バウンティハンター
男の手に曲刀が握られている。紅く、密度の濃い魔力で編んだ刀身に毛管現象が起こり、血液が吸われていく。
「クラス6。こんなものか」
手のひらに到達した途端に血液が皮膚に吸われて消える。吸う度に若さと活力が湧いてくる。死んだ体だというのに、生きてた頃よりも満たされた気分だ。
「……化け物が……」
「半身吹き飛ばされてまだ息があるとは。 ……狩人も大概だろう」
瞳の中に光が灯る。切っ先に黒い球体が生まれ出て、どんどん膨張を続けた。半身の無くなった狩人の体を侵食し削り取り消えた。
痛みが消え、意識も無くなったのを確認して術式を解除する。残った遺体の残骸は酷い有り様だ。アイスクリームを匙で掬い取ったかの様な傷口。
「お前達。食って良いぞ」
群れの長から許しを得たグール達が死体へと群がり、湿った咀嚼音を立てている。第2セーフハウスの前には死体の山形築かれ、殆どが男狩人達だ。
木製の椅子へと腰掛け、濁った空を眺める。以前はここまで感度が良くはなかったが、今では……空の模様に隠れてこちらを見ている女狩人でさえ感知できるのだ。
「……死んでからようやく、この世に産まれたかのようだ……。なんと心地が良い。なんと素晴らしき世界か。拒まれる事もなく、押し付けられる事もない……これが自由か」
しがらみも、悩みも、恐怖でさえ、今の私を掴み留めるものは無い。本当に、あのフードの女には感謝してもしきれない程だ。圧倒的な力。理不尽を押し付ける立場とはこれ程に男の自尊心を満たしてくれるものは無いと。頭に声が響いた。
「……後は、狩人協会。いいや、人類にどれほどの傷を残せるか……。それがこの契約なのだから。……さぁ、狩人よ存分に楽しもうではないか……!」
配下のグール達が次々と倒れていく。奥の通りから血眼で殺気立つ狩人の集団が歩みを進め、男の首を狙っている。
誰もかれもが、凄惨な事態を収束させたいが為に動いている訳では無い。今や高額賞金首となったグールの長、女王と名付けられた彼の首を狙う者。手柄を立ててクラス区分を高めようと狙う者。
強欲なイナゴの群れを目に男は微笑み、紅い曲刀を再び握った。
それを目下に眺めるヘルメースは無線機のトリガーを引いて状況を各セーフハウスへと届けている。第1。第3の救助指定エリアに関しては全てが捜索され、生存者の収容は終わったとの連絡が、モーガンの端末へと伝わる。
第4セーフハウスの遭難者救助が遅れている事を聴いた狩人達が増援に駆け付けているようだ。モーガンが第2セーフハウスへと向かう道中、何度もその集団と遭遇している。現にこうやって道を聞かれている。
「地図貸して……このルートでの移動なら連中を引き回さずに移動できます」
「ありがとう。そっちは? ……まさか、女王の討伐だとか言わないよな?」
「生憎、聞きたいことが山程あってね。エルフの集落でのテロ。連中との関わりがあるのなら情報を抜き出したいんだ」
「……あんた、まさか……いいや。黒油の狩人かと思ったが、人違いだよな。……忘れてくれ」
「えぇ。道中お気をつけて」
あの一件から、ある程度名前が拡がっている。単一の魔術師として避けなければならない状態に陥りつつあるのだ。
(……事実として、ヘルメースの件だ。あの登場タイミングの良さ、どこかしらの連中にマークされていると考えれば合点がいく。……術式の特性を知っている時点で怪しかったが)
荒事の得意な術者。ヘルメースはモーガンと会って直ぐに、見たこともないモーガンの術式についての傾向を掴んでいたのは不自然ではある。
(……まぁ。名が売れて嬉しいという気持ちは少しあるが。不安の方が大きいな)
