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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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永遠の暇

穏やかな時間が流れる

 「……ん? ……寝ていたか」


 モーガンが部屋のソファーへと腰掛けている。暖炉から伝わる、優しい暖かさを感じながらクッションを胸に抱く。


 「……ふ〜……」


 長かった冬がようやく終わる。裏山で取れた山菜が背負い籠から姿を見せている。ようやっと雪が溶け始めたのだ。今日は家でのんびり過ごして、明日はコーヒーでも飲みに行こう。そんな事を考えている。


 「……色々あったな。 死にかけたり……ホントに大変だった。 フェレスドレアじゃ、いきなり王子様の警護だとかをしたんだっけか。 無茶苦茶だな~……治安が良い場所ならでは ってやつかな」


 モーガンが懐中時計を開く。もう昼過ぎか。 そう言うと側に置いてある雑誌を手に取った。 オートマタのパーツが載った雑誌。トランクが喜びそうなのはどれだろう? そんな風に顎をさする。


 「……ヘルメースも学校を修了した。 手紙の文字だって綺麗に書ける様になった……素直じゃないだけで良い子だ」


 棚の上には幾つも写真が飾ってあった。アリス支部長とヘルメースが一緒に料理をしている。 今は別の狩猟団で後方支援をしている。元気そうにやっていると手紙が時折届くのだ。それを楽しみにする自分が居る事に気が付いたのは最近の話だ。


 「……ふふ。 アリス支部長も今では本部の職員か……。 努力家で頭も良い。素晴らしい方だった。 何度も世話になったな……元気でやっていれば良いのだがな……ん?」


 何か外で聴こえた気がした。ボーリングの球をレーンに落とした様な音。何事だろうかと窓に近づくと、季節外れの雷雲が空を覆っていた。


 「……はて。 一雨来そうだね……。 こんな日には、家でのんびりするに限るね……近頃、休めていなかったし……映画でも観るかね」


 記録クリスタルを机に置くと映像が浮かび上がった。何の映画かは知らないが、どうやら途中で見るのをやめてしまったらしい。途中から見ても良くわからないから、最初から見る事にするとして、キッチンで酒のツマミを料理する。


 「……酒は……あった。 リジェが美味しいって言ってたやつか……限定品なのに何で家の棚にあるんだ? ……まぁ、良いか」


 記録クリスタルに投映された映像を眺める。死霊と子供の亡骸を運ぶ男の話だろうか。映画と言うか、ボディカメラで撮影されたドキュメンタリーのようだ。


 「……へぇ。 1人称視点の映画か……中々、B級のニオイがするな……楽しみだな……いいや、ほどほどかね」


 下茹でして透き通ったジャガイモの水気を切ってザルに上げるしっかりと湯気を吐き出させ、香ばしいベーコンと玉ねぎのニオイが移った脂の上で炒める。


 「……やべ、ニンニク……後入れでも、まぁ、大丈夫だろ……へへ。 誰かに振る舞うでも無いし……」


 芋が脂を吸って表面が揚がるまで炒め、移しておいたベーコンと玉ねぎを戻して馴染ませる。


 「……前まではヘルメースとか支部長に振る舞ってたんだけどな……」


 ソファーに戻ってあぐらをかく。昔は地面の上で飯を食ってたからか、この姿勢が異様なほどに落ち着くのだ。


 「……」


 酷く静かな室内。雨足が強まる音がよく聞こえる。ぼーっとしながら酒を飲み、酒の肴を頬張る。


 「……お前の事が嫌いだった。 使えば除染作業に金がかかるし、後処理が面倒で……誰からも感謝されたことも無い。 まるで疫病神か何かかと思ったよ」


 モーガンの隣には、真っ黒い人形が腰掛けている。逞しい体つきの異形だ。下半身は獣、上半身は人間、山羊頭の黒い異形である。


 「……みんな、遠くに行っちまって寂しいよ。 タールボウイ……」


 「……」


 「……最期まで側に居てくれたのは、結局お前だけだ。 多分これで最後だろうから、言っておくよ。 ありがとう。 お前のお陰で、ほんの少しだけでも長生き出来たし、色んな人に出会えたよ……十数年間、お疲れ様……」


