土竜の巣穴
貨物用エレベーターに乗りヘルメースとモーガンは地下へと向かっている。ヘルメースは開けるのが遅いだけの理由で、ず〜っと愚痴をこぼしている。
「はぁ……嫌にならんのかね。愚痴っても無駄でしょうに」
「あぁ? ちょ〜っと強いからってなにさ。……はぁ〜。愚痴ってのは話題としては優秀でしょう? 女の愚痴を聴けないオトコはモテないぞ〜?」
悪気もなく愚痴を話題として優秀と称する彼女を横に目を瞑った。説教臭い老人の様な思考だろうが、愚痴と悪口。それらは吐き出した者の、人格と質を著しく落としてしまう劇薬のようなモノだ。一抹の快楽を得るには支払う代償が多すぎる。
「はて。そう思うのは若さのせいかね。優秀なものか。ただの不平不満の羅列ではないか。……事実モテないが、知合ってすぐの相手にぶちまけるのは良くないと思うだけですよ」
顎を引いて遠い目をしているモーガンの瞳を覗き込む。少しばかり気が立っている様にも見える。
しかし抑えられないのだ。他人にちょっかいを出し、相手がどの程度で怒るのかの耐久テストをする欲求に。
「……友達居ないのか〜? んな、険しい顔して。誰も近寄りたがらないだろう」
そこはかとなく、この少女の性質を見透かせた様な気がする。この挑発をすることで相手との距離感を推し測っているのだろう。
1度嫌った相手を敵として認定するタイプの人間であると仮定するなら、下手に衝突するべきではない。
「えぇ。まぁ、そうなんですが……はは」
軟化させた表情。相手に敵意は無いと示す表情である。しかし、こうも急に仏頂面から表情が緩む事で相手が抱く印象としては違ったニュアンスで受け取られていた。
(……やべ。凹んじゃうタイプなのか。……うわ。気まずっ! 地雷踏んだ感じかな? ……いやいや。絶対舌打ちとかで返事するタイプの顔じゃん! 1日煙草3ダース吸ってそうな顔じゃんか!)
「……お。おう。そっか……。ん〜話題。話題っ。なんか無いかな〜?」
「あぁ。そうそう。気になったんですけど。ヘルメースさんは、何故、クラス2のままなので?」
「止めてんの。男より強い女はモテ無いからね。上だと、ご飯も奢って貰えないし。顔はイマイチなのが多いけど」
「ほ〜」
不特定多数の相手へ喧嘩を売る様な発言とも取れるが、賢い戦略でもある。優秀な異性を見分ける為の行為であると捉えるなら、理にかなった話だ。
事実として高収入な狩人は多い。積極的に狩猟へと赴き、危険性の高い害獣をこなすのはもちろんの事である。
その他にも、街中での治安紊乱行為等の抑止及び鎮圧。平たく言えば、チンピラ同士の喧嘩や魔術師による犯罪。これらを捻じ伏せたとしても報酬が支払われる。
品の無い言い方にはなるが、素人同士の喧嘩は狩人にとって飴のような物だ。ランチ代が浮いてラッキー程度の事案から、高い服を購入できるハイリターンの場合もある。
「……なる程。賢いですね。ヘルメースさん」
「……? どうも。 天然って言われたりしない?」
「いいえ。変人とは良く言われますが」
そんな事を話しているとエレベーターが止まった。土嚢に武装した衛兵。数名が近寄ってくるとフラッシュライトで目を照らして症状の確認を行う。
「2名、転化傾向無し。収容をーー」
「失礼。直ぐに出ますので。収容は必要無いです。結界外部の狩人協会と話をしたいのですが。頼まれてくれますか?」
「……こちらへ」
シェルターの奥へと進んで行くと、避難した市民が狭い小部屋へと入り各々の時間を過ごしている。想定される収容者数の範疇に収まっているという状態であるか、想定される大多数の市民が外のグールへと転化したかの、どちらかだ。
「部屋の空き状況はどうです?」
