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狩人の生活  作者: 青海苔
第一章 血塗れの天使編
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朽ちゆく寄辺

 テロの予告から1週間後。標的となった都市への街道にて。


 「旦那〜。起きて下さいよ」


 心地の良い幌馬車の音に混じってリジェの声が聴こえた。身体を起こして積み荷のクレートへと腰を下ろす。


 「何時間寝てた……?」


 「2時間くらいかね~。いやぁ。クラス6の狩人を格安で護衛として雇えるとは」


 寝腐っていた相手を責めるような口調ではない。寧ろ上機嫌な声色だった。モーガン自身としては仕事中の居眠りなのだから、なじられるくらいの覚悟であったが。


 「寝てただけで報酬貰っても良いのか」


 「はっは! 良いってもんでさぁ。クラス6狩人を護衛につけると言った途端に仕事が爆増。割の良い積荷を選び放題ですぜ」


 割の良い仕事。そんな割の良い積み荷を尻で踏んで居るが、中身については聴いていなかった。なにせ、リジェが言いたがらなかったのだ。理由は特にないだろう。気分屋な所があるから、今聞いたら答えてくれるだろう。


 「これ、何運んでるの?」


 「狩人協会の医療品及び火器。……なんせテロ予告があっただとか、狩人協会でホットな話題でさぁ……。旦那、この件何か知ってます?」


 旅費を安くしようと相談した時に、偶然行き先が被った訳では無いだろう。あの片田舎での忠告も無駄ではない事が、この渋滞と防壁上の警備がレバーアクション式のライフルを構えている事で理解できる。


 しかし虚しいかな。どれだけ銃で威勢を張ったとて、連中からすれば無意味だろう。モーガンが願った事は住民の避難だ。武力による抑止ではない。


 あの口径のAP弾だとしても、タール・ボウイで弾き飛ばせる。モーガンよりも強い魔術師が相手なら、同様の事を息をするようにこなすだろう。


 「テロ防止の警備の依頼がな……てか、そんなに強くもないのにクラス6だってさ。妙な話じゃないか。クラス6と言えば、人間兵器とか揶揄されるレベルだぞ……」


 「旦那個人で建物を全損させられるのなら妥当じゃね? それに、今までのレーティングは魔術抜きの判断でしょう? 妥当では?」


 「そーいうもんかねぇ」


 「それに、グルド人っていう種族的なアドバンテージも加味してだと思いますがね。気ぃ悪くせんで下さい。あくまでもって憶測なんでね」


 「……そうねぇ。荷運び終わったらどうすんの?」


 「とりあえず酒。女の居る店にでも引っ掛けに行きますわ。旦那はどうします? エルフの集落だと自家発電だけでしたでしょう? 良い風俗知ってるんですが、紹介しますぜ」


 「……いいや。宿探しだな。そこから武器の購入だとか。弾薬の補充に……」


 「いい店知ってますから、紹介しますよ。あ。武具屋の方ね」


 「最悪裏路地で寝泊まりすりゃ良いか」


 わざとらしく声を張り上げながらそう言った。まぁ、冗談めいた言い方だ。エルフの集落ではこの様な会話は出来なかったからか、モーガンは内心嬉しそうである。


 「……宿探し手伝って欲しいならそう言って下さいよ」


 「はは。お願い出来る?」


 「まっかせなさい。自分は旦那のサポーターなんですよ? その程度、朝飯前ですわい」


 狩人協会の息がかかる都市国家。周囲の都市国家よりも技術、文明の発展度は大きく異なる。防壁内には路面列車が走り、電灯までもが整備されている。


 都市中央に鎮座する大型反応炉からバイパスされた動力が末端の防衛火器、街のあらゆる設備へと接続されている。70万人の住宅、職場の動力全てをまかなう程の燃料玉ユグドラシルスフィアがあの設備の中央に鎮座しているのだ。


