95話 勇者はセキュリティーの大事さを思い出す
「我らの願いはただ一つ。この世界をサラフィーネ様の教えで染めることです」
宗主であるアキネが言うのだから、間違いないのだろう。
けど、おれは納得していない。
「マリアナも同じ意見なのか?」
…………
答えはなかった。
「やっぱそうだよな」
おれのつぶやきに、マリアナが眉をピクリと動かす。
「あなたがどう思っているかは知りませんが、私の思いは宗主と供にあります」
「疑っちゃいねえよ。けど、その言葉を額面通りに受け取るほど、ガキでもねえんだよな」
「いい加減難癖をつけるのはおやめなさい! 宗主はあなたの望み通り問いに答えたのですから、あなたも本名を名乗りなさい!」
マリアナが声を荒げる。
自分に都合が悪くなると、ヒステリックになるようだ。
もう少し突いてもいいが、暴走されても困る。
「清宮。それがおれの名前だよ」
「死神よ。清宮の魂を刈りなさい!」
「イイダロウ。ダガ、ソノ前ニ魔素ヲ捧ゲヨ」
「ちっ、いい加減にしなっ」
悪態をつきながらも、フジが魔素を投げ入れた。
「ダメダ。ソレデハ足リン。貴様ラノ願いを叶エルニハ、最低デモオ前ラ三人ノ魔素ヲスベテ寄コセ」
アキネ、マリアナ、ラジ、フジの四人中三人とは、また膨大な要求である。
「馬鹿を言うな! それでは我らが死ぬではないか!」
「知ッタコトカ。アノ者ヲ殺スニハ、ソレダケノ物が必要ナノダ」
たぶん、死神はウソをついていない。
そして、それはこの場にいるすべての者の共通認識でもあるはずだ。
もし仮に死神抜きでおれを倒せるのなら、彼女たちはとっくに行動に移しているだろう。
それができない、もしくは引き換えに受けるダメージの深刻さを推し量っているからこそ、死神に助力を願っているのだろうし、むちゃな要求にも応えてきたのだ。
しかし、自分の死と引き換えとなれば、話はべつである。
(まあ、当然だよな)
たとえ願いが成就したとしても、そこで終わりではないのだ。
彼女たちの願いは理想国家の繁栄を見届けることであり、そこに自分たちが存在しないのでは意味がない。
「ドウスルノダ?」
四人がアイコンタクトを重ねた後、ラジが代表して口を開いた。
「貴様との契約は破棄だ。我らの力を返せ」
魔方陣から魔素が飛び出し、それぞれのもとに返っていく。
驚きはなかった。
この死神はおれと同類であり、契約を順守するタイプだ。
「残念ダ。貴様トナラ、対等ナ殺シ合イが出来タカモシレナイノダガナ」
魔方陣とともに、死神が消えていく。
「今度会ウ時ガアレバ、ソノ時ハ魂ヲ刈ッテクレヨウ」
物騒な捨て台詞を最後に、死神が消失した。
「まだやるのか?」
「当たり前だ! あいつにくれてやった魔素が戻ったからには、あんたを殺すのなんて簡単だからね! なあ、フジ」
「もちろん!」
『ブースト!』
揃って身体向上の魔法をかけ、おれに突進してきた。
戦ってもいいが、無駄なことはしたくない。
「フォールシールド」
おれはラジとフジを閉じ込めるように、盾を展開した。
『クソがっ! 出しやがれ!』
中で暴れる二人は、まるで動物園の猛獣だ。
どんなに吠えようとも、そこから出る術を持たないのも同じである。
「お前らはどうすんだよ?」
「言ったでしょう。今度会ったとき、あなたがまだ敵であるのなら、殺して差し上げます、とね。ホーリーバレット」
魔法の弾丸が、マシンガンのように連射される。
いまさらこんなモノでどうこうできるわけもないのは、アキネも織り込み済みのはずだ。
(目的はなんだ?)
