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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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雪の静けさ

 モーガンの家の前に支部長とトランク。美人とオートマタが並び、除雪の済んだ小道を進んでいる。


 モーガン邸への来訪。トランクからすればざっくり2ヶ月ぶりの帰省でもある。


 多くの食材を詰め込んだ紙袋を抱いたトランクは、久々である主人との再会に心躍らせているようだ。モーガンの好きな根菜に肉、強めのお酒が紙袋に詰められているのがその証拠だろう。


 「……嬉しいの?」


 「えぇ。もちろん。久々に会えるのですから当然でしょう!」


 エルフの集落には寒波が到来し、辺りは雪で覆われている。この時期になると大抵の狩人達は仕事が無くなる。怪物達も巣に籠もり、春を待つようになるのだから。


 会えることを心待ちにするトランクからはパーツの軋む音が聴こえてくる。2つき程度同じ屋根の下で過ごした支部長にはそれが嬉しさの表現であるとも知っている。


 「……楽しみだね〜。ふふ」


 昨日降った雪が庭に積み上げられ、入口横には雪だるまが8体も作られ庭の方へと向いている。


 「モーガンにも可愛いところがあるでしょう?」


 「……ここまで多いと圧を感じる。それに2階に居るアレは?」


 2階のベランダから見下ろす人影を指差す。柵に肘を掛けて見下ろしているのは雪で作った人形。ファンシーさも可愛げもないが、そこはかとないシュールさに支部長は肩を揺らしていた。


 「……ふ。んふふ……」


 「随分とリアル志向ですねぇ……モーガンにもあんなユーモアがあったとは……」 


 ドアの向こうから重たい足音が聞こえてくる。


 「……お。トランク。お帰りなさい」


 「今日はシチューですよ〜。フレームの芯まで結露しそうな日には温かいシチューが良いと相場が……」


 意気揚々と部屋の台所へと向かうトランクを少し眺め、アリス支部長の方へと目を向ける。耳先が赤く染まっているのを見たモーガンは、ほんの少し待たせた事に対して申し訳無さそうにして声を掛けた。


 「……寒いでしょう。どうぞ中へ」


 「……お邪魔するよ」


 温かな室内へと招き入れられる際に横目でモーガンの身体を確認する。変な意味ではない。体の欠損等を確認しただけである。


 腕を飛ばされたと耳にしているが、彼の腕は既に手首まで再生している様だった。無論、彼の使った術式〈老いた赤子〉についても報告を聞いている。


 強力を通り越して凶悪な術式。なにせ、人間を含む生物の肉体を石油に置換するのだと。敵味方お構いなく無差別に術式を垂れ流す制圧術式。以前聴いた〈レッドラム〉も強力な魔術だとは推測出来るが、それ以上だろう。