優しい声の衛兵はモーガンの方を見ずに話し出した。
「そうですね。ざっくり、半分に満たないくらいです。外にグールの集団が居ましたし。狩人さんのお陰で、土術使いが簡易防壁の設置に出る予定ですので、直に生存者で埋まると思います」
ここを取り囲んでいたグールの群れ。あの量を見るに大多数が死んでしまっている様にも考えられるが。目の前を歩く衛兵の声には不安など微塵も無いかの様だ。
市民を護る。志のある素晴らしい人材であると直感的に思った。この状況下で不安を感じ無いなど、あり得ない筈。気取られぬ様、気丈に振る舞っているのだ。もしくはかなり訓練された熟練であるのかもしれない。
「ところで、何故屋根の上に? クラス6相当と言われるヘルメースさんならば、早々にシェルターに入る事は容易かった筈ですが」
「途中グールの残骸があったっしょ? 逃げるパンピーを助けずどうすんのさ。まぁ、殲滅力が足りずにあの状態。来てくれて助かったよ。……なに? その目は?」
自身の術式ではあの集団を片付けられないと踏んで、あの態度を取っていた。首を刎ねる事が出来る威力を出力するには保存している魔力が足りないという事だろうか。
「……いいや。意外だなと思っただけですよ」
「……敬語やめろ。メンドクサイ」
「了解」
「それじゃ、狩人協会のお頭からの命令については私が確認してくるよ。暴れ回った狩人サンは寛いでな」
「……そうか。……腹が少しばかり減ったな」
ヘルメースが通信ブースへと入ると、その他大勢の狩人達の姿を見た。 席を立って準備をしているのは土術使いの狩人だろう。障壁、防壁。陣地防衛に優れた術者達である。風術とは相性が悪い。相手方のほうが質量を有するモノを操るからだ。
一方の風術は事象を操る。極まれば天候自体を操ったり、全てを破壊する竜巻を使えるが、成長途中であれば器用貧乏な術式とも言える。
「なぁ、狩人協会からの指示は来ているか?」
「……可能な限りシェルターに非感染者を誘導しろとの連絡だ。あのボードに書いてる。内外の結界境でグールを撃ち殺しまくってるとは連絡があったが、内部の状況が向こうも完全に把握出来てる訳じゃないらしい。さしずめ、外部から武装戦闘員を突入させて元凶を叩くつもりだろう」
「元凶?」
「……蜂の集ったグールが居るらしい。狩人協会はコイツを女王と呼ぶ事にして、討伐を準備しているらしい」
「病原体が撒かれた訳じゃないのか?」
「再現した術式である事が判明してる。完全に転化したグールから伝染するらしい。未発症であれば伝染らない。相変わらず分析技術班が優秀だよ」
「ふん……。何故、結界内の狩人にその情報を流さなかった。設備の出力は十分だろ?」
「……安全の為だよ。今まさにグールの集団の近くを通ってる連中が音で感づかれない為にも。それに、女王は狩人の死体から専用無線機を手に入れてる可能性が高い。情報が渡る事は決してあってはならない」
「……グールが無線機を?」
「どうやら女王は言葉が判るらしい。無知性型なら使える手が使えないんだ。他に質問は?」
「いいや。十分だ。感謝するぞ」
「……子供が偉そうに。これだから狩人のガキは嫌いなんだ」
気だるげで癖っ毛の強い男が呆れた様に呟く。微かにタバコの残り香が服と肺に染み付いている。首にはドッグタグが吊るされ、クラス5の文字が大きく刻印されている
「……あ?」
片方の眉を上げたヘルメースが男の目を睨みつける。呆れた表情のまま彼女の怒った顔を見つめ返すと、鼻でほくそ笑んだ後に声を漏らすのだ。
「個室に籠もってろよ。子供が死ぬ必要はねぇってこった。おーし。オメェら、作戦は聴いた通りだ。俺たち土建屋の仕事だ。気ぃ張ってやるぞ」