自分に命中しそうな弾を弾きながら、四方に目を配る。
ツベルたち三人の盾に異常はない。
フジとラジも同様だ。
おれに対する足止め、というわけでもないだろう。
いや、もしかしたら、それが正解かもしれない。
「はああああああ」
アキネの隣りで、マリアナが魔素を集約している。
「やめとけよ。んなモンぶっ放したところで、王都に被害が出るだけだぞ」
「そうだとしても、これは必要なことなのです。はあああああ」
マリアナの呼気が、もう一つの魔素を生み出した。
(二個目を生み出した目的はなんだ?)
あえて二つにした意味があるはずだ。
単純に考えるなら、おれとツベルたちを同時に撃つ、なのだろうが、違うと思う。
前に同程度のモノが防がれているのだから、結果は知れている。
マリアナは、そんな無駄なことはしない。
(水蒸気爆発……なんてねえよな?)
片方の魔素に水の属性を与え、もう片方に炎の属性を与える。
それらをおれに当たる寸前で結合させれば、可能かもしれない。
ゾクッと背中が震えた。
(使いかたを間違えば、一発アウトだな)
あらためて自分が手にした力の強大さを思い知った。
けど、どうしようもなく怯える必要はない。
(おれはこの経験を、地球でしているからな)
ITの技術者といっても、プログラミング、セキュリティー、インターネットを含む通信など、突き詰めれば得意分野は各々で違う。
そこには当然、得手不得手もあった。
おれだって例外じゃない。
各分野において人並みかそれ以上の知識を持ち合わせている自負はあるが、スペシャルかと言われれば、否である。
ただ、セキュリティー分野においては、世界トップクラスなのだ。
理由は簡単。
おれのパソコンの中には、解き放てば世界を混乱の渦に巻き込むウイルスデータが保存されているからだ。
厳重に厳重を重ねたロックを施し隔離しているから大丈夫だとは思うが、遺品整理でだれかが解き放てば、世界中のIT屋が悲鳴をあげて処理に忙殺されるのは間違いない。
(これ作ったやつ、絶対に殺す! 刑務所も死刑も怖くない! どんな手を使ってでも、必ず見つけ出して八つ裂きにしてやる!)
おれがそこにいれば、必ずこう誓うだろう。
ただ、そのウイルスも遊びで作ったわけじゃない。
セキュリティー強化に必要だからだ。
言い訳がましく聞こえるかもしれないが、セキュリティー対策というのは、どうしても後手後手に回ってしまう。
それはしかたがないことでもあるのだが、プロである以上、
「ごめんね。想定外だったんだ」
では済まないこともある。
だからこそ、そうならないためにもウイルスについて知ることは大事なのだ。
どんなモノよりも強力なウイルスを生み出し、それを防ぐ対策を手中に収めておく。
それが、正しいセキュリティー対策である。
(だから、おれがやったことは犯罪ではない! 解き放たないかぎりは……な)
自己弁護が強いが、おれが言いたいのはそんなことではない。
「すべてのモノは使いかた次第なんだよ」
たとえ存在が悪なんだとしても、結果が悪になるとはかぎらない。
(だから頼む。おれのパソコンは水没させるか、スクラップにしてくれ!)
「その意見には賛成です」
「えっ!?」
マリアナの同意に、おれは眉根を寄せた。
「すべてのモノは使い方次第。まさしくその通りです」
「そっちか」
今度はマリアナが眉根を寄せたが、
「ホーリーブロウ!」
すぐに魔法の矢を放った。
標的はおれではなく、ツベルたちとラジとフジだった。
それぞれの盾に命中し、砕いた。
「マジかよ!?」
マリアナは、まだ本気を出していなかったようだ。
無防備になった三人を、そのままにはしておけない。
フォールシールドを張り直さなければ……と思ったが、その必要はないかもしれない。
マリアナの行動が理解できないのか、アキネの動きが止まっている。
そのおかげで、魔法の弾幕も消えた。
「どういうつもりですか?」
鋭い眼光でにらむアキネを、マリアナが突き飛ばした。
「っと」
ラジがアキネをキャッチしたのを見て、マリアナが口角を上げる。
それは冷笑と呼ぶのが相応しいもので、さっきとは違う意味で悪寒が走った。
「あなたたちには、供物になってもらいます」
マリアナの宣言が、その場を凍らせた。