87話 勇者と二ナの個人授業
「大事なことなので、二度言います。私が、救国魔団の代表です」
「それって、おれに明かしていいんですか?」
「身分を明確にしておいた方が、この先の話を理解していただけると思うので」
「理解したうえで協力しろ、ということですか?」
ニナはかぶりを振った。
「理解してはいただきたいのですが、協力してください、とは言いません。話を聞いたうえでどうするかは、清宮さんの判断にお任せします」
柔和な表情と泰然とした立ち姿だ。
そこに、欺瞞や虚飾は感じられなかった。
「少し長い話になるので、お茶を用意しましょうか。どうぞ、お座りください」
その言葉に従うことはできない。
理由は襲われることを警戒して、ではなく、身重のニナが心配だったからだ。
キッチンはすぐそこにあるが、ことさらゆっくり動いている。
体力がないわけじゃない。
万が一にも、転んだりすることがないように注意しているのだ。
足運びを含めた身のこなしから、それが伝わる。
「持ちますよ」
茶器を乗せた盆は、おれが運んだほうが安全だ。
「ありがとうございます」
ニナはゆっくりと席に着き、
「聞いてほしいのは、この国の歴史と現状です」
お茶を入れながら、話し始めた。
「魔導皇国トゥーンは、遥か昔魔王を倒した女勇者、トゥによって建国されました。後に彼女は冒険を共にした男性と結ばれ、五人の女の子を出産します。その先も子孫は続いていくのですが、生まれる子のほとんどが女児でした」
女系家族というやつだ。
「もちろん、それ自体に問題はありません。ただ、永く続いてしまったことは、問題でした。結果として、それが今の女尊男卑の礎になってしまったからです」
「英雄であり建国の祖である女性が女の子だけを産んだから、女性が尊ばれた、ということですか?」
「簡単に言えばそうですが、そこに加わる要素があります。勇者トゥに加護を与えてくださったのは、『女神』であるサラフィーネ様です」
女神を強調するのだから、そこに意味があるのだ。
「なるほど。この国の歴史には、女性が深く関与しているわけですね」
ニナが深くうなずいた。
「でも、それだけなら女尊は理解できても、男卑にはならないんじゃないですか?」
「普通ならそうでしょう。一般的に見れば、女性より男性のほうが肉体的に優れていますからね。ですが、この国には魔法があります。魔法を使えば、女性であっても男性に力比べで負けることはありません」
負けることはない。
この言葉は重要だと思う。
宗主アキネは、男のおれにも魔法の習得は可能だと言った。
それはつまり、魔法の習得に男女の貴賤はない、ということだ。
そして、その言葉をダライマス盗賊団は立証していた。
ただ、同じ魔法を扱えるからといって、元々の筋肉が多く身体能力の高い者が勝つ……という図式が成り立つかといえば、それは違う。
この矛盾を解くとしたら、答えは一つしかない。
「女性のほうが、使える魔法の質が高いのですか?」
「その答えでは、丸はあげられませんね。三角です」
「バツではないんですね」
「はい。バツではありません」
正解ではないが、間違ってもいない。
ということは、例外があるのだ。
(…………ダメだ。わからん)
おれは降参するように、両手を上げた。
「うん。清宮さんは素晴らしいですね」
「いや、わからないから教えてほしいんですけど……」
「わからないのは当然です。もとより、この国に疎い清宮さんに解ける問題ではないのですから」
「それ、早く言ってよ」
「ふふふ、考えることが重要なのです」
不意に、リアル母ちゃんの顔が浮かんだ。
(昔よく言われたなぁ)
「わからない問題でも、まずはちゃんと考えなさい。そうすることで、自分がなにを理解していないのか、理解できるから」
ガキのころ、口酸っぱくそう教わった。
まさか異世界に来てまで、それを実感するとは思っていなかった。
「清宮さんが言うように、魔法の質は女性のほうが高い傾向にあります。けど、男性が劣っているわけではありません」