モーガンの左目から液体が滴り落ちる。目にゴミが入った訳では無い。粘性があり不愉快な薄黄色を呈した液体だ。
片手にのるサイズの鏡を覗き込むと、左目はもう駄目になっている事が客観的にわかる。深みのある赤い目の姿はそこにはなく、白い膜が張った小汚いピンク色に変化している。
「……さっさと元凶を叩かないと……詰みだな」
胸ポケットの骨に魔力を流す。流すといっても皮下まで通った魔力で促すだけだが。例えるならナッツをフライパンで炒る様な感覚に近い。
不思議なもので、ヘルメースが飛んでいる位置と彼女の見る光景が脳裏に浮かんでくる。彼女の目を通して覗く世界は、素晴らしい眺めとは言い難いものだった。
「どうやら、苦戦してるみたいだな……」
「あぁ。中々厳しそうだ。そっちは左眼が駄目になってる様だが、大丈夫か?」
「驚いた。まさか考えてる事まで筒抜けだとかは……」
「良く知らん男と思考を共有する趣味は無いね。出来なくはないが、お断りだよ。マジキモい。転化の兆候は?」
「……脳味噌がしっかり働いてる。まだ猶予はあるでしょうな」
「モーガンの言ってた写真の男だけど。随分と強い魔術使ってるよ。血液かな。遠目で見てる分だとそう見える。欲に負けた狩人が挑んでは……こうなる」
また一人、また一人と切り裂かれ地面を赤く染める光景が続いている。
「分不相応な連中が何故前線に出てるんだ?」
無下に命を散らしていく光景を見た彼の声は怒ったような印象を含んでいる。魔力量の差異を見抜く力がなくとも、本能的に力の差は見抜けるものだ。そういう考えなのだろう。苛立った声が彼の考えを象徴している様だった。
「見抜けない奴も大勢いるのさ。狩人のクラス1だとかは素人同然のルーキー。生活苦で流れ込んだ連中も多いのさ。グルド人の狩人協会の事情とは、ちょい違うかもね。連中は一発逆転を狙ってんのさ」
「一発逆転? なんだそれ?」
「……わかんないかな〜。ん〜。1度の手柄で人生を大きく好転させられる成功のことだよ。この世の中、生きてるだけで手一杯な奴が多くてさ。夢見ちゃうんだろうね。」
「一攫千金だとか。そういうのか」
「あぁ。近いかも。今の〈女王〉の討伐レート見てみ? 端末にメッセ飛んでると思うけど。2000万クラウンだよ? ああいうのが出てきても仕方がないさ。私は行かないよ? 討伐補助報酬、情報共有報酬で稼がせてもらーー」
「……馬鹿な話だ。金という手段が目的となってしまっているとは。自身が強くなればその手段は自ずと増えるのに。目先の利益に目が眩んだか。愚かな奴らだ」
「あれれ〜。怒った?」
「不愉快だ。ただ単に、不愉快この上ない。待ってろ。直ぐに向かう。役不足な狩人を下がらせられないか?」
「無茶言うなし。他の狩猟団に命令できるかっての。それに、私は一般人を助けるが、自惚れた狩人を助けるつもりは無いよ。馬鹿は死んでも」
「……そういうアンタも自惚れた奴だな。さっきから、ヘラヘラしやがって。自分に関係のない事は全てどうでも良いのか? それが他人の人生でも、関係のないからどうでも良いか? 大概にしろよ。胸糞悪い」
「あ?」
「どうした。脅してるつもりかよ。自身が不機嫌であることを押しつけて、相手が折れて下がってくれる事に甘えるな。そんな振る舞いをする人間は相手にしないぞ。無礼者め」
「あ〜。ジジイかよ。うざってぇな。骨返せよ。クソ野郎」
「わかった。今返しに行く」
ヘルメースが舌打ち混じりに罵詈雑言を連ねていると。足元の建物に煙が立ち上った。砲弾でも衝突したかの様な煙の中、赤い瞳の男が、彼女を見上げている。