 どこの施設を見ても魔力に満ち溢れて、少し鼻の奥がヒリつくほどだ。長生きしたいのなら、この場所に根を下ろすことはやめた方が良いだろう。


 「旦那。大丈夫ですか?」


 「うん。……これだから都会は嫌いなんだ」


 自身の魔力を皮下に這わせる。染み込んでくる産業用魔力の感覚が消えて行くのがわかった。


 「ふぅ……」


 「不便なもんですね」


 「一種の花粉症みたいなもんさ」


 燃料玉スフィアとは別に燃料片シェードという物がある。エルフの集落で使われている動力が後者の方である。細長い棒状に加工して合金の冶具に固定。エルフの集落の規模であれば燃料片を2行2列、4本を並べた反応炉で賄えるだろう。あそこには産業用魔力を用いて大量生産する工場等も特に無いのだから。


 燃料玉は天然の奇跡。自然が産んだ神秘とも言われる。人工的にソレを再現をしようと狩人協会が資金難で手を引いた程だ。物流、医療、兵器開発にカネを惜しまない狩人協会がだ。


 裏を返せば、燃料片式の反応炉で必要十分であるとも言える。比較的安価で使い続けられる技術があるなら、そっちで良い。燃料玉のフルスペックを要求する様な都市など現状では多くはない。人口70万での負荷を人間の運動で例えるなら軽いジョギング程度だろう。


 ただし、デメリットもある。反応速度の制御に失敗した場合だ。天然の奇跡と称した物品が今の今まで傷一つ無い状態で残っている理由もそこにあるとされる。


 1度反応を始めてしまうと、現状の技術では止めることが出来ない。遅くする事は出来るが、完全な無反応状態には戻すことが出来ない。


 反応制御が人の手を離れた時にソレが度々起こってきた。巨大な爆発と世間一般では称されるが、少し違う。あらゆる物体を削り取って消失させる。対消滅と呼ばれる現象である。その際に本体が修復され、以前よりも一回り大きく成長する。この街の炉に焚べられているのは少なくとも4回文明を滅ぼしているらしい。


 御しきれなかった国は毎度の如く滅んでしまう代物。無尽蔵のエネルギーを提供し、最後にはツケを取り立てるかの様に文明全てを削り取って行く。


 塵に埋もれたクレーター跡の底から発掘されるソレをサルベージしてはマイナーチェンジした鉄の炉にぶち込む狩人協会も大概に頭がロックだが、金を出す投資家に頭が上がらないのはどの時代でも同じということだ。


 「奇跡のエネルギー源ですか。 ……大抵、奇跡の〜 なんて付く代物にゃ、消せねぇデメリットが多いだろうにな。ヒ素塗料って知ってますかい? それはそれは、綺麗な緑色を呈するんですけど」


 「今、訴訟起こされてるあれだろ? 塗料に衣服の染料。狩人協会の指摘があったのに20年間販売し続けたってやつ?」


 瞼をおろし、意識を集中する。真暗な世界に光の筋が走っている。地下に潜らせたケーブルから青い光が漏れ、全てが中央へと繋がっている。


 長く住んでいる人間だろうか。体の輪郭が暗闇に浮かび上がりどのくらいの距離に居るかまではっきりと理解できる。


 「……この程度の曝露なら問題ないかな」


 「……急に観光したい気持ちが萎んでるんですが……」


 「数年住むくらいなら大丈夫。定期的にど田舎で休暇取れば害は無いと思う」


 「根拠あるんで?」


 「もっと酷いのを看取った事がある。ちゃんと管理出来てるっぽいし、恐れる必要は無いね」


 「……旦那がそう言うなら。テロの標的にされませんかね。そんなヤバいブツなら」


 「……まぁ、クラス10狩人の2人と喧嘩するとは思えないけど」


 「クラス10。別名、抑止力でしたか」


 「そそ。クラスの最高位。狩人協会から派遣されてる筈。銃なんて文字通り玩具だね」


 「ほえ〜。おっかねぇというか、頼りになるというか。旦那って実は雑魚キャラだったりします?」


 「普通の範疇に収まっているかと。クラス10なんてお目にかかれるモノじゃないだろうし……破壊工作しようものなら逃げ切れずに建屋共々、消滅するよ。臨界に達した燃料玉の近くじゃ転移門も故障するし。何なら、生き延びたとて、人間も内側から腐って行くからね」


