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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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闇夜の行進

 「どれ。誰か居るかね」


 エントランスには誰も居ない。かと言って別の部屋から気配がするでもなく、モーガン以外の人間が忽然と姿を消したかの様である。


 薄明かりの中、暗闇に慣れた目で階段を下る。


 「避難したのかね……。無事であると良いが」


 窓の外ではグール病に侵され転化した元人間が宛もなく徘徊している。それ程数が多いだとか、特段変った事はない。


 それらを尻目に厨房へと入る。立入禁止の表示を無視して戸を押し開いた。全くと言ってよい程の無臭。良く掃除が行き届いた清潔な調理場だ。


 熱気を感じない。機材が発する熱すら無く、誰かが居た痕跡すら感じられない。しかし、妙ではないか。ラウンジからの着信は残っているというのに。


 調理器具が吊るされた調理台へと腰を預けると、着信メッセージを再生した。


 「……」


 荒い息遣いだけが流れ続け、メッセージが途切れた。確かにラウンジからの連絡だが、冷やかしだろうか。まぁ、それはそれとして、この事態に対して優先順位をつけるのが先だろう。


 状況の把握。狩人協会の判断の確認。これが1番優先度が高いだろう。何をするにも人手が必要。現地狩人との協力が必要不可欠である。


 であれば、情報が集まる場所。ついでに結界の内外で通信が可能な設備が必要だ。


 「避難シェルターだな」


 緊急時対応マニュアルを職員用の部屋で漁る。申し訳ないが扉は魔術で壊させてもらった。職員のシフト札近くのキャビネット内に非常時用のマニュアルが入っている。


 目に付きやすい位置にあるボードには何かを剥がした跡がある。要点を記した避難の手引きだろう。


 (緊急時対応マニュアル……負傷者の搬送、非常事態宣言下での手引き……33ページか)


 どうやら8ブロック先にシェルターがあるらしい。雑な複写をメモに残し書類を元の棚へと戻す。


 (どうして私だけ残されてたんだろう。……まぁ、気が動転すればチェックミスもあるだろう。グルド人だからといって放置されたという可能性も……流石に疑い過ぎか)


