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狩人の生活  作者: 青海苔
第三章 4度目の大量絶滅
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眠たい目覚め

 ごぽごぽと耳の中で液体が滞留する音が響き渡る。 次に触覚が戻り、多少の粘りがある液体の中で浮いている事が理解できた。


 視界は少し揺らいでいたが、液体の向こうに2人の人影を見つけた。 


「……こんなもんかな。 あとは、45口径の貫徹弾を1箱。 あとは、メディキット一式。 携帯食料3日分」


 備品店の前へと立つと慣れた様に注文した。 それと収納ベルトに銃を吊るすベルト。 肩幅程度ある二振りの横刀も買って支度を済ませる。


 「あ、そうだ。 タバコ。 1箱頂けます? 1番タール含有量が薄いので」


 「……あいよ。 吸った感じしないぞ、これ」


 「……術式の火で炙ったら味濃くなるんで、元々薄い方良いんです。 それに、壁外であればお願いを20回は聞いてくれますからね。 タバコ5本でステーキが食えたりしますし。 あと炭酸水ください」


 会計を済ませて炭酸水を口に含みながら転移門ターミナルへと歩みを進める。


 4番ゲートの案内は全て欠航となっており、窓枠には幕がかかっている。


 「……メンテか」


 その転移門を横目に通り過ぎようとすると、誰かが声を掛けてきた。


 「おい。 モーガン」


 「……?」


 声の方向へと目を向けるとゾディアックが立っており、目にした途端にモーガンが少し身構えた。


 先日はだいぶ無礼な扱いをされた様に思えたのだ。 平たく言えば苦手なのだ。


 「ゾディアックさんでしたか。 先日はありがとうございました。 ……何か私にご用でしょうか?」


 「いいや。 ただ先日の非礼を詫びに来ただけだよ。 すまなかった」


 以前と同じ人間であるのか、疑わしいと思ってしまう。 彼の目は穏やかでそして少し哀れんでいる様に見えた。


 そんなにみすぼらしい格好に映っているのだろうか。 確かにサンダルにこの格好は少しアンバランスだとは思うがその様な目を向けられる程ではないだろう。


 「いえ。 お気になさらず、そちら様の人員を何人か死なせたんです。 頭を下げられる様な立場では無いですから。 まぁでも、ラフィーでしたか。 あの魔族を早いうちに狩れて良かったですよ……」


 そう言ったモーガンへと近づきゾディアックが名刺を手渡した。 困った事に名刺入れも潰れて駄目になっていたのだ。 中の紙屑も同様で、膿やら血液でギトギトだったろう。


 「……すみません。 名刺入れも先日潰れてしまいましたから」


 「何か困った事があれば連絡を」


 先日の威圧的な態度は何処へやら。 あん時は機嫌でも悪かったんだろうかと考えを巡らせながら名刺を胸ポケットへと仕舞う。


 「……? そうですか」


 「邪魔したな。 それじゃ」


 「えぇ。 それでは」


 互いに背を向けて振り返る事なく歩いて行く。 そんな中、屋内のスピーカーから案内音声が流れ出した。


 「4番ゲートをご利用予定のお客様にご連絡差し上げます。 機材不調によるメンテナンスを行っており、現在使用できません。 お手数ですが3番ゲート窓口から、迂回ルートをご案内させていただきますのでお声がけください。 繰り返しお知らせ致します」


 そんな音声を聴きながら、ゾディアックは少し前の記憶をなぞっていた。


 汗をかいたグラスを横にやり、喉を鳴らしてレオが聞き直す。 概要を聞き、認識に行き違いが起こっていないかを確認する。


 「……魔族の根城を吹き飛ばした。 モーガンの術式で? しかも、転移門の事故で明日、目覚めるモーガンがやったと」


 説明をする自分の姿は、傍から見れば底無しのバカ野郎に映るだろう。 バカな事を真面目に説明せざるを得ないのが仕事の側面でもあるが、コレはその中でも特段妙な話だ。


 事実だから仕方が無い。 話を通す相手もある程度話の通じる奴だと踏んでの会話だ。


 「えぇ。 タイムトラベル自体は偶然起こった事故。 明日の13時47分発、東方向へと伸びるワームホール、4番ゲートにて起こる。 そのメモリグラスには調査員達が調べる筈だった調査レポートを読む記憶映像がモーガンから抽出されたものが入ってます……今は跡形も残っていませんが」


 やるべき事を頭に浮かべ、今日の予定の優先順位を挿げ替える。 大した手間じゃない。 つくづく思う事だが、話を通すだけだ対応するスタッフの労力と比べればラクなもんだ。 


 心労は数十倍に膨れ上がるが、それで腹を下すわけでもないとため息をつく。 悪口や恨み節で病気になるわけでもない。


 「…………明日の4番ゲートを封鎖して、モーガンがまた帰る事を防ぐ必要があるな。 それで現状が維持されると。 判った。 現場スタッフからの恨み節を聞くことになるが……それがこの仕事よな……」


