厄介事の気配
「……やべぇ〜……母上に殺される……」
高貴な格好をした青年が館の中を走り回っている。高貴な出であるのに関わらず、血眼になりながら城内を駆け回る。高い身分の尊厳など微塵もない。
「……どうも。これはこれは。急いでいるもので……はは! クソぉ……どこ行ったんだ……最近散歩に連れて行ってないとはいえ……ワガママすぎでしょう」
都市国家が多く残っているのは狩人協会との契約が原因である。狩人協会の傘下へと入った国々は独立が認められ、あらゆる戦争行為が禁止される。
ときには都市国家間での私掠行為、戦争行為が認められたが、その結果は語るまでもなく凄惨な結末であったという。モーガンの曾祖父、さらに祖父の時代であったと聴く。
己が国の至らぬ点を異国へと押し付けあった結果。顔も知らない相手を憎み、何をされたわけでもない相手を憎み、殺し合った。関係のない人々に嫉妬して、愚かにも振り上げた拳を下ろせなかった。
結果として人間の安全圏が脅かされ、当時の人類安全圏を2割失う結果となった。
狩人協会から新たな王があてがわれ、結果として狩人協会の支配が強まったのだ。狩人協会に属している反乱分子を魔物共に掃除させた。そう揶揄される結果となったのは言うまでもない。
狩人協会からの独立。幾度となく民衆からの憤懣が漏れ出た時代。そして、狩人協会を標的としたテロ行為がその時代を再び、呼び戻さんとしているのは肌から感じ取れた。
(……城壁は人と獣を隔て、平和を与える見返りに恐怖への耐性を奪い去った。獣への畏怖よりも、他人を畏怖するようになるとは。平和ボケとは恐ろしい)
高価な窓ガラスから覗く城下町を眺めつつ物思いに耽っている。天気は曇り。外は肌寒いくらいの気温だろう。
婦人用の化粧室から出てきた支部長の方へと視線を正す。
「モーガン。ごめんなさいね。お化粧直しに時間が掛かっちゃって。変じゃない?」
何がどう変わったのか。モーガンからすれば、前と後での違いが判らない。強いて言うなら普段よりも血色が良さそうに見える。
(相変わらず美人だな……)
「お綺麗ですよ、支部長殿」
「……わからない?」
「……判らないですが、美人であることは確かです」
「ふぅん。20点」
「……戻りましょうか。午後からは食事会が催されるそうです。ヘルメースは待ちきれずに行ってしまいましたが」
「そっか。ねぇ、あの子とは何も無いんだね?」
「はい。只の部下、及び教え子です。何か吹き込まれましたか?」
「モーガンが匂いフェチだとか。キツめのが好きだとか」
「うえ……。冗談キツイですよ」
「だよねぇ〜」
「……なんと失礼な。まぁ、良いでしょう」
絢爛豪華な大理石製の廊下を歩いて宴の催される部屋へと歩いていると、奥の曲がり角から何かが迫ってきた。大きな鳥の様に見える。
「……おわ。デカイ鳥」
「……え? どこ?」
一目散にモーガンに向かって飛んで来る。それを目で捉えられているのはモーガンだけ。すなわち精霊の類である事がわかる。
左腕を上げる。鳥の精霊は大木の枝に止まるかのように佇み、モーガンの顔をじっくりと眺めている。鳥と言うには大柄で丹精な顔立ち。大鷲に似た精霊である。モーガンの家に住まわせている大蛇の精霊よりも力強く、並大抵の悪霊や呪い等は消し飛ばす事ができるだろう。
「……おぉ」
支部長がモーガンの肩へと手を乘せるとかすかな魔力が皮膚を伝う。
「……ほ〜。これが精霊か。なんか周辺に青っぽいダストが舞ってるのは何?」
「微細な精霊ですね。流石に肉眼では何の種類かまでは判別しかねますが、この精霊の力で消滅していないのを鑑みると、悪い精霊ではないでしょう」
「視界を覗かせてもらってるけど、嫌なんじゃ無かった? なんだか平然としてるけど。」
「……以前の写真は本当に危ない感じだったのでお断りさせていただきましたが、この子は大丈夫でしょう。穏やかでいて、威厳のある精霊です。野良でこんなに人懐っこいのは珍しいんですけどね……どこかの家から飛んできたのかな?」
大鷲のお腹と喉元を指の背で撫で付けると、心地よさそうな声を洩らした。モーガンの表情は先程とは別人かと思える程に穏やかな目をしていた。
「……このまま食事会に行きましょうか。支部長殿も空腹でしょう」
「あぁ。腹ペコだよ。しかし、精霊が見える者の覗く景色は美しいな……」
「……ここが綺麗なだけですよ。エルフの集落も綺麗な精霊がたくさんいて住心地が良いんです。休みの日は山の中を歩くのが好きで、昼下がりの散歩道が……いいえ。関係のない話ですね」
「息抜き出来る場所があって良かったよ。村八分されてストレスが溜まっていないかと、少し心配していたんだがな」
「村八分ねぇ……。気にしてないですよ。最近は物品も適正価格で手に入りますし……」
「……ん? 適正価格?」
「……前は野菜か肉か。どっちか忘れましたが、定価の2倍、3倍の値段でしか買えませんでしたから。山から取ってくるだとか庭で栽培するだとかで……」
「まじか……時折ご馳走になった食事も……そうだったのか?」
「……? えぇ。まぁ、今も金物類は定価で売ってくれないんですがね。ドアの蝶番い程度なら自分で鋳造出来たんですが……実は裏庭に小さな鍛冶場を建ててるんです。裏山まで砥石を採掘に出たりと……中々成長させて頂いておりますよ」
