悪党の面構え
戦闘描写が苦手
外に出ると風景が多少変わっていた。建物の壁が道のど真ん中まで伸びている。突貫工事を魔術で行うと出来る土のささくれが浮かんでいる。
「で。どこから探す?」
「飛べる範囲は?」
「単身ならどこへでも。モーガンに渡しておくよ。これ……魔力を流せば互いの位置がわかる道具さ」
「……骨?」
「死産だった双子の脊椎骨だよ。互いに繋がりがあるから魔力を流せれば……口頭で説明するより早い」
手のひらに乗せた脊椎骨を親指で何度か転がすと、上着の胸ポケットへと仕舞った。無機質な骨だが、不思議な事に人肌程度の熱を持っている。
人間の遺体の一部であるが、怨念の類は感じない。きちんと弔った遺体でも、少なからずは負の性質を持つものであるが。例外中の例外。モーガンの主観からすれば、この言葉がしっくりと来る。
「コイツを探して、見つけたら連絡を」
「顔面半分グチャグチャの遺体? それと、生前の姿か。記憶映像の切り取りだね……あんまり体に良くないぞ? 若くしてボケるかもだし」
「今回の件を乗り切れなきゃ、結局死にますし。それらの写真ですが……多分今回の主謀者。そのオトモダチだと思います。戦わずに連絡を」
「……オッケー。単一の術者でも使えるように調整してるから。……無くすなよ? マジで」
ヘルメースの体が浮き上がり、建物よりも高く飛び上がった。風の音と共に姿が小さくなって行く。
小さなったヘルメースの影を目で追っていると、連絡が届いた。
「転化の兆候があれば直ぐに連絡して」
「えぇ。その時はお願いします」
送信先チャンネルを変更して声を吹き込む。
「第4セーフハウスへ。こちらクラス6。モーガンです」
第4セーフハウス。背中の方向に鎮座するシェルターの名前だ。
「第4セーフハウスより、モーガンヘ。良く聞こえています」
「例の件の伝達は出来ましたか?」
「他のセーフハウスにも女王らしき人物の映像を送信しました、相手方の狩人も捜査に加わるそうです」
「連絡が取れていない箇所は?」
「第2セーフハウスです」
「了解。第2セーフハウスの状況確認に向います」
「モーガン。魔力の残量はどのくらいですか」
「7割程度です」
「緊急事態における措置ですが、医療品店などの一般向けの備蓄等を使用する認可が出ています……火事場泥棒に漁られていなければですが」
「魔力ポーションですか。わかりました。遠征中に必要な物資があれば持ち帰りますが、何かありますか?」
「……物資は大丈夫です。避難の出来なかった方を見つけた場合は連絡してください。座標を送って頂ければ、こちらの狩人と人員を送ります」
無線機のボタンを何度か押して、今立っている場所を原点座標として登録する。
「第4セーフの入口を原点として設定しました」
「ご武運を」
「そう言えば……迷子の子は母親のもとまで行けましたか?」
接続先に居る人物は優しく笑った。緊張気味だった声色が、余裕のある声に。元気を取り戻した様に感じる。
「……えぇ。無事に」
「良かった。……これより、第2セーフハウスへの遠征を行います。モーガン、アウト」
予感でしか無いが、知性型の怪物。いいや、人間から転じたモノであるなら、身を守る為の城を持つだろうとの憶測だ。
死体安置所も候補の1つだが、数が多く、他の狩人達に委託することとなった。可能であれば調査を。脅威が多ければしなくても良い。現場の判断に委ねる形となるが、場数を踏んだ狩人達だ。何も不安になる材料はない。
ヘルメースの影を追った時の話だが。その景色の中に人影を目にしていた。少し前にモーガンが飛び降りた屋根の上だ。
建物の中階段を使って最上階へとたどり着く。土術使いの働きで、窓が強固な壁に埋め固められている。3階までは一切の光の漏れも無く、暗闇が支配する世界だった。
窓を割って壁をよじ登ると、先程確認した影の場所に男が立っていた。血の気の引いた皮膚以外は生きた人間と違いがない。
男の胸には何にか異質なモノが宿っている様に見える。赤黒い血栓の様な何か。視覚的に見ているのではない。感覚的に視えているのだ。