 暖炉の火が消えると、彼の魔術の姿も消えた。食事を残して、側に置いた毛布を手繰り寄せると首から下を覆う様に包まる。


 静かで真っ暗な部屋の中で瞼をおろして息を吐く。穏やかで冷たい眠りに引き込まれていくと、モーガンの世界には微かな雷鳴の音だけが残響し続けている。


 それもやがて遠のいて、何も感じない。感じることのない深みへと沈んでいく。


 「……おはようございます。 モーガンさん。 いい天気ですね〜」


 「……」


 瞼を上げたまま病室のベッドで虚無を眺めている。部屋にあるものは全て見えるし、全てを感じる。ただ、思考が組み立てられない。名前が出てこない、記憶が出てこない。何も思い出せない。


 この人が何故居るのか、何を喋ったのかさえ忘れた。呆けてしまっているモーガンの病室の前に見覚えのあるエルフが医者と話している。


 「……モーガンの容態は?」


 私服姿のアリスがモーガンの容態について問いかけた。モーガンには身寄りが無い為、現住所の狩人協会がバックアップを行うのが通例であるが、そのおさが出てくるのは珍しい話である。


 先日の襲撃で職員が不足している。狩人協会の中に進んでバックアップ業務を行いたいと名乗り出る人員が居ない。理由はいくらでも思い当たる。


 「目を覚ましてから1週間……あの状態です。 おそらく少しずつ回復してはいると思いますが、現段階では不明な事が多いですね。おそらく覚醒状態であると思いますが。 急に容態が変わるかもしれませんし……」


 「……何か懸念でも?」


 「水しか摂取しないんですよ。 術者の防衛本能なのか、術式が彼を守っていて……。 昼食の時間、食事の配膳と回収時には、術式が解かれるのですが……食事を口に近づけると絶対に口を開けないんです……」


 モーガンのベッド周りの床にテープが貼られている。警告色のテープが異質な雰囲気を醸し出す。部屋前には武装した警備員。はたから見れば、犯罪者が入院中なのかと思う程だ。


 「……自分で食事を?」


 「……えぇ。 12時13分きっかりに水を300mlだけ。 それ以上、それ以下は飲まず、ああやって座っているんです。 点滴をしようとした職員は黒い腕に弾き飛ばされ、あわや大怪我を負う可能性もありましたから」


 「……うわ……ご迷惑をおかけしているようで」


 「……いいえ。 この間の事件は大変だったと聞きますし、迷惑だなんて思っていませんよ。 強い魔術師には珍しく無い話ですし」


 (医療人の鑑か……この人)


 病院からの賠償金請求が何度か届いたのはそのためだろう。幸い、クラス7の活動支援金で払う事が出来ている。


 活動支援金の主な用途は幾つかあるが、後述の物が大きな割合を占める。術式により大破した公共物・他者所有物の弁償。狩人の治療、療養費。術式による環境汚染の除去に係る費用。この3つが主である。


 余剰分は狩人協会として保有・備蓄が許されている。クラス4くらいであれば、昨年度の3ヶ月の給料分を目安に支給がされるが、それ以上のクラス7以降の弁償補償額は殆ど青天井である。


 「……本当に、お世話になります。 先生……」


 「あっはは! いえいえ、患者さんを救うのは、僕らの使命ですからね!」


 疲れ切った表情から、途端に元気な表情へと変わった。使命と口にしたが、安っぽい言葉ではない。人助けが自身の活力源だと言わんばかりの屈託ない笑顔だ。


 「……それでは。 私はこれで」


 「……ありがとうございました」


 警備員に身分証明書を提示して部屋へと通される。


 「……面会時間は19時までです」


 「あ。 はい。 わかりました」


 彼の前へと立ったが、目線が定まっていない。見えているのだろうが、確実にそうだと断言は出来ないだろう。


 「……や。 久しぶり。 あれから、ひとつき経ったよ」


 窓から入る冷たい風。冬の乾燥したニオイが部屋へと吹き込んでくる。薪の燃えるニオイがする。本当に少しだけだが、アリスはそう感じた。


 白くて薄いカーテンが優しくはためいている。暖かな陽の光が部屋を照らす中、アリスが椅子へと腰掛ける。


 「……」


 手足は元通りに再生。身体は完治しているが、脳の損傷が尾を引いている。心停止が6分も続いたのだ。直ぐに運び出して処置を施したが、あの刺客と戦っている最中から心臓が止まっていた。魔術師といえど、軽い部類のダメージではない。