聞いた内容は苦労話そのものである。だが話しているモーガンの顔に悲壮感等は一切として無く、晴れやかな表情をして明るく話している。
「……なんか、申し訳ない」
「……? 支部長殿には普段から良くしていただいてますし……」
「……お、おほん。そうか。」
「それに、私はグルド人です。嫌われるのは知ってます。国境を跨いで異国に居る内は、グルド人の顔でもあり、代表でもあります。私の立ち振舞いがグルド人の品位を貶めてはならないのです」
「……お硬い」
「……頑固で融通が利かないとも言いますがね〜。ははは」
「……頑固かな~?」
「……自分ではそう思いますけど、結局評価を決めるのは他人です。となると、私は頑固ではないのか……? まぁ、良いか」
後ろの方から声が聴こえてくる。モーガンとアリス支部長に対して投げかけられた言葉だ。
「……失礼。実は人を探しているんですが。金髪で長身、青色の瞳。優男風で胡散臭い顔立ち。お召し物だけは一級品の青年を探しています。見ませんでしたか?」
「……いいえ」
「……そうでしたか、失礼した。急いでいるのでこれにて。カップル同士の邪魔をするつもりは無かったんだが。申し訳ない」
青年はそういう残して奥の方へと去って行った。拳銃に剣を腰から下ろし、狩人協会の装備を纏っている。年齢の割には大人びた雰囲気を持つ青年だった。
クラス等級は判らないが、問題児のヘルメースの世話をしている身からして、かなりの魔力を持っている事を感じ取ることが出来た。
銃だの剣だの。モーガンもそうだが、魔術が使える身からすれば、お飾りの様なものだ。
(たかが世話とて、学ぶことも多いのだな。隠すのが上手い青年だ……しかし、着てる服が一級品。胡散臭い金髪の優男……。ふぅん、知らないな……)
「支部長殿は見ましたか?」
「いいえ。モーガンが見てないなら。私も知らないけど。……あれじゃない? ほら。ふらふらしてる目の前の……」
絶望に沈む顔をしている金髪の男が壁へと寄りかかっている。ツキに見放された様な顔。グルドの賭場で時折見たことのある顔つきだ。
「……あれ。こっち見た」
モーガンがそう呟くと息を切らしながら近づいて来る。
「……あの〜。すみません。えっと……男性の方。ちょっと動かないで頂いても……動かないで〜……」
モーガンの上着の材質が見てみたいと呟くと、そーっと両手をかざして近づいて来る。材質を確かめるというより、何かを捕まえるかのような動きである。
精霊の見える身としては、似たような経験がある。周りの見えない物を見えると言い張れば、変人等と揶揄され、最悪、精神病棟にぶち込まれる。
「……この精霊の主ですか?」
「……おぉっ。おー! あなた見える人なのか〜! いやぁ。エルフの術式で視界を共有してるんでしょ! お連れの男性の腕に佇んでる精霊を返して頂けませんか……?」
「……あぁ。いいや。見えて触れられるのは彼の方です。私が目を借りているんですよ」
「……あぁ〜。こりゃ、失礼。グルドの御仁。お名前は……?」
「モーガンと言います。こちらの女性はアリスさん。エルフの集落で狩人協会の支部長を任されている方です」
「そうでしたか〜。すみません。我が家の精霊が……」
「いえいえ。ほら。迎えが来たよ」
モーガンが飛び移る様に催促しても一切として反応が無かった。
「……あぁ。んもう! ワガママ精霊め。立食パーティーに連れ添わないといけないのに……あぁ……時間が……」
「……付き添いなら全然良いのですが、アリス支部長の護衛もせねばなりませんし」
「……アリス支部長の護衛? では、他に腕の立つ者に任せても……?」
「……私は大丈夫なんですが、モーガンが心配症でね……あれ……どこ行くんだろ?」
金髪の優男が無線を取り出し、どこかにかけている様だった。少しして戻って来ると、支部長の手を握る。
「すみませんが……この者をお借りします! 直ぐに新しいボディガードをご用意しますので……!」
「……は。はぁ……」
モーガンの方をチラッと見ると、小さく首を横に振っている。断って下さいと目力で伝えて来ている。
(……こう見えても、クラス6相当なんだから。自分の身は守れるし……あれ? もしかして、モーガンって私の事をナメてたりするのか……? なんかムカつくな)
「えぇ♡ ご自由に♡」
「……支部長殿?!」
「あっりがとぉ〜! じゃ、彼借りていくから。少し待っててくださいね〜! 直ぐに変えが来るので〜!」
「……あっ。待て! 支部長殿に万が一があったら……! このパワー……待って首締まる!」
「大丈夫。大丈夫! ウチには精鋭が揃ってるカラ!」
首根っこを掴まれたモーガンが廊下の角に消える。直ぐに変えが来る。彼の言っていたガードが、モーガンと入れ替わるように姿を現した。
「……あ。さっきの」
「ども。さっきの彼氏は連れて行かれたのか……」
「彼氏では無いけどね……」
「……仲良さそうでしたけど。まぁ、アホ王子のお守り程度、石油の狩人であるなら余裕か」
「……王子?」
「……さっきのアホ面がフェレスドレアの王子ですよ。まぁ、偶にの息抜きさせてもらいますかね。アリス支部長。代わりに警護を任されたジェスといいます」
つづく