ぞろぞろと狩人達が部屋を後にする。リーダー格の男は部下達を全員見送ると、厚手のコートを肩に掛けながら部屋を後にするのだった。
「……顔は覚えたぞ。兄ちゃんよ」
「……気の強いメスガキだねぇ。親の躾がなってないな」
歩みを止めずに、そう言い残した。入れ替わる形でモーガンが部屋に姿を現すと、不機嫌なヘルメースに声を掛けた。
「どうしました?」
「はっ。なんでもねぇよ」
「左様で……。どういった指示が出てましたか?」
「あれだよ」
ヘルメースが壁に吊るされたボードを指差した。街の地図には複数の書き込みがされており、各シェルターが各々異ったインクで囲まれている。
「このシェルターの人員が対応する区画の救助活動指示範囲さ。この緑色で囲われた区画が我々の対応する地区だろう」
「結構広いですね。 ……さて。私も向かいますかね……」
積み上がっている地図を1枚抜き取るとボードの板書を済ませた。目印になる建物をいくつか記すと尻のポケットへと突っ込んだ。
「……出るので、移動しながら話しましょう」
「……しゃーねぇな」
全ての概要の説明を受ける頃にはエレベーター前まで辿り着いていた。
「……防壁出来るまで待てば良いだろうに」
「いえ。……その女王とやらを殺さなければ事態は悪化するでしょう。元凶を叩くのは早い方が良い」
5発装填のセミオートリボルバーに弾薬を詰めながらエレベーターを待つ。
「それに。時間が無いかもしれないので」
「……へ?」
「血液が目に入ってしまってね。体に入れてみて良くわかりましたよ。病原体に感染する感じじゃない。呪いに近しい魔術だとね。転化まで、どのくらいの猶予があるかは判りませんが、出来ることをするつもりです」
タール・ボウイを出現させると、指を動かしたり、形状を変えたり。術式に支障が出ていない事を確認している。
「ははっ……ついてくぜ。サポーターが必要だろ?」
「何故?」
「アンタ程の魔術師が呪いで転化した場合、グールよりも厄介な化け物になるかもしれない。その前に眉間を撃ち抜くのさ」
ライフル弾を扱える拳銃を華奢な手に握る。中折式の銃身に弾丸を差し込む。人間に向けて撃ち出す大きさではない。
余裕そうな笑みを浮かべてはいるが、若干の緊張が見て取れる。
「……これ。着けていてください。私と同じ轍を踏まないように」
保護グラスを受け取ると無言でそれを掛けた。無色透明のレンズの向こうに見えるモーガンは緊張気味に息を吐いた。
「モーガンは着けんのか?」
右目を守るために借りた物だが、彼女に使ってもらった方が良いだろう。それに、自分よりも若い人が死んでもらいたくない。特に子供には。
そんな本音を漏らすのは、モーガンの下らないプライドが許さなかった。精々言える事は、しょうもない強がりだけだった。
「1滴入ったら、その後入っても同じでしょう」
エレベーターが到着し足元を照らすライトが眩しく感じられる。モーガンの右目の瞳は細く絞られ、正常な動きをしている。左目は瞳が開いたままだ。
「……左目。見えてる?」
「明るいところでは全く見えないですね。さてと……行きますかね。あ。そうだ。転化の兆しが見えたら側頭部を狙って撃ってください。そこは骨が薄いのでね。……頼みますよ。化け物になる前に、確実に殺してくださいね」
子供に頼むのは酷な事だが、彼女も例に漏れず狩人である。入口に散らばっている首を刎ねられた遺体に臆さない肝っ玉、風に聞こえるほどの腕前を持つ彼女であるから頼める事だ。
「おう。任せとけ」
「頼りにしてます」
地上へと向かい始めたエレベーター。やかましい機械音だけが響き、それ以降2人の間に会話は無かった。ただ、ふたりとも緊張した面持ちで地上へと続く暗闇の先を見つめているのだった。
つづく




