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90話 勇者とツベル家

 二日が過ぎた。

 その間、もどかしく過ぎる時間に耐えかね、おれやニナは自らの足でツベル、アベル、ニコルの捜索に出ることも考えた。

 けど、実行に移すことはなかった。


「身重の君に万が一のことがあっては困る」

「少しの間、留守を頼めるかな?」


 ツベルの残した言葉が、ニナとおれを自制させていた。

 買い物を含めた身の回りの世話は、救国魔団の者たちが担ってくれている。

 その際に得た情報は逐一報告されているが、どれも有効性に欠けるモノだった。

 正直、我慢も限界が近い。


「ニナ様、落ち着いてください」


 助産師である高齢女性の言葉にも、ニナは従わなくなってきている。

 忙しなく室内を歩き回り、ときおり爪を噛む姿は、情緒の不安定さを如実に表していた。


「ニナ様、落ち着いてください。どうかお願いします」


 助産師が懇願するのは、出産予定日が間近であるからだ。

 順調なら、今日明日にも生まれるらしい。

 この状況でストレスは良くないが、落ち着けというほうが無理でもあった。


「失礼します」


 ノックの後、マント姿の男が入室してきた。


「何かわかったのですか?」

「ツベル様は聖法母団に捕縛されました」


 ニナが両目を見開き、声にならない悲鳴をあげた。


「アベル様、ニコル様も同様です」


 最悪だ。


「それと…………」


 男がその先を言わないのは、ニナを気遣ってのことだろう。

 ただ、言い淀む姿が最悪を加速させる。


「言ってください。いえ、言いなさい!」


 妻や母としてより、救国魔団の代表としての言葉であるような気がした。

 気丈に振舞っているが、握った両手は震えている。


「今日の日没に、死刑執行されます」


 震えが止まった。

 だがそれは、意識を失ったからだ。


「おっと」


 くず折れたニナを受け止めた。


「こちらへお願いします」


 助産師に促され、ニナを病室に運んだ。

 病床に寝かせてしまえば、男にやれることはない。


「後はお任せしてもよろしいですか?」

「もちろんでございます!」


 張った胸を、ドンッと叩く姿は頼もしい。


「アベル様もニコル様も元気に取り上げさせていただきました。お腹の子も、きちんと取り上げさせていただきます」


 この助産師は宮廷勤めだったのだろう。

 でなければ、アベルたちの出産には立ち会えないはずだ。

 安定や肩書を捨て、ニナについてきたのだろう。

 この人になら任せられる。


「ここは大丈夫ですから、気兼ねなく行ってください」


 助産師にはおれの行動が読めているようだ。


「じゃあ、伝言をお願いします。元気な子を産んで待っててくれ。大切な家族(もの)は、おれが必ず守り抜く、と」

「承知しました」


 おれは部屋に戻り、男から話を聞くことにした。



「処刑場所はどこ?」

「聖法母団の教会前広場です」


 街中だ。

 これなら、時間的に間に合わない可能性はない。


「警備状況は? わかっている範囲でいいから教えてくれ」

「広場とその周辺は厳重です。見物人は多いことが予想されますが、身分の高い者に限っているので、混乱はないと思われます」


 広場に入場させる者を選別するのなら、外の警備は中より厳しいことが予想される。

 となれば、見物人に紛れ込んでの奇襲、奪還は望めない。


「執行までの時間は?」

「あと三十分ほどです」


 陽動も無理だ。

 残された手段は、強行突破しかない。


「ほかの連中は?」

「奪還の策を練っています」

「わかった。なら、とりあえず待機な。下手に動かれて、要救助者が増えるのは勘弁だ」

「ですが! それではツベル様たちが」

「安心しろ。必ず無事に戻ってくる」

「そうは言われても……あなたは聖法母団に負けたではありませんか」


 見られていたようだ。


(なんか、格好よく断言したのが恥ずかしいな)


 背中がムズムズするが、気恥ずかしさに悶えている時間も惜しい。


「ああ。たしかにおれは負けた」


 それは事実であり、覆すことは出来ない。


「けど、大丈夫だ! 今度は負けない!」


 根拠はあるが、絶対ではない。

 それでもおれは、


「任せとけ!」


 と言い切った。

 自分と目の前の男に、言い聞かせるように。


「わかりました。我々は後方待機します」


 想いは通じたようだ。


「んじゃ、あとのことは頼むな」


 外に出ると、夕日が沈みかけていた。

 これから、夜が深くなっていく。

 となれば、悪いやつらが動き出す時間でもある。


「んじゃ、悪者退治といきますか」


 走り出した。

 周囲にバラック小屋が建ち並んでいるから、ここが貧民街であるのは間違いない。

 なら、高い建物があるほうに行けば着くはずだ。

 とはいえ、行ってみて間違いでした、では話にならない。


「よっ」


 おれはいつものように、まあまあ高い建物の屋根に飛び乗ろうと跳躍した。


「アイスショット!」


 声と同時に、氷の矢が襲いくる。


「早っ!? もう見つかったのかよ」


 驚きながらも、鞘を使って氷の矢を粉砕した。


「指名手配犯セイセイ発見! 直ちに捕縛する!」

「了解!」


 五人のシスターがむかってくるのだが、彼女たちの相手をしている時間はない。

 こうしている間にも、死刑執行の時間は刻一刻と迫っている。


「アイスショット」

「ホーリーショット」

「サンドショット」


 次々放たれる魔法を避け、ときには鞘で弾きながら疾走する。


「これ以上は行かせません!」


 貧民街を抜け市民街に入ったところで、増援が現れた。

 数は十人強。

 正面を塞がれたが、立ち止まる、という選択肢はない。

 すり抜ける? 飛び越える?


