蜚蠊の湧いた小麦粉
内容修正するかもです
「狩人協会からの非常事態宣言から、おおよそ7時間が経過し、結界周辺には物々しい雰囲気が漂っています。先程から頭部を撃ち抜かれたグールの搬送と収納が続いているようです……狩人協会広報のアームストロング氏によれば事態は収束へと進んでいるとし……」
ラジオから流れる話を上機嫌に聞き流す女性は、温かな紅茶に大きい角砂糖を5つも放り込んでいる。
角砂糖1つ落とす毎、上機嫌に鼻を鳴らしている。ティースプーンで数度撹拌しただけでカップに口をつけている。紅茶の後に来る強烈な甘さ。
これが机などに飛沫が付き、乾けば間違いなくベトついた汚れへと変貌する事は容易に想像が出来る。
「……ずいぶんと機嫌良さそうですね」
「……え〜。そうかなぁ? この店のスイーツ最高なんだよねぇ♡」
浅黒く彫りの深い髭面の男が、甘すぎる菓子を齧っては多めのブラックコーヒーで流し込んでいる。菓子を口にするたびに険しい表情を浮かべるのを見るに、好んでこの店にいるわけでは無いようだ。
「で? 今月の収支は?」
薄紫色の髪は腰上まで伸び、体のラインがはっきりと出る衣服を纏った女が質問を投げかけると、男はようやく本題に入れると安堵し、フォークを置いた。
「黒字も大黒字。一生慎ましやかに人生を送れるくらいですな。やっぱし汗水垂らして働くよりも、粉を捌いて儲ける方が良いねぇ。姐さんもどうです? 魔術で強化した上物」
金の話になった途端、明るい話題が回って来たと口数が増える。
「ケーキに粉は合わないでしょう。甘すぎる紅茶に、甘すぎるお菓子……最高なんだよね〜。店員さーん。おかわり〜」
何も妙な光景ではない。昼下がりに恋人と茶を楽しんでいるだけ。それ以外の形容が困難な状況である。
「……今回は随分と対応早かったですね」
「豊作ってとこね。あの範囲への結界の実施に、脅威レベルの選定速度、対応方法に狩人協会に属する人員の貢献度を分類すれば、どういった状況でどういう術者を使うかがわかる」
「例えば、虫と人間を媒介するテロの場合は土術使いと結界術師。隔離を容易にするタイプが重宝されて、隔離するまでどれほどの時間を要するか。この情報は貴重なモノだよ。どういった人員が配備されているかを調べれば、その土地の強さと弱さが判断できる。どういったアプローチがより効率的に被害を与えられるか」
「この件でどのくらいの人間がPTSDを発症するか。武力をどれほど減らせるかを予測できる様になれば尚良し。狩人協会の広報の動きから対応進行度が推し量れる」
「……どうやって」
「グールの動きは全て把握できてる。私が組んだ術式だ。被術者の動きは手に取るように判る。確かに収束には向かってる。残すは後2体だけ。半分は済んだってとこかな」
「……一体、どんな術式なんですか?」
「……え? 知ったら死ぬけど良いかな? うふふっ♡」
「……やめとこ。で? この金は何に使うんです? 投資だとか?」
「いい線行ってる。この騒動の後著しく価格の下がるものは何だと思う」
「……あぁ。土地を含む不動産か」
「冴えてるぅ♡ 狩人協会の息が掛かっているなら開発する土地なんて足りないくらい。人間が死にまくった場所に居住者向けの施設は立ちにくい……大体が公共施設とかになると踏んでる。データ大好きだけど、ここからは予想。私の読みなんだけどね……耳かして」
「……いや〜。無いんじゃないですか?」
「……失敗したら粉の流通量を増やせば良いさ。足が付きやすいだろうから、慎重にね♡」
「……こんな派手にやれば、何れ喉元まで迫られるのは時間の問題かと思いますがね」
「……そーね。だけど今回重要なのは、虫でもグールの呪いでも無い。あの犬。私の使い魔の解剖出来るか出来ないかで変わってくるかな〜。人間殺した犬が何されるか知ってる? 眉間ぶち抜かれて殺処分。解剖義務の規定も無いから……でも気付いて欲しいな〜。アレの分析が最優先だってことを……」
「楽しんでますね。最近はクスリ作ってるだけなんで……人生が渇いてますよ。こうも仕事、仕事、仕事だとね」
「お。そっか。じゃあ、1か月くらい休暇取って良いよ。南の島でも行ってリフレッシュ……。お土産よろしくね」
「……そうですなぁ。そうしますかね……これ食べます? 甘過ぎて自分には合わないんで」
「お。やった。マーベリックはなんか要らないの?」
「コーヒーだけでいいですよ。」
ケーキを割っては口へと入れる。甘すぎて胃が拒絶する程の代物を次々と頬張るのを見て、マーベリックは少し引いた様な表情を浮べている。
マーベリックと言っても本名ではない。素性を隠す偽名のようなものだ。
「……てか、結局だめだったのがなぁ……痛いねぇ」
「何がです?」
「モーガンよ」
あのグルド人の話が出てくるとは思っていなかったが、何も不思議な事では無いと知っていた。元々はこっち側へと引き込もうとしていたのだ。この完璧主義の女にとっては未練のある事なのは薄々感じてはいたが。
「……アレは無理でしょうよ。狩人協会に骨の髄まで傾倒した男です。根本的な思想が違う」
「……相当、不平不満が溜まってた人材だと思ったのに……その分、鷹の目の術者は早かったよねぇ~」
「日頃から抑圧された人間ほど唆しやすい奴はいませんよ。それに、死んで転化することを受け入れてたらしいですね」
「そ。勝手にモーガンと接触して、追跡されたからね。始末ついでに術式の下敷きにしようとしたら……ふふっ。むしろ喜んでたのよ? ホントに、マーベリックの慧眼には驚かされるよ……魔術だったりする?」
「ははは。絶望した奴を駒にするのが得意なだけですよ。」
「そ。実を言うとまだ諦めて無いんだよね。彼を仲間に迎えるの」
「……ふ〜。正気か?」
「あの魔術。とってもユニークで美しい。それに……」
「……それに?」
「顔がタイプ」
音を立ててコーヒーカップをテーブルへと下ろす。意図したものではない。呆れて腕の力が抜けたのだ。マーベリックは眉間に皺を寄せ、鼻を搔いている。
「勘弁してくれ……。両目を潰して、奴の住む集落をテロの実験に使ったんだぞ?」
「……どうにかならない?」
「……まぁ、手が無いわけでもない。狩人協会の人体培養技術。あれを聴いても無反応だったのを見るに、狩人協会の負の側面を知ってると思う。そこからアプローチするのもありかもな……」
「お。妙案来た?」
「無し。奴がこっちに傾くには弱い。負の側面を知っても狩人を続けてるんだ。並の若造のメンタルと同等に扱うレベルじゃない。揺すりを掛けるにも、こっちが火傷しかねない。見たところ奴の魔術だけど、まだまだ成長途中だ。姐さんの魔術が……」
「ん。そーね。じゃ、諦めるか〜」
「……あれま。意外とあっさり」
「こっちの人材が脅威を感じる魔術師。流石にそれを入れる気は無いな……。マーベリックの評価も聴けたし、満足。満足」
「……人が悪い」
「男の本音を聞き出すのって単純ね。ふふっ。さて役員同士の意見のすり合わせをしたところで……次はどうする?」
「今のところ目ぼしいターゲットは無いですね……。それにこの件が上手く行けば、幻のクラス10を目に出来るんです。その後からでも遅くはないでしょう」
つづく