ジグソーパズルのピースで例えるなら、形が同じだけのピースを全く関係のない場所に押し込んだかのような違和感がある。
「……シェルターって、ここであってますかね?」
男が口を開き、モーガンへと向かいあった。顔がよく見える。あぁ、この男は死んでいるのだな。そんな声が頭をよぎった。
「生憎、死人が入れる部屋は無い。死人は大人しく火葬炉にでも入ってなよ」
モーガンの術式である〈拒絶する中指〉を右手に握る。それに伴って、モーガンの右目からは紅い閃光が糸を引いている。肉体強化との同時発動だ。
「……妙だな。気取られるとは。使い魔どもの反応が消えたから見に来てみたが、罠に掛かったのはこっちだったか。俺の名前はヨシュア。アンタは……モーガンだったかな?」
「器の記憶を読んでるだけだな。君はヨシュアではない。人間の真似なんてしないでくれ。気色が悪い」
「幽世の存在を捉える目か? 厄介な奴も居るのだな」
「あんた、何の為に人間を辞めた?」
「……ん〜。復讐かな。気分も、生きてた頃よりもずっと良い。食事もいらないし、性欲も沸かない。ただな〜誰かを殺したいって欲望は頭の隅に常にある。自信が素晴らしいと思うことは誰かに押し付けたくなるもんだろ」
コイツをグールにした親玉が先日の男である事が確信へと変った。幸いなことに、あまり駆け引きが得意な男ではないようだ。元からか、肉体が死んでいるからか。
「……復讐ね。誰を殺した?」
「この街の人間」
「……特定の誰かではないのか?」
「兄さんみたいな若いのには解らんさ。30超えて来ると急にな……。誰でも良いから殺したくなったんだよ」
「……身勝手な奴だ。それで? この惨状を見てどう思う。女子供。青年、ご老人。多くが死んだ」
「……いい気味だ」
グールの目の奥に光が灯る。魔力消費の膨大さが予兆ですら感じ取れる。
皮膚にビリビリとくる感じ。乾ききった空気。間違いない。熱系の術式。息を止めて肺が焼かれる事を防ぎ、中指の欠けたタール・ボウイを前方へ待機させる。
瞬間、光が弾けた。衝撃波に乗った破片が脇の肉を削ぎ落とし、術式の腕も表面が傷付いている。爆発だ。屋根の瓦が全て剥がれ板材も焦げている。
「……他のが集まって来るな」
爆風が届く前に銃を抜き、数発をグールの顔面へと撃ち込む。額に頬。そして顎先に小さな爆発が起こり、爆発で軌道をそらされた弾丸が壁にめり込むと壁が土煙を吐き出す。
「……いきなり失礼じゃないか」
煤汚れた着弾箇所を小汚い布で拭っている。
(触れたモノを爆発させる。そういった類か。全く、単一の術式は対抗策を考えるのに苦労する)
「……自慢の術式を披露してもらったのは良いが、それは本来の術式かい?」
「前はこんなに強く使えなかったさ。退いてくれるか? シェルターの人間にこの世界を見せてやりたいんだ」
彼は空を仰ぐ様な仕草をして、優しく微笑んだ。その微笑んだ顔が不気味で、モーガンの背筋に冷たい感触が走った。
「……こいつは……」
男の周辺に光の粒が舞っている。黒く輪郭が紅い光の粒だ。術式ではない。この光が、そこに居る霊体の姿である。
「報われない死人が多すぎる……」
「怨霊だとかの類か? さっさとあの世に行けば良いものを、うだうだと未練ったらしく残りやがって……」
黒い解体包丁の切っ先を左手で握ると、2振りの包丁へと姿を変えた。
「生き物ってのは不思議でな。体が死んだ場合、腐敗を進める酵素を自ら分泌するんだとさ。人間辞めて、他人を手に掛ける様な奴が知ってるとは思わないがね」
「……話が見えないが」
「死んだ体は再生しない。グール病末期症状患者は、幾ら食事を摂ろうが10日程度で動けなくなる。第二の人生だとか生まれ変わった気分だろうが、何れ自我も無くなる。始まる前からオワコンな術式なのさ。その呪いはな」
「……その活動期限をかなり伸ばせているとしたら?」
「ありえん。可能性としてあるのは、医療系術式を相当極めるだとか。爆発系の術者が使えるような雑把な魔術じゃない。それに、素人の魔術を底上げしたところで、捨て駒にしか使えない」
