92話 勇者対ラジ
「ニセイのくせに、意外とやるじゃないか」
おれの拳を掴んだ手を、ラジが引き寄せる。
力が強く、下手に踏ん張れば肩から先が持っていかれそうだ。
「よっ」
力に逆らうことなく跳躍し、おれは前方宙がえりの要領で着地した。
「やるねえ」
背後を取ったわけだが、ラジに慌てた様子はなかった。
「まだまだイクよ!」
再度手を引かれた。
耐えてはダメだ。
風に揺れる柳のように、力を受け流すのが最善である。
「そりゃ」
今度は後方宙返りだ。
「やっぱり、あんたはニセイだね」
嘲るような声がし、手を離された。
空中にいる以上、急な動作変更は出来ない。
ということは、このまま着地するしかないわけで……
「くらいなっ!」
地面に足が着くのと同時に、脇腹に強烈な蹴りが突き刺さった。
その威力は絶大で、おれは吹き飛ばされる。
「きゃあああああ」
人垣に突っ込んだ結果、またも巻き込まれた者たちから悲鳴があがった。
「ごめんごめん」
謝りはしたが、助けているヒマはない。
ラジがツベルたちめがけて走り出しているからだ。
攻撃魔法の使用の有無はわからないが、ラジなら打撃でもおれのシールドを破壊することは可能かもしれない。
あわてて走り出したが、間に合うかどうかはギリギリだ。
「遅いね」
拳を振り上げるラジ。
(ダメだな。こりゃ、間に合わねえ)
しかたがない。
今度はおれがラジを吹き飛ばそう。
「でりゃあ!」
「残念!」
横腹めがけて放った飛び蹴りは予測されていたらしく、身をよじったラジに躱されてしまった。
(なるほど)
拳を振り上げたのも、フェイントだったわけだ。
「どりゃ!」
振り下ろされた拳を顔面に受け、おれはラジの魂胆を知った。
「ふんっ! 大したことないね! マリアナ、あんたもこんな奴にやられるようじゃ、まだまだだね。はっはっはっはっはっ」
後頭部が地面にめり込んだおれを見下し、ラジがマリアナを挑発する。
仲間のようだが、仲はよろしくなかった。
「大体あんたは魔法に頼りすぎなんだよ! もっと、あたしやフジを見習うんだね」
マリアナのほうをむき、ラジは鍛え上げられた二の腕を叩いてみせる。
「フジって隣にいた人?」
気になったので、立ち上がって訊いた。
「なっ!?」
ラジの表情が、視てはいけないモノを見たときのように歪んでいる。
後ろからの声がけに驚いているわけじゃない。
おれがほぼ無傷だったことに、驚いているのだ。
「ねえ、フジって謁見の間で一緒にいた人だよね?」
浮気相手を追及するようなセリフだが、言わずにはいられなかった。
なぜなら、気になってしかたがないから。
もし仮にフジがラジの片割れなのだとしたら、ラジを倒した後、もしくはその直前にフジ参戦、という事態になる。
(それは面倒臭いんだよ)
どうせ出てくるなら、いますぐ出てきてもらいたい。
「その通りだよ!」
ラジが放ったハイキックを受け流しながら、おれは内心で喜んだ。
これで敵のおおよその戦力が把握できた。
そのうえで冷静に判断し、
(勝てるな)
と思った。
「ホーリーブロウ!」
弾道を逸らし避けるしかできなかったマリアナの魔法も……
「フォールシールド」
盾を展開することで相殺できる。
実践に勝る経験はないようで、おれの魔法技術はグングン上昇していた。
「もう少し固くしないとダメか」
完全に防げると思っていたのだが……魔法に関しては、まだマリアナが一枚上らしい。
けど、対抗することに四苦八苦することもなくなった。
魔法はイメージ。
一度でも成功すれば、再現はむずかしくなかった。
そこに上乗せしていくことも、よりたやすい。
ただ、その微調整が恐ろしくむずかしかった。
防御魔法だったからまだいいが、攻撃魔法だと大規模な二次災害を引き起こす可能性もある。
(注意しねえとな)
ツベルたちを巻き込むわけにはいかない。
「隙だらけだ!」
ある程度ブーストの効果をコントロールできるようになったおかげで、ラジが打ち込んできた右拳もなんなく躱せる。