 「ほえ〜。まぁ、お喋りは宿でしましょう。身分証出して」


 モーガン達の見る景色の中には背の高い建物。そして、その窓ガラスから反射する日の光が無数に写っている。


 その反射光の中の1つは窓ガラス由来の光ではない。望遠レンズのレティクルに狐の男と話に聴いた狩人の姿を見つけると男は嬉しそうに微笑んだ。


 「お〜。マジで来るとはな」


 「言ったでしょう? これで何人目?」


 双眼鏡を外して後ろの女に声を掛ける。んな薄暗い部屋でも相変わらずフードを外さない変った奴だ。


 「クラス3が278名。4が343名に、クラス5が121名。 クラス6が13名」


 「クラス7以降は?」


 「今んところ無し。 まぁ、妥当な数じゃないですか?」


 「土使いは?」


 「クラス6の半分は土使いみたい。 我が魔術である鷹の目に間違いは無い。 あんたが言ってたモーガンは……ユニークだ」


 「ユニーク? それ以上は?」


 単一の魔術師だとは聴いていた。この女が気にする理由は知らないが、珍しい事例ではある。大抵は傾向が見えるのだが、距離が遠い事も関連していだろうが、ここまでの事は……後ろの女以来だ。


 「さっぱり。 ユグドラシルスフィアの魔力が嫌なのか、皮下に魔力を流してる。こうなると内側まで見通せないのさ。……まぁ、ザックリと奴さん連中の戦力は把握したところで、どうします? 予告まで後2週間弱ありますが」


 「これ以上、狩人が来ると殺されちゃうから、明日には始めるつもり♡」


 「それじゃ、準備お願いしますね。こっちは狩人の統計と傾向分析しとくんで。マーベリックは来てないので?」


 コカインの男。マーベリックと呼ばれる男だ。


 「彼は資金洗浄のために動いてる。会うのは当分先ね。モーガンの魔術について何か判ったら連絡お願いね」


 「了解……さて。モーガン。お前は何を隠してるんだ? 面白そうな魔術だとは聴いている。けれど、幽世の住人を祓えるその力……興味深いね」


 暫く後。狩人協会のカウンター前のフードコートに腹を抱えて大笑いしているリジェと、不機嫌そうにするモーガンが向かい合わせで座っていた。


 「旦那ぁ……イヒヒヒ……! 腹いてぇっす! あはっ、あははははっ! 全敗ってマ?」


 「るっせーな」


 現場の狩人と仕事をしようとパーティに参加しようとしたが、全部断られたというワケで。グルド人という理由で身構えられ、クラス6の身分証を見た途端に……


 「あ〜。我々の受けるものだと報酬払えないかな〜あはは〜」


 だとか。次には……


 「クラス6って言うと団長クラスじゃないですか。……え。団員居ないの?」


 更には露骨なもので。


 「グルド人か。ん〜。無理ッ」


 こんな調子が30パーティくらい続いたのだ。


 「はぁ〜。心穏やかではありませんよ」


 「まぁ。そうね〜。クラス6って言えば部下を束ねるのが当然みたいな風潮ありますからねぇ。誰もついてこないってことは、人間性に難アリ判定くらってもしゃあないかな〜。 ……お姉さんッ! ビールおかわり!」


