怪物の拍動
「3日でここまで回復しますかね。 普通」
円柱型の治癒水槽に浮かぶモーガンの身体には古傷になった瘢痕がところ狭しと並び、新しい傷は一切と言ってない。
「外科治療の時点で辛うじて蘇生出来たんだと。 パッチ型の治癒術式の効きが悪いから、液浸治癒に切り替えたのが功を奏したって感じだろうね。 ……にしたって早いのは判るが」
「心拍、血液検査も異常なし。 もうベッドに戻しても」
看護師が引きつった顔で水槽を指差した。
「せんせ」
「ん〜?」
「モーガンさん、もう目覚めてます」
水槽の中からモーガンが手を小さく振り出すように催促するのだ。
少しの後に無機質なエレベーターに乗るモーガンの姿があった。 スパリゾートで着るような枯れ葉色の入院着に裸足。
金属製の昇降床が冷たくも心地良い。
「あのあとどうなりました? 不意打ち作戦の結果は」
作戦通りに進んだとは言え、囮を買って出るのは憂いもあった。
魔族相手に戦い、転送系術者の一撃に懸けるという博打作戦がうまく行った。
「さぁ、医者である自分には判りかねます。 患者の負傷が専門で、どんな作戦であるかまでは」
魔力を削る事。 相手が魔力の大量放射型である戦い方であれば時間をかければ造作もない事だ。
ただ転送系の術式を確実に核構造にぶつける必要があった。 飛ばせる体積には限りがあり、転送させる対象は術者近くに居る事が必須だ。
気が付かれる事なく居合の位置へと飛び、核構造を削り飛ばす居合を確実に当てる。 単純な話だが飛んでくる前に微かな魔力放射が起こる為それを隠匿する必要があった。
タール・ボウイでの魔力による汚染と疑似傀儡によって成し遂げたのだろう。 こうやって息ができている事がその証拠だ。
「ですが、えらく頑丈な人だ」
「私ですか?」
「えぇ。 検査時の残留魔力濃度が高すぎて外科処置と洗浄作業を並行して行ったんです」
「布巻きでの治癒術式が効かなかったと」
「えぇ。 ですから液浸治癒に。 除染も行えて良い機材ですよ。 それよりも驚いたのが、あの数値で身体が原型を留めている事に驚愕しましたよ。 普通は挽肉になっているくらいの威力だったでしょうに」
「……運が良かっただけですね。 宝くじは当たらないのに、悪運だけは強くって敵いません。 液浸治癒ってのはまだ開発段階だと思っていましたが……」
「あぁ……実は人体での試験治療はモーガンさんが7例目で」
「……やっば。 勝手にモルモットにするて……。 はぁ……生きてりゃ儲けもんってやつですか。 しゃあない。 ま、狩人協会だし驚く話でもないか」
「それは、依頼主に文句を言ってください」
「おおっと。 じゃあ、あの人か」
エレベーターの掲示板が地表フロアへと変わる。
「よっ。 元気か?」
「寝起きスッキリって感じですな」
常夏の熱気と湿気。 獅子のような顔つきのレオがラフな格好でモーガンへと対峙すると、コルクサンダルを投げて寄越す。
「腹減ってないか?」
「確かに」
店にでも連れてくるのだと思えば、昼の訓練場へと案内された。 買ったホットドッグを食おうとした状態で門を通ったせいだろうか、ソーセージだけが行方不明だ。
「精霊に持ってかれたな。 パンうま……」
「そこで買いなおすか?」
「えぇ。 腹ペコだ。 ……んでなんで訓練風景を見せに?」
「優秀な術者が居ないか見繕ってくれ」
ベンチに腰掛け、轟音と土煙立ち昇るグラウンドを見下ろす。遠慮なくぶっ放す術式の数々を目の前にしても特段反応は無かった。
「そりゃ無理でしょう。 状況によって変わりますし、本当に優秀なら自分で金を稼いでますよ」
「だろうな。 クラス8に届く奴と思われる連中だが果たしてどうだろうな」
「さぁ。 クラス7の私には判断しかねます」
「……ほらよ、新しい狩人証。 クラス7のやつだ。 前のは、へし折れて君の内臓に突き刺さってたんだ。 こっちのほうが良いだろ?」
「そら、どーも。 その後どうです? ラフィーを殺した後処理は」
「実にいい仕事だった。 汚染も最小、それよりも外壁と農耕区画の被害が多くてな……今大量の救助物資を届ける準備中さ。 この件で世論がヒリついたのは間違いないな。 ……最近は使徒事件も減少傾向だったのに、そのかわり今回の魔族騒動だ」
