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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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奈落へ

 朝日が窓から差し込む頃だった。リボルバーの弾薬を机に並べ、ため息混じりにローダーへと挿入している。


 「……そろそろ時間か」


 髭を剃り落とし、鏡を見つめる。短く整えた白い髪に赤い瞳。古傷で途切れた右眉。あいも変わらず険しそうな表情をしている。


 「しぼんだか? ……だらしねぇ筋肉だ」


 6つに割れた腹筋に程よく乗った脂肪。色白な肌。決して2枚目とは言い難い顔つきだが、荒事を厭わない雰囲気放っている。


 狩人協会の建屋に入る度に睨まれるのは、この風体である事も要因だろうか。ブリーフィング中に敵意のある視線が刺さる。


 「モーガン。聴いてるかい?」


 「はい。聴いてます」


 支部長はそのままプロジェクターのフィルムを切り替え遺体の発見場所、痕跡、対象の脅威度を示した資料を指し示しながら説明を続けた。


 動作音とともに映される死体を眺め小さく首を振った。齧られた痕跡がどうであったか、致命傷となった傷がなんであったか。支部長の声が徐々に遠のいてゆく程にモーガンは考えにふけっていた。


 全て憶えている。回収された遺体の画像を見るたびにその日の天気。ニオイに風が頬を撫でる感触までも。全てが数分前に起こったことのように感じられるのだ。


 「モーガン?」


 「あぁ……すみません。気にせず続けてください。回収時の事を思い出してるだけですので」


 「ナメた野朗だ……。支局長。今回の件にこの男が必要とする理由は?」


 「……誰が質問を許可した? ……まぁ、良いでしょう。必要な人材であるからです。少なくともここにいる皆と同じくらい貴重な戦力となると判断したためですよ。ここにある資料の殆どが、モーガン氏が回収した遺体と所持品から得られた情報です。ナメた野朗と貴方は言いましたが、ブリーフィングの時間を全員から平等に数分間奪っている君こそ、ナメた野朗なのでは?」


 「……」


 「よろしい。続けます。質問は最後に受け付けますので。……対象の主な攻撃手段としてーー」


 アッシュフィールドと他の狩人の話が聞こえて来る。


 「(あの二人デキてるのか?)」


 「(空気読めよ。アッシュフィールド。今のはお前が悪い。命懸けの仕事だぞ。モーガンなんざのためにブリーフィングを止めるな。良いから黙ってろ)」


 「(それもそうだな。すまん)」


 人からの悪口ほどよく聞こえるものだ。会話の中にモーガンの名前が入っていたが、彼らの話が声は神妙そのもので、アッシュフィールドはブリーフィングを止めた事だけを反省している様子だった。


 「……以上です。安全を考慮して、一人での現地調査は禁止します。よって、モーガン。貴方はガルフの部隊と共に事に当たってください。ガルフ。良いですね?」


 「異論ありません。支部長殿」


 「何か質問は? ……無いのなら事にあたりましょう。皆の生還を願っております。以上を持ちまして、ブリーフィングを終了します」


 ガルフ隊。モーガンと同等の区分である、クラス4が多く所属する狩猟団である。殆どがリボルバーの所持を認可されているため、対人戦闘に怪物相手もお手の物だ。


 それらを束ねるガルフという人物は、背中で語るという言葉が相応しい男だ。区分では同等だがクラス5以上の実力を有している。人格を説明するならば、正真正銘の強者だろう。今もこうやって彼の方から握手を求めてきた。他のエルフとは根底から何もかも違った人間だ。


 「ようこそガルフ隊へ。歓迎するよ」


 「はじめまして。ガルフさん」


 ガルフの方から求められた握手を強く握り返す。静かな自信を醸し出す顔の奥に支部長の姿が見えた。ガルフならモーガンを同じ目的のもと協力する仲間として扱うだろうと踏んでいたのだ。

 

 「……やはり、噂などあてに出来無いな。子供を殺す男では無いことは目を見ればわかる。……予め謝っておきたいことがあるのだが、良いか?」


 「謝っておきたいこと?」


 「そうだ。エルフ族は臆病な者が多くてだな。私の部下たちの中にも、君を子供殺しと揶揄する者も居るだろう。彼らを束ねる立場ではあるが、君に無礼を働く者が居ないとは言い切れない」


 「……」


 「今回の件を片付ければ、きっと君への扱いが不当であったと皆が気付く筈だ」


 「お気になさらないでください。ガルフさん。私の中にあるのは、これらの誘拐を起こした連中に対する怒りだけですよ。未来ある子供達を殺した。報いを受けさせますよ。絶対にね」


 モーガンが視線を床へと落とす。幻覚だとはわかっている。辺りには遺体が散乱しており、濁った瞳で彼を見つめていた。


 (わかってるよ。キーラちゃん。オレク君。ヴェイル君。……その為に残っていたんだ。心配しないで)