 「……治療費だとかは、クラス7活動支援金で支払うよ。 支援金ってのは、クラス毎に支部が受け取る補助金で、クラス7となれば、長期入院しても全額負担出来る……まぁ、知ってるよね」


 「……こっちのことはヘルメースにも手伝って貰ってる。 助かってるよ。 君が眠ってる間に表彰があってね……何もしてない私とヘルメースまで表彰されて、皆から称賛されてる……正直言えば、気持ちが悪いよ。 功労者であるのは、君だろう?」


 「君の家で酒が飲みたいよ。 ふとした瞬間に肩書を忘れることが出来るのは……実を言うと君の家だったりするんだよな……早く元気になってくれよ。 今までの礼も兼ねて一緒に酒を飲もう。 待ってるからな、モーガン」


 話題を探すにも限度がある。それは当然のことであり、返事の返ってこない相手であるのなら尚更だ。


 「……仕事の話もしておこう。 劣化の魔術師は拘束されてる。 調査した結果、女が来たらしい。 似顔絵とは違った顔だったが、魔力検査で同一人物だと結論が……6時間前に出た。 他の都市国家にも指名手配が出たが、正直……止めようがない。 狩人協会の傘下ではない都市国家に逃げられれば無力だ」


 「……愚痴の1つくらい、君なら聴いてくれたのだろうな。 意識も定かでないのに話しかけるとは。 まったく私も――」


 驚いた表情でモーガンを見つめると、座った椅子を掴んで彼の側に寄っていく。床に貼られた安全地帯との境界線を跨いで横へと腰掛ける。


 「……ふふ。 まったく、君という人は……仕事となると……ふふ」


 モーガンの瞳に生気が宿っている。力のある目つきだ。目に光が戻っている。断続的に光が宿ったり抜けたりを繰り返しているが、彼の術式で攻撃を受ける事は無さそうだ。


 「……」


 「……もうしばらく居るよ。 特に話もないけど、良いよな?」 


 


 それから日が暮れて、すっかりと夜になった頃だ。結局モーガンは水しか摂取せずに医者が知っているルーティンへと戻っていた。ほぼ何も覚えていない。誰かが側にいてくれた。記憶に残った思い出の輪郭はそれだけであった。


 あの誰かが側に居たときからの感覚が、ずっと続いている。頭の中にじんわりと熱を持った何かが内側の物体に降り積もる様な感覚。


 「……」


 「……モーガンさん。 久々に外に出ましょうか」


 術式の境界線を跨いでも術式による反撃を受けない。彼にも、そして周囲の人間も理由は説明できないが、あの誰かを傷つけないように、無意識下で術式を解いてしまったのだ。


 看護師がモーガンを車椅子へと乗せ病室を出る。必要最低限の電灯すらも消された廊下へと出る。病室入口側に座った男は静かに項垂れている。


 項垂れた男は、右手をリボルバーへとかけたままだ。首筋には酷い内出血の滲みが出来て微かな月光に照らされた。


 「……モーガンさん。 いい夜ですね……」


 「……」


 どういう訳か、体に熱が入りだした。地響きの様な音と不愉快なリズムで震える感覚が首の下から伝わってくる。


 エレベーターへと入り戸を閉めると、ゆっくりと下っていく。不味いと思った瞬間には、何に危機を抱いていたかも忘れてしまう。理由も思い出せない心地悪さがずっと続いている。


 受付ではなく、業者が使う搬入口へと向かう。数名の警備員が倒れ、血溜まりの上を車輪が進んでいく。外へと出ると車輪に砂利が吸い付いてくる。


 外は雨が降った後で、特有の匂いがした。雨の匂い、土の湿った香り。人間の気配はない。皆、家で各々の時間を過ごす頃合いだ。わざわざ病院近くを散歩するもの好きは居ない。


 (……)


 血なまぐさい土のニオイを吸い込んでいると、不思議とリラックスした気分になった。懐かしいというか、故郷を感じる匂いだった。脳の内側を羽毛でくすぐられている様な刺激。全身の毛が逆立ち、筋肉が程よく弛緩する感覚。 