だから、これは隙ではない。
余裕だ。
フジのことはわからないが、ラジやマリアナを大きく上回る実力の持ち主ということはないだろう。
だからこそ、おれは勝てると踏んだのだ。
「女を殴る趣味はないんだよな」
ポリシ―というほどのことではない。
正直、おれはむかってくるなら容赦なく拳を振るえるタイプの人間だ。
けど、弱い者イジメみたいなことはしたくない。
「殺す」
おれの漏らした一言が、ラジの逆鱗に触れたらしい。
雷神のような恐ろしい形相で、拳の乱打を繰り出してくる。
勢いはすさまじいが、我を忘れてやみくもに拳を前に突き出しているだけ、とも感じる。
冷静に一つずつ対処していけば、問題はない。
このまま相手が疲れるのを待てば、反撃しなくても済むはずだ。
「はあ、はあ、はあ」
ラジの息が切れだした。
あと少しだ。
『前!』
ツベル、アベル、ニコルが揃って声をあげた。
おれの前にいるのはラジだが、三人が言っているのはその先だ。
「マジかよ!?」
「ハアアアアアアア」
マリアナは独特の呼吸法を用いて、これまでにない魔素を集約している。
攻撃魔法なのだとしたら、とんでもないことになるだろう。
広場はおろか、魔導皇国トゥーンが無くなっても、不思議じゃない。
「冗談だろ!?」
「男に負けるくらいなら、全てを無に帰してしまうべきです!」
極論もいいところだが、マリアナは本気だ。
その証拠に、魔素の集約を続けている。
「ラジ、お前も死ぬぞ」
「あたしは死なないよ。死ぬのはニセイ! あんただけさ!」
「バカを言うな。あんなもんぶっ放せば、無事で済むわけねえだろ」
「あたしたちにはとっておきがあるのさ。今だ! フジ」
「グラビティシールド」
ラジが飛び退き、四方を囲む盾が顕現した。
(ヤラれた)
まんまと閉じ込められてしまった。
「ぐへっ」
出口があるとすれば上だけだが、強烈な力で押さえつけられている。
機械でプレスされたとしたら、こんな感覚なのだろう。
「へえ~、凄いじゃないか。フジの重力操作に抗えるんだね」
(なるほど)
この盾の中だけ、重力が増しているわけだ。
どうりで、立っているだけでひざがブルブル震えるはずである。
「消え去りなさい! ホーリーサンダーブロウ!」
光の矢が、雷となって降り注ぐ。
通常であれば周りに被害が及ぶのだろうが、盾で四方を囲えば二次災害は抑えられるし、おれの逃げ道を塞ぐこともできる。
殺意をピンポイントでおれにむけ、魔法の効果も最大限に活かす。
一石二鳥とはこのことだ。
「ずいぶんと賢いじゃねえか」
感心すると同時に、これはラッキーでもある。
頭上にはだれもいないのだ。
「はああああああああ」
見よう見まねの呼吸法で、魔素を集約させた。
時間はかけられないし、出たとこ勝負だ。
「はああああああああ」
前の異世界でベイルが見せてくれた魔法を呼び起こす。
「はああああああああ」
手の中に熱量を感じる。
火種は生まれた。
後は信じるのみだ。
「頼む! 出てくれ! ファイヤーボール!!!!」
魔素を頭上に放った。
けど、変化はなかった。
(ダメか……)
ボッと小さな炎が点った。
「よしっ!」
瞬く間に周りの空気を取り込み、炎は急速に拡大していく。
膨張は収まらずにぐんぐん成長し、フジの張った四方の盾を外へと押し広げている。
「あちっ!」
炎の塊が、おれのほうにも膨れてきた。
(これはイカン)
このままでは、丸焼きになってしまう。
どうにかしなければと思ったが、その必要はなさそうだ。
フジの張ったグラビティシールドにヒビが入っている。
割れるのも時間の問題だ。
すぐにバンッという破裂音とともに、盾が砕けた。
『馬鹿な!?』
揃って声を上げるラジとマリアナ。
立場が同じなら、おれもそう思っただろう。
ファイヤーボールの威力はすさまじく、ホーリーサンダーブロウを無に帰し空高く消えていった。
ドンッ!
はるか上空で爆発したファイヤーボールは、おれにこう思わせた。
(これはヤバイ! 可能なかぎり、使用は控えよう)
と。