ほら。返すから降りて来いよと訴えるガラの悪い目つき。近くでみると、機嫌が悪い上に病状が悪化している事がわかった。
「……拝借していた物を返却します。ありがとうございました」
立ち振舞いに怒っている事と、装備を貸して貰った事は別の話だという気概が伝わってくる。
「……っは」
差し出された骨をひったくる様に受け取ると、胸ポケットに仕舞う。バツが悪そうな目でモーガンを睨んでいたが、既に彼は建物の下を眺めている。
〈タール・ボウイ〉の手で自分自身を投げ飛ばしたのだろう。上着とズボンにべっとりと付着した油がものがたっている。
魔力の残量は半分くらいだろうか。最初に会った時より弱々しく以前の迫力は無い。
雨樋を掴んで足を地上へと向ける。キツイ体勢の中、ヘルメースが声をかけてくる。
「討伐したら、ちゃんと証言してやるよ。まぁ、頑張れよ」
「言ってろ」
ああいうやり方が彼女の生業なのだろう。基本的には戦わずに、安全な仕事で金を稼ぐ。必要な人員だとは理解しているが、如何せん態度がいちいち癪に障る。
残った最後の1人を切り捨てると、こちらへと歩みを進めるモーガンに視線を移す。胸を貫いた相手の胸を踏んで魔術の剣を引き抜いた。
「狩人ってのは、奇襲に罠猟だとかがセオリーだと聴いていたが。何故、どいつもこいつも正面から馬鹿正直に突っ込んで来るのかね」
お前は兎だとか猪とかじゃないだろう? そう貶すように吐き捨てると〈拒絶する中指〉を右手に握り、峰を肩に乗せて続けた。
「普通の怪物とは違うだろう。例外なのさ。アンタらの場合は。他の人間に対して術式を新たに植え付ける。それを施された怪物を街にばら撒くか。なる程、コスパの良い戦力の増やし方だ」
「……君には特に注意する様に言われてたが。君の化け物っぷりには驚かされるよ。まだ転化してないとは、驚愕だな」
驚愕だな。そのワードを聴いた途端に眉間の皺が濃くなった。化け物風情が生意気だな。そういう目を浮べている。舌打ちを皮切りにモーガンが口を開く。
「どうしてこんな事を? どうせ殺すんだから、まだ口がきける内に聞きたい。教えてくれよ。んな馬鹿な事をしでかした動機ってやつを」
「……この街の犠牲者だからさ。多くは語らないよ。まぁ、怨嗟だな。あの女も狩人協会には恨みを持ってる。口にはしていないが、それ以上に目的があるようにも見えたがね。他に質問は?」
適当にはぐらかすと踏んで吐き捨てた質問だが、割りと信憑性の高い返事が来るとは思っていなかった。
「……仲間の事を喋るとは、意外だな」
「ははは! 殺すんだろ? 教えられる内に情報を渡すだけさ。仲間じゃない。互いに利用してるだけさ。俺はこの街を貶めたい。あの女は狩人協会を貶めたい。互いに納得できる妥協点を明らかにして手を組んだだけさ」
表裏のない笑いを浮かべながら、性格の悪い事を悪気もなく吐き出しやがる。モーガンは呆れた様にため息をつき、真正の下衆なのだと確信した。
「……命を捨ててまでか?」
「……あぁ。安い恨みじゃ無いからね。この決断を後悔していないよ。こうやって大勢を殺せたし、いい気分だ。将来への憂いも無い。まぁ、この状態を維持する為には、他人の血を啜らないと駄目なんだが……」
「モーガン。君にも聞きたいことがある。他人を救う価値はあるのか?」
「は? あるに決まってるだろうがよ。当然だろ?」
モーガンが目の前に迫り〈拒絶する中指〉を振り下ろした。咄嗟にその刃を魔力剣で受けると、青白い魔力の火花が舞い上がった。
「……同じ性質を持つ魔力剣か。中々厄介な術式と見た」
「……愉しませてくれよ狩人」




