倒れ込む。そして誰も喋らなくなった。
「姉御の勝ち〜…… なんだこの状況……盛り上がりのない、全員酔いつぶれてんじゃん」
「……これ。 酒飲めるチャンスでは?」
ヘルメースが酒瓶に手を伸ばすとモーガンが先に酒瓶を掴み取った。
「……駄目だって。 発育に悪影響だっての」
「起きてたのか。 ……っち。 チャンスだったのに。 全然余裕そうじゃん。 女に手加減する俺カッケ〜とか思ってんの?」
「う〜ん。 それは無いけど、支部長殿って負けず嫌いだから限界以上に飲んじゃいそうで恐かったんだよ。 この時間、病院開いてないから、急性中毒起こすと危ない」
「あと、人目を盗んで酒飲もうとする16の子供が居ると思ったしな……」
「うっせぇな〜。 一口くらい良いだろ〜」
「飲むと監督責任になるからやめて下さい」
「……ふ〜。 お。 そうだ……姉御ぉ。 飲み比べ、姉御の勝ちですよ……モーガン何でも言う事聞いてあげるだってさ」
「……おい。 何吹き込んでる? 酔っ払いの無茶振りは勘弁なんだが……」
「……備蓄で」
「……はぁ〜。 シラケた……寝る〜。 おい狐兄貴……」
「……お。 お二人さん、自分も寝ますわ。 寝室借りるぞ〜」
「……支部長……水置いときます」
「ぅん……くるしゅうない……家帰っても誰もいなくなちゃった」
「あれ、弟さんは?」
「就職して一人暮らし。よって、私も一人暮らし。 家が静か過ぎてな。 寂しいんだよ。 正直言えば」
「無音の家ほど堪える環境は無いですしね……何か食います?」
「ご〜めん。 お腹いっぱい」
「ふふ。 アスパラのベーコン巻きとか……?」
「ちょっと貰う……。 ところで、引っ越しの件だが……他の場所に移ると……リジェから聴いたが」
「耳が早いですね……エルフの移住者も増えて来ましたし、後続の狩人も育って来てますし……クラス5が30人増加…クラス4が211名。 前とは見違えるほど強くなった」
「……でも、クラス7は君だけ。 居てくれると心強い」
「……あぁ〜……。 お言葉は有難いのですが……」
「フードの女を追うつもりだろう? ここを拠点にすれば良い。 クラス7なら、長距離転移門も無制限に使えるだろう?」
「……正直に言いましょう。 酒も入ってる事ですし……多少の愚痴は許されるでしょう。 グルド人が住むには向かない土地だと思っただけです」
「……頼み方が悪かったな。 此処にしばらくの間住んでくれないか?」
「何故です?」
互いに酒が入り、早口での口論みじた答弁が続く。熱を持った言葉が飛び交う中、雰囲気は険悪。互いの意見が対立している。
「……今まで積んだ信頼を無に還すには早いと言ってるんだよ。 だいぶ受け入れられて来てる。 それに、私は君の事を好いている」
「……へ?」
一瞬、モーガンの脳みそが固まった。今までの会話から何の脈絡もない言葉が後ろに付いていたからだ。
「そうだな。 恥を捨てて言おう。 異性として君を見ているんだ。 付き合わないか? 将来を見据えた関係にな」
「……お〜おぉ。 良いっすね。 はい」
「よし。 じゃあ、引っ越しも無しで……じゃあ……ふぅ〜……おっしゃ。 先に寝るね……じゃ、また明日。 アスパラベーコン……また今度作ってよ」
生返事をしてしまって動かないモーガンを見ること無く、背を向けて立ち去っていく。
「……っへ? 何が起こった……? これは……夢か。 間違いない、魔術師の術中にハマってしまったか……!」
「……モーガン。 何をされてるんです?」
「お前も幻なんだろ……騙されんぞ……!」
「……馬鹿言ってないで寝なさい。 片付けは私がしておきます」
近づくトランクを正面に捉えて睨みを利かせる。モーガンを襲う事無く、台所に立つと皿を粛々と洗い出すのだ。
「……これ、現実?」
「……かもね」
つづく




