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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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濁り水の底から

 タール・ボウイで飛翔体を弾き飛ばす。弾頭が石材の壁にめり込み、蜘蛛の巣状のひび割れを刻んだ。


 「次は私の番だ」


 無詠唱の奥義を顕現させると体に黒い筋が浮かんだ。彼の奥義技の1つである発気揚々の術式である。何も捻った技ではない。平たく言えば、身体ドーピング。肉体強化の延長である。


 大きく後ろへと飛び跳ねた獣の動きが遅くなる。皮膚病で毛が無くなった表皮の皺、悪臭を溜め込んだ縮れた毛の本数さえも数える事ができるほどだ。


 「よっこいせ」


 腰を上げ宙を漂う獣の体躯を凝視し、横を通り抜ける。獣の視線はモーガンが立っていた場所を見ている。


 (犬って殺しても罰則無いんだっけか?)


 犬の腹を軽く足で押し退ける。犬が苦悶の鳴き声をあげると、術式を構えてモーガンへと狙いを絞った。先程と同じ奥義技レベルの魔力量。


 二度目で仕留める。瞳の中にその自信が浮かんでいる。浅く鼻を裂かれた部分の感覚が無い。細胞が死に絶えて行く感覚、彼の毒物、劇物への耐性を無視する程の毒性。


 「犬猫って好きなんだけど、毎度の事嫌われるのよね。……まったく。犬が魔術師の真似なんてするんじゃない。犬には余る代物だ」


 犬の後ろ脚に液体が伝う。病的な痙攣の症状に失禁。ぐったりと倒れ込んだ犬の尻には羽の付いた針が突き立てられている。麻酔針だ。


 術式である飛翔体が霧状に崩れて消える。それと同時に犬も瞼を下ろし、呼吸を止めた。


 「数分くらい無呼吸にしとけば、脳味噌のダメージで魔術の威力も落ちるだろう。……命取らんだけでも感謝しろよ?」


 「……狩人協会。聴こえますか……どうも。モーガンです。……えぇ。回収班を手配して頂きたい」


 暫く時間が過ぎると、周囲には多くの人が集まっていた。モーガンはブランケットを羽織り、椅子に腰掛けている。


 その手首には手錠が掛けられ、温かい茶を啜っている。


 「……現場の検証が終わりました。容疑をかけてしまい申し訳ありませんでした」


 「……あはは。大丈夫ですよ。慣れてますし……残ったお茶は頂いても?」


 「えぇ。その前に、外させて貰いますね、手錠」


 「すみません。お願いします……」


 強く締められた手錠が外れると、衛兵に連れられて外のテントへと移される。容疑者から協力者へとランクアップした狩人モーガンを見つけた中年男性が声を掛けて来た。


 「……この地区を担当するグレンだ。まさか、クラス6の狩人がこうも若いとは……っと。部下が失礼を働いたようで……」


 「いえいえ。全然気にしてません。……はじめまして。グレンさん」


 「はじめまして」


 互いに力強い握手を交わした。装備の返却と身分証の受け取りを済ませる。


 「しかし、災難ですな。使い魔を使った殺人に巻き込まれるとは」


 「えぇ。本当に。あの男、犬を追いかけてここまで来たんでしょうか」


 「おそらくね。仲間割れだとかでしょう。クラス6に目を付けられた。気取られるような奴は処分する。慎重な犯罪者グループならそれもあるでしょうな」


 「……妙ですね。モーガンさんがここに来たのは半日ほど前でしょう? クラス6である事をどこで知ったんでしょう。こんな短時間で」


 「……知ってる筈がない。私の事を知っている奴が既にここにいると……」


 「例のテロリスト……? だとしたら、予防のしようが無い。顔も判らない相手。コカインの魔術師についてはモーガンさんの記憶映像をもとに手配していますが、該当する人間は今のところ……さっぱり」


 「事が起きてからでしか対応出来ないのは……もどかしいですね」


 「……この仕事をしていると判る事ですが、犯罪を予防なんて出来ない。出来るのは犯人をとっ捕まえる事だけ。現実は非情です……ところでモーガンさん。もう遅いですが、宿のチェックインは?」


 「……過ぎてるでしょうね。友達に連絡してみます」


 「そうですか」


 「……リジェ。おん。宿なんだけど。え。もう街出たの? ……サポーターよりも割が良い仕事……? あ〜。ね。……気をつけてね〜。一応泊まれる様にはしてくれてるみたいですから、そちらに向かいます」


 「……そうでしたか。部下に送らせましょう」


 「あぁ、いえ。歩いて行きますよ」


 宿に着くと身の回りのことを済ませて、部屋の椅子へと腰掛ける。拳銃の弾薬が50発程度入った旅行鞄、着替えに携帯食料、通信機器の予備バッテリー。仕事道具が一通り入っている。


 「……あの男。やはり……。今から慌てても仕方がないか」


 白い部屋に金属製の寝台。彼の泊まる部屋ではない。壁には抗菌タイルが貼られ、遺体袋が並べられている。


 「この死体は?」


 白衣姿の女性が荷台に積まれた遺体へと目を向ける。返事を聞く前に、頭側のジッパーを開いて損傷を確認している。


 「使い魔にぶっ殺された遺体ですね。犬型の奴に襲われたらしいっす」


 軽く眺めただけで死因を絞るのは悪手ではある。だが、今日だけで多くの死体を解剖しているのだ。死因を仮定する程度なら許されるだろう。そんな考えが巡り終わると、行きつけの店で出される料理の映像が目に浮かぶ。