 「あ。こっちもお願いします。……なんの為に早く来たのかねぇ」


 「まぁまぁまぁ。あんまし気張っても、しゃあないでしょうよ。」


 「それもそうねぇ。てか。トランクは粗々をしてないよな……」


 呑気な顔をして安いツマミをボリボリと齧るリジェを眺めていると


 「べっぴん支部長のとこに預けてるんでしたっけ?」


 「そ。なんせ支部長殿もオートマタ欲しくなったんだと」


 「で、手近にいたオーナーに頼んで使い勝手を試そうと」


 「言い方よ」


 窓を見る旦那の目が細くなった。仕事中の目。何か勘付いた様だ。腰掛けていた椅子から少しだけ腰を浮かせている。


 「トランクを基準にオートマタを選ぶと失敗しませんかね」


 「あれは売り物じゃないからな。ジャンクヤードから引きずり出して修理した……結構旧い型番だったと思う」


 「なんでジャンクヤードに?」


 「第四次オートマタブームの名残で機械義手が一般化したでしょ? マニピュレータの内部構造を流用してるから、人工筋肉が高く売れたんだよね。今は、そういう知識が広がってジャンクヤードにはホンモノのゴミしか転がって無いんだけどね……ちょっと外に用事が」


 話も程々にしてモーガンが席を立つ。ドア手をかけながら魔力を一瞬だけ滾らせる。胸に腹。薄く伸ばし固めたタール・ボウイの防弾プレート。拳銃の弾丸程度なら弾き飛ばせる強度だ。これ以上硬化させると魔力を気取られる可能性がある。


 「ヤバくなったらクリック通信を」


 モーガンが扉をくぐり抜けると、窓から覗く男に声を掛けた。緑の瞳。穏やかな目つきをしていて、目立つ顔立ちではない。服で体格は推測しただけだが、中肉中背。手の皮の厚さからして、オフィスワーカーだろうか。肉体労働者や武術を齧った手ではない。皮膚の硬化も無く、爪も丸い。


 目の中に魔力を感じる。医療魔術での視野矯正ではない。瞳の中に人工瞳がインプラントされていないのを見るに、魔術師だとしても戦闘向きの術ではない。


 単一の魔術師の中にはスナップアイという種類が居る。体質寄りの魔術だ。見たものを一瞬で覚える力。監視の任につけるなら適任だろう。


 何度か会った事があるが、こんな感じだった。目の奥にぼんやりと灯るように魔力が走っている。窓硝子越しには気付かなかったが。


 「あの〜。なんか用ですかね。 依頼の相談だけなら手数料は無料ですから、受付へどうぞ」


 「あぁ。ありがとうございます。」


 そう言ったモーガンであったが、何も親切心で声を掛けた訳では無い。窓から見える景色に何度か姿を現しては、断られ続ける彼を監視しているかの様に目を向けていたのだから、不審がって当然である。


 「……」


 実際に今もこうして建屋に入る気配も無い。ただモーガンの顔面を見つめている。気味が悪いな。都会ではこういった変な奴に絡まれる事が度々あるが、コイツは重症な部類だろうか。そう考えてからモーガンも男の目に意識を集中させる。


 「……フードの女を知ってるか? 最低最悪、糞にも劣るテロ屋の女だ。心当たりは?」


 「いいえ」


 警戒状態に入った人間の嘘を見抜くのは得意ではない。少し泳がせる事としよう。変人ではあるが、悪事を働く様には見えない。だからこそ念入りに調べる。


 まさかあの人が……。そう評判の人物が自宅の床下に10人の惨殺遺体を埋めていた。そういった話も耳にするからだ。毎年100人はそういった連中が摘発されて狩人協会に連れて行かれると聞く。