 心象風景が現実を蝕んでいるのはガルフから見ても判った。モーガンの肩を掴み、彼をうつつへと引き戻すと力強く言葉を掛けた。


 「報いを受けさせる」


 「えぇ。必ず」


 馬車の荷台へ登るとキャンプ資材の上へと腰掛けた。他の隊員達は明日の予定だとかを話し合っている。真剣な面持ちであるモーガンとは真逆である。


 明日の生活を考える程に、ここに居る者達は今まで場数を踏み、死というモノを撥ね退けてきたベテラン達だ。皆、いつも通りにやれば生き残れる。死ぬのは俺じゃなく相手の方だという自信に満ちている。


 皆そうだ。冷え切った己の身体を見下ろした時に、自身の自惚れを自覚し、自分は特別な存在で無い。そこでようやっと気がつく。もっと醜く生へと執着していればと。


 両親に恋人。己の墓標に、一族が集まった時に悔いても遅いのだ。死人の言葉を聴ける者は滅多に居らず、居たとしても関わる様な事はしない。


 「モーガンとか言ったよな。教えてくれよ。どうやって死体を見つけた?」


 「直感だよ。……好きに考えると良いさ」


 「……死人と話が出来るとか?」


 少しばかし驚いたが顔には出さなかった。というのも、この男が冗談めいた口調で話しかけていたからである。死人と会話が出来るなど、創作ではよくある話だ。彼は読書も嗜む男である人物なのだろうと感じた。


 「……まさか。死霊降ろしはエルフの中でも禁術クラスの魔術でしょう? 私が魔術師に見えますかね?」


 禁術の話を持ち出すと彼の顔が曇ったように見えた。掟を重んじる彼らからすれば、話題には出し難い事だろう。


 術式の禁忌と扱われる理由など簡単だが、生者に不利な事を語りかねないからだ。それが1つ。副作用で精神が蝕まれる。追体験型の死霊降ろしの場合、ショックから廃人となる場合があるからだろう。


 「あぁ。だな。俺はイーライ。今日はアンタとバディを組む事になってる。キャンプ設営は俺と一緒にやることになるな」


 「そうでしたか。よろしくお願いします。イーライさん」


 「まぁ、仲良くしよう……っと。結構揺れたな。岩でも踏んだのか?」


 荷馬車が大きく揺れると共に皆が声を漏らした。なんてことはない。ただの岩だと御者が呟く。


 過ぎ去った轍の先へと目を向けると確かにそれらしき岩が転がっている。車輪が外れて体を痛めるのは勘弁だ。イーライはそう言って軽るめの悪態をついた。


 「ビビらせやがる……」


 「うん。そうですね」


 「おいおい。怖い顔すんなよ。たかが岩だぜ? 睨み付けても仕方が無いだろう?」


 「……それもそうですね。気が立ってて」


 「はは。安心しろ。カバー出来る範囲なら魔術でも何でも使って守ってやるよ」


 岩の隣に蠢く塊が這っている。塊の携えた赤黒い眼球が我々を覗き込んでいた。ここから先はお前たちの来る場所じゃないと。そう言ってる様な目をしていた。


 日が暮れてからの事だ。キャンプと言うには立派すぎる家屋を背にステージに男が立っていた。酒を片手に握りしめ、彼が口を開くことを待ち望んでいる。


 「今日はご苦労だった。大工の皆様。そして、私の優秀な部下たちに感謝を。……とまぁ。堅苦しい挨拶はこの辺にしてだな。オメェらの胃袋を満足させられる程の食料を持ってきた。全て支部長殿の奢りだ 気にせずに飲み食いしてくれ!」


 感謝や労いの言葉を聴いて喜ぶ連中ではないとガルフは知っているのだろう。事実、カネを気にせずに飲み食いしろと言われた瞬間、皆が目を輝かせたのは明らかだった。


 体格の良い男たちが我先にと肉を食い、酒を浴びるように流し込む。


 「いささか、ハメを外し過ぎでは?」


 「……お前も飲め。これは、俺たち自身の葬式だ」


 「葬式?」


 「あぁ。生前葬ってやつさ。死んだら飯食えないだろ? 早くしねぇと肉なくなっちまうぞ~? 皆がアンタを嫌ってる訳じゃ無いんだぜ? さぁ、今日は楽しもうぜ」


 「……わかった。ウィスキーはあるか?」


 「もちろん。はは。酒の趣味も合いそうだ。モーガン。おめぇさ。この仕事をこなしたらどーするつもりだったんだ?」


 「え……。どーするも何も。引っ越します。この仕事を最後にやって、人間……失礼。グルド族の住む場所で事務所を構えようかと思ってます」


 「……だな。そら当然か。一人くらい斬り殺しても文句言われねぇと思うぞ?」


 「恐ろしい事を言いますね。イーライさんは」


 「グルド族じゃあ、舐められたら斬り殺しても無罪ってのは本当か?」


 「えぇ。皆が暴力に怯えながら生きていますよ。機嫌が悪ければ殺される。それが嫌でエルフ族の住むところで仕事を始めたのですが、結果は……皆さんの知っての通り」


 「はっはは。そら〜おめぇ、ムカついたから殺すって文化の人間だ。エルフからすりゃあ、クルド族は恐ろしいだろうな……あぁ。そーいう意味で言ったんじゃないぞ?」


 「いえ。今も奴隷制をやってる蛮族連中と揶揄されようとも、真実ですので」


 「……そっか。いや、失礼したな」


 「いえ。こうやってお互いの文化を会話で知れるのがどれほど楽しいことでしょう。こういう会話をもっとしたかった……ありがとう。イーライさん。この土地を訪れて、今が一番楽しいかもしれません」