 「ふぅ〜。温かい……」


 「お飲み物を持ってきますね。コーヒーで良かった……ですよね」


 「……おねがいします」


 クラス7。別名、人間兵器。現場の狩人達を管理する立場からしても扱いを慎重にせねばならない人員だ。仮に、集落全員を皆殺しにしてやろうと思えば出来る。


 ここまで強いと管理する方も気をつけねばならない。内に宿る力を毒とするなら、良心や人間性は脆い薬瓶と同義。亀裂が入れば、容易く流れ出るだろう。


 「……おまたせしました。狩猟団の新入りを起こしてくるので、少々お待ちを」


 「……えぇ。お構いなく」


 「……支部長、なんか嫌なことありました?」


 「……いいや。寒かったからか、顔が強張っているだけさ」


 支部長といえど、無下に出来る相手では無くなってしまった。クラス区分で言えば既に上の人間だ。正直に言えばこの温かな家の居心地は良いとは言えない。


 「……起こして来ますので、少々お待ちを。……トランク。先日買った茶菓子があるから、お出しして。普段の棚に入ってる」


 トランクが茶菓子を出しながらアリスの顔を覗き込む。


 「えぇ。もちろんですとも。アリスさん。さっきまであんな楽しそうだったのにどうしたんです?」


 「……い、いやぁ。正直言うと、怖いんだよ。モーガンがね」


 階段を登るモーガン足を止め、耳を立てる。家の構造上、あの席での話し声がこの階段ではよく聞こえるようになっている。


 彼の尊厳の為にことわっておくが、だんじて盗み聞つもりは無かった。家の構造上、音が集まる場所なのだ。


 「あぁ……。彼の魔術ですか。ふふ。やっぱりか」


 「やっぱり……?」


 「モーガンは皆から怖がられたくないから隠してたんでしょう。……口では対策されるからだとか言ってるでしょうけど……誰だって避けられるのは辛いでしょう」


 「……エルフ達が村八分にしたこととか、結構怒ってないのかな……?」


 「……大丈夫でしょう。あれを」


 入口付近に積まれた手紙を指差す。アリスがその手紙に目を通すと、彼女の表情が和らいだ。


 「……かもね」


 「……人の手紙勝手に読むとか〜……ふふ。まぁ、自分の家のように過ごして下さい」


 「……意地が悪いな。トランクは。にしても……あの本は一体?」


 「……さぁ? モーガンのでは無さそうですが。……あぁ。鍋が……! 失礼!」


 暖炉の間の机に標準文字の子供向け教材が並んでいる。傍には学び直しの教材まで置かれ、共通語を勉強している様だった。


 モーガンの狩猟団に加わったという人物の物であるなら、識字にやや難がある相手なのだろう。


 (……魔力量であれば、クラス6と遜色のないクラス2との話だ。空渡りのヘルメース。どんな人物か)


 そんな物思いにふけっていると、暖炉の前にあるソファーの背もたれから、小さな寝癖頭が姿を現す。


 「…………コーヒーの匂い。大将〜。私もコーヒー淹れて……」


 背もたれに顔を乗せてカウンター席の方へと視線を向ける。するとどうだろうか、普段であれば筋骨隆々のモーガンが袖を捲ってコーヒーを楽しんでいるというのに、今日はどうだ。美人がコーヒーを楽しんでいる。


 「……大将が女になっとるぅぅ!? いや。別人か……夢?」


 「……はて。この子は……?」


 後ろの方からモーガンの声がする。


 「……おぉ。こんな所で寝てたのか。ベッドで寝ないと疲れが取れんぞ? あのあと部屋に行ったんじゃないのか」


 「……? ……。夢じゃないのか。あの美人だれ〜? 私以外の女か。おお?」


 「……とにかく、風呂入って来い。飯の支度手伝わなきゃだから、礼儀良くな」


 ソファーから立ち、アリスの目をチラッとみると不安そうな目をしているのがわかった。不安といっても身体的、生存的な不安ではない。果たして、この男とどういった関係であるかだ。


 「子供……?」


 「子供じゃないです〜。成人してますぅ〜。16歳ですぅ」


 はだけた寝間着のままアリスの側に近寄ると、まじまじと顔の造形を確認しては、感嘆の声を漏らしている。


 「……エルフってのは。良いなぁ~美男美女ばかりで」


 「……あなたがモーガンの言ってた狩人?」


 「いやいや違います。私は……まぁ、ね?」


 そういうと洗面所へと向かうヘルメースがしおれた声を漏らし姿を消すのだ。


 「……クサイのも好きって言ってたじゃん……♡」


 汗ばんだ寝間着に、潤んだ瞳。そして、珍しく疲れ切った顔をしているモーガンの顔に、あの寝癖。そして獣人の成人は16歳。同じ家で……むせ返る程に芳しい犯罪の香り


 (……あのあと。 モーガンそう言ってたよな……)


 少し奥で料理を手伝うモーガンの背中を睨みつける。


 「昨日は結構大変だったな〜……」


 「何がですか? あ。玉ねぎはもうちょっと厚く」


 「……疲れて、手もとがな。左腕の先で野菜を押さえつけて料理すんの結構難しいんだよね。てか昨日のに……つきあわされる身にも……むっ! 殺気……」


 すぐ背後には支部長が佇み、モーガンの背中に身体を密着させている。脇の下から回した右手が包丁を押さえ付けピクリとも動かせない。


 「モーガン。話をしよう。昨晩あの子と……ナニをヤったの?」


 「……待って下さい。支部長。貴方は誤解を……」


 「……うふ♡ トランク。これ借りるね〜」


 「……さようならモーガン。この様な形で別れとなるとは……」


 「……トランク。おま。お前だけは信じてくれると思っていたのに……」


 トランクが食事を用意し3人分の皿が用意された。モーガンの好物が盛られた食事であるが、気分が重たい。支部長殿はどうやら誤解をしている様だ。凄まじく悪い方向に。


 ヘルメースは支部長の横に座ると、無邪気に食事を摂っている。支部長の側に佇みモーガンの方を一切見ようとしないトランクに対して、トランク。再々、お前だけは信じてくれると思っていたと頭の中で絶望するのだ。