 「……そうか。なら良い。……すまないな。少し飲み過ぎて余計な事を勘繰ってしまったな。」


 「……実を言うと、受付の子が気になってて。こっちも狩人さんが出てくるとは思わなくて……その……怖気づいてしまいまして……はは」


 「……あ〜。それはとんだ無礼を。失礼しました。では、良い夜を」


 男はモーガンを見送った後に踵を反して歩き出した。5分。10分と歩き、人の気配が無くなる暗がりへと進んで無線機を取り出した。


 「……モーガンに会ったよ」


 「そ。結果は?」


 「何も。別に魔力纏いをしている訳じゃないのに、性質がさっぱり判らなかった。濁りのある水面を見させられてるみたいでね。底に何があるのか、興味深いですな」


 「言ったでしょう? 面白そうな奴だって」


 「えぇ。抜かりのない男で。あんまり、火遊びはやらない方が良いかと、上着の縁にタール状の飛沫をつけてやがります。追跡する気でしょう……」


 「じゃ、隠れ家には帰れないと」


 「えぇ。おまけにカラスまでこっちを見てます。少し大胆過ぎたか、ダミーの家で暫く過ごしますんで。明日の手伝いは出来ません」


 「ふふ。企画は他の人間の手を借りない主義だから、丁度良かったわ♡」


 建屋の裏手でモーガンが地図を指さしている。徒歩で11分程かかる場所の道の脇。その男がたった今、連絡をしている場所だ。


 「リジェ。音は拾えてるか?」


 「無茶言わんでください。訓練したカラスなら聴こえますけど、さっき暗示に掛けた野良ですぜ? 夜中だと効果薄いんですって。……くそ。接続が切れやがった……」


 無線機片手に落としたカラスの側へと屈み込む。ポケットから出した針を目に突き立て、脳を破壊する。抜け出た髄液の臭いに表情を歪めながら無線を繋ぐ。


 「まぁまぁまぁ。2流術師だな。主婦が魔術師の真似事でもやってるって感じかな。……この服高かったのに……まぁ、いっか」


 地図の上にタール・ボウイを半固形化させた黒いプラスチックを置く。そのプラスチックが地図の上を動き始めるのを眺めて違和感を抱いた。規則的な動きではない。道を無視して茂みから茂みへと動いている。


 道に乗った時の動線も不可解だ。曲がる際に弧を描く動きではなく、急に角度が変化する方向変換を繰り返している。


 半固形化させたプラスチックには細工をしている。30秒毎にタールを紙に垂らす様に指示を出しており、その点と点の間隔が先程よりも大きく開いている。歩行速度が段違いに上がっている。


 「振動の感じからして、何かにぶら下げている感じだ……勘付いたか。人間が羽織って生じる生地の捻れでは無い」


 「……大きな街ですし、ちょっと頭が変な魔術師だけでは」


 「……この仕事で得た経験の中で、使えるとは思って無かった事だ。……怯えた人間は目を見れば判る。奴は怯えちゃいなかった。口と目。どっちの主張も矛盾してた。それに、あんな悪趣味で高価な上着を着ている奴が女を口説くのに躊躇いがあるとは思えん。始めっから自分に用事があったみたいだ。追ってみるよ」


 暫く後の話だ。寂れた飲み屋に廃ホテル。部分的に生きている光源がチカチカ点滅している。さっきから人間だろうか死人だろうか判らないが無数の視線を感じる。


 財布を盗るには向かない相手だろうと8割以上が目線を外している様だ。残りの2割は……こんな冷える夜中に首筋辺りピンポイントに生暖かく湿気った風が断続的に吹いたり止んだり。死んでまで暇人みたいな事をやるというのは何故だろうか。


 「ったく。はよう成仏しろ〜。頭かち割って消滅させるぞ鬱陶しい」


 そう言った途端に生ぬるい風はんだ。腐敗臭さえ吐き尽くした干からびたゴミ。地面には藻のような謎の植物。あの服装の男が通らないであろう道だ。寝静まっていると言うには静か過ぎる。まるで死んでいるかの様だ。


 時折、やせ細った子供や鼻が腐り落ちた女等を見かける。スラムに投資家が金を落とし、投資分を回収ペイできたから売却する。運営に失敗しスラムに逆戻り。偏見と適当に頭の中で組んだ推測が浮かんでは消えて行く。