「でりゃあぁぁ!」


 そのどちらでもなく、おれは立ちふさがったシスターに飛び蹴りをかました。

 正面突破は彼女たちの中にもなかったようで、全員の動きが一瞬止まった。

 この隙を逃すつもりは、毛頭ない。

 加速し、おれは一気に包囲網を突破した。


「待てぇぇ」

「逃がすなぁぁぁ」


 そんな叫び声を背中に、おれは一層加速する。


「ホーリーショット」

「ホーリーショット」


 騒ぎに気づいたメンツが、次々に魔法を放ってくる。

 市民街から高級住宅街に入るのが一番むずかしいだろうとは思っていたが、まさかこれほどとは。

 その極みが、高級住宅街の入口で警備をしているシスターたちだ。

 彼女たちは全員が巨大ハンマーを肩に担いでいて、二重三重の人垣を形成している。


「これより先に行けると思わぬことだ!」


 当然、おれにも気づいている。


(まあ、貧民街から騒ぎを起こしてんだから、気づかないほうがどうかしているよな)


 あと一息だが、最大の難所でもある。


「これより救国魔団などと己を語り、長きに亘りテロリズムを働いてきたツベル・クリンと、その息子アベル、ニコルの三名を処刑する!」


 拡声器でも使用しているのか、マリアナの宣誓が耳に届いた。

 怒号のような歓声もあがっている。

 あと幾ばくもない。


「しかたねえ。奥の手を出すか」

「はん! お前のようなクズに何ができる!?」


 シスターたちは、おれを完全に見下している。

 その油断が、大きな間違いだ。


「ブースト!」


 魔法を使うとは思っていなかったのだろう。

 身体向上で加速したおれに、シスターたちは反応できなかった。

 その隙を突き、包囲をすり抜ける。


「見えた!」


 広場には、十字架に括り付けられた三人がいた。

 ツベルは悔しそうに唇を噛み、アベルは気丈に吠え、ニコルは泣いている。

 三人とも無事だ。


「撃てぇぇぇ!」

『ホーリーショット!』


 マリアナの号令の下、八方から光の矢が放たれた。


(くそっ、間に合わねえ!)


 けど、手がないわけじゃない。


「フォールシールド!」


 ドンッと衝撃音が響き、光が弾けた。


(大丈夫か?)


 イケると信じているが、内心はドキドキだ。

 なにせ、初めて使う魔法である。

 本当に上手くいったかどうかは、おれにもわからない。


「頼む! 無事でいていくれよ」


 光が霧散した先には、三人の姿があった。


「馬鹿な!?」


 マリアナたちが驚いているようなので、大丈夫なのだろう。

 無事、三人のもとにたどり着くこともできた。


「痛いとこはないか?」

「大丈夫だ」


 とツベルは言うが、顔が腫れている。

 拷問にあったのだろう。


「ひでえ顔してるぞ」

「子供たちは、無事だ」


 親の鑑だ。

 視線を移せば、ツベルの言うことに間違いがないことがわかる。

 多少服は汚れているが、アベルとニコルに目立った外傷はなかった。


「ホーリーショット!」


 ほっとしたおれに、光の矢が当たった。

 前はこの一撃で瀕死だったが、いまはなんの問題もない。


「セイセイ! どういうつもりですか?」


 マリアナがにらんでくるが、意味がわからない。


「神の御遣いでありながら、我らの邪魔立てをするのですか!?」

「なに言ってんだ、お前!? もしかしてバカなのか?」


 手配書で神の御遣いを騙る極悪人と断じたのは、聖法母団のほうである。


「愚弄するなら、あなたも処刑します! やりなさい!」

『ホーリーブロウ!』


 八方から飛んでくるのは、ホーリーショットより大きい矢だ。

 たぶん、上級魔法だろう。

 けど、問題ない。

 ツベルたちはフォールシールドに守られているし、当たったおれにもダメージはなかった。


「まさかセイセイ……あなた……この短期間で魔法を習得したのですか?」

「習得はしてない。けど、基礎は身に付いた」


 たった二日ではあるが、頑張った甲斐もあり、これぐらいのことは出来るようになった。


「では、あなたの務めを果たすべきです!」

「だからここにいるじゃねえか」

「ふざけないでください! あなたの力は、聖法母団と王妃様のために使われるべきものです」

「なんでだよ?」


 首を捻りながら、眉根を寄せた。

 正直、マリアナの言っていることがわからない。


「王妃様との謁見の場で我のために働け、と仰せつかったでしょう? 忘れたとは言わせません!」

「たしかに言われたな。でも、わかりました、とは言ってないだろ」

「王妃の言葉は絶対です!」

「お前らはな。でも、おれは違う。それに、宗主アキネも一物抱えてそうだったじゃねえか」

「そんなことはありません」


 真っ向から否定された。

 聖法母団の面の皮の厚さには、毎度驚かされる。

 けど、それならそれでかまわない。

 だれがなにを画策していようと、どうでもいい。


「理解したなら、我らに与しなさい」

「断る! どんな理屈を並べられようが、おれは王妃にも聖法母団にも、与するつもりは一切ない!」

「救国魔団に付くのですか?」

「それも違う!」


 かぶりを振ったのが意外だったのか、場がざわめく。

 ツベルたちも動揺している。

 安心させてやるためにも、声高らかに宣言するべきだろう。


「おれが契約を結んだのは、ツベル・クリンとその家族! それだけだ!」


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