 十数分後、モーガンが3階の日窓を肘で割り、傾斜の急な屋根へと登った。弱々しい風に吹かれながらコンパスで方位を絞り、屋根の縁まで歩いた。


 タール・ボウイの毒々しい色をした腕が出現する。向かいの屋根へと掌を掛け、肘を足元へと下ろす。


 「踏むのは初めてだな。すまん。許せよ」


 腕の上へと乗り、向かいの屋根へと移る。タール・ボウイの感触は人間のと似ている。多少は歩き難いが、下の病人達と接触せずに済むのなら文句はない。


 屋根を次から次へと渡って行く。屋根同士の隙間が狭ければ楽なものだ。シェルターへと寄れば寄るほどに、下の病人達の集団を見る事が多くなった。


 「あれか……あれじゃ入れんか」


 そう呟くと甘い匂いが鼻を抜けた。女物の制汗剤のニオイ。


 「そだね。自分も、そ〜思う」


 隣を見ると少女が腰を掛けていた。華奢な体に似つかわしく無い魔力量を纏い、下の光景を眺めている。


 「……どちら様で」


 「お兄さん、クラス6のモーガンでしょう?」


 猫の目のような縦長の虹彩。黄金色の瞳。獣人族の特徴だ。淡い水色の髪に耳で盛上がったベレー帽。緑と茶色を基調とした厚手の衣服。中性的な顔立ち。


 「……そういう貴方は?」


 「クラス2のヘルメースってんだ。初めまして」


 ソレを聴いて思い当たる節があった。噂に聞いている……というやつだ。それに、彼がパーティ加入を断られ続けている際にカウンター席で飯を食っていたのを思い出した。


 「……ヘルメース……クラス2。等級に合わない魔力。あぁ……空渡りのヘルメース。クラス6と同じと称される狩人か。……こんな子供が」


 最後の言葉に引っかかる様な表情を浮かべた。その表情を直ぐに消すと、ヘルメースは立ち上がってモーガンの前へと進み出る。


 モーガンの目玉を下から覗き込むと、不敵な笑みを浮かべて何かを呟いたようだ。余りに小さくて聴こえはしなかったが唇の動きで何を言ったのかは判った。


 「(へぇ……。マジでグルド人なんだね。珍しい)」


 そう言い終えると彼女は腕を大きく横へと振った。景色の中にある建物を指差して続けるのだった。


 「……どーも。あの建屋にさ、外側との通信が出来る設備があるんだよね〜」


 「それは知っている。で? 共闘してあの群衆を片付けるのか?」


 「いいや。黒油の狩人。御本人様のお邪魔になるし、ここで見させてもらうよ……か弱いクラス2だしさ」


 気の抜けた様な声で吐き捨てると瓦を背にして仰向けに寝転がった。気分屋な事が多いとされる獣人族だが、この状況で茶化されるのは気分が悪くなる。


 「……気に入らんな」


 「……荒事が得意な術者に任せるタイミングだと踏んでいるのさ。強化術式掛けておこうか?」


 「……必要無いね。そこで寝てな」


 モーガンはそう言うと、目を瞑り小さく顎を引いた。その後暫く沈黙が続き、ヘルメースはモーガンの顔を眺め続けていた。


 さてはコイツ、動かなければ手伝ってくれると踏んでるのではないか? 女の前で大きく出る男は度量が小さい。コイツもその典型かと疑い始める。


 「なにさ。啖呵を切った割りにゃーー」


 再び目を開くと彼の目には鬼が宿っていた。少なくとも彼女の目にはそう見えるのだ。哀しくも力強い目が紅い光の尾を引きながら下へと落ちていく。


 「うわ。マジ?」


 5階の上から落ちると土煙が上がった。人間が落っこちた衝撃にしては周囲に撒き散らす被害が大きい。舗装タイルが捲れ上がり、弾き飛ばされた破片が壁にめり込んでいる。


 「はえ〜。元から頑強なグルド人と魔術の肉体強化。相性がいいとは聴いてたけど……これ程とはね」


 土煙が晴れた後、モーガンの魔術が浮かんでいる。魔術の中から何かが滴り落ちると、その中へと手を伸ばしている。


 「拒絶する中指」


 彼の魔術の中指が抜け落ち、彼の右腕に覆い被さる。彼の手には肉厚な解体包丁が握られ、グールへと突き進んでいる。


 「申し訳ない。恨まんでくれよ」


 暫く後。首を跳ね飛ばされた遺体で通りが覆われている。視界に残った最後のグールの首を撥ね飛ばすとヘルメースが降りてきた。風の魔術を足元へと生じさせ、染み出た血溜まりで飛沫を撒き散らしながら。


 「おぉ〜。流石クラス6」


 「……うるさいぞ」


 モーガンの目は荒んでいた。時間の経ったグールとは違い、表情や顔つきまでもがはっきりと認識出来る転化直後のを相手にするのは辛い。


 「……返り血は目とかに入ってないよな?」


 「あぁ。問題無いよ」


 「そうかい。それじゃ、さっさと開けて貰うか」


 死体を踏んでも顔色1つ変えないヘルメースの後を追う。扉の裏から響く怯えた声。彼女は鬱陶しそうにして開けるように催促をしている。


 「だ~から〜。外の化け物は狩人が退治済みなんだよ! 開けろぉい!」


 頑強な扉を踵で蹴り飛ばしながら、がなり立てている。彼女が蹴りを加える度に、事態が悪化している様にも見えるが


 「柄悪ぃな……。いいや。私よりかは、マシか」


 足元に転がる頭を眺めていると眼球がモーガンを見つめ返していた。幻覚ではない。実際に爪先に落ちている頭はブーツを齧っている。もはや人間ではない。


 原因を殺さねば。これらに死の安らぎはやって来ないのだろう。


 返り血が入ってしまった左目を擦ると共に、彼は強く思った事がある。


 必ずや原因を滅ぼし、この現状に終止符を打つのだと。


 つづく

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