空回りする車輪
文章少なめ
あれから数日後の話だ。左腕を無理やり生え揃わせたモーガンが新しく出来上がった制服を纏い、狭い馬車の中に座っている。
彼の右腕の肌には骨格に沿った黒い筋が走り、手首を超えると、それぞれの指先に枝分かれしている。ごくごく薄い魔力を含んでいる。
「……それは?」
美しい青色のドレスに身を包んだ支部長殿が腕の模様について聴いてくる。その質問に対して、先に口を開いたのは横に腰掛けるヘルメースであった。
「モーガンの魔術。タールボウイなんだけど、少し捻ったアイデアを出したんです。もちろん、この私がね。プレーンな形がデカデカと浮遊する右腕を象ったものなんですけどね」
モーガンは瞼を閉じて息を浅くしている。ヘルメースが説明するから、自分が喋る必要は無いなと 半ば投げ遣りな表情だ。
「それだと、ある程度の挙動が予想される。重質量で殴る、突き刺す、温度を極限まで高めて揚げる。警戒されてないならそれで殺せる。でも人に使うには威力過剰だし、出が遅い。だから、下地を作った」
「下地?」
「……術式本体じゃなく、概念術式を最速で展開出来るやり方。風術師で言う風を纏うってやつ。銃をホルスターに仕舞ってるか、常にトリガーに指かけてるかの違いみたいなものです。それに常時右腕を術式効果で強化出来るメリットもある。大将の場合、中指だけで大体の奴は殺せるだろうし、中々良いアドバイスだったんじゃない?」
「……まぁ。確かに。派生がスムーズになったよ。間違いなく無詠唱による術式の変更が2秒も短縮出来たのは大きいよ」
「へへーん。風術師をもっと崇め給えよ。おほほほ」
「そいつはどうも」
それからは他愛もない会話が続いた。ヘルメースと支部長との間ではあるが、文字の読み書きが出来ないヘルメースの報告書を委託している業者の話だとか。肌の手入れの話だとか。
穏やかな時間が流れる車内でモーガンだけがこれから起こる厄介事について考えている。都市国家共同の祝賀会。仲介となるのは狩人協会だ。
エルフの都市国家は狩人協会とは軽い繋がりを持つ。深い関係ではない、一方で先日のテロの被害を受けた都市国家は狩人協会とズブズブの関係だ。
狩人協会もエルフの都市国家との関係強化をしようとしているのだろう。エルフの土地には貴重なエネルギー資源が眠っている。その利権の為でもある。しかし、保守派の多いエルフから共同採掘権を得るのは至難の技だろう。
あの地獄を外交の口実にされたようで、ほんの少しだけ気分が悪い。亡くなった人々の為に。そう言い、盃を掲げるだろうが、本音は金儲けをしたい。そんなところだろうか。
それが外交というものだと言われれば、それまでの話だが気持ちが付いて行かない事柄でもある。外交に、良い外交。悪い外交は無い。あるのは損得だけである。
「……モーガン。どうしたの? 乗り物酔い?」
「いいえ。大丈夫です。ちょっと考え事を……」
「大将。なんだ、寝不足か? 遠足の前日には眠れないタイプと見た」
ヘルメースもモーガンと同じ背広を纏っている。下に着込んでいるのは緑色のあの服だ。統一感が一切無い配色であるが本人は満足そうだ。こういう場には拘った格好で出る人物だと思っていたが、以外だった。
車窓からフェレスドレアの外壁が見える。祝賀会が開かれるという浮かれた雰囲気はなく、以前よりも警戒度が引き上げられ、車両の下、積荷全てに検査が入っている。
違法薬物の持ち込みで地面に押さえつけられる者、エルフ反対のプラカードを掲げる群衆。悠長に宴を催すなど、市民から反感を買うのは当然であるだろう。
「……物々しいな……」
「……この間に数万人が被害に。群衆が暴徒化する可能性だってあります。ヘルメース、支部長の傍から離れないように。支部長殿、あくまで忠告ですが。夜間には出歩かないで下さい。用があるのなら自分にお申し付けを」
「仕事の顔すんなって。もうちょいリラックスしとけよ。大将。流石に内地まで行けばマシになるっしょ」
言った矢先に車窓へと物が投げられた。腐った鶏卵が窓を汚すのを見てこの先面倒事に巻き込まれるのだろうなと。モーガンは頭を痛めている。
「大丈夫だよ。モーガン。こう見えても私もクラス6だし……」
「……そうですね。ただ、危ない場所。人通りの少ない場所は滞在中に行かないで下さい。物取りに遭うならまだいい方で、最悪、人攫いに遭遇する可能性もあります」
ヘルメースとモーガン表情は対称的であった。一方は出される食事や催し物について夢想している。彼の方は目つきが鋭く、まさしく職務中の様相を呈している。普段の丸みのある目ではない。端的に言えば、殺気立った目とも形容出来る。
浅く腰掛けているのもそのため。深く腰掛けていては有事の際に遅れが生じる。後手に回って対応が遅れる事が何よりも不味い状況を生むと経験で知っているのだ。
「……ふふ」
「姉さん。どしたんです?」
「……いいや。これほどに安心できる連れが居ると思うと嬉しくてね」
「おう! 姉さんには指一本触れさせないぜ! なぁ、大将?」
「……頼りにしてるよ」
つづく