 覚えている。忘れてはいけなかった記憶。自己を生み出した起源。忘れていた人生の経験が語りかけてくる。己の内側、心臓よりも内側の何かからビリビリとしびれるような刺激が細胞全てを媒介として末端まで押し寄せてくる。


 「……悪いな。 英雄。 これも仕事だ」


 男が冷たい刃物をモーガンの首ヘと当てたと共に、血が勢い良く吹き出す。淡い色の入院着が赤黒く染まりだし、胸辺りからじわりじわり広がる不気味な熱が膝を包んでいく。


 「……けほっ。 っこぷ……」


 「……死に損ないを片すだけで1000万クラウン。 楽な仕事だ」


 もう片方の血管を切断しようと、刃物を深く滑り込ませた時だった。


 手に何かが触れた。ぶつかってきた虫程に、か弱かったその感触が圧迫感を生み出し、次第に耐え難い痛みへと表情を変えた。


 「……この……!」


 「……うぅゔ……!」


 モーガンの右手の五指が男の手を握り潰していく。ナイフの柄にめり込んだ指の肉は裂け、骨が柄の形にならって変形させられる音がしている。


 使い方もわからない子供が、万力に角材を挟んだかのような光景だ。力いっぱい、目一杯にレバーを引いたかのような軋む音。細やかに粉砕する音が暗殺者の手から鳴っている。


 堪らず引っ張るとようやっと抜け出せた。激痛が止まった事に本能的に安堵する。しかし、安堵したのも束の間、鈍く削られるかのような痛みに気が付いた。


 それがこの乾いた風で引き起こされた痛みだと理解するのに時間はかからなかった。 モーガンの右手に手袋の様な輪郭が握られて、それが何であるかと脳が理解してしまった時に、削られる様な鈍痛が赤熱した鉄を押し付けられるかの痛みへと豹変する。


 彼の手に握られているのは、間違いなく自分の手のひらだ。ひとが意識のある間に最も目にする自身の体の部位は手だと言われている。どおりでぐにわかった訳だ。指の産毛も、平たい爪も。薬指のささくれも。文字通りついさっきまで手元にあったのだから。


 「……うぐぁあ……っ!」


 「フーッ! フーッ!」


 呻き声と興奮した獣の様な荒い呼吸。白髪のグルド人が瞳に魔力光を蓄えて立ち上がる。 不自由な右脚で立とうとしてバランスを崩し顔面で地面を叩き割る。コンクリ製の地面に亀裂が走り、粉塵が空気を汚した。


 無様な光景だが、たなぼたてきな事も起こっていた。転んだ拍子に左足が車椅子を蹴飛ばしていたのだ。 重さ十数キログラムの鉄の塊を弾き飛ばし、射線に立っていた男の脚を砕いていた。


 ※棚ぼた:ことわざ〈棚からぼた餅〉の略


 炸薬の入っていない砲弾を打ち込まれた様な状況だ。砕けた右脚は千切ちぎれれ飛び、低くて四角く整えられた椿の繁みに引っ掛かり、男は無傷の左手で脚の破断面を押さえつけている。


 たった1人のグルド人が、すっ転んだだけにしては悲惨な状況が広がっている。相手を殺さない程に抑えるまでに脳の損傷を回復できていない事が見て取れる。


 「……やめろ……金で雇われただけなんだ!」


 男の無線機を掠め盗るとクリック通信を何度も鳴らした。看護師がすっ飛んで来る足音を聞きながら、上着を引き千切り、暗殺者の脚の付け根を軽く縛り付ける。


 結んだだけで、布の繊維がほつれて埃が舞う程の怪力。彼の吐息ですら恐ろしいと、外注の殺し屋は固まってしまっている。


 「……ふ〜」


 吐き出す白い息が、遥か上空の濁った雲を動かすかのように映る。


 「……頼む……殺さないでくれ……!」


 モーガンは首を傾げ、静かに男を見下ろしていた。背にした曇が割れて大きな満月が顔を覗かせる。


 「……お願いだ……お願いします……!」


 月を背にしたモーガンから見下みおろされる光景は、祈る神を持たない人間にすら神を抱かせ、慈悲を乞わせるのだった。


 つづく

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