「……それはどうかな。試してみるか?」
「いいや。やめとくよ。こっちも無駄に魔力を使いたくないんだ。それにーー」
一瞬だった。グールがモーガンの眼の前に迫り瓦に手を置いていた。直接彼の体に触れての起爆は避けられる事を踏まえての攻撃だろう。
(恐ろしく早い。〈発気揚々〉の術に魔力流量を抑えてるとはいえ、中々のものだ)
爆煙の中に黒い人影を見た。部分的に肉体が欠けた輪郭が飛んでいる。渾身の魔力流量で放った爆発だ。足元以外の構造物は消し飛び、酷い土煙が舞い上がっている。
「あっけねぇな。狩人ってのは街中でイキってる無能連中だとは言うが。マジだったな」
土煙の間隙から吹き飛んでいく輪郭を覗き見る事が出来た。甲冑の様な物が飛んでいる。物だ。生身の人ではない。魔力量からするに、装甲を纏ったモーガンの姿だと直感的に理解し、跳躍の力を込める。
「……ド素人め」
何かの存在が近づいてくる。斜め後からの魔力。前に飛ぶ物よりも、小さく弱々しい魔力量。何故か魔力量の少ない存在の方にモーガンの姿が見えたのだ。
〈拒絶する中指〉の刃が後から迫る中、視界の縁には折れた煙突が見えた。破片の勢いでへし折れた感じではない。点ではなく面で加えられた圧によって破損している。
そして、破断の起点となる箇所に人間の足跡が。モーガンの痕跡が刻まれていた。
(……間抜けが。魔術の爆破だぞ……触れた瞬間、その華奢な刃物共々爆弾に変えて肉塊にしてやるよ……!)
浅く皮膚を裂いた瞬間に勝ちを確信した。触れるもの全てを爆弾に変えられる。触れた術式自体も手中におさめたのだ。
(……あれ?)
皮膚を裂くだけではとどまらず、真皮を絶つと、筋肉と血管までもが切断されていく。
(……あれ? あれ? なんで?)
頚椎の外周にまで刃を滑り込ませた術者の顔がよく見える。術中にハマってくれて感謝するぞ と嘲笑うかの様な顔だ。勝ちを確信したのは互いに同じだったらしい。
(〈拒絶する中指〉こいつはあらゆる魔力と術式を無効にする拒絶の性質を持った兵装だよ……お前みたいな術者なんざ飽きる位に出会ってブチのめしてきたのさ)
骨を砕き、再び柔らかな組織の手応えを感じる。峠は超えた。後は勢いのまま引くだけだ。
「お疲れさん。何も気にすることはない。この術式で多くが死んで行った。誇れ……アンタは強い」
グールの首が飛び上がり隣の屋根へと落ちる。右目が隠れるように雨樋へと引っかかり、モーガンを見つめる。
立ったままの首から下に黒い液体を吹きかけると火柱が上がり、腰を蹴飛ばした。体が落ちるのを最後まで見届けずにこっちの屋根へと飛び移って来るのだ。
「……お前の親玉はどこに居る?」
高そうなインクペンを咥えさせて地図を近づける。居場所を指せと催促するも、頑なに教えようとはしなかった。
「……そうかい。それでも良いさ。ペンはやるよ。汚くて使えねぇわ」
頭の上から透明でヌメリのある液体が垂らされる。油の性質を変え、低い温度でも爆発的に燃焼する油だ。
肺との接続が断たれており、表情くらいでしか意思疎通が行えないが、見た感じでは焦っている様にも見える。
「教えるなら、瞬き1回。しないなら2回だ。教えれば楽に殺す。約束しよう。断るなら、言葉通りに火だるまに。どのくらいの時間で火が通るかは知らない。生きてるなら直ぐに意識を失うが、なにせ死人だ。灰になるまで燃やすにしても……いいや。その前に熱膨張で脳が爆発するのが先か?」
「……悪いな。人間の頭だけを熱するのは経験が少なくてな。苦しいのは間違いない。保証出来る……お。着信来てる……失礼」
無線機のディスプレイを覗くと、モーガンは前言を撤回し拳銃を抜いた。
「頭を撃ち抜く。術式は使うな。男なら覚悟決めろ」
1度の瞬きの後にグールは瞼を下ろした。
「……介錯を務めさせて頂きます。 ご容赦を」
乾いた銃声が響く。頭部と胴体に籠もっていた魔力と中身が抜け出るのを見送り、無線機のメッセージへと目を下ろした。
「……第2セーフにて女王らしき姿あり。さて、行くか」
つづく