 「あ〜。そこに並べて置いといて。今日はもう無理……」


 「まぁ、狩人さんの証言と記憶映像も貰ってますし、念の為。急ぎじゃ無いんでお願いしますね。……腐る前には欲しいですが……はは」


 「明日やれば良いっしょ。遺体袋の冷却術式使えば鮮度も保てるし……帰ろ」


 「お供しますよ」


 「ふふふ。良いね。軽く飲みに行くか〜。軽くね。軽く。あ〜転職してぇ〜。解剖医なんてやってられないわ」


 「生きた患者の相手とどっちが良いです?」


 「……うっさい」


 「ははは。愚痴聴くんで、代わりに飯奢ってください」


 部屋の光源が切られて暫く経った頃。動くはずのない物が蠢き出した。遺体袋のジッパーがゆっくりと動き、中から白い冷気が漏れ出てくる。


 遺体の口の中に何かが蠢いている。非常灯に照らされた内の1つが気色悪い羽音を立てて飛び立つと、ひとつ。また1つと飛んでいく。


 「はは。あっはははは! 良いねぇ……! この力……愉しめそうだ……。あの女……おもしれぇ事考えてんじゃん」


 蜂を全て吐き尽くし、崩れた眼球を格納する目元が緩む。顎下にぽっかりと開いた穴から滴る血液。地面に落ちた雫を蜂が取囲んでいる。


 気がつけば部屋中に冷気が立ち込め、剥き身になった遺体達が床を埋め尽くしていた。


 良く眠れた。一切の夢をも見ないほどだった。懐中時計を開くと1時を指し示している。だが妙だ。窓の外から差す光で目が覚める様な場所にベッドが配置されているのにも関わらず、微睡んで寝返りを打った記憶もない。


 チェックアウトの時間は既に過ぎているし、朝食付きの宿であるのにサービスが悪い……と言うわけでも無い。無線機のメッセージを見れば判ることだ。


 それにしても暗い。早朝のような暗さだ。あの犬に殺されかけて宿に着いたのは21時だ。4時間眠っただけであるわけでもないだろう。午前の1時にしちゃ、明るすぎる。


 「メッセージが2件。1つはラウンジから。7時に狩人協会から。再生してみよう」


 「……全回線に緊急連絡」


 録音されたメッセージの声。声量を抑え、静かに淡々と話が進んでいく。


 「生物兵器による汚染が発生した。人体に極めて有害。グール病に近い症状を呈する様です。蜂に注意して下さい」


 概要は把握した。しかし、理解が出来ていない。朝は強い方ではないが、悪夢か何かの類いだろうと毛布を被って目を瞑る。


 「……夢じゃないのか?」


 部屋中の家具を品定めするかのように見つめ、変な所が無いかを確認する。家具の天板が歪んでいたり、備え付けられた時計の針が逆に動いている等だ。


 何も妙な所は無い。慣れる程に悪夢を見ているが、どうやら現実らしい。


 「……まじか。……狩人協会、聴こえますか?」


 サーッ というノイズだけが鳴り続く。奇妙な感覚だ。まるで、頭の中の悪夢が現実へと這い出て来てしまったかの様だ。窓から覗く通路には人の気配はなく、変質した魔力の塊が暗闇に蠢いている。


 カーテンを下ろして服を脱ぎ捨て、防具を纏う。


 防具と言っても身を護る性能が高いものではない。下は普通のズボンに上着はワンコインで購入できる薄いシャツ。飛竜種の革で仕立てられた厚手のダスターコート。


 返り血が目立たないワインレッド色のダスターコートだけが唯一防具として機能するだろう。心許ないが無いよりもマシだ。そう言い聞かせる。不安で判断が鈍るような精神状態に落ちない事が最優先であるからだ。


 「……」


 戸が軋む音すら、今は忌々しく感じられる。グール病と似た症状との事だ。人間が転化している可能性だってある。


 少しだけ開いた戸の前で屈み込む。モーガンは右手を廊下の床板へと押し付けると魔力を込めた。


 「索敵しろ。タール・ボウイ」


 手元からタールが床へと広がる。樹木の枝が描かれ成長するかの様に広がって行く。広がったタールの絵を踏めば対象の質量と位置を把握することが出来る。触れる位置によっては体温と脈も感じられるが、今のところ反応はない。


 (救助用の術をこんな形で使う羽目になるとはな)


 モーガンの腕には植物の根が張っっているかのような模様が浮かび上がり、平面の模様にしては妙に立体的だ。何度か引き剥がす事に苦労しながらも手を引っ張ると、途切れた根から少量の血液が流れ出てくる。


 「……ふ〜。感染うつったら流石に転化せん保証はねぇし。用心に越した事はないな。どれ、朝飯でも食おうかね」


 窓から覗く景色の薄暗さ。見上げるかの様に窓に近づくと正体がわかった。


 「へぇ……結界か。これはこれは……偉く厳重な」


 歪んだ艶に、黒い結界の表面。立っているこの場所が色水の下へと沈んでしまったかの様に。


つづく

 

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