禅問答のようだが、むずかしい話ではない。
ただ単に、語られていないモノがあるだけだ。
「魔法を使うには、魔素が必要なのです」
「質問! 魔素とはだれにでもあるのですか?」
「量の大小はありますが、概ね保有しています」
「ということは、おれにもあるんですよね?」
「あります。にわかには信じられない量の魔素を、保有しています」
「そうですか」
理解や知識が増えていくのは楽しい。
パソコンなどもそうなのだが、スペックを十分に生かせていないことは、ままあることなのだ。
用途を満たしているのなら問題ないが、実は必要以上の高スキル、ハイスペックな物を使用している人は少なくない。
保有する本来の性能を活かせれば、やれることの可能性は大いに広がるのに。
つまりなにが言いたいかというと、おれはおれ自身をまだまだ探求できるということだ。
これは非常に嬉しい。
(どこから手を付けようか)
などと考えていたら、パンと音がした。
見ると、笑顔のニナと目が合った。
けど、笑っているのは口元だけで、目は据わっている。
(イカンイカン。話の途中だったな)
気持ちをほかに飛ばしていいほど、おれは偉くもなければ賢くもない。
「話の腰を折ってすみませんでした。続けてください」
「どこまで話しましたっけ?」
抜き打ちテストだ。
(答えられなかったら、折檻されるな)
いまのニナは、静かに怒っているときの母ちゃんそっくりだ。
(ふっふっふ。でも大丈夫)
そんなに前の話ではないから、ちゃんと覚えている。
「魔法の質には魔素が関係している。というところです」
「正解です」
ニナの目尻が少し垂れた。
(よかった。ピンチは脱したな)
「では、なぜそれとこの国の女尊男卑が結びつくのでしょう?」
全然脱していなかった。
むしろ、さっきよりはるかにむずかしい問題だ。
「少し時間をもらっていいですか」
「どうぞ」
ニナが快諾してくれたので、思考する。
建国の祖と、そこに加護を与えた神様の両方が女性だった。
力仕事など男手が必要な事案にしても、魔法の補助があることで男女の差は埋められる。
それどころか、魔法の質が高い女性のほうが重宝する、まであった。
けど、個人によって魔法の質を決める魔素の保有量が違うので、一概にそうとも言い切れない。
途中まで存在している整合性が、最後に崩される。
(わからんなぁ)
本質的な差別意識の根付き、以外の答えがあるのだろうか?
「生命の祖。それが鍵です」
ニナの助言が指しているのは、人類の起源ではない。
そんなものは、異世界人であるおれにはわかりようがないのだ。
なら、ニナの言う生命の祖とは、男女のことだろう。
(うん。なるほどな)
なんとなく理解できた。
「建国以来、この国のトップは女性。だから女尊男卑」
「その答えではよくて三角。採点者によっては、バツですね」
「でしょうね。ここで大事なのが、魔素の保有量です」
ニナが満足そうな笑みを浮かべた。
「魔素の保有量で魔法の質が変わる。そして、魔素の保有量は観察すればわかる。であれば、順位付けのようなモノも出来てしまうわけですよね」
「その通りです」
肯定はしたけれど、ニナの表情は悲しげに曇った。
「そして、その順位付けにおいて常にトップが女性であるなら、女尊であることはうなずけます。男卑の理由は、劣る者と子を生さねばならないから、ですか」
「花丸をあげましょう」
正答なのだが、ニナはそれを認めたくないようだ。
痛みを伴っていると感じるほど、表情が歪んでいる。
「大変だ。母ちゃん、こんなものが出回ってるぞ」
部屋に飛び込んできたアベルが、一枚の紙を掲げた。
文字は読めないが、そこに書かれていることは、なんとなく理解できた。
「あらっ大変。清宮さん、指名手配犯になってしまいましたね」
やっぱりだ。
似顔絵の下に巨大な数字が記載されたそれは、漫画や交番で目にするものと瓜二つだった。
理由はわからないが、おれは勇者から犯罪者にクラスチェンジしたらしい。