「計画が進んだってことでしょうかね。 次にどう出るか」
「魔族の脳髄が無傷で残っていたから、特例として記憶の抽出を行ったよ。 魔族の寝蔵に人をやったがもぬけの殻。 近場の焼却炉には掃除が行き届いていないせいで死蝋塗だった。 数十人は食われてた。 冷蔵室には部位分けされた子女の加工肉」
新たに買ったホットドッグにケチャップを落とし、マスタードを塗りたくって頬張る。
「じゃりじゃりするな……。 魔族も変わったもんですね、料理を嗜むとは。 次は子供のフォアグラが出てきそうだ」
「フォアグラだけじゃないぞ。 ハツにタン、眼球までストックがあった」
「じゃあ焼却炉は何の為に」
「髪の毛は無かった。 古くなった肉は処分したのかもな」
「必要以上に殺してしまった人間を処分してたんでしょう。 必要以上に殺すのは人間と似てる。 うお、危ね」
角度が浅く跳弾した魔力弾が飛んでくる。 蝿でも払うかのように弾くとグラウンドの方に着弾して地面をえぐり飛ばすのだった。
「……随分と強くなってないか」
「……踏んだ場数が違いますよ。 他人の魔力を叩き込まれ、自分の術式との結び付きが近くなった……という感じでしょうか。 前よりも考えに合わせて動いてくれる。 感覚の話ですが」
モーガンの右手には赤黒い魔力が六角形を構成し隙間なく並んでいる。 あの魔族から真似した技術だ。 最良の戦術や技術、取り入れられるなら何でも真似する。 技を錆びつかせない秘訣だ。
手首を鳴らして凝りをほぐしたモーガンがベンチに背を預けて空を仰いだ。
「しっかし、いい天気ですねぇ」
「どうした? 悩み事か?」
言うか、はぐらかすか。 一瞬迷ったが、どーせ暇なんだから良いだろ。 と頭の中で吐き捨てる。
「いいえ、ちょっとした後悔ですよ。 魔族と戦った時、国中が下級魔族になれば動きやすいだとか勢いで口走って。 失言だよなぁだとか思ったりしてね」
「ははは。 じゃあ殺し合ってる相手に丁寧に頼むのか? 弱みを見せない為には仕方の無い方便も必要さ」
「今回ので何人死にました?」
「狩人は68名。 その内、術者21名。 一般人は今んところ1000人弱。 こっからさらに増えるから、推定3000行かないくらいかな」
「多いですね。 相変わらず」
「国滅ぶよりかマシさ。 上位者と比べりゃまだ良い方だ。 少なくともあの魔族が被害者を増やす事はもう無い。 そうでも考えて無いとやってらんねぇよ」
「……ま、それ含めて仕事ですし。 報酬は口座に?」
「あぁ。 たんまりと。 家族と飯にでも行ってこい」
「家族? 自分は独身ですけど」
「こまけぇ事は気にすんな。 雰囲気で判るだろ」
「ははは。 まぁ。 そうしますかね。 じゃあ……お先です」
「うい、お疲れ」
ベンチに座ってビールを嗜むレオの横に別の人物が腰掛けて来た。 一度同じ場所でモーガンの評価を行っていた1人だ。
「どうだった? モーガンは?」
そう言ったレオに男は静かな声で返事をする。
「以前よりも強くなってます。 出力に操作。 普通、片手で弾くことの出来る威力じゃないですよアレ」
「……おまっ、そんなモン飛ばして来たの……? 俺が横に座ってるのに……?」
「え、はい」
「……信じられん。 危ないとか考えなかったのか?」
「………確かに。 まぁ、こうでもしないと本気出してくれないでしょう。 モーガンさんの人柄的に」
「……訓練とか遠慮するタイプだもんな〜。 正確に評価するのが難しいよねぇ」
「てか、この工程必要なんですか? 魔族倒して帰ってきた男ですし、いちいちやっても」
「上連中がやれって言ってんの。 手順に組み込まれてるんだから仕方無い」
「……メンドクセ」
「っふははは! それな〜。 まぁ、分不相応な仕事を紹介して死なせる事は絶対にあってはならない事だし、仕方無いさ」
「前列が?」
「世界中の狩人協会加入地域で起きてる事さ。 クラス5案件をクラス3連中に委託したりと……まぁ難しいんだけどね。 相応でも死ぬときは死ぬ」
浅くなったビールを流し込んでレオが空を仰ぐ。
「いい天気だ。 ……じゃ、俺は別の仕事に行くかね」
「仕事って?」
「瘴気底に眠る化け物討伐についての対応色々さ。 まったく、世界はどうしてこうも物騒なのかねぇ」
つづく