 「もっと疑われると思っていましたが」


 デスクの野球ボールを手にとって握ったり、軽く投げ上げたりしながら指を遊ばせている。


 「……なにも、驚くことは無い。 時間も可逆的なモノにしか過ぎないということだろ……。 時折タイムトラベラーが出現するのは事実だ。 おっと、今のオフレコな……魔族の数を減らせられたのなら、それは良いことだ。 利確する為に、ゲートは閉じよう。 まぁ、あとはどう説明するか……手柄は君等のものにして、秘密裏に依頼したって感じで良いか。 それよりもメンドクセぇのがモーガンだ」


 「……モーガン?」


 「そ。 目が良いと言えば判ってくれるだろう。 自分の魔力汚染が大気中に漂っているのをみられるとどう突っ込まれるか判ったもんじゃない。 …………戦ったモーガンは今何処に?」


 手のひらの上で崩れ去っていく頭蓋骨の映像がフラッシュバックする。 人間が死ぬ姿など飽きるほど見たが、あの散り際だけは妙に記憶に残っている。


 実力のある若造と多少なりとも色眼鏡で見ていた男が、全力を賭して死んで行ったのだ。 多少は印象に残ってもおかしくはない。 そう頭の中で声が響く。


 「彼は死にました。 その身を犠牲にし特攻攻撃を行って。 骨は塵になって消えましたよ。 欠片も残っていません」


 「コレを知ってるのは?」


 「我々の団員のみです。 計10名」


 野球ボールを元に戻し、分かっているだろうが念の為と笑みを浮かべた。


 「決して洩らすなよ」


 「墓場まで持っていきますよ」


 モーガンが自分の家の鍵を回すと、えらく静かな室内に出迎えられる。 魔除けを施した土落としマットを通ると、指の皺だとか細かい場所から黒い粒子が浮かび剥がれる。


 (色々持って帰って来てたか)


 それはそれとして、仕事は終わった。 ようやっと休暇が始まるのだ。 随分と疲れて余暇を楽しむ時間は数時間程度だろうが、ビールを飲むくらいは出来るだろう。 すぐに寝てしまうだろうが。


 「うい〜! 一国一城の主の凱旋だぞ〜。 労え〜!」


 「おかえり〜。 相変わらずウザったいな。 今回はどんな悪党をブチのめして来たんだ?」


 ヘルメースがソファーに背を預けファッション雑誌を手に取っている。 術式を使って服が駄目にならない彼女が少し羨ましい。 近接戦での破損が多い術者は服代も馬鹿にならないのだから。


 「……今、話題沸騰中の魔族さ。 ラジオでやってたろ?」


 「2頭の討伐とは言ってたね。 ……どっちの方?」


 「多分、都市国家の壁をベキベキにした方だよ。 もう一匹は知らね……アリスさんは?」


 静かなのも納得だった。 ヘルメース以外に人の気配が無い。 トランクは自室に籠もって趣味に没頭しているのだろう。


 「狩人協会、エルフ側のお偉方に接待だとさ」


 「マジかよ。 今日は土曜日だろ。 ……セシリーさんは?」


 「友達の家で女子会だとさ」


 「で、貴方は何やってんのさ?」


 「見りゃ判るだろ? 寛いでんのさ。 昨日はバジリスクとかいうデカい蛇を空爆してたから、今日は休み」


 「今週はそれだけか? 週1勤務、住居飯付き。 最高だろ?」


 「あぁ。 さいこ。 ビール切らしてただろ? 補充しといた」


 駆け足で冷蔵庫に近寄ってビール瓶を取り出す。 普段通り親指で蓋を飛ばし椅子に座る。


 「……ヘルメースが買ったのか?」


 「持って帰るだけなら出来る。 姉御に感謝しな」


 「ういうい……っふ〜。 一口目が旨い。 ずっと一口目の味わいが続けば良いのにな」


 「逓減効果ってやつか。 そうだ、忘却の薬指で忘れたら良いんじゃね?」


 「昔それやって、ウザがられたからヤメとく。 舌の上に味が残ってるからかそんな変わんないのよね……はぁ〜アルコールさいこ〜……ぃい〜……」 


 仕事の時と違い、腑抜けた顔したモーガンを横に雑誌へと目を目を落とす。


 「大将」


 「ん〜?」


 「おかえり」


 「ん。 ただいま」


 そこで黙ってれば良いのに、余計な事を口走る。


 「……次は間違いなく死ぬな。 どうせ今年中には死んでる」


 「っは。 そういうヤツほど死なないもんさ」


 日常の幸福を噛み締めているモーガンの口元が緩み、優しい目をしてビールのラベルへと目を落とすのだった。


 つづく 

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