後処理
「下手なスプラッター映画よりヒデェ……! うえ
……外見が女の子なのきっちい」
青い上着に載せた死骸を引きずる。 舗装道なら幾分かマシだが、草地の上を動かすのは重労働だ。
「グリフィンを引きずるよりかマシかな……寝不足に術式全力駆動……! あぁ……酒飲みて」
死体を魔術師協会の建屋に収納すると、頭に血が昇った老人の様な中年男が近付いてくる。 仕事のストレスは不健康な生活習慣よりも寿命を縮めると勝手に思っているがそれらしい奴が出てきたものだ。
「……なぜ君がここに居る? 英雄様をご招待した覚えはないのだが……モーガン」
「勝手にお邪魔して暴れ回っただけですので……もっと怒られると思ってたんですが。 ははは、手錠でも掛けられて地下牢にぶち込まれる覚悟はあったんですが」
「ははは。 居なければ間違いなく、この程度で済まなかったでしょう……それが今回の魔族ですか。 美しい少女にしか見えないな」
「容姿を整わせる事で人間に取り入るのがコイツらの常ですから。 人狩りからしても、親切な人間からしても保護されやすい」
「なるほど……で、どんな術式だったんです?」
「肉体、術式の乗っ取りと幻覚。 生存する術式を広範囲で操る為、縛りで有視界に収める必要あり。 死後は適用外で好きに使える。 平たく言えば、ぶっ壊れ術式ですよ。 力量差があれば制限無しで支配下に置けるっぽいし」
両手を失ったモーガンの姿。 術式で義手をはめているのを見るに相当の強さだったのだろう。 両手を失った程度で済んでいる事自体、幸運というか凄いことだと中年の男は思ったが、当の本人は評判通り飄々とした顔をしている。
文字通りに腕を簡単に切り捨てられる事と痛みに慣れている点。 治癒術式ありきの立ち回りだが、それを出来る奴は少ない。 その点が有利に働いた様な気がすると今回の件について反省をしてみる。
「……取り敢えず、冷凍庫にでも置かせて貰って良いですか? 狩人協会に引き渡すかはそちらで相談して頂く形で」
「冷凍庫か……今はこの通り手を回せる人員がな」
中年男が後ろの光景に目を向け、憂いた様な声が妙に耳に残るのだ。
モーガンの術式で熱傷を負った者。 肉の壁に体を食われた者。 出撃した友人、恋人を失った者。 目を腫らしながら看護に回る者。
(……何度も見た。 何度も見た地獄だ。 驕っていた……人として。 やっぱり頭がおかしいんだな。 自分)
中年男が視線をモーガンへと戻すと、モーガンの表情が少し強張った様に見えた。
「……ところでモーガン、その魔族。 もう一体上位種持ってなかったか? 反応的にもう一体持っている筈……」
そこまで言った時、モーガンの背中側で何かが蠢く。
「魔王……サマ……魔王……サマ」
肉腫が癒合した死骸が膨張し始める。 土気色の肌にみるみる内に血が通い、瞳に光が宿った。
「不味い! 〈タール・ボウイ〉!」
膨張した魔族と上位種の複合体。 甲殻に覆われた全身に象の様に太い四肢。 人間とはかけ離れた姿の四足獣。 架空の幻獣、ケンタウロスの様なフォルムの女型の化け物だ。
額に窪みが生まれ、亀裂が入る。 剥き出される果実の様に露出した2つの瞳を宿した眼球を得た魔族。
「頼む゙っ!」
タールボウイが飛沫を撒き散らし天井と地面に脂の網を構成し表面積を増やし、魔力を放出する。 魔力被爆で変異を促される訳には行かないのだ。
互いの魔力が交わる境界が目でも判るほどだ。 摩擦で熱せられた鉄板が赤熱して気化していく。 鼻の奥と舌の上に鉄臭い味が広がる。
モーガンの左目が呼応するかのように2つ目の瞳の輪郭に魔力光が走る。
「非戦闘員はシェルターへ! 全員除染薬を服用! 戦闘要員は地下のキルボックスまで急げ! 早く!」
「あんたも避難して下さい! 10秒くらいしか持ちません!」
(10秒耐えられる方がおかしいだろ……!)
上位種の放射する魔力は更に増大し頭の上には陽光色の完全な円環が形成される。 朝露の様に滴り落ちる液化魔力が鉄板を朽ち消し、種も残っていない筈の地面から蔦が伸びては枯れを繰り返す。
「魔王様……!」
「ぅ゙……!!」
翳した左肘の肉が沸騰し始め、肉が溶け落ちる。 地面に落ちた液化肉は瞬く間に蒸発し、微かに残る煤すら消え去るのだ。
恍惚に微笑む上位種がモーガンを見下ろし、消えて行く姿を愉しんでいる様だった。
「モーガン……ふふ♡ 可愛そう……♡」
「見おろしやがって……!」
地面の下からもこの魔力のにあてられた奴の気配が増えて行く。
互いの魔力放射が終わると息を切らせたモーガンが膝をつく。 沸騰して張り裂けた右眼の中身が地面を伝う。
「クソ……」
耳を触れるとボロ炭へと変わった焦げ肉が割れて落ちる。
「死に損なったね〜♡」
「……うっせぇな……まだまだやれるっての……」
衣服は皮膚と癒着し、白シャツは煮立つ体液色を呈する。 動く度に体の芯に釘を夥しい数打ち込まれるかの痛みが走る。
息が焦げ臭いが、魔王様の熱線照射よりかはマシだ。
「他の人間見捨てて地下に入れば良かったのに……♡」
「ははは。 漢ってのは、歯ァ食いしばって矢面に立つ奴が1人は必要なんだよ……! テメェらにゃ……判らんだろうがな……〈嘲笑う人差し指〉!」
短槍を顕現させ、杖代わりに体を預ける。 左手の義手は消し飛び、辛うじて5指の残った右手の義手が槍を掴み残った左眼で人外を睨む。
「数秒だけで良い……この槍ぶっ刺して弱体化させてやる……! 〈発勁〉!」
切れる電球かのように明滅した溶岩色の入れ墨。 術式が強制的に解除され、左眼から血がトクトクと流れ落ちていく。
「魔力切れか……!」
「どうしよっか。 まだやる?」
「あったりまーー」
巨大な体躯を反転させて薙ぎ払われた平たい尻尾がモーガンを弾き飛ばす。
「死ねよ。 赤目族……!」
鋼鉄に叩きつけられ、地面を転がる。 痛みも無くなり意識が消え始める。
(眠るな……! 眠るな! モーガン、お前が眠ったら大勢死ぬ……! 起きろ、起きろ!)
「く……! フー! フー!」
空気を嚙んだ吸い上げポンプの様に肺が動く度に異音が混じる。 その度に身体の右側が微かに上がるのを見るに左肺は既に潰れて使い物にならない様だ。
「〈医療探針……フー。 メディカル……メディ……」
(メディカル……プローブ。 たのむ…………たのむ…………もう一度……アリスに会いたい……)
瞳が拡散して息が止まった。 雄一残った聴覚が鈍重な足音の来訪を伝え続けた。
つづく