88話 勇者はニナの身分を知る
手配書を配ったのは、聖法母団だった。
罪状は西の砦の破壊と、大規模火災の元となる放火と殺人。
それを神の御遣いと称して行い、女神サラフィーネを貶めた極悪人、であるらしい。
賞金額は一億ンゲ。
ちなみに、ンゲは通貨単位だ。
貨幣価値はよくわからないが、四人家族で無茶をしなければ、ひ孫の代まで遊んで暮らせる額らしい。
「何かの間違いでしょうね」
聖法母団の教会本部や王宮が被害にあっていたなら理解できるが、今回の事件現場は貧民街。
エリート階級の者たちからすれば、どれだけの被害が出ても意に介さないどころか、ゴミ掃除ができたと喝采を挙げるはず、とのことだ。
じゃあ、なぜこの額なのか?
答えは簡単だ。
「よほど清宮さんを殺したいのでしょうね」
物騒な話ではあるが、おれも同意見だから始末が悪い。
「おれたちが助けたときも、あんちゃん殺されかかってたしな。こりゃ相当恨まれてるぜ」
「兄さん、そういうことは笑顔で言っちゃダメだよ。…………」
アベルを嗜めるニコルは偉いが、小っちゃな声で「僕もそうだと思うけど」と付け足したのは、しっかり聞こえていたりする。
あえて追及はしないのは、それ以上に気になることを言っていたからだ。
「おれたちが助けたってことは、アベルとニコルも火災現場に来てたのか?」
「よ、呼び捨てにすんな」
なぜか、兄弟揃って赤面した。
そんな気恥ずかしいことを訊いたつもりはないのだが、ダメだったのだろうか?
見た目がドレスを着た美人さんだからか、そういうリアクションをされると、セクハラかとドキドキしてしてしまう。
…………微妙な空気になってしまった。
「あ、ああ、いたぜ。聖法母団のやつらを散開させたサンドショットは、おれたちが撃ったんだ」
空気を変えようと、アベルがニコルの肩を抱き、早口にまくしたてる。
「ちなみに、マリアナのホリーショットを相殺したのは私で、清宮さんを離脱させたのは、夫のツベルです」
ニナが自慢げに胸を張っていた。
「そうですか。家族総出で助けてくれたんですね」
ありがたい。
身重の体で出張ってくれたのだから、なおさら感謝だ。
「その節はお世話になりました。ありがとうございます。感謝しています」
深く頭を下げた。
謝辞は何度伝えてもいいし、何度でも伝えるべきだ。
「そう言ってもらえれば、助けた甲斐もあります。ねっ、アベル、ニコル」
「お、おう」
「うん!」
少し面食らっているようだが、二人とも笑顔を浮かべてくれた。
思いが伝わったようでよかった。
「でもアレだな。そりゃたしかに品行方正ではなかったけど、殺されるほど恨みをかった覚えはないんだよな」
出会って数秒でマリアナの下着を目にしたが、あれは不可抗力だ。
断じておれの所為ではない。
「嘘つけ」
「母さんは嘘ではないと思うわ」
アベルの言葉を、ニナが否定した。
ありがたい。
「とはいえ、聖法母団が清宮さんを殺したいのは、本当でしょうけど」
「いや、そこを一番否定してほしいんだけど……」
「無理ですよ。大化けする可能性のある清宮さんを放置するなんて、彼女たちには絶対に看過できないことです」
どうあっても、それは覆らないようだ。
ただ、気になる単語もあった。
「大化けって、思い当たる節があるんですか?」
「清宮さんが保有する魔素は甚大です。その量は、この世界を根底から覆せるほどだと予想できます」
「マジか!?」
「ええ。魔素を認識できていない今なら抹殺も可能でしょうが、万が一魔素を認識し魔法を習得されでもしたら、その可能性は限りなくゼロになるでしょう」
にわかには信じられず、おれは自分の掌に視線を落とした。
「やってみますか?」
「えっ!? なにを?」
「魔素の認知です」
「そんな簡単にできるんですか?」
いぶかむおれの手を、ニナが握った。
「おっ!?」
異変にはすぐに気づいた。
ニナの身体を包むように、青いオーラのようなものがある。
そして、それはおれにもあるようだ。
ただ、ニナとは色と厚さが違う。
おれの色は赤で分厚い。
ニナが五センチぐらいだとしたら、おれのは一〇センチを優に超えている。
けど、厚ければいい、というわけではないと思う。
おれのがゼリーのように柔らかいのに対し、ニナのオーラは薄いけど堅そうだからだ。
「わかりましたか?」
ニナが手を離すと、オーラが消えてしまった。
「無くなった」
「認識できていないだけです。けど、そのための初歩はクリアーできたので、すぐ出来ますよ」
「す、すげぇ!」
おれのつぶやきにニナが笑い、アベルが感嘆した。
ニコルにいたっては驚きに目を見開き、言葉も出ないようだ。
「子供たちのリアクションからもわかるように、清宮さんは規格外です。きちんと時間をかけて魔法を習得すれば、この国はおろか、世界中どこを探しても、勝てる者は存在しないでしょう。ですが、それは理を変えたい聖法母団には邪魔なのです」
「理?」
「ええ。女尊男卑の促進なのか、別の何かなのかは不明ですが、企みがあるのは事実です」
「根拠や証拠もあるんですか?」
「ええ。それこそが、私が救国魔団を立ち上げた理由です」
…………
ニナはそこで言葉を止めた。
続きがあると思っていただけに、おれは眉根を寄せた。
「聞きますか?」
確認するということは、覚悟を決めなければいけないということだ。
どうしたものか。
「母ちゃん。教えてやれよ」
「うん。僕もそうしたほうがいいと思う」
悩むおれを尻目に、アベルとニコルがそう言った。
大きく開いた両目をぱちくりさせている様から、彼女の驚きが伝わってくる。
「……そうね。身の振り方は聞いた後に判断してください、と言ったものね」
それは自分に言い聞かせているのかもしれない。
「まだまだ子供だと思っていたけど、成長しているのね」
「当たり前だろ!」
「そうだよ、お母さん。バカにしないでよ」
三人のやりとりは仲の良い親子そのものであり、大変微笑ましい。
けど、その空気は一変する。
「聖法母団が企みをくわだてている根拠は、私が暗殺されかけたからです。彼女たちは、護るべき存在である私を、亡き者にしようとしたのです」
聖法母団は魔導皇国トゥーンの守護を担っている。
国を護るということは、そのトップを護ることでもあるわけで。
「私が、魔導皇国トゥーンの現王女です」
おれの考えを肯定するように、ニナが身分を明かした。
凛々しい表情だ。
前回同様、そこにウソや偽りは感じられなかった。
(ということは、アベルとニコルは王子様なわけだ)
知らぬうちに、おれは王妃とその息子たちと知り合っていたらしい。