 「ぷ。あっはっは! 意外とお喋りなのな。おっしゃ。飲め飲め!」


 「……では。お言葉に甘えて」


 何杯飲んだのか。正確な量は覚えていない。平衡感覚を失った代償でエルフ族の友人が出来たのなら安いものだ。


 「なぁ、ここから北に行ったところに……大きな滝があってだな。おめぇにも見せたいんだが、どうだ?」


 「お〜。良いですね。行きましょう……獣が出ると危ないからまた今度で」


 「ノリ悪いぞ〜? いいじゃねぇか。行こうぜ」


 「……ですね。案内お願いします」


 「へへ。まかせろい」


 月明かりが森を照らし、精霊が彼を見ている。


 「いやぁ~。涼しいな〜」


 「……ところで、イーライさん。随分と歩いていますが。本当に滝なんてあるんですか?」


 「もう少し……ほら!」


 「お〜。なかなか。滝って言っても。上から眺める事になるとは。結構登ってましたよね~。……ここってどういった時に使われてる……」


 モーガンが水底に手をつけて膝を折る。彼がそうしたのではない。後ろに居るイーライが腰を蹴飛ばしたのだ。


 「……あぁ。そうか。浮かれてたよ。あるわけが無いんだ。ダチになれるなんてな……ははは」

 

 水面の下に別の者が居た。喉を裂かれた女だ。四つん這いになった彼が押し倒したかの様に女が水底に沈んでいる。


 四肢にぶつかって飛沫が舞うほどの流れの速さ。しかし、この女の髪の毛は流れのない所にでも沈んでいるかのように漂っている。


 (池に沈められているのか……?)


 瞬きをしたと共に女の姿は消え、訝しげな顔をしたモーガンの顔が鈍く映り込む。


 「アンタ、恋人殺したりしてないよね?」


 蹴飛ばした際に奪った銃をモーガンへと向けていた。


 「んなこと聞いてどーする。てか、やっぱり視えるのか」


 「アンタもかい。同族同士仲良く出来ないかね」


 手を上げながら体を起こして彼を睨む。檻に入れられた猛獣が吠えるのを眺めるような表情で銃を向け続けている。


 どう足掻いても撃ち抜かれるのは決まっていた。イーライが立つ場所は段差になった川岸で見下ろす形で狙いを定めている。膝下まで急流の水が打ち付けている状態からモーガンが銃を奪い、イーライを押さえつけることは不可能だ。


 「縁まで歩け。妙な真似はするなよ?」


 「……なぜこんなことを?」


 「お前には消えてほしい。グルド族は嫌いでね。……それに、死人と会話が出来る奴は存在が邪魔だからな」


 「……何もしていないのに殺すのか?」


 「何かされる前に殺すんだよ。治療より予防だ。女子供を奴隷に渡されちゃあ、困るだろう? 安心しろ。怪物は俺たちが倒しておくよ」


 「……はは。イーライ。アンタは英雄だよ。煙たがられるグルド族の独居男を殺して、怪物も殺せる。完璧な作戦だな」


 「あぁ。だろう? まぁ、アンタに消えて欲しいと思ってる連中は多い。ここ半年で死体しか回収せずに居座られてもな」


 エルフが照準を合わせ引き金に力を込める。本気で彼を殺すのだと覚悟が決まった顔をしている。咄嗟に通信機のトリガーを引きこもうと指をかける。


 「無駄な足掻きを」


 一瞬だった。彼は構え方を変え、凄腕のガンマンのようにリボルバーから弾丸を3発放った。親指と中指、小指の付け根を撃鉄の頭に擦ることで放たれた速射だ。


 それらの全てが胸に直撃し、着弾点が美しい三角形を描いていた。


 苔むした岩場から足が外れ、頭から滝を落ちてゆく。 


 モーガンに意識は無かった。走馬燈の1つでも見る間も無く体から力が抜け出て行く。背中側を流れ落ちる音と徐々に近づいてくる水面の飛沫の音。彼の残った感覚に走った最後の刺激だった。


 「良い銃だ。手放すのが惜しいよ。……そこで眠ってくれよ。お前は良くやった。実に手強かったよ」


 リボルバーを滝に捨て去り、辺りの痕跡を調べる。殺人の痕跡を始末しなくてはならないからだ。血液は水に乗って流れ去っていた。しかし苔の上に妙なモノが残っていた。


 「油か……?」


 黒く粘り気を有した液体。月明かりを滑らかに反射し苔の上に留まっている。水が滞留している縁には細かく分裂した黒い液体が浮かんでいた。激しく渦巻く水の上を滑っているかのようだ。


 「血液ではないな……」


 苔を剥がして捨てたあとには、何も残っていなかった。あの黒い飛沫も掃除中に流れ去ったのだ。


 つづく



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