 振り返ると子供も女の姿も無い。今の時代に生きる人々でないのは明らかだ。


 (性風俗店の1つもない。産業区へのアクセス地にあるんだから、大抵は栄えてると思うが。……客が身の危険を感じたら来ないか。……民度が低すぎて強盗とかが多かったのかもな)


 タール・ボウイの気配を追って袋小路へと入る。奥の電灯の下に上着が落ちている様に見える。夜中だし目脂が溜まっているのか……。目を擦り光の下に揺れる上着の元へとゆっくりと近づき、気を張った。罠を仕掛けるならこれ程好都合な場所はない。


 タール・ボウイを出現させる。性質を変化させ光の屈折率を大きく減らした状態で出現させ、手前から4本奥の外灯の元へと寄っていく。


 「……」


 モーガンの右手側に佇むタール・ボウイが光を透過する。外灯に照らされる度に無色透明となった大腕のうねりが地面に模様を落としている。


 (犬か……?)


 引いて見ただけだが、かなり強く縛られている様だ。吐き出す鳴き声に混じって嗚咽の様な音が混じる。


 (か……)


 可哀想な事を。そう思おうとした瞬間だ。犬がこちらを振り向くと何度かの咀嚼を繰り返している。どこにでも居る様な大型犬。やせ細った犬だ。何も妙な所は無い。


 ただ齧られている男には見覚えがあった。顔面の肉は剥がれているが、歯で裂けた瞳の色。首の付根、左鎖骨内側のホクロ。先程まで追跡していた男に間違い無い。


 まぶたを下ろして意識を集中する。魔力の痕跡を探ってみる。10メートル上の窓ガラスだとかにびっちりと人の手型が集中しているのは生きた人間の物では無いだろう。


 雨も降っていない。風通しが良い訳でも無い。力の痕跡が一切無いのは妙な事だ。であるなら非術師の仕業か。相当操作が上手い魔術か、人を殺す威力はあるが近接型魔術と比べて要求魔力量が少ない遠距離型。


 (ズボン右ポケットの角ばった膨らみ。財布だろうか。物取りではない。直接の死因は何だ? 頭部周辺に血溜まり……高所からの落下? いいや。靴が履かれたまま。後頭部の破損もない)


 唇の半分は食われている。むき出しになった前歯の隙間から、何か焼けるような匂いが漏れ出ている。人間の炙られた匂いは牛とか豚に似ている。それと同じ匂いだ。


 顎先を押して口を開くと軟口蓋なんこうがいに直径1センチメートルの空洞。この位置を貫けばアテノイドを通って頭部に損傷を与えられる。舌にも空洞。顎を戻して顎下を見ると血塗れで一見判別しにくいが同様の傷がある。


 (だが不可解だ。この出血量……鼻の穴に血液。どう見てもうつ伏せに倒れた際に見られる血の流れだ。うつ伏せに倒れた人間をわざわざ仰向けにしたのか……上着シャツの左肩外周に血の付着。起した相手は右利き……。でも何故? わざわざ犬が喰いやすい様にしている)


 (それに、微かだが魔術の気配が傷口に残っている。それに立っていたなら。真下から攻撃された?)


 モーガンがふと目を止めた。右肩に妙な痕跡があった。初めは噛み切ろうとして諦めただけのV字の噛み跡だと思っていた。脚の長い大型犬であれば……


 「もしかして……」


 後ろを振り向いた瞬間、眩しい雷光を背にして銀色の光を瞳に宿す獣がモーガンを睨み、射出された飛翔体が鼻先に触れた。


 時間が何十倍も遅くなった世界。獣の瞳から銀色の光が闇に跡を残している。何度も目撃してきた光景。これこそが魔術の極地へ至りし者の切り札。一撃決殺の奥義。術者である、獣の最大瞬間火力である。


 「……!」


 つづく

 

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