 「モーガンさん? この女性は?」


 「モーガン。浮ついた話が一切無く、このトランクは心配しておりましたが……流石に……その……うぅ……! 普通に引きますよ。えぇ」


 「……泣かないで、トランク……私もショックなんですもの……無いよね」


 「……え〜。皆様お集まりのようですので、挨拶をさせていただきます。 皆様から右手側に見えますのが、先日話させて頂いた、ヘルメースという者です。この度、狩猟団 落涙の精霊達に加入したメンバーです。ご挨拶を」


 キャスターの付いた椅子でもないのに、気にすること無く勢い良く立ち上がる。膝裏で跳ね飛ばされた4脚が床板を削る音に、モーガンは寿命が縮む思いだった。


 「……ヘルメースです! この度は、場末の萎びた狩猟団に加入することとなりました! ムカつく言葉は子供扱いされる言葉全般です! よろっしゃーっす!」


 トランクと支部長が少しの間顔と頭部パーツを向わせると


 「……え。彼女が……ヘルメース? 空渡りの……ヘルメース?」


 「……左様にございます。因みに、私が寝不足なのは、彼女に標準語の読み書きを教えていたのと、制服の相談で時間がかかった為です」


 「……やっぱり裏地はワインレッドで〜。飛竜種の革は厚手じゃないと牙が貫通してだなぁ……やっぱり制服ならカッコいいのが良きよ!」


 その話は昨日も聴いたと、モーガンは白目を向いてうなだれている。支部長の長年培った慧眼はこの二人に特別な感情は無いだろうと決断を下した。


 (……そっか〜。良かった〜)


 ヘルメースは表情を弛緩させた支部長の動きを見逃さずに含みのある視線を向けて鼻を鳴らした。


 「……」


 はっと表情を正してモーガンの方へと視線を向ける。急に不機嫌そうな表情を浮かべた事に、モーガンは困惑しながらも話を続けた。


 「……先のテロで狩人が大勢亡くなった。手が回っていない場所もあるでしょうから、この度ヘルメースさんに加入していただいた次第であります」


 「……そうでしたか。いやぁ、ありがとうございます。 ……それで、今日はもう1つ用事があってね……モーガンさん。何か忘れて無いですか?」


 「……支部長殿の誕生日でしたっけ?」


 「……あぁ……そういうのじゃない。この間の騒動もようやっと落ち着いて来ましてね。それと、先日のテロをねじ伏せた狩人を労う為にささやかな宴を。エルフの都市国家アスタシアと都市国家フェレスドレアとの共同祝賀会への招待を……」


 差し出された招待状を掴むと凹凸があり、それでいて滑らかな手触りだった。


 「……うわ。この紙……高そうですね」


 「……いやいや。第一声がそれ? ……おほん。私も出席するんだけど……モーガンも名指しで出席の案内が届いてます」


 「いや〜。人の多い所は苦手で……」


 「出るよね?」


 「……」


 「……出なきゃ処刑されるよ?」


 「……このモーガン。謹んでお受けいたします!」


 「……ね〜。美人のネェさん。それってこの封筒と同じ?」


 ヘルメースが荷物から同じ形の封筒を取り出した。確かに、ヘルメースの名前が記され彼女も招待客のひとりであるらしい。


 ふと疑問が浮かんだ。何故モーガンにはそれが無いのか。


 「……もらってないんだけど……何故?」


 「……拒否権無いって事よ。出るのが当然。常識だよね。 ってやつかな。まぁ、ここで拒否っても暗示に掛けてでも連れて行くからね。準備よろしく」


 「……せめて左腕が生え揃うまで待ってくれないかなぁ……」


 「……じゃ、3日で生やして♡」


 「……えぇ……無茶苦茶言ってる」


 「……おぉ! じゃ〜、皆で旨いもん食えるってことか! やったじゃん大将!」


 「……これは夢だ。明日になればヘルメースも居なくなってるんだ。きっとこれは――」


 「……大将。現実逃避やめなよ」


